ブドウの縮果症とC3植物の生育補正

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)の野生種は、中東からヨーロッパにかけて自生しているが、ヴィニフェラ種が最初に栽培化されたのは、コーカサス山脈の南方と考えられている。イラン北部では紀元前5000年のワインを入れた壺が出土しており、アルメニアでは、紀元前4000年のワイン醸造所の遺跡が発見されている(文献1)。最古のものとしては、ジュージア南東部の新石器時代の遺跡から、ワインを入れたらしき紀元前6000年ごろの壺が出土している。

マスカット・オブ・アレキサンドリアは、古来より北アフリカで栽培されていたブドウ品種とされており、ローマ時代には、エジプトのアレキサンドリアから出荷されたと伝えられている。もともと、地中海地方では、ブドウは栽培されていなかった(トゥキディデス)ので、東方から導入された栽培ブドウから派生した品種と考えられる。

きわめて古い栽培品種であるため、マスカット・ハンブルグ 、イタリア、ネオマスカット、ルビーオクヤマ、甲斐路、マスカット・ベーリーA、シャインマスカットなど、多くの変種や派生品種が存在している。アレキサンドリアは、多雨多湿の日本では栽培が難しいため、ほとんどは、瀬戸内地方で温室栽培されている。

マスカットにとくに顕著な障害として、縮果症がある。硬核期前の第1迅速生長期の後期に発生し始め、硬核期に果皮下の果肉部に斑点が生じ、しだいに黒変して果粒がへこんでしまう。縮果症は何らかの病原菌による感染症というわけではく、組織が壊死する生理障害とされている(文献2)。

縮果発生の原因については、諸説あるが、よくわかっていない。1期後期に枝葉が急生長して葉からの水分蒸散が多くなり、根からの水分吸収が追いつかず、果実から水分が奪われるという説がある。しかし、結果枝の環状剥皮処理、水の葉面散布処理、断根処理などの試験では、水分不足は関係ないことが示され、むしろ、かん水量が多く、6~7月になっても新芽が伸長する樹に縮果が発生しやすい。高温による障害、カルシウムの不足による生理障害などの説もあるが、いずれも、はっきりとした証拠や対処法は見つかっていない。

縮果が発生しやすい条件として、次のような報告がある。樹勢の強い若木を強勢定した場合、高い確率で縮果が発生する。逆に、樹勢が低下した樹では、まったく発生しない。土壌水分が豊富で、硬核期になっても新梢が伸長する樹において、果粒の肥大が続く場合に多発する。高温条件下では、障害の進行が速い。樹勢が強い第1亜主枝に多発し、樹勢が弱い亜主枝では発生が少ない。果房の肩部で、大粒の果粒ほど、粒数が少ないほど発生率が高い。ジベレリン処理した果房で発生しやすい。

すなわち、樹勢が旺盛で、枝葉の生長速度が速い樹ほど、また、生長速度が速い果粒ほど、縮果が発生しやすい。

なお、ヨーロッパやアメリカでは、縮果症についての報告がなく、縮果症は日本に特有の生理障害とされている。世界のブドウの栽培地は夏季少雨の気候であるが、日本では6~7月が高温多雨多湿となる。日本では、この時期に、ブドウがもっとも旺盛に生長し、同時に病害虫が多発する。このような日本の気候条件が、縮果症発生の背景にあると予想される。

ブドウの標準的な養分吸収の特性については、以下のような報告がある。
「カリフォルニアのワインブドウ地帯の施肥体系は、1980年代に大きく変わった。その一つの理由は点滴かん水の導入である。必要に応じたかん水によって、肥培管理が的確にできるようになった。カリフォルニア大のChristensen教授を中心として、多くの実験と調査が行われた結果、それまでの元肥中心から、結実後に年間の約50% 、収穫期後に約30%、落葉期(または発芽期)に残りを施肥する方式が、収量、品質、樹の永続性の点で最も優れることが証明された」(岡本、1998、文献3)

さらに、岡本五郎先生は、日本でのブドウ根域制限ベッド栽培における養分吸収パターンを、下図のように示している。

また、根域制限した巨峰の液肥濃度と土壌水分の影響につては、次のように報告している。
「根城制限栽培のブドウ‘巨峰’に対する適切な施肥法を知るために,ベッド植えの1年生の挿し木苗に液肥を週に1~3回与え,果実の発育段階に応じてその濃度を調節した.基肥としてナタネ粕を1樹当たり200g与えた区を対照区とした。 (中略) 硬核期から液肥の濃度を1/3に下げると,副梢の生長が抑えられ,果粒の肥大と着色及び糖の蓄積が優れた.着色期から液肥の濃度を下げてもある程度同様の効果がみられた.N:60ppmの液肥を収穫期まで与えた区では,着色が劣り,酸含量も高かった.一方,ナタネ粕区では硬核期中の副梢の生長が旺盛で,果粒の肥大が悪かった」(岡本ら、1991、文献4)
「発芽期から結実期までpF2.2でかん水し,幼果期はpF1.5でかん水し,着色期から再びpF2.2かん水に戻すと,果粒の肥大はそれほど劣ることなく,可溶性固形物含量も高く,着色の良い果実が生産された」(岡本ら、1991、文献5)

以上のことから思い浮かぶのは、アスパラガス、イネ(暖地)など、C3植物の養分吸収の特性である。これらのC3植物は、植物がもつ体内時計と、高温多湿の栽培条件下における生育のズレを補正するために、もっとも生長速度が大きくなる初夏の時期に、生育のブレーキが働くのではないかと述べた(2016.6.9ブログ)。

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)は、夏季少雨乾燥地帯が起源であり、これを夏季多雨多湿地帯の日本で栽培した場合、アスパラガスやイネ(暖地)とよく似た養分吸収のパターンを示す。すなわち、ブドウの縮果症は、枝葉や果実が急生長する時期に、生育のブレーキが働くのが根本的な原因ではないだろうか。同じ時期に病害虫が多発するのも、生育のブレーキによって無機養分の同化量が低下し、余分な無機養分のために枝葉の細胞壁組織が軟弱化するためと考えられる。

