ケバラン:平衡テリトリー段階の管理狩猟採集/Kebaran: Managed hunter-gatherer in the equilibrium territory

旧石器時代と新石器時代の間の時代については、どのように呼ぶのかが、確定していない。イギリスやロシアの学者は、この時代を“Mesolithic”(中石器時代)と呼ぶが、それ以外の国では、“Epipalaeolithic”(終末期旧石器時代)と呼んでいる。

この時期は農耕が始まる直前であり、チャイルドやクラークのみならず、つねに議論の対象になってきた。どのような社会であったのかはっきりしていないが、終末期旧石器時代に建設が始まるギョベクリ・テペ遺跡(Göbekli Tepe)の存在は、すでに高度に組織化された「社会」や長期的な「規範」や「契約」が存在していたことを示している。また、ヒツジやウシの家畜化が始まる前から、キプロス島に、ムフロン、ベゾアール、オーロックス、イノシシ、ダマジカ、アカシカ、キツネなどが運びこまれていたことは、単に野生動物を捕獲するだけでなく、動物を管理していたことはあきらかである。

レヴァントの終末期旧石器時代は、Kebaran(ケバラン)、Geometric Kebaran(幾何学ケバラン)、Natufian(ナトゥーフィアン)に区分されている。これらの文化の概要は、以下のとおりである。

ケバラン:細石器、細石刃が作られたが、それらは非幾何学形である。
幾何学ケバラン:石器技術としては、台形、長方形、三角形、三日月形などの、幾何学形細石器が製作された。
ナトゥーフィアン:細石器、石臼、石杵などの磨製石器、装飾品、石壁の住居、貯蔵施設、埋葬、家ネズミの存在、人口の増加が報告されている。末期には、本格的な穀物の貯蔵と定住が始まった。


Trapeze-rectangle (1-3, 10-13, 15-21) of the Geometric Kebaran component within the late Natufian levels B-A3 at el-Khiam terrace, Judean desert (after Neuville, 1951, fig. 69).

ケバラン

一般に、終末期旧石器時代には、弓矢の使用とイヌの家畜化が広まったと考えられている。また、ケバランの人々の植物利用については、オハロⅡ遺跡で豊富な資料が出土しているが、それ以外では、あまり見つかっていない。

ガリラヤ湖東岸のエン・ゲヴⅢ(Ein Gev Ⅲ)では、15,000年前の礎石がある小型の小屋の跡や、埋葬された若い女性の骨格などが残されていた。また光沢のあるフリントの刃が出土しており、イネ科の植物が採集利用されていた。エン・ゲヴⅠから出土した動物の骨は、ガゼルが43%、アカシカとノロジカが36%、ヒツジまたはヤギが15.5%、ウシ4.5%、イノシシ1%であった。小屋では、このキャンプが数年間のあいだ、定期的に利用されていた形跡があり、同一の集団が季節的にキャンプを遊動しながら狩猟採集を行っていたと考えられている。(*1)

カルメル山の近くのナハル・オレン(Nahal Oren)では、ケバラン層(16,000年前)から出土した動物骨の77.4%をガゼルが占めている。それ以外では、ウシ3.3%、イノシシ2.6%、シカ1.1%、ヤギ0.1%などがあった。若いガゼルの骨の率が高いことから、ガゼルが家畜化されていたという説があるが、支持されていない。ナハル・オレンでは、時代とともに狩猟対象が変化しており、ケバラン初期にはダマジカは30~40%であったが、時代が下るにつれて14.9%まで減少した。一方、ガゼルは、ケバランとナトゥーフィアンの境界層では82.6%に増加した。なお、ナハル・オレンのケバラン層からは、64種の植物種子が出土しており、野生オオムギ、野生コムギ、イチジク、ブドウなどが含まれている。

ナハル・オレンのように、ガゼルの捕獲割合が増える傾向は、終末期旧石器時代のレヴァントのすべての場所でおきていたわけではない。たとえば、ベイルートに近いクサル・アキル(Ksar Akil)の終末期旧石器時代は、ダマジカ53%、ヤギ30%、ノロジカ15%、ウシ1%、ガゼル1%であった。さらに、ヨルダン高原のワディ・マダマグ(Wadi Madamagh)では、ヤギが82.7%を占め、ウシ、ガゼル、ブタ、ロバ、ウサギも捕獲された。

