アワ,キビの起源 Origin of Setaria italica, Panicum miliaceum

SHINICHIRO HONDA

アワ,キビの起源は,よくわかっていない。

アワとキビは,同じ遺跡から見つかることが多いので,同じ生活様式の中から栽培化されたと考えられる。ドゥ・カンドールは,歴史学,言語学の資料から,キビはアラビアおよびエジプトが発祥としている。ヴァヴィロフは,アワとキビの多様性の中心が,中国,日本などにあることから,アワ,キビの発祥地は東アジアと考えた。ハーランは,アワとキビは中国とヨーロッパで独立に栽培化されたと予想し,中尾佐助はエノコログサ属の分布から,アワの発祥地はインド西北部と言った。阪本寧男は,雑穀の品種の分化から,中央アジアからアフガニスタン,インド西北部が,アワ,キビの発祥地とした。

考古学的な証拠としては,河北省磁山遺跡から出土したキビの年代は,10,300 – 8,700 cal yr BPと報告されている。ギリシアでは前5500年のアグリッサ・マグラ遺跡,コーカサスでは前5000年,中央ヨーロッパで前4400年,ハラッパーで前4000年,スイスでは前3000年,イラクでは前3000年のジャムダト・ナスル遺跡などの出土例がある。

中国で発見されている最も古いコムギとオオムギは,甘粛省東灰山遺跡から出土しており,その年代は,前2230年と報告されている。レヴァントでコムギ,オオムギの栽培が始まるのは,前9000年頃とされているので,中国に伝わるまでに7,000年ほどかかっている。アワ,キビが,中国で栽培化され,中国から世界に伝搬したとすると,2,000年でギリシアまで到達したことになる。

アワのDNAの解析では,栽培する地方に対応して,複数のクラスターに分かれるという。


さまざまな系統解析法によるアワ地域品種群の分類 a: 雑種不稔性.b: RFLPによる系統解析.c: rDNAのPCR-RFLP.d: TDマーカーに基づく系統解析.(福永,2017)(*4)

考古学とDNAの証拠から見る限り,アワとキビは,中国,インド,中央アジアなど複数の場所で,別々に栽培化されたと考えるのが合理的であろう。

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アワ(Setaria italica)は,エノコログサ(Setaria viridis)と容易に交雑し,アワの原種がエノコログサであることはよく知られている。エノコログサは,イネ科Poaceaeキビ連Paniceaeエノコログサ属Setariaの一年草で,2n=18のC4植物である。別名はネコジャラシで,世界中の温帯に広く分布している。


Japanese Foxtail millet (Author:STRONGlk7)


Food grain foxtail millet (Author:Sengai Podhuvan)

キビ(Panicum miliaceum)は,イネ科Poaceaeキビ連Paniceaeキビ属Panicumの一年草で,C4植物である。キビ属の栽培種には,キビ,サマイ(P. sumatrense Roth),サウイ(P. sonorum Beal)が存在する。サマイは,インドで多く栽培され,ハラッパー遺跡からも出土している。サウイは,メキシコおよびアメリカ南西部の原産で,先住民によって栽培化されたといわれている。

キビ(P. miliaceum)は,ssp. miliaceum,ssp. agricolum,ssp. ruderaleの3亜種に分類されている。ssp. miliaceumには,栽培型と非栽培型があり,栽培型の染色体は複雑で,倍数性が発達している[2n=36(4X),40,49,54(6X),72(8X)]。非栽培型は,脱粒性で,トウモロコシ畑などの擬態随伴雑草である。ssp. agricolumは,中央ヨーロッパに分布する。ssp. ruderaleはイヌキビと呼ばれ,種子が小粒で脱粒する。イヌキビは,ユーラシア各地に雑草として生息し,栽培型キビの逸出型という説と,栽培型の原種という説がある。(*5)

栽培キビの野生原種は,見つかっておらず,不明とされている。これは,野生原種が見つからないということでなく,キビでは,栽培型,逸出型,随伴雑草型,野生型などの変種が入り混じった状態で,人間が決めた形質の境界線がはっきりしないということであろう。


Proso millet panicles(Author:Jschnable)


White Proso Millet(Author:Gaurav Dhwaj Khadka)

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アワとキビは,イネ科植物である。イネ科植物は,活性アルミニウムが多い火山性土壌の難溶性リンを吸収できる。また,イネ科植物は,窒素固定細菌と共生することで,空中窒素を固定でき,窒素がほとんど存在しない火山性土壌で成長できる。つまり,火山性土壌では,他の植物よりも生存に有利で,長期に優占できる。

