「リンはいくらでもある、しかし循環しなければならない」その2

SHINICHIRO HONDA

リンのことについて、とくに注意を払うようになったのは、1999~2000年ごろのことだ。当時、海外の農業事情を知るために、文献やネットでいろいろ調べていた。そのとき、たまたま「リン鉱石の先物価格が急騰」という、数行の短い経済記事を見つけた。それを見たとき、ドキッとすると同時に「とうとう始まったか」と思った。

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日本ではリン酸肥料の原料となるリン鉱石が産出しないために、100%海外から輸入している。以前のブログで書いたように、リンは生物にとってはきわめて貴重な元素である。もちろん、日本でも、農耕が始まったときから、リンが必要であったことは言うまでもない。江戸時代初期には、綿、藍、野菜などの換金作物の栽培がさかんになっており、干し鰯など、リン酸を多く含む肥料がすでに流通していた。リンは、リン酸カルシウムとして、動物の骨に多く貯蔵されている。佐藤信淵の『培養秘録』(1814)では、屎尿の利用法が詳細に書かれており、大蔵永常の『農稼肥培論』(1826)にも、屎尿、家畜糞尿、堆厩肥、ぬか、動植物残さ、動物遺体、魚粕、泥土など、リンの含有量が高い有機物の使用法が収録されている。1909年に日本を訪れたアメリカの土壌学者のF.H.キング(1848-1911)は、現地調査と日本の農業統計を活用して、屎尿、堆肥、灰などの投入量と、山林から用水を通じて供給される養分量を計算し、日本の全農地へ入る養分の総量を見積もっている。それによると、化学肥料や鉱物肥料がまったく存在しない当時の日本で、年間に窒素39万トン、リン9万トン、カリ26万トン(10a当たりN:6.4kg、P:1.5kg、K:4.2kg)が施用されていたという(文献参照)。

日本の畑地では、黒ボク土と赤黄色土が多い。これらの土地は、かつては、マツかススキしか生えない「やせ地」とされてきた(私がそう考えているわけではない)。黒ボクの場合は、火山灰に由来するアルミニウムが多いために、リン酸は、非晶質リン酸アルミニウムに類似した物質に変化して難溶化している。これは、ほとんどの植物が吸収できない。赤黄色土のほうは、風化が進みすぎて、養分が溶脱してしまっている。1960年代に東北農業試験場の山本氏ら(1966)が、黒ボク土にリン酸を多量施用することで、作物の収量が高くなることを見出した。その後、日本の畑作ではリン酸の多量施用が基本技術になり、どの教科書にも、はじめに苦土石灰とヨウリンを施用せよと書いてある。ただし、リン酸の利用率は、1作では施用量の10%未満とされ、日本の畑地の土壌には、大量のリン酸が難溶化して蓄積しているといわれている。

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リン鉱石の枯渇は1990年代から問題になり始めていた。90年代末に、「Phosphorus availability in the 21st century Management of a non-renewable resource(21世紀におけるリンの可用性―再生不能資源の管理)」などの論文が発表されて、リン鉱石の経済埋蔵量は60〜130年で枯渇すると予測された(文献参照)。このためアメリカは、1999年に自国のリン資源を守るために、リン鉱石の輸出を禁止し、日本への輸出量もゼロになった(リン安は輸出している)。この動きをうけて、1999~2000年にリン鉱石の先物価格が急騰したと思われる。ただし、当時は、まだ中国から多くのリン鉱石が輸入されていたので、日本国内ではほとんど注目されなかった。

こうした状況を背景に、2005年に作ったのが、「ボカシ肥・発酵肥料とことん活用読本」である。2006年には続編の「堆肥とことん活用読本」も発行した。もっとも、これらの本の中では、リン鉱石の枯渇について、はっきりとは書いていない。それは、リン鉱石の枯渇を騒ぎたてると、リン酸肥料の高騰につながり、農家と消費者が被害を蒙ると思っていたからである。その代わりに、「農耕の歴史の中で肥料の意味を考える」という文章を書いて掲載した(企画では本の巻頭文として掲載する予定だったが、専門的すぎるという理由で123頁に移動させられ、出版社と喧嘩になった)。このときに、昔の文献や論文を調べまくっていて発見したのが、三沢嶽郎先生の「リービッヒの思想とその農業経営史上における意義」(1951)である(文献参照)。

2008年には、中国がリン鉱石の輸出関税を120%に引き上げ、実質的な輸出禁止措置をとった(現在は35%)。もともと、リン鉱石というのは、産出国が限られている。埋蔵量が多いのは、モロッコ、中国、南アフリカ、アメリカ、ヨルダンで、それ以外はほとんどない。そのために、2008年にリン鉱石の価格が大暴騰して大騒ぎになったことは、農業関係者なら皆知っているであろう(文献参照)。

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ほとんどの土壌肥料、作物、園芸などの研究者は、「リービッヒ無機栄養説」のパラダイムに属しているために、そこから脱することはきわめて困難である。そのためながい間、研究者もその雇用主の国も、有機農業に対して冷淡であった。2000年の有機JAS制定は、コーデックス委員会(FAO・WHO合同食品規格委員会)の国際基準に準拠するために、しぶしぶ制定したにすぎない。しかし、2008年から国は、有機農業の普及に本腰を入れ始め、「有機農業の推進に関する法律」(2008)、「有機農業の推進に関する基本的な方針」(2009)を矢継ぎ早に策定した。2014年には「新たな基本方針」を発表している。こうした国の有機農業推進の背景には、リン資源の枯渇がある。

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その後、リン資源の再調査が行われ、経済埋蔵量は300~400年分と修正された(上の表、文献参照)。なお、いくらリン鉱石の価格が高くなっても、農家の経営にはあまり関係がない。なぜなら、リン鉱石の価格高騰は、肥料を買う農家に等しく影響するので、いくら高くなっても、すべて商品の価格に転嫁されるからである。(つづく)

 参考文献、引用文献
F.H.キング、1911、東アジア4000年の永続農業、農山漁村文化協会、復刊版、2009
Phosphorus availability in the 21st century Management of a non-renewable resource
http://www.nhm.ac.uk/research-curation/research/projects/phosphate-recovery/p&k217/steen.htm
本田進一郎、2016、有機農業と未来
ボカシ肥・発酵肥料とことん活用読本、農文協、2005
No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3274
World Phosphate Rock Reserves and Resources
http://pdf.usaid.gov/pdf_docs/Pnadw835.PDF
No.234 リン鉱石埋蔵量の推定値が大幅に増加
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=2835
肥料及び肥料原料をめぐる事情(平成21年8月、農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/senryaku_kaigi/pdf/01_siryo3.pdf
肥料をめぐる事情(平成27 年4月、農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/sehi/pdf/hiryo_meguji.pdf

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