ポット栽培など根域が小さな栽培法で、かつ液肥などを施用すれば、果樹栽培であっても、生育の途中で窒素の吸収を中断することは可能である。しかし、根が広く伸びている露地栽培では、窒素吸収を制限することは困難である。とくに、堆肥や有機質肥料で土作りした園地では、肥効がゆっくり長く続くため、窒素の発現や吸収をコントロールすることは簡単ではない。(つづく)

文献
1)世界最古のワイン醸造所、アルメニア
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3662/
2)ブドウ(Vitis vinifera L.とV. complex)における縮果病の発生程度とカルシウム、マグネシウム及びホウ素の発生予防効果、九州大学農学部附属農場研究報告第11号、2003
3)岡本五郎、ブドウ栽培の基礎知識Ⅲ 施肥の理論と技術、1998
4)岡本五郎他、根域制限した‘巨峰’ブドウの生育と果実の発育に及ぼす液肥濃度の影響、岡山大学農学報、1991
5)岡本五郎他、根域制限栽培のブドウ‘巨峰’の樹体生長と果実発育に及ぼす土壌水分の影響、生物環境調節29、1991

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)
売り上げランキング: 105,315
堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 34,001

差異性向、不確実性性向:Preference of difference, preference of uncertainty

ある個体Aから見て、自分と遺伝的(DNA)な差異がdの異性Bを選択したとき、Aには存在しない何らかの形質(遺伝子)が、Bに存在する確率をpdとする。遺伝的な差異dが大きいほど、確率pdも大きくなる。たとえば、ニホンザルからみて、同じニホンザルよりも、インドから中国南部に生息するアカゲザルのほうが、自分には無い遺伝子(形質)を持つ確率が高い。個体(単系統)からみると、pdが大きいほど変異速度が大きくなるので、ライバルや環境の変化への対応に有利である。

遺伝的な差異dがごく小さいならば、表現型の変異が起きる確率は小さいので、pd=0である。また、dがどんなに大きくなっても、pdの値は1を超えることはない(0≦pd≦1)。

ただし、遺伝的な差異dが大きすぎると、AとBは接合できなくなる。接合可能な遺伝的差異の大きさには、ある閾値dtが存在する。


d:遺伝的(DNA)な差異
pd:自分に存在しない形質が、異性に存在する確率
dt:接合可能な遺伝的差異の大きさ

なお、ここでの遺伝子(gene)とは、「十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位としてはたらきうるほど十分に長い染色体の一片」、あるいは、「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部」の意味である(ドーキンス)。

生物が複製によって得ることができる「有利さ」をRcとする。また、異性間の接合によって得られる「有利さ」をRf、異性間の接合によって生じる「不利さ」をRiとする。

「有利さ」については、以下のように定義する。以前、生物のもっともシンプルな定義を、「生物は、記録された情報をもとに不完全な自己複製をする化合物」とした。自己複製を行うには、エネルギーと物質が必要である。そこで、「有利さ」の定義を、「生物が時間当たり質量当たりに獲得できる利用資源の量」とする。利用資源とは、太陽エネルギーと循環する物質のことなので、「有利さ」とは、生物が獲得できる、質量当たりの物質・エネルギー流速度のことである。なお、「不利さ」はマイナスの「有利さ」である。

次に、遺伝的な差異dの異性との接合によって得られる有利さの期待値をef、接合によって生じる不利さの期待値をeiとする。また、Rcが得られる確率は1とする。有利さの期待値ef、および不利さの期待値eiは以下のようにあらわせる。

ef=Rc+Rf・pd
ei=Rc+Ri・pd (Ri<0)
ef:有利さの期待値
ei:不利さの期待値
Rc:複製によって得られる有利さ
Rf:異性との接合によって得られる有利さ
Ri:異性との接合によって生じる不利さ

d=0のときは、自己複製はクローン複製であることを意味する。クローン複製は、単細胞生物に多いが、植物や昆虫のような高等生物でもしばしば見られる。植物では、分げつによって増殖したり、地下茎やりん片で栄養繁殖する種が存在する。昆虫では、アブラムシ、シロアリ、ゴキブリなど、単為生殖によってクローン複製する種がある。

遺伝的差異が存在する異性との接合によって得られる形質が、生存に有利か不利かはアプリオリには決まらない。個体Aにとって、異性Bとの遺伝子の差異が大きいほど、得られる有利さの期待値は大きくなるが、生じる不利さの期待値も同じだけ大きくなる。逆に、遺伝的な差異が小さいほど、得られる有利さの期待値は小さいが、生じる不利さの期待値も小さい。たとえていうと、前者は賞金の期待値は大きいが価格が高い宝くじであり、後者は期待値は小さいが、価格が安い宝くじである。

ここで、有利さの期待値efと不利さの期待値eiの差をuとすると、uは次のようにあらわせる。

u=ef-ei
=(Rf-Ri)pd
u:有利さの期待値と不利さの期待値の幅(期待値幅)

期待値の幅が大きいほど、不確実性が大きく、期待値の幅が小さいほど、不確実性が小さいことを意味する。

大きな期待値幅uを好む個体は、不確実、大胆、勇敢、無謀、冒険、危険、ハイリスクを好む性質であり、遺伝子の変異速度が大きく革新的である。小さな期待値幅uを好む個体は、確実、慎重、臆病、無難、安定、安全、ローリスクを好む性質であり、遺伝子の変異速度が小さく保守的である。

このような、「差異の大きさの好み」(差異性向)、あるいは「不確実性の大きさの好み」(不確実性性向、リスク性向)は、高等生物だけに存在する(学習)わけではなく、遺伝的な形質と予想される。そして、環境やライバルの変化に対応できるように、これらの遺伝子は、遺伝子プール内に、確率的(正規分布)にばら撒かれているのが、種(遺伝子プール)の存続にとって合理的である。

