神概念1 Conceptions of God

SHINICHIRO HONDA

神話は,神の話だけを伝えているわけではないが,神の話が中心だ。神の定義は,人によってさまざまであり,合意できるような定義が無い。

神の存在は証明されないにもかかわらず,人間には広く神概念が存在することは事実である。つまり,神概念の存在には,何らかの合理的な存在理由が存在したと考えるのが,合理的だ。

もっとも,エピクロス,スピノザ,ヒューム,フォイエルバッハ,マルクス,ニーチェ,フロイトらは,神概念の合理性を否定している。

人間は,最初から神の概念を持っていたわけではない。アルタミラやラスコーの洞窟には,多くの動物の姿が描かれているが,神の存在(神概念)を示すものは描かれていない。

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Reproduction of the Cave of Altamira in the Deutsches Museum, Munich.

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Reproduction of Lascaux artwork in Lascaux II

人間の祖先にもっとも近い暮らしを続けているとされている狩猟採集民のサン人には,天空神,創造神,悪魔などの神話が存在するという。しかし,これらの神話は,もともとサン人に存在していたわけでなく,バントゥー系民族やキリスト教徒との接触によって形成されたものであろう。サン人が3000年前に描いた岩絵には,動物や人間は描かれているが,神は描かれていない(神概念が存在しない)。

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San paintings near Murewa, Zimbabwe stoneage paintings of the San, found near Murewa (Zimbabwe)

タイラーは,もっとも原初的な宗教はアニミズムであると言った。アニミズムでは,人間以外の生物や物体に精霊や霊魂が宿ると考える。つまり,人間以外の物体にも,人間と同じように「意識」が存在すると考えることだ。意識は,人間を人間たらしめる情報の運動である。人間は意識の存在を認識することはできる(コギト)が,意識の実体を認識することはできない(物自体)ので,人間以外の物体にも意識が存在すると考えるのは,自然なことだ。

テリトリー平衡状態にある人間は,狩猟採集民であっても,テリトリー内の資源を無秩序に収奪しているわけではない。部族には資源利用についての細かい決まりが存在し,管理採集,管理狩猟によって,資源の管理と保護が行われる。山,森,自然現象,場所,植物,動物,生態系など,人間の生存にとくに重要な人間以外の物体,エネルギー,情報を保護管理する上で,それらに固有の名前を付けたり,特別な霊魂が存在すると信号化(神格化)することは,狩猟採集民にとって,合理的であろう。

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Shamanism is a very general (sometimes even debated) concept, comprising mediator-role figures of several different cultures, with great diversity.

狩猟採集民や奥地の部族には,呪術師が存在する。フレーザーやレヴィ=ブリュールは,世界の呪術や儀礼を収集して,「未開人の心性」や「未開の神概念」を示そうとした。このような「未開」に対するヨーロッパ人の認識は,ヨーロッパ人による「未開人の教化」や植民地化の正当化に利用された。これに対し,レヴィ=ストロースは,多くの「具体の科学」を提示して,反論した。(*1)

「ハヌニー族は,その地に棲息する鳥類を75種類に分類し・・・蛇12種類前後,・・・魚60種類・・・淡水,海水の甲殻類12種類以上,同数のクモ・多足類・・・を区別する。何千という昆虫は108種類にまとめられ,そのおのおのに名がついている。そのうち13種類が蟻および白蟻である。・・・また海にすむ軟体動物60種類以上,陸産または淡水産の軟体動物25種類以上,吸血ヒル4種類・・・を識別する。」合計で461種類の動物が記録されている。(Conklin1, p. 429)

「ネグリトの男は大てい誰でも,きわめて容易に少なくとも植物450種,鳥類75種,蛇,魚,昆虫,哺乳類のほとんどすべて,さらには蟻20種の名称を言うことができる。また,マナナーンバルと呼ばれる呪術医の男女は術を施すのにいつも植物を用いているので,彼らの植物に関する知識たるや,まったく驚嘆に値する。」(R. B. Fox, pp. 187-188)