サン族

ここで、カラハリ砂漠の狩猟採集民であるサン族の生業スタイルを見てみる(*2)。サン族は、ひとつの遊動域に200~500人が生活している。サン族のもっとも小さな社会単位は家族であり、家族は夫婦と未婚の子供からなる。平均的な家族の数は5人ほどである。家族がいくつか集合して、キャンプを共にする。キャンプは1家族のときもあるし、20家族からなるキャンプもあるが、10家族ていどのキャンプがもっとも多い。キャンプの構成はきわめて流動的で、離散と融合をくり返す。

1か所のキャンプに留まる期間は、1週間から数週間で、1年間に移動する距離は300kmほどである。キャンプの場所はおおよそ決まっていて、植物性食物が豊富に得られ、薪や小屋の材料となる木が得られる場所である。キャンプへの移動は、毎年きちんと決まっているわけではなく、食物となる植物の生育状態に左右される。キャンプの人数が大きく、食べ物が豊富にあるときは、大規模なダンスや病気の悪霊払いが行われる。

仕事は分業化しており、男性は狩猟と道具の製作、女性は採集と料理を行うが、採集には男性も加わる。キャンプ地には動物が寄り付かないので、狩猟はキャンプから10~15kmの場所で行われる。採集は、キャンプから半径5kmの範囲で行われ、食料が少なくなると、次のキャンプに移動する。次のキャンプに着くと、以前のキャンプ跡の近くの適当な木立に小屋を作る。男性が樹を伐採して小屋の材料を集め、女性が数日かけて小屋を作る。小屋の入り口に近い外で、火を焚く。

狩猟は、おもに、弓矢による大型動物の捕獲と、ワナ猟による小型のカモシカなどの捕獲がある。弓矢による猟は、動物に気づかれないように近づいて、毒を塗った矢を射る。サン族の矢には矢羽根がないので、命中率が低い。矢が命中したら、数人の仲間を呼んで、動物の足跡をたどって追跡する。ワナ猟では、5~6個のワナを仕掛けて、毎日見回る。

採集は植物性の食物が中心だが、カメ、アリ、昆虫、小動物も対象になる。サン族が採集する植物は80種以上になるが、重要なのは11種である(表)。サン族は食料をほとんど貯蔵しないが、一度に背負うことができる量の豆と乾燥肉を貯蔵する。


おもな植物性食物の季節的移り変わり(source:ブッシュマン)

Citrullus lanatus:Watermelon:ツァマ・メロン、スイカ:重さ1kgで外観はスイカと同じだが甘みはない。水源として利用
Citrullus naudinianus:Gemsbok cucumber:アフリカのメロン
Bauhiuia macrantha:マメ科植物で豆は小さいので、はじけて落ちてしまうと収集できない
Bauhiuia esculenta:マメ科で豆は直径1.5cmの球形、はじけて落ちるが大きいので拾って収集できる
Terfezia sp.:desert truffles:シューロ:キノコでジャガイモのような形状、美味
Grewia flava:Brandy bush:2mほどの潅木で果実を食用にする
Grewia retinervis:1~3mの潅木で果実を食用にする
Ochna pulchra:Lekkerbreek:5 mほどの樹木で、腎臓形の漿果がなる
Cucumis kalahariensis:ウリ科植物で根茎を食用にする
Coccinia rehmannii:ウリ科植物で根茎を食用にする
Scilla sp.:シラー属で球根を食用にする

クラークは、サン族の狩猟について次のように書いている。「彼らは一般にお面をかぶり、ときには動物たちの啼き声を真似たりして、めざす犠牲に近づく」、「石はとりわけ掻石器(スクレイパー)やドリル形尖頭器ならびに細石器につくり、それらを樹脂で矢に装着して使った。彼等はなお、弓、槍、投棒および発火用のきねを作るのに木を、また矢柄用に葦と葭(よし)を、弓の糸に腱を、柄の先の方や矢の先端部に骨を、紐に木の皮の片を、衣服や容器に獣皮を、小玉(ビーズ)や容器に駝鳥の卵殻を用いていた」。(*3)