生物は、自己複製の際に、クローン複製、自家受精、近親交配を避ける(大きなdを選択する)のがふつうであるが、逆にこれを行う場合(小さなdを選択する)がある。

一般には、遺伝子の変異速度が大きいほど、ライバルとの生存闘争に有利なので、大きな差異や大きな不確実性を好む個体のほうが有利である。しかし、利用資源が豊富にあり、遺伝子プールの個体数が増えている場合は、小さな差異や小さな不確実性を好む個体のほうが有利になる。なぜなら、遺伝的差異の大きな異性を選択すると、選択のためのコストが大きくなり、接合できなくなる確率も高くなるからだ。利用資源が豊富に存在する場合は、変異速度を大きくしてライバルと闘う必要がないので、遺伝的差異が小さい異性を選択する個体のほうが、選択・接合コスト(期待値)が小さく、有利になる。


d:遺伝的(DNA)な差異
c:選択・接合のコスト(期待値)

このような現象は、多くの生物で見られる。イネ科、ユリ科、ヒガンバナ科の多年草では、土壌が肥沃で生育条件が良好なときは、分げつ、球根、りん片などで栄養繁殖(クローン複製)して群落を形成する。生育条件が悪化すると、種子を多く着生(有性生殖)して、遠くに種子を拡散しようとする。

アブラムシは、宿主植物が豊富な春から夏にかけては、メスがクローン複製を繰り返して個体数を急増させ、コロニーを形成する。生存条件が悪化する秋になると、オスとメスが有性生殖で卵を産み、卵で越冬する。

野生のイネ科植物やマメ科植物は自家不和合性で、自家交配しない性質がある。ところが、栽培コムギ、栽培イネ、ダイズでは、自家受粉して稔実する。栽培植物では、人間が除草してライバルを駆逐したり、肥料を十分に施したりするので、遺伝子の変異速度を大きくする必要がない。そのため、遺伝的差異が大きい株と他家交配するよりも、自家交配したほうが有利になる。

利用資源が豊富なときは、小さな差異、小さな不確実性を選択した遺伝子が有利であり、生存条件が悪化したときは、大きな差異、大きな不確実性を選択した遺伝子が有利である。地球環境の変動やライバルの変化に対して、生き残れた遺伝子および遺伝子プールだけが存続できた。

「『同性の個体間の激しい闘争』こそが、自然選択の核心である」と書いたが、「魅力的な異性の選択」も「同性の個体間の激しい闘争」のひとつである。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

自然農法とは何か: ゆらぎとエントロピー
電子園芸BOOK社 (2016-12-11)
売り上げランキング: 11,131

いつ

クジャクの装飾の有利性:Favourable of peacock decoration

キジ亜科の鳥には、シャコ属、ユキシャコ属、セッケイ属、ウズラ属、クジャク属、キジ属、ヤマドリ属、ヤケイ属など多くの種が含まれる。キジ科鳥類の生態上の特徴は、地上で生活することであり、植物の種子、昆虫など、地上にいる生物を採食する。

キジ亜科のなかで、オスの尾羽が大きく、オスとメスの姿が異なるは、クジャク属、キジ属、ヤマドリ属、ヤケイ属などであるが、これらは森の中で暮らす。

一方、草原、岩場、雪上などで暮らす、シャコ属、ユキシャコ属、セッケイ属、ウズラ属などは、尾羽が大きくならず、オスとメスの姿が似ている。

クジャクは、森の中で生活する。森の中では姿が見えないので、選択の要素として音波を利用するのが有効だ。じっさいに、クジャクは繁殖期に、大きな声で鳴いて異性に存在をアピールする行動をとる。また、危険を察知したときにも、大きな警戒音を発する。

クジャクのおもな捕食者は、トラやヒョウであるが、森に暮らすネコ科の肉食動物は、嗅覚と聴覚が優れている。クジャクが異性を誘うために、頻繁に鳴き声を出したり、フェロモンなどのにおいを放出したりすると、トラとヒョウに発見されやすい。森の中には身を隠す茂みが多くあるので、音やにおいを消せば、発見されにくい。

においと音に敏感な捕食者の存在のため、クジャクやキジの祖先のメスは、オスを選択する要素として、においや音を十分に利用できなかったのであろう。そこで、自分とオスとの遺伝的な差異を、オスの鳴き声だけでなく、尾羽の大きさや模様で判断する形質を獲得したと考えられる。

鳴き声で、お互いを近くまで誘い、姿が見えるところまで来たら、電磁波(光)を利用して、形や色で選択する。

自分と姿が異なる異性ほど、遺伝的な差異が大きいので、自分と形や色の差異がより大きなオスを選択すれば、遺伝子の変異速度を大きくすることができる。オスのほうは、尾羽が大きく目立つ個体(系統)ほど、メスに選択される確率が高いので、形や色が装飾化する方向に変異(進化)が進む。

尾羽の大きさや装飾そのものには、生存に有利な機能が無くても、形や色の差異を、遺伝的な差異の大きさの基準にすることはできる。遺伝的差異が大きいということだけで、遺伝子の変異速度を大きくできるので、ライバルとの競争には有利である。これが、クジャクやキジのオスが、装飾化の方向に変異(進化)した理由と考えられる。

この装飾化の方向への変異は、超タカ派のスミロドンやデイノテリウムが「自分のコピー」からのしっぺ返しによって絶滅してしまったほど進むことはない。なぜなら、クジャクには、トラやヒョウなど強力な捕食者が存在するので、フィッシャーが指摘したように、尾羽の装飾化の変異は、装飾によって得られる有利さ(メスに選ばれる)が、装飾によって生じる不利さ(トラに捕食される)に相殺されるところで進化的に安定になる。(つづく)

補足
クジャクのメスは、オスの羽の大きさや模様ではなく、オスの鳴き声で選択しているという研究がある。しかしこの研究は、飼育下のクジャクの行動を観察したものである。人間に飼育されているクジャクは、捕食者に襲われる心配がないので、鳴き声を抑制する必要がない。そのため、性選択の要素として、音(鳴き声)の影響が大きくなったと考えられる。じっさいに、野生状態のクジャクでは、オスの装飾とメスの選択には相関関係が認められている。そもそも、クジャクのメスが鳴き声だけでオスを選択しているとする立場は、オスが装飾化の方向へ変異した理由を説明できない。

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 61,490

性差の起源と拡大(性選択の要素と基準):Origin and expansion of sex difference

そもそも、どうして性差(オスとメスの差異)が生じたのであろうか?