アワとキビは,C4植物の一年草である。C4植物は,光呼吸を抑止できるので,高温高日照の環境条件に有利である。アワ,キビは,乾燥と高温にきわめて強く,初夏に発芽して急激に成長し,秋には稔実する。生育期間が,きわめて短い。つまり,高温期に雨が降り,それ以外の時期は乾燥するステップ気候の火成岩地帯で有利で,長期に優占できる。

もし,低温期に雨が多く降る地中海性気候の火成岩地帯なら,同じイネ科でC3植物のムギのほうが有利で,麦類が優占する。低温条件では,光呼吸が負担にならないため,C3植物のほうが有利になる。

また,日本列島のように,一年中雨が降る火山岩地帯であれば,連続的に場所を占有できる多年生のイネ科植物が有利で,温暖地ではススキ,寒冷地ではササが優占する。

火山草原は,リンが豊富で生物生産力が大きいので,マンモス,ゾウ,オオツノジカ,オーロックスなどの大型草食動物が繁殖する。イネ科やカヤツリグサ科のイネ目植物は,大型草食動物と相互に「延長された表現型」の関係にある。大型草食動物が生息する火山草原では,一年を通じて雨が降るところであっても,草食動物が樹木の幼樹を食べてしまうので,イネ目植物が,長期に優占することが可能になる。

人間が,これらの大型草食動物を無制限に捕獲して,動物の数が減少すると,雨が多い火山草原では,光エネルギーを独占し,地中深くから難溶リンを吸収できるマツ科の樹木が有利になり,マツ科樹木の森に遷移する。

アワ,キビは,高温期にしか雨が降らないステップ気候の火山岩地帯に適応しているので,マンモス,ゾウ,オーロックスが存在しても存在しなくても,マツ科樹木の森に遷移しない。アワやキビは,大型草食動物にマツの幼樹を食べてもらう必要が無いので,その繁殖に草食動物が必須というわけではない。つまり,アワ,キビは,種子拡散を,大型草食動物だけに依存していない。

アワ,キビの頴には,野毛が無い。野毛が無いことからも,種子拡散を大型草食動物だけに依存しておらず,大型草食動物との「延長された表現型」の関係は,ムギやイネほど強く無いことがわかる。アワ,キビを好んで食べるのは,鳥類のスズメ目である。アワ,キビのおもな種子拡散者は,スズメ目であり,アワ,キビは,スズメ目と相互に「延長された表現型」の関係にある。

スズメ目は,地上の脊椎動物のなかで,最も繁栄しているグループで,110科5,000種以上も存在する。スズメ目の種の数は,鳥類のみならず,陸上の脊椎動物の中で最も多く,2番目のネズミ目(2,000~3,000種)をはるかに凌駕する。南極を除くすべての陸地に生息し,陸上の脊椎動物の最高位に独占的に君臨している。

アワ,キビは,高温期降雨のステップ気候の火山岩地帯では,大型草食動物や大型草食動物を捕獲する人間の存在に関係なく,長期に優占できると考えられる。乾燥地帯では,土壌水が地中から地上に上昇するので,アワやキビは,根を地中深くに伸ばさない。根が深く伸びないので,深い場所にあるリンを吸収できず,時間当たり面積当たりの生産性が低い。時間当たり面積当たりの生産性が低いということは,長期に群落を維持できるということでもある。

一方,乾燥地帯では,降雨が不安定なので,旱魃によって,群落が絶滅してしまう確率が高くなる。種子拡散者がスズメ目であれば,広い範囲に種子がばら撒かれるので,旱魃の年でも,すべての群落が絶滅する確率が小さくなる。

地上で最も繁栄している脊椎動物によって,常に広い範囲に種子が拡散されるので,遺伝子プールが大きくなる。大きな遺伝子プールが維持されるということは,配偶子の交配同一性(種の同一性)が保たれるということである。遺伝子プールが,広範囲で巨大であるということは,変種の数が非常に多くなることを意味する。このため,栽培型,野生型,雑草型,逸出型など,人間が決めた変種の境界も不明瞭になる。

野生のコムギやオオムギは,オーロックスが絶滅してしまったために,その生息域が減少した。野生イネのルフィポゴンも,野生スイギュウがほぼ絶滅したために,生息域が減少した。一方,アワの野生種のエノコログサや野生キビは,スズメ目が種子を恒常的に拡散するために,世界中,どこにでも生息している。

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オオウバユリ,バナナ,タロイモ,ヤムイモなどの多年生植物では,テリトリー遊動段階における管理採集を継続することで,植物の遺伝子変異(ヒト化)が起きることを見た。カボチャ,スイカ,ヒョウタンなど,有毒の一年生植物でも,テリトリー遊動段階の継続的な採集行為によって,遺伝子変異(ヒト化)が起きる。