「現在ごく少数の白人の家族だけが辛うじて生活している南カリフォルニアのある砂漠地帯に,かつてはコアウィラ・インディアンが住んでいたが,彼らは何千人という多数であったにもかかわらず,天然資源を取りつくすことはなかった。彼らは実に豊かな暮らしをしていたのである。一見したところ自然の恵みに乏しいと思われるこの地で,彼らの知っていた食用植物は60種,麻酔性,刺激性,または薬用の植物は28種を下らなかった(Bsrrows)。セミノール・インディアンのインフォーマントは,たった一人で植物の種・変種250を識別している(Sturtevant)。ホピ・インディアンは350種類の植物を,ナヴォホ・インディアンは500種類の植物を知っているという調査結果が出ている。フィリピン南部のスバヌン族の植物語彙は1000語を軽く突破し(Frake),ハヌノー族のそれは2000語に近い。シアン氏は,ガボン人のインフォーマント一人だけを相手に調査して,近隣の12ないし13部族の言語や方言にまたがる約8000語の民族植物語彙集を最近刊行した。(Walker et Sillans)」(野生の思考)

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Negritos in a fishing boat (Philippines, 1899)

多くの民族に広く見られる神として,氏族神がある。個人神,守護神とも呼ばれる。人間は超協力タカ派戦略であり,集団を作ってテリトリーを形成する。集団の最小単位は,近縁の血族集団からなるバンドである。同じバンドや部族に属する異性同士は,結婚が許されず,おもに女性が他の集団に移動する。集団内の個人が協力して強く結束した集団ほど,生き残る確率が高くなる。集団を表す象徴や記号が,氏名,トーテム,氏族であり,とくに有力で繁栄した氏族や祖先を信号化(神格化)することは,部族や氏族にとっては合理的な理由がある。

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A totem pole, Kwakiutl

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Lararium depicting tutelary deities of the house: the ancestral Genius (center) flanked by two Lares, with a guardian serpent below. Photograph of a first-century Roman Lararium from the House of the Vettii in Pompeii.

アンドルー・ラングやヴィルヘルム・シュミットは,すべての部族には,原始一神教(天空神)が存在すると指摘した。シュメールのアン,バビロニアのアヌ,ギリシアのウーラノス,中国の天,インドのブラフマー,ゲルマンのブーリ,ドゴン族のアンマなどである。

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Brahma Indian, Pahari, about 1700

テリトリー平衡かつ貯蔵段階の社会では,ポトラッチの成立は合理的であると書いた。

超協力タカ派戦略における資源分配は,同一集団内では,無償贈与,平等分配,等価交換が原則で,同族に対する殺人や盗みは罰せられる。一方,ライバル部族に対する殺戮や略奪は正義であり,利害が対立するライバル部族を殺して,テリトリー(資源)を奪うのが有利だ。

しかし,集団戦闘では,集団の構成員を皆殺しにすることは困難なので,報復(しっぺ返し)されて,双方に大きな損害が出る確率が高くなる。このため,通常は,お互いのテリトリーをあまり侵さず,小競り合いを続ける平衡状態になる。

とりわけ,貯蔵段階では,大きな損害が出る戦争は,闘争コストが大きくなって,お互いに生存に不利である。ポトラッチは,部族間の財の相互贈与と,部族の戦力の信号化(Signalling)よって,戦争による共倒れを抑止し,資源獲得を調整するシステムだ。

ある部族に属する個人が,ライバル関係にある部族に属する個人を殺したり,相手のテリトリー内の獲物や食料を奪ったりしたとする。

ポトラッチが成立していなければ,ライバル部族の個人に対する殺人や略奪は,報復のための戦闘開始を意味する。「やられたらやり返す」のが,タカ派戦略における平衡状態の戦略である。報復(しっぺ返し)しなければ,殺人や略奪が繰り返されるので,必ず報復(しっぺ返し)することによって,お互いの攻撃が抑止されている。

ポトラッチが成立しているときは,部族の有力者が,殺人や略奪行為についての対応を話し合う。他者の行為によって何らかの損害が生じれば,そこには債務と債権が生じる。殺人や略奪の報復(しっぺ返し)を行わないのであれば,それに代わりに,債権債務の賠償(支払い)を行わなければならない。タカ派戦略における闘争抑止は報復(しっぺ返し)であるが,ポトラッチにおける闘争抑止(共倒れ抑止)は,債権債務に対する賠償(支払い)である。