酵母のサッカロミケスには、aとαの2つの性が存在する。これらは染色体数が1本しかない1倍体(n)である。aとαは、栄養分が枯渇すると、フェロモンによって性を判別し、異性同士が接合して2倍体(2n)になる。このとき、フェロモンをより多く出している異性を選ぶとされている。すなわち化合物の種類(性選択の要素)によって性を判別し、化合物の量(性選択の基準)によって接合する相手を選択している。

一般的な動物や植物では、オス配偶子は運動性が高く、空間を移動する機能を有している。一方、メス配偶子は、運動能力はなく、資源(エネルギーと物質)を貯蔵する機能を有している。オス配偶子は、遺伝子プールを大きくする役割を担い、メス配偶子は、接合後の生存のための資源貯蔵の役割を担う。

つまり、メス配偶子は運動能力の高いオス配偶子を選び、オス配偶子は資源貯蔵量が多いメス配偶子を選ぶのが合理的だ。

運動能力の高いオス配偶子を選択するには、オス配偶子を水中に放出したり、卵管を長くしたりすることで実現できる。資源貯蔵量の多いメス配偶子を選ぶには、酵母と同じように、メス配偶子から放出される化合物などの量によって選択できるであろう。

有性生殖において、配偶子の機能が分化した結果、遺伝子プールmを大きくして、遺伝子プールの変異速度rmをより大きくすることが可能になった。この配偶子の機能の分化が、性差の起源と考えられる。

性選択の要素

多細胞生物が地球環境の様々なニッチに進出して、多くの種が分岐し、嗅覚や視覚などの感覚器も高度化、複雑化した。

たとえば、ネコ科やイヌ科の動物は、嗅覚が発達しており、におい(化合物)で獲物(異種)を探索し、においで同種の個体を判別している。イヌやネコは同種の個体同士が出会うと、相手のにおいを嗅いで、血縁集団、性、異性の性質を判断する。性選択のおもな要素が、におい(化合物)であるために、形や色で性を判別する必要がない。このため、ネコ科・イヌ科のオスとメスは、形と色がよく似ている。

鳥類は、空中を飛翔して遠くから食料を探索するので、視覚が発達している。電磁波(光)によって形と色を認識し、異種、同種、異性を判別する。そのため、オスとメスで形と色が異なる種が多い。また、姿が見えない森の中では、音波を利用したほうが効率がよい。音波が性選択の要素として重要であり、鳥類のオスは、鳴き声でメスを誘う。

イルカのオスとメスは形と色がそっくりなので、性選択の要素として、視覚が重要でないことがわかる。水中では、距離が離れると電磁波(光)を認知に利用できない。水中では音波が効率よく伝わるので、イルカは音波で獲物を発見したり、同種間でコミュニケーションをとったりしている。性選択の要素として、音波が重要であることが予想される。ただし、イルカと同じ鯨偶蹄目に属するウシでは、発情したメスは発情粘液を出し、オスはにおい(化合物)でメスの発情を判断している。イルカの場合も、音波だけでなく、メスが出す化合物でも、性と発情を判断しているのであろう。

魚類のサメは、ロレンチーニ器官によって、電磁場の電位差を感知することが出来る。獲物の魚から生じるわずかな電位差を感知して捕食しているとされている。サメは、電位差を性選択の要素としている可能性がある。

性選択の要素
・化合物:嗅覚、味覚
・電磁波(光):視覚
・音波:聴覚
・電位差、電磁場
・物理的な力、運動:触覚、温感
・言語:脳の新皮質

なお、人間の場合は、化合物、電磁波、音波、物理的な力に加えて、言語(脳の新皮質)という性選択の要素が加わる。

性選択の基準

脊椎動物などの高等生物が、接合する異性を選択する際に、運動能力が高い、資源貯蔵量が多い、健康であるなどの基準を、学習によって判断することは可能であろう。しかし、これらの基準が遺伝子の存続に本当に有利かどうかは、アプリオリに知ることはできない。なぜなら、環境やライバルなどの変化はランダムであり、どの方向に変化するかを事前に予測することは不可能だからだ。

たとえば、ナマケモノは、ミユビナマケモノ科とフタユビナマケモノ科の2科5種が存続しているが、運動能力が低く、ゆっくりしか動くことができない。捕食者から逃げるには、運動能力の高いほうが有利なはずなので、ナマケモノはとうの昔に絶滅しているはずだ。

ナマケモノが絶滅せずに存続してこられたのは、ジャガーやオウギワシなどの捕食者が、「すばやく逃げる動物を認知する」方向に進化したためだ。ジャガーは、すばやく逃げる動物を敏感に認知できるが、じっとしていて動かないナマケモノを、獲物として認知できない。このため、ナマケモノは、運動能力の低い異性を選択した系統だけが存続することができた。

人間にも例がある。マラリア蔓延地帯では、貧血をひき起こす鎌状赤血球症の遺伝子保因者が多く存在する。マラリア原虫は一生の大部分を赤血球の中ですごし、マラリアに感染した赤血球は鎌状に変形する。感染の初期には、鎌状化した赤血球は脾臓で優先的に除去されるが、感染後期には、鎌状赤血球が毛細血管の壁にくっつき、血流を阻害して死に至らしめる。

