祭祀,人類学,科学 Ritual, Anthropology, Science

SHINICHIRO HONDA

考古学や歴史学の文献を読んでいると,「祭祀」や「儀式」という説明が頻繁に出てくる。

たとえば,三内丸山遺跡の掘立柱建物は,祭祀を行う祭壇などと説明される。前方後円墳の前方部は,死者を祀る祭壇が発達したものなどと解釈される。

現代の文化や価値観で理解できないことは,「祭祀」「祭壇」「儀式」「呪術」「呪い」「宗教」で説明しようとする人類学者たちの姿勢に,大きな違和感を覚える。「祭祀」や「儀式」の背後には,必ず何らかの現実の社会的な構造が存在するはずだ。

私が子供の頃は,毎年,家や母の実家で報恩講が開かれていた。世間では,門徒衆はとても信心深く,仏教に帰依する人々と思われているであろう。

子供の私は,なんとなく報恩講が好きでなかった。報恩講が近づくと,大人たちが緊張し始めるからである。特に緊張するのは,祖母や母たち女性で,子供の世話どころではなくなる。客に出すお茶や食事を用意しなければならないし,お坊さんたちが家に泊まるので,家の中や屋敷まわりを徹底的に掃除したり,座布団,寝具,火鉢などを準備したりと,とても忙しくなる。仏間の脇には,お坊さん専用の厠もある。

報恩講が始まると,集落の人達がやってくる。昼間は,お坊さんが代わる代わる延々とお経をあげる。子供たちは,座って何時間もお経を聞くことなどできないので,すぐに飽きてどこかに遊びに行ってしまう。大人たちも,お経を何時間も聞くのは苦痛のようで,ときどき,席を立って,足が痺れたなどとおしゃべりしている。女性たちは,食事の準備をしたり,おしゃべりをしたりしている。

子供の私は,大人たちは,意味もまったくわからない念仏を,どうして我慢して聞くのかと不思議であった。

昼の時間は,お経を聞きに来る人はそれほど多くなく,座布団にも空きがある。しかし,夜になると,集落の全員がやってきて,座敷は人でいっぱいになる。そして,お坊さんの講話が始まる。私は子供だったので,講話の内容はほとんど覚えていないが,昼間とはうって変わって,講談のようなくだけた雰囲気であった。偉人伝,人情話,人生訓のような話をしていたと思う。

講話は深夜まで続くので,子供は寝てしまって最後まで聞いたことはないが,大人たちは,お経とは違って,熱心にお坊さんの話を聞いていた。あの坊さんの講話はよかったとか,あのお坊さんは話が上手になったとか,批評していた。

昔は,テレビ,ラジオ,新聞,電話などなく,田舎には本屋も無い。村の人々は,先祖代々そこに住んでいる人ばかりで,農業,漁業,林業に従事している。みな,自然が相手の仕事である。本や新聞が無いだけでなく,そもそも自分で情報を獲得するにはどうすればよいかの知識が無い。

私の父は,山仕事の最中に農機具屋などが来ると,2~3時間も話し込んで,仕事が進まなくなる。子供の私は心配になるが,母はすっかり心得ていて,車の中で完全に寝てしまう。祖父の場合はもっとひどくて,一年で最も忙しい田植えの最中でも,来客があると,田植えを放り出してどこかに行ってしまうのが常だった。

情報に飢え,情報を渇望している。フランシスコ・ザビエルは,「日本人は,私がこれまでに知っているどの国の人々よりも好奇心が旺盛で,何でも知りたがる」と書き残している。

このような,田舎の農民,漁民にとって,京都のお寺で修行し,京都と地方を頻繁に行き来するお坊さんは,世の中の情報を最も速く伝える知識人,ジャーナリストであったのであろう。念仏の意味はまったく理解できないが,お坊さんの講話や会話によって,いち早く中央の情報を得ていた。

お寺への寄進も,信仰というよりは,序列優位のためである。お寺のお堂には,最も目立つところに,寄進した金額の順に,寄進者の名前が書いてある。寄進(贈与)の金額が多いほど,集団の中での「暗黙の債権」が大きくなり,序列が高くなる。

ザビエルは,こうも書いている。「彼らは,財を蓄えず,衣類,武器,家来に対して,持っているものを全部使ってしまう。非常に好戦的で,常に戦争をしている。戦争に最も勝ったものが,最も偉大な支配者になる。彼らには王(天皇)は一人しかいないが,150年以上も王に従わず,戦争を続けている。」

アインシュタインは,自伝のなかで,次のように書いている。4,5歳の頃に,父親から小さな羅針盤を見せられた。場所を移動しても,羅針盤の針が震えながら常に一定の向きに定まることに,非常に驚いたという。

「ものの背後には深く隠された何かがあるに違いなかった」

子供の頃の「ものの背後に深く隠された何か」に対する驚きが,相対性原理発見の原点であった。わからないことを,「祭祀」や「宗教」で済ませてしまうような人類学は,思考の放棄であり,科学とはほど遠い。

Reference
金子 務. アインシュタイン : 創造の軌跡. 人文学論集, 1987, 5, p.39-58.

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