狩猟民が動物の仮面をかぶることは、世界中に痕跡が残っている。ヨークシャーの中石器時代のスター・カー遺跡からは、複数のアカシカの仮面が出土しており、フランスの15,000年前のトロワ・フレール洞窟の壁画には、仮面をつけた人が描かれている。クラークは、「世界の多くの部分における狩猟民の間では、仮面は獲物に忍び寄るためにつけられる。これは繁殖期にはとくに有効な方法で、雄は狩人の行動範囲内に容易にひきつけられる」としている。(*3)


スター・カー出土のアカシカの仮面(Author:Jonathan Cardy)


トロワ・フレール洞窟の壁画


スペイン レミギア洞窟

アボリジニ

アボリジニについても一瞥する。かつてのアボリジニの社会は、576の部族がそれぞれの領域を持ち、大陸を分割していた。一部族の人数は200~600人ほどで、部族人口の平均は500人とされる。部族はさらにいくつかの父系集団に分かれており、ふだんは、数家族を中心とした20~50人のバンドまたはホルドとよばれる集団で、領域内を遊動する。

それぞれの部族間の関係、あるいは、部族内の集団の構造と関係はきわめて複雑である。領域、言語、父系、母系、半族、トーテム、神話などによって集団と個人の関係が定められており、厳格な行動規範、婚姻規則、資源利用についての規範が存在する(*4)。アボリジニ社会の複雑な社会構造や厳格な社会規範の存在は、テリトリーの平衡がきわめて長期にわたって維持されてきたことを物語っている。

アボリジニの社会では、領域の占有者の了解なしに、狩猟や採集を行うことはできない。また、所属する領域の中であっても、以下のような厳格な食物規制が存在していた。(*5)
・自分のトーテムおよびドリーミングの動物を食べない
・異性の兄弟姉妹は忌避関係であり、姉妹は兄弟が捕獲した獲物を食べることは禁止
・クビナガガメなどは雨季には食べず、サメなどは乾季にしか食べないなど猟期の規制
・若者はある特定の動物の狩猟が禁止
・近縁の親族が死亡したとき、特定の動物を一定期間食べない
・女性は、月経、妊娠、授乳期などの時期ごとに、爬虫類、鳥類など特定の動物を食べない
・筌(うけ)猟で得られた最初の獲物を食べられるのは、老人、成人儀礼まえの子供、子供を2人以上もつ女性
・ガンの卵狩りの最初の猟で得た卵を食べられるのは、老人、子供を2人以上もつ女性、幼児
・食物規制がないのは、成人儀礼まえの子供と、すべての儀礼をおえた老人

採集の仕方にも決まりがあった。「彼らはイモのツルをみつけるとその根もとからロート状に掘りすすみ、ヤムイモをとりだす。そのあとツルがついたイモの頂部を切りとり、再びその同じ穴に埋めもどしていた。この場合は、落葉などが堆積して腐葉土ができやすいようにするため、穴を完全に埋めることはしなかった」。(*5)

食料の貯蔵については、生きたまま一時的に貯蔵できる唯一の動物はクビナガガメで、数十匹のカメを穴などにたくわえておく。これは、雨季になり長雨で狩りができないときの食料にする。(*5)

「拡散段階の狩猟採集」と「平衡テリトリー段階の狩猟採集」

人が足を踏み入れたことがない無人の地を進むのであれば、野生の動物や植物を捕獲採集するのはまったく自由であろう。このような生業スタイルを、「拡散段階の狩猟採集」とする。一方、定住せずに領域内を遊動する非貯蔵社会であっても、平衡テリトリーが安定しているばあいは、テリトリー内の資源の採取権、狩猟権、採集権は確立している。これは私的な所有権とは異なるが、集団による所有権と同じ意味を持っている。現代の国家で言えば、私的所有権の上位にある領有権のようなものだ。

草原でガゼルやカンガルーなどの野生動物が自由に草を食んでいるように見えても、その動物には、持ち主が存在している。野生の動物や植物であっても、その領域を占有する集団の了解がなければ、捕獲採集することは許されない。このような生業スタイルを、「平衡テリトリー段階の狩猟採集」と呼ぶことにする。「拡散段階の狩猟採集」と「平衡テリトリー段階の狩猟採集」は、所有権の有無がまったく異なるだけでなく、狩猟や採集の方法が異なる。