鎌状赤血球遺伝子がヘテロ(遺伝子座が異なる対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、赤血球の40%が鎌状であるが、日常生活を送ることはできる。一方、ホモ(遺伝子座が同じ対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、子供のうちに死亡する。鎌状赤血球遺伝子保因者では、マラリアに感染しても、何らかの機作によって原虫が殺されるらしい。このため、マラリア蔓延地帯では、ヘテロの遺伝子保因者は、正常ヘモグロビンよりも生存確率が高くなる。しかし、ヘテロの遺伝子保因者の割合が増えると、ヘテロ同士の結婚によってホモ接合体が生まれる確率が高くなるので、ある割合以上に増えることはない。

マラリア蔓延地帯では、正常ヘモグロビンで健康な異性を選択することが、生存に有利になるとはかぎらない。

環境やライバルなど、生存条件の変化を正確に予測することは不可能なので、性選択の基準としてもっとも合理的なのは、自分と遺伝的な差異が大きい異性を選択して、遺伝子の変異速度を大きくすることだ。

遺伝子プールの変異速度については、次のような式を導いた。
rm=p0m/tg
rm:遺伝子プールの表現型変異の速度
p0:個体の1回の複製時に表現型変異が起きる確率
m:遺伝子プールの個体数
tg:世代時間

しかし上のモデルでは、遺伝子プールの個体数mが安定していて、かつ単系統の変異速度は等しいと仮定している。

じっさいの遺伝子プールでは、個体(単系統)同士はライバルであって、絶え間ない変異と生存闘争を繰広げている。個体が遺伝的な差異が大きな異性を選択して、有利な系統が生き残れば、その遺伝子は、遺伝子プール内に広がる。これを繰り返せば、遺伝子プールの変異速度rmは、上のモデルよりも大きくなる。

マウスを使った実験では、メスのマウスは、自分と大きく異なるMHC遺伝子群を持つオスを選択することが知られている。MHC遺伝子群は、脊椎動物の免疫機構を担うタンパクをコードする遺伝子領域である。

ただし、異性間の遺伝的な差異が大きすぎると、接合できない可能性が大きくなる。すなわち、遺伝的差異ができるだけ大きいが、接合できなくなるほどには大きくない異性を選択するのが合理的だ。ちなみに、マウスが捕食者のにおいをかぐと逃げだす習性は、学習の結果ではなくて、生まれつき備わっている(遺伝子)ことがわかっている。

遺伝的な差異が大きい異性を選択することで、接合に影響を与えない遺伝的な差異がどんどん拡大する。こうして、におい、形、色、鳴き声などの性差が大きくなったと考えられる。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
Donald Voet、Charlotte Pratt、ヴォート基礎生化学、東京化学同人

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)
売り上げランキング: 31,941

性選択とクジャクの尾羽の謎:Sexual selection and mystery of peacock’s tail

ダーウィンは、自然選択の定義について次のように書いている。

This preservation of favourable individual differences and variations, and the destruction of those which are injurious, I have called Natural Selection, or the Survival of the Fittest.
「有利な個体の差異と変異は保存され、不利な差異と変異は排除されることを、私は、自然選択あるいは適者生存と呼んでいる。」(『種の起源』4章)

ところで、自然界では、オスとメスの形がまったく異なったり、奇妙な特徴が出現したりすることがしばしばある。生存に有利な変異は保存され、不利な変異は排除されるならば、オスとメスは同じ形であるのが合理的だし、生存に有利でない奇妙な特徴は排除されてしまうはずだ。自然選択説の単純な解釈だけでは、このような生物の進化(変異)を、うまく説明することができない。

ダーウィンは、これを「性選択」の概念で解き明かそうとした。

This form of selection depends, not on a struggle for existence in relation to other organic beings or to external conditions, but on a struggle between the individuals of one sex, generally the males, for the possession of the other sex. The result is not death to the unsuccessful competitor, but few or no offspring. Sexual selection is, therefore, less rigorous than natural selection.
「この選択(性選択)の形式は、他の生物や外部条件の関係における生存闘争に依存せず、同性の個体間(一般的にはオス同士)の異性をめぐる闘争に依存する。その結果は、競争に敗れたための死ではなく、子孫がゼロもしくはわずかしか残せないということである。故に、性選択は、自然選択ほど厳しくない」(『種の起源』4章)

性選択の一つは、「同性の個体間の異性をめぐる闘争」の結果であり、「性選択は、自然選択ほど厳しくない」とダーウィンはいう。

しかし、利己的な遺伝子論では、生物の個体は、遺伝子の乗り物にすぎないのであるから、特定の遺伝子から見れば、子孫を残せるかどうかが、生きるか死ぬかの分かれめである。そもそも、ダーウィン自身が、『種の起源』3章で、次のように書いている。

But the struggle will almost invariably be most severe between the individuals of the same species, for they frequent the same districts, require the same food, and are exposed to the same dangers.
「しかし、ほとんどいつでも、闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間である。彼らは、しばしば、同じ場所で、同じ食べ物を必要とし、同じ危険にさらされているためだ。」(『種の起源』3章)

ドーキンスも、「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」と表現している。

これまで、デイノテリウムの凶暴な牙などの例をあげて述べてきたように、本当は、「同性の個体間の激しい闘争」こそが、自然選択の核心である。

二つめの性選択としてあげているのは、「魅力的な異性の選択」である。

The rock-thrush of Guiana, birds of paradise, and some others, congregate, and successive males display with the most elaborate care, and show off in the best manner, their gorgeous plumage; they likewise perform strange antics before the females, which, standing by as spectators, at last choose the most attractive partner.
「ギアナのマイコドリや極楽鳥のオスたちは、手入れされた精巧な衣装で次々と集まり、最高のマナーで華麗な羽ばたきを見せびらかす。オスたちは、メスの前で、同じ道化を演じる。メスたちは、観客としてオスたちの前に立ち、最後にもっとも魅力的なオスを選ぶ。」(『種の起源』4章)

I can see no good reason to doubt that female birds, by selecting, during thousands of generations, the most melodious or beautiful males, according to their standard of beauty, might produce a marked effect.
「何千世代にもわたる、メスの美の基準に合った、もっともメロディアスで美しいオスの選択によって、著しい効果が生まれる可能性があることを、疑う理由が見つからない。」(『種の起源』4章)