債権債務の支払いを,その場で行えず,遅延するときは,何らかの担保が必要になる。いくらポトラッチで約束が交わされても,約束が守られる保証がないからだ。部族同士がテリトリー平衡にある状態では,テリトリーそのものを担保にすることは困難である。なぜなら,略奪による債権債務の量は有限であるが,テリトリーから生じる資源量は,光エネルギーに由来するので,長期的には甚大な資源量になるからだ。

テリトリー平衡では,債権債務の担保を設定するのが難しいので,担保の代わりになる保証人を立てなければならない。しかし,テリトリー平衡では,部族は独立して同じ立場であるので,特定の部族や特定個人を保証人に立てることが困難である。

そこで,形而上的な保証人として,天空神概念が生じたのであろう。天空神は,複数の部族あるいは氏族から独立した存在で,部族同士の債権債務の支払いの約束が履行されるための,保証人である。天空神の超越性,絶対性は,部族の外部(上位)に権威(信号)が存在することに由来する。

神概念は,概念(暴力と切り離された意識)であり,じっさいに債権を保証などしないので,あたかも保証人であるかのように信号化された信号ということだ。

現代でも,国際司法や国連は,国境をめぐって戦争している両国に対して,軍事力で介入することは困難である。闘っている当事者同士は,テリトリーを確保するために,命を投げ出して闘うが,関係の無い国ために,命を懸けて闘う兵士はいないからだ。国際司法や国連ができるのは,さまざまな憲章や宣言を発表したりして,権威と神聖を高めることだけだ。

ポトラッチから生じた天空神概念は,権威と神聖は至高ではあるが,暴力,武力,軍事力は存在せす無力(空)である。このため,天空神は,「暇な神」とされている。

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Göbekli Tepe

ギョベクリ・テペは,ポトラッチの場所ではないかと述べた。トーテムを刻んだ石柱が円形に組まれ,その中心には何も無い形(空)を見れば,天空神概念は,ポトラッチから生じたのではないかと思われる。しかし,ギョベクリ・テペで,天空神概念が生じていたという証拠は無く,天空神概念が存在していたかどうかはわからない。

また,ポトラッチは,常に成立するわけではない。ポトラッチは,資源利用に余剰が生じ,人口増加速度の時間当たり変化量が正(dv/dt>0)のときに成立しやすく,dv/dt<0のときは成立しにくい。テリトリー内の人口が増加し,一人当たりの利用資源量が不足すれば,ライバル部族のテリトリーを奪わなければ飢餓になって生存できないからだ。

ギョベクリ・テペは,BC8000年頃に放棄されてしまった。エリドゥの神殿の建造が始まるのは,BC5300年頃であり,ギョベクリ・テペが廃棄されてから,2700年も後である。メソポタミアで,再び,ポトラッチ(朝貢)が成立するようになったのは,農耕と牧畜のシステムによって,人口が長期的に増大(dv/dt>0)するようになったためであろう。

機能神は,農耕の神様,牧畜の神,漁撈の神,戦いの神,鍛冶の神,商売の神様など,何らかの社会の機能(職能,技能)を神格化した神概念である。

職能や技能などの機能を,神格化(信号化)することに,合理性は存在するであろうか。アボリジニやサン人のような狩猟採集民は,職業が分化していないので,機能神が存在する合理性は存在しない。機能神は,農耕と都市の文明が成立し,職業が分化した後に,現れた神概念であることがわかる。じっさいに,農業神などの機能神が現れるのは,天空神の後である。

それでは,農耕と都市の文明において,機能神が成立するのは,合理的であろうか。もし,農民,漁民,商人だけで構成される社会であれば,それぞれの財の取引は,債権債務帳で行われて,農民には土地や家畜の担保があるので,保証人は必要ない。神は,天空神と氏族神で十分であるはずだ・・・。

文献
*1) クロード・レヴィ=ストロース. (1962). 野生の思考. みすず書房, 1976.
*2) Thomas Robert Malthus. (1798). An Essay on the Principle of Population.

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