さらに,テル・アブ・フレイラの13,000BPのライムギのように,有毒でない一年生植物でも,草食動物に代わって,人間が長期に採集を続ければ,子実の大型化などの遺伝子変異(ヒト化)が起きる。

植物は,リンなどの栄養素を獲得するために,地中に根を伸ばしている。地中に根を伸ばすと,移動することができなくなる。移動できないと,大きな遺伝子プールを形成できないので,配偶子(胞子や花粉)を風や動物で拡散して交配し,遺伝子プールを大きくしている。

動物は,旱魃のときは,水のある場所に移動して水を得ることができるが,植物は,環境の変動に対して,移動による回避行動を行えない。植物は,大量の種子を生産し,広範囲に拡散することで,環境変動に対応している。ある地方の遺伝子プールが,旱魃,寒冷,台風などで絶滅しても,別の地方の遺伝子プールが存続すれば,種の絶滅を免れることができる。

種子植物は,さまざまな方法で種子を拡散する。タンポポやススキは,風で種子を拡散する。多くの種子植物は,脊椎動物や節足動物の種子拡散者によって,種子を拡散する。種子拡散者に種子を拡散させる種子植物は,種子拡散者が,種子をより広範囲に拡散するような形質を獲得している。

シダ植物は,配偶子や胞子体の拡散を,動物に依存しない。シダ植物の配偶子の交配や胞子体の成長には,常に水が必要であり,シダ植物は,水が常に存在する環境でしか,生存できない。種子植物がシダ植物を凌駕して繁栄したのは,種子形成によって,水が常時存在しない環境に進出できたからである。

ヒトが,マンモス,オーロックス,スイギュウ,オオコウモリを過剰に捕獲し,それらの動物の数が減少すると,それらの動物と相互に「延長された表現型」の関係にあった植物の遺伝子は,遺伝子プールの中から減少する。それらの動物に代わって,ヒトが,その植物を継続的に採集すると,その植物の遺伝子変異の中で,ヒトが採集する遺伝子が選択され,選択された遺伝子が,遺伝子プールに広がる。比喩的に言うと,植物は,ヒトがその植物をより採集する方向に変異する。

ヒトが,イネ科植物の子実を採集するときは,大きな穂,大きな粒,脱粒しない遺伝子が,無意識に選択される。選択された子実は,収穫,運搬,乾燥,貯蔵,脱穀,製粉などの作業のあいだに地面にこぼれ,ヒトが移動する場所に拡散する。遺伝子プールには,大きな穂,大きな粒,脱粒しない遺伝子が広がる。

一方,ヒトに選択されなかった遺伝子(子実)は,種子拡散者の草食動物や鳥が存在しなければ,その場に落ちる。その場で発芽して,その場で成長するが,その遺伝子は広範囲に拡散されない。広範囲に拡散されない遺伝子の群落は,旱魃や寒冷の年に絶滅する確率が高く,遺伝子プールの中で減少していく。種子拡散者に種子を拡散させる種子植物は,種子拡散者が種子を拡散し続けないと,生存し続けることができない。

すなわち,ヒトがその植物を栽培しなくても,ヒトがその植物の採集を長期に繰り返す(repeated gathering)だけで,その植物の遺伝子変異(ヒト化)が起きる。

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アワ,キビが長期に優占できる場所は,高温期に雨が降り,低温期には乾燥するステップ気候の火山岩地帯である。このような場所では,乾期(冬)に水を得られないので,人間が通年で定住することはできない。

テリトリー内を遊動しながら生活する人間は,水が得られる雨季(夏)だけは,アワ,キビの草原で,キャンプを設けて滞在できる。アワ,キビの子実が稔り始める9月に,群落の近くにキャンプを設ける。男性たちは,ステップに棲息する,オオノロやサイガの狩りに出かける。女性たちは,アワ,キビの群落のそばで,スズメの群れを追い払う。スズメを追わないと,スズメの大群が,脱粒する前のアワ,キビの実を食べてしまうであろう。

アワ,キビが稔ってきたら,穀粒が落ちる前に,穂刈りして収穫し,天日や焚火でよく乾燥させる。乾燥時にも,スズメやネズミに食べられないように,常に見張っていなければならない。脱穀の方法は,手で揉んだり,マドリで叩いたりする。脱穀した子実を,臼と杵で搗いて殻をはずし(脱稃),箕で風選する。精白する場合は,さらに臼でゆっくり搗いて,箕で風選する。


吉野ヶ里遺跡出土のマドリ,Copyright(C) 「教育ネットひむか」(Miyazaki Education Information Service Network)


吉野ヶ里遺跡出土の農具,Copyright 2020 YOSHINOGARI HISTORICAL PARK All right reserved.