自然界には、極楽鳥のオスの求愛ダンスやクジャクのオスの尾羽など、奇抜な行動や大げさな装飾のある種が多く見られる。その理由を、「魅力的な異性の選択」の結果であるとするダーウィンの予測については、現在でも結論が出ていない。

クジャクの華美な尾羽は、オス同士の闘いにおいて有利ではなく、その目立つ姿は、捕食者の肉食動物から見つかりやすい。クジャクの尾羽は適者生存の自然選択説に反しており、タカ派ハト派モデルでも説明できない。

クジャクの尾羽についての有力な説の一つとされているのは、ロナルド・フィッシャー(1890-1962)によるランナウェイ説(Fisherian runaway)である。runawayとは、制御できない暴走という意味であり、フィッシャーは次のような説を唱えた。一般に、メスは、生存に有利な形質をもつオスを選択する傾向がある。しかし、遺伝子プールで、オスの特定の形質に対するメスの好みが生じると、「装飾」のような生存に有利でない形質であっても、遺伝子プール全体に広がることがある。このような性選択の暴走によって、オスはますます装飾する方向に進化し、装飾によって得られる利益(メスに選ばれやすい)が、自然選択によって生じる損失(捕食者に食べられやすい)に相殺されるところまで進む。フィッシャーは、たとえ、オスの形質が生存に有利でなくても、多数のオスの中で「目立つ」だけで、メスがそのオスを選択し、暴走が始まる条件として、十分であるとしている。

しかし、単に「目立つ」だけでメスが選ぶ理由になるというのなら、ダーウィンが予測した「魅力的な異性の選択」から一歩も出てはおらず、メスはどうして「目立つオス」を選び、「目立たないオス」を選ばないのかを説明していない。

また、メスが目の前のオスを気にいらず、交配の機会を逃せば、次にもっと気にいるオスに出会うという保障はない。メスの好みが、有利な変異は保存され不利な変異は排除されるという適者生存と関係がないのであれば、メスは、コストが高くつく「選択」という行為を行う理由が存在しない。

ランナウェイ説は、20世紀初頭の定向進化説と同様、どうして暴走する種と暴走しない種が存在するのかを説明できない。

近年では、アモツ・ザハヴィ(1928-)が主張したハンディキャップ説(1975)が注目されている。ガゼルなどウシ科の草食動物では、捕食者の肉食動物の前で、高く跳びはねる行動(ストッティング)が見られる。どうしてガゼルはすぐに逃げ出さず、捕食者に見つかりやすい行動をとるのか、生物学者たちを困惑させてきた。ザハヴィは、ガゼルがストッティングを行うのは、自分は健康で運動能力が高い個体であることを捕食者に「宣伝」し、捕食者に追いかけることをあきらめさせるためであると主張した。

じっさいに、チータは、ストッティングを行わずにそのまま逃げ出すガゼルを狙うことが観察されているので、ストッティングは「目立つ」行動ではなく、「あきらめさせる」行動であることがあきらかである。これは、生存に有利な形質にほかならず、自然選択説と何ら矛盾がない。

ザハヴィ説のポイントは、被捕食者が捕食者に対して「信号」を送ることで利益を得られるということだが、この信号理論は、クジャクの尾羽の説明にも、ハンディキャップ説として拡張された。

ハンディキャップ説では、オスは、あきらかに生存に不利な形質(ハンディキャップ)を積極的にメスに「宣伝」することで、メスに選ばれると主張する。つまり、オスは、「生存に不利なほど大げさな尾羽があるにもかかわらず、自分は生き残っているのだから、優れている」ということを、メスに宣伝していると解釈する。

ドーキンスは、当初、ザハヴィの「とてつもなくひねくれた考え方」を批判していたが、ドーキンスの同僚のアラン・グラフィンがこれを支持したことで、有力な説の一つと見なすようになった。

ハンディキャップの宣伝の仕方は、4つに分類されている。
資格型ハンディキャップ:ハンディキャップがあるにもかかわらず生存できているオスは、他の面で優れているはず
示現型ハンディキャップ:オスは普段は見えない能力を、やっかいな行動をとることで示す
条件型ハンディキャップ:優れた条件のオスだけが、ハンディキャップを発展させることができる
戦略型ハンディキャップ:オスは、メスにはわからない自分の能力についての情報を持っていて、ハンディキャップの大きさを決めるときにその情報を利用する

ハンディキャップ説が正しいならば、オスはせっかくもっている高い能力をそのまま宣伝せずに、まったく別の形で、しかもわざわざ不利な形質にして宣伝していることになる。

遺伝子の変異はランダム(中立)なので、生物の進化(変異)は、超タカ派戦略のように「暴走」して隘路に入り込んでしまうことはしばしばある。

しかし、クジャクの尾羽のように、まったく生存に有利でなく、コストが高く、ハンディキャップでしかない遺伝子が、遺伝子プール内で少数派の状態から、他の遺伝子との生存闘争に打ち勝って、遺伝子プール内の多数派を占めるとは考えられない。ダーウィンが看破したように、「闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間」なのである。生物の生存闘争は、何の合理的な理由もなく、ハンディキャップ遺伝子が、ハンディキャップのない遺伝子に勝てるほど甘くないはずだ。

また、ハンディキャップ説では、観察によって「有利favourable」と「不利injurious」を区別することができないので、何が生存に有利な要素なのかを決めることができない。これでは、ダーウィンの自然選択説の定義が、論理として成立しない。進化の結果だけを見て、何とでも言えることになり、「有利だったから、有利だった」というトートロジーに陥ってしまう。

ドーキンスは、補注の最後で、「しかし本当に問題なのは私たちの感想ではない。判断する資格があるのは自然淘汰だけなのだ」と書いて、ハンディキャップ説への完全な支持を避けている。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 41,227

ウイルス vs 脊椎動物:Virus vs Vertebrata

ウイルスの大きさ(直径)は、アーキアやバクテリアの1/10ほどしかない。多細胞生物である人間と比べると、1/108である。

ウイルス :数十nm~数百nm
アーキア :0.5µm~数µm
バクテリア:0.5µm~5µm
真核生物 :数µm~数十m

ウイルスの遺伝子は多様で、もっとも小さなウイルスは2個のタンパク質をコードするにすぎないが、最大のものは、2500個のタンパク質をコードするという。一般的なウイルスの遺伝子は、数十個のタンパク質をコードしている。ウイルスは、単独では自己複製することができず、宿主であるアーキア、バクテリア、真核生物に寄生して生存している。

ウイルスは、他の生物に比べてきわめて小さい。小さいということは、複製に要する物質やエネルギーの量が小さいので、世代時間tgがきわめて小さくなる。tgが小さいほど変異速度が大きくなるので、ウイルスは宿主よりも有利である。とくに、身体が大きな多細胞生物は、複製に必要な蓄積資源量が大きいので、世代時間tgは大きい。多細胞生物は、ウイルスの寄生に対して対抗できないはずだ。

変異速度の大きなウイルスに対抗するのが免疫であり、多細胞生物は、免疫を獲得したことで身体を大きくすることができたのであろう。免疫には、自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫は、次世代に引き継がれる遺伝的な情報であり、獲得免疫は、複製のあとに獲得される遺伝的な情報だ。

脊椎動物の獲得免疫を担う免疫細胞には、T細胞とB細胞がある。これらの免疫細胞が他の体細胞と違うのは、細胞が生成して成熟していく過程で、レセプター(受容体)遺伝子の組換えが行われることだ。ふつうの体細胞は、同一化によって変異速度をゼロにしているので、変異速度が大きいウイルスの侵入に対して無力である。そこで、免疫細胞のレセプター遺伝子の変異速度を大きくすることで、ウイルスの変異速度に対抗している。

T細胞レセプター(TCR)とB細胞の免疫グロブリン(Ig)で起きる遺伝子の組換えは、V(D)J遺伝子再構成(V(D)J recombination)と呼ばれている。

免疫細胞のレセプター遺伝子は、切断したV、D、Jの遺伝子断片を組換えることで、遺伝子の変異速度を飛躍的に大きくしている。遺伝子組換えによって、何十万種類ものT細胞、B細胞が作られ、未知の病原・抗原に対抗できるように準備している。

「獲得」というのは、一度感染したウイルスの情報にもとづいて、免疫細胞がいつでも対抗できるような状態になることだ。

生成したばかりで、抗原と出会う前のT細胞は、何も仕事をしない状態(ナイーブT細胞)にある。病原などが侵入し、樹状細胞から抗原の情報を受け取ると、ナイーブT細胞は活性化してエフェクターT細胞になる。エフェクターT細胞は、増殖して病原・抗原を攻撃する。病原・抗原がいなくなると、活動を終えたエフェクターT細胞は死んで減少するが、一部はメモリーT細胞になって体内に残る。再び同じ病原・抗原が侵入すると、メモリーT細胞は、すばやくエフェクターT細胞に変化して、病原・抗原を攻撃する。

免疫細胞は、造血幹細胞から作られる。造血幹細胞は胎児のときは肝臓に存在するが、出生後は骨髄で活動する。B細胞は骨髄で生成し、T細胞は胸腺で生成する。

遺伝子組換えによって起きる免疫細胞の変異は、ランダム(中立)なので、当然、「自己」を攻撃する有害な変異も起きてしまう。胸腺では、胸腺上皮細胞や樹状細胞が、有害な細胞や無効な細胞を殺し、有力な細胞を残している。

これは、多細胞生物が、生殖細胞を大量に複製し、配偶子や卵を環境中に放出して、適応速度を大きくする「構造的な選択」と似ている。

脊椎動物が強害なウイルスに感染すると、多くの個体が死亡するが、免疫を獲得して生き残る個体も多く存在する。現存する脊椎動物は絶滅せず存続してきたので、免疫細胞のレセプター遺伝子の変異速度は、ウイルスの変異速度よりも大きいはずだ。一方、ウイルスも絶滅せずに存続しているので、両者の闘争は拮抗(平衡)している。

変異速度が劣るウイルスが生き残る方法としては、以下のパターンが考えられる。

(a)抗体を破る形質(変異)の獲得
ある遺伝子プール内で、ウイルスに対する抗体を獲得した個体の割合が高くなっても、ウイルスが変異すると、遺伝子プール内に再び感染・蔓延することが可能になる。

(b)同じ遺伝子プール内の年代乗り換え
ウイルスは、遺伝子プール内の、抗体(メモリー細胞)がない若年層に感染する。そして、次々と若い年代の個体に感染し、「年代乗り換え」を行う。宿主が、世代時間が長く遺伝子プールが大きい生物種なら、ウイルスは、年代乗り換えによって、同じ遺伝子プール内で永続的に存続することができる。

(c)遺伝子プールの乗り換え
ウイルスは、遺伝子プールから別の遺伝子プールに乗り換えながら感染する。同種内の遺伝子プールを次々と乗り換えるのは普通であるが、種を乗り換えることもしばしばある。
ウイルスは遺伝子の量が少ないので、遺伝子が変異すると、以前に持っていた形質を維持できなくなる可能性が高い。一方、脊椎動物の宿主では、獲得した情報(メモリー)は、次の世代に遺伝しないので、こちらも、次第に遺伝子プールから失われていく。これは、カッコウがスズメ目の宿主を次々と乗り換えて存続する「変異の共振による進化的な安定」と似ている(2017.2.20ブログ)。

%e4%b9%97%e3%82%8a%e6%8f%9b%e3%81%88

cn:カッコウの遺伝子プール内における、宿主種nに対する托卵可能遺伝子の量
hn:宿主種nの遺伝子プール内における、托卵拒否遺伝子の量
tc:カッコウが宿主の種を乗り換える平均時間
th:宿主種の遺伝子プール内に、托卵拒否遺伝子が存在する平均時間
h=∫cdt+kt   (t1≦t≦t2
n・tc=th