台湾アミ族 脱穀中の女性(鳥居龍蔵, 1896-1900)(*8)

亜熱帯の森のように,大きな葉をつける植物があれば,穀粒に水を吸わせて葉で包み,熱い灰の中に入れて蒸し焼きにする。ステップには大きな葉が無いので,臼と杵で搗いて粉にするか,石皿と磨石で粉にして,団子にして灰の中で焼く。煮て食べるには土器が必要だが,火山岩地帯には粘土が無いし,土器は火にかけるとすぐに割れるので,調理には使わないであろう。

なお,東アジアや東南アジアで栽培されるイネ,オオムギ,アワ,キビ,モロコシ,ハトムギ,トウモロコシには,モチ性の品種が存在するという特徴がある。これは,亜熱帯の中国南部でイネが栽培化されたことに起因していると考えられる。(後述)

このような,収穫と調整の作業を何百年も継続して繰り返すことで,大きな穂,大きな粒,脱粒しにくい遺伝子が選択されて,遺伝子プールに広がり,「ヒト型」のアワ,キビが現れる。全てのスズメを追い払うことはできず,スズメは,ヒト型雑穀と野生雑穀を区別せずに食べるので,これらの種は広範囲にばら撒かれる。このため,ヒト型と野生型は常に交雑し,形質の境界が不明瞭な状態になる。

「栽培」とは,人間が意識的に植物を繁殖,保護することである。狩猟採集民であっても,テリトリー遊動を長期に継続していれば,有用植物を保護し,その植物を繁殖させる。アボリジニーの植物の採集の仕方には,多くの決まりがあった。

「彼らはイモのツルをみつけるとその根もとからロート状に掘りすすみ、ヤムイモをとりだす。そのあとツルがついたイモの頂部を切りとり、再びその同じ穴に埋めもどしていた。この場合は、落葉などが堆積して腐葉土ができやすいようにするため、穴を完全に埋めることはしなかった」。(ユーカリの森に生きる)(*9)

テリトリー遊動の狩猟採集民は,植物の繁殖と保護を行う。つまり,狩猟採集民も,植物の「栽培」を行う。ただ,アワ,キビのような,乾燥ステップに生える穀物の本格的な栽培を始めるのは,貯蔵(定住)の生活様式に移行してからと考えられる。夏の短い期間しかキャンプに訪れず,広い範囲にアワやキビが自生する乾燥ステップで,わざわざ種を播いたりはしないであろう。

アワ,キビの本格的な栽培が始まるきっかけは,結婚であろう。粒が大きく脱粒しないヒト型アワ,ヒト型キビを食べていた集団の女性が,結婚して他の集団に移るとき,そのヒト型アワ,ヒト型キビを持っていくであろう。持ってきたアワとキビの種を,地面に播くと,スズメに全部食べられてしまう。そこで,スズメに食べられないように,穴や溝を掘って,種を播き,土をかぶせた。移った集団のテリトリーに,アワ,キビが自生する草原が存在しなければ,河原など樹木が少ない場所を野焼きして,生えている草を除いた。こうして,意識的で本格的な栽培=農耕が始まったと考えられる。


踏み鋤(アラキスキ)を用いるアイヌの女性

文献
*1) Charles Darwin. 1859. The Origin of Species, The sixth edition, 1872.
*2) ニコライ・ヴァヴィロフ. 1926. 栽培植物の発祥中心地. 八坂書房, 栽培植物発祥地の研究, 1980.
*3) 阪本寧男. 1988. 雑穀の来た道―ユーラシア民族植物誌から. 日本放送出版協会.
*4) 福永健二. 2017. アワの起源と作物進化. 化学と生物 Vol.55 No.2 98-104.
*5) 木俣美樹男. 2009. キビ Panicum miliaceum L.の栽培起源. 国立民族学博物館調査報告 84巻, 205-223.
*6) Lu, H., Zhang, J., Liu, K. B., Wu, N., Li, Y., Zhou, K., Ye, M., Zhang, T., Zhang, H., Yang, X., Shen, L., Xu, D., & Li, Q. (2009). Earliest domestication of common millet (Panicum miliaceum) in East Asia extended to 10,000 years ago. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106(18), 7367–7372.
*7) リチャード・ドーキンス. 1982. The Extended Phenotype, 紀伊国屋書店, 延長された表現型, 1987.
*8) 鳥居龍蔵, 鳥居龍蔵写真目録, 鳥居龍蔵写真資料研究会・東京大学総合研究博物館.
*9) 松山利夫. 1994. ユーカリの森に生きる. NHKブックス.

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