ウイルスと他の生物が決定的に違うのは、ウイルスは、他の生物に寄生しないと、自己複製できないことである。もし、きわめて強害なウイルスが出現して、宿主を絶滅させてしまえば、ウイルス自身も絶滅する。なので、現在、地球上に残っているウイルスは、宿主を絶滅させない(自分が絶滅しない)ウイルスである。寄生しないと自己複製できないウイルスは、宿主との「共存」以外に生き残る方法がない。(つづく)

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 22,638

個のフタクタル:Fractal of individual

ふつう、存在論では、「個」とは「自己」のことであり、自己は存在者あるいは実存である。しかし、ヒュームやカントの認識論をつきつめれば、自己も存在者も実存も雲散霧消してしまうであろう。

ドーキンスの利己的な遺伝子論では、生物の個体は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」と定義される。個体は、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」にすぎない。

ただし、ドーキンスは、「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」と、他の生物とは別の地位を人間に与えている。また、「私たちの脳は、遺伝子に対して反逆できるほどには十分に、遺伝子から分離独立した存在なのである」とも書き加えている。

・・・・・・・・・・・・

出芽酵母と分裂酵母の関係から敷衍すると、多細胞生物では、無性生殖の体細胞と有性生殖の生殖細胞が集合して、ひとつの生命体(個体)を形作っているように見える。出芽酵母が多細胞生物の体細胞にあたり、分裂酵母が多細胞生物の生殖細胞にあたる。

生物は、自己複製のたびに、表現型変異が生じる可能性があるので、生存条件が良好であれば、様々な変種が生まれる確率が高くなることはすでに述べた。集団同士の遺伝的距離(差異)が大きくなって、もはや接合できなくなれば、それは、新種の誕生につながる。

生物の種は、遺伝子プールが最大になる範囲で、個々の差異がもっとも大きくなるのが合理的だ。遺伝子プールでは、同一化と差異化が、常にせめぎあっている。

多細胞生物は、体細胞が同一でないと、「個」を維持できない。体細胞同士は、共通の言語でコミュニケーションをとりながら、巨大なネットワークを構築して、「個」を形作っているからである。

しかし、多細胞生物の体細胞では、複製のたびに表現型変異が生じる可能性があるので、他の細胞との差異が大きな変異が生じれば、それはもはや、「自己」ではなく、「他」であり「異」である。

すなわち、多細胞生物が「個」を維持するためには、体細胞を同一化するシステムの存在が必須である。複製ミスをゼロにすることはできないので、それは、体内を常に監視して、変異した体細胞を殺すような機構だ。

体細胞:同一化=変異した細胞を免疫あるいはアポトーシスによって殺し、表現型変異の速度をゼロにする
生殖細胞:差異化=生殖細胞の大量複製によって変異速度を大きくし、構造選択によって適応速度を大きくする

体細胞の同一化は、医学では、がん免疫監視(cancer immunosurveillance)と呼ばれている(Burnet,1957)。リンパ球は「監視員」のように、常に体内で発生する変異細胞(がん細胞)を発見・除去しているという説である。

また、何らかの異常を起こした細胞は、アポトーシス(プログラム細胞死)によって取り除かれる。

逆に、多細胞生物から酵母を見ると、酵母では、ひとつひとつの細胞がバラバラになっているだけで、集団では、ひとつの生命体=個のようにも見える。細胞が個なのか、集団が個なのかを、厳密に区別する論理的な方法がない。

多細胞生物の場合も、たとえば、1頭のトラのオスは「個体」であるが、自分だけでは自己複製することができないので、「遺伝子の乗り物」としては、独立した存在ではない。また、生物種は、遺伝子プールの個体数が小さくなってしまうとライバル種や寄生者との競争に勝って存続することが困難になる。

さらに、人間を含めて、「個とは何か」を考えると、哲学に入り込んでしまうので、ここでは、「個」とは単に「ひとつ」の意味で考える。

個を単にひとつとすれば、生命活動を惹起する最小の単位を遺伝子におくことが可能である。そこで、ひとつの遺伝子を「個レベル1」(individual level 1)とする。遺伝子が集まってひとつの単細胞生物(個レベル2:individual level 2)を構成する。さらに、細胞が集まってひとつの多細胞生物(個レベル3 :individual level 3)を構成し、単細胞生物や多細胞生物が集まってひとつの種(個レベル4 :individual level 4)を構成する。多くの種が集まって、ひとつの生態系(個レベル5 :individual level 5)ができる。

個レベル1:―――――:遺伝子
個レベル2:集団レベル1:単細胞生物
個レベル3:集団レベル2:多細胞生物
個レベル4:集団レベル3:種
個レベル5:集団レベル4:生態系

「個」と「集団」を区別することはできず、個と集団は以下の関係になる。

個レベルn=集団レベル(n-1)

ひとつひとつの遺伝子は、重力場・電磁場・水を媒体にして、共有結合・イオン結合などクーロン力で他の遺伝子とつながり、細胞を形成する。ひとつひとつの細胞は、クーロン力やファンデルワールス力で結合しており、細胞同士は、重力場・電磁場・水を媒体にして、酸素、水、イオンなどの原子や分子、アミノ酸やタンパク質などの化合物、電子やエネルギーを伝達・交換して、多細胞生物を構成する。

単細胞生物や多細胞生物は、個体同士が、重力場・電磁場・水・大気を媒体にして、光・音などのエネルギー、フェロモンなどの化合物を伝達・交換して、種を形成する。

さらには、多くの種が、重力場・電磁場・水・大気を媒体とする系の中で、エネルギーと物質を移転・交換しながら、ひとつの生態系を形作る。

個レベル 空間 時間   媒体   力
遺伝子 微小 微小 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
単細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
多細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力
生態系 中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力

このような、フラクタルは、生物だけでなく、自然界に広く見られる。これは、空間、時間、媒体(場)、力が、多次元・多レベル存在するからだ。(つづく)

文献
David Hume, A Treatise of Human Nature , 1738
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 41,198