平衡テリトリーで行われる狩猟や採集は、「管理狩猟」であり「管理採集」である。じっさいに、管理された狩猟と採集は、古代社会においても現代の社会においても広く見られる。狩猟や漁撈では、産卵期や繁殖期に捕獲しない、必要以上に捕獲しない、幼体は捕獲しない、若いメスを捕獲しないなど、猟期、捕獲量、捕獲対象についてさまざまな制限がある。

植物の採集についても、採集期と採集量の制限、採集対象の保護、採集後の保存などの習慣が広く存在している。
「山には所有者があるが、山菜をとるためにはどこの山でも無断で入ってよい。しかし、山の行儀は正確に守らなければならない。つまり、山菜や野草の命を絶やさないことである。ゆりややまいもを掘ったときは、鱗片の一部を埋め、やまいものむかご三粒を穴に埋めもどす。たらの木の芽をかくときも必ず一芽残し、追芽(後から出る芽)は欠かない。(田沢湖町)」(*7)

また、三内丸山では縄文前期末~中期に、台地斜面から台地縁付近にほぼクリの純林が形成されていたと推定されている(*8)。このことは、縄文時代にクリを栽培していたことの証拠にはならないが、当時の人々がクリを保護していたことは確実である。

なお、このような、植物の栽培化前の段階を「半栽培段階」として、はじめて言及したのは、中尾佐助である。
「自然生態系を人間が撹乱、破壊すると、それに植物の側が反応して、突然変異などの遺伝的変異も含めて、新らしい環境への適応がおこる。そうした植物の中から、人間が利用をはじめると、植物の側から適応力を更に進めていくこともおこり得る。こうしたことが何千年も積みかさなると、狩猟採集の段階でも、人為的環境の中で経済がいとなまれることになる。その段階では人間は意識的に栽培をすることはなくても、農耕の予備段階に入ったと言えよう。それは広義の半栽培の段階とも言えよう。或いはもっと適格に言えば、生態系撹乱段階と言ってもよいだろう。こうして生態系撹乱をして、新らしい環境に適応したものの中から、有用なものを保護したり、残したりするようになると、これはもうはっきりとした半栽培段階と言ってよいだろう。パラゴムやウスリーナシにその例は見られる。この段階に入ると、植物の品種改良が進行し、また意識的に人為伝播がおこってくるとしてよい」(*9)

レヴァントのケバラン期において、場所によって捕獲対象に違いがみられるのは、平衡テリトリー内で部族ごとに管理狩猟が行われていたためであろう。自分たちのテリトリー内でしか捕獲できなければ、テリトリーに固有の動物の捕獲が多くなる。また、ナハル・オレンで若いガゼルの骨が多いのは、狩猟方法によるのかもしれない。ガゼルの仮面をつけて繁殖期の群れに近づけば、なわばりに入り込んだオスと間違えて狩人に近づいてくる若いオスを捕獲する確率が高くなるであろう。草食動物の群れの繁殖数を左右するのは、メスと少数のオスである。若いオスが選択的に捕獲されれば、群れの個体数は減少しないので、長期にわたってガゼルを捕獲することが可能となる。

補足
中尾佐助の業績はもっと評価されるべきと思うが、「自然生態系を人間が撹乱、破壊すると、それに植物の側が反応して、突然変異などの遺伝的変異も含めて、新らしい環境への適応がおこる。そうした植物の中から、人間が利用をはじめると、植物の側から適応力を更に進めていくこともおこり得る」という表現には違和感を覚える。そのように見えるだけである。突然変異は生物が環境に反応しておこるわけではなく、自己複製のたびにランダムに起きる。また、生物が主体的に適応力を進めるわけでななく、自然選択の結果、生き残った遺伝子が生き残る。

文献
*1)James Mellaart. (1976) Neolithic of the Near East. Macmillan Pub Co; First Edition edition
*2)田中二郎.(1971)ブッシュマン. 思索社
*3)G. クラーク, S. ビゴット.(1970)先史時代の社会. 法政大学出版局
*4)門口充徳.(2014)アボリジニ社会から構造主義へ. 成蹊大学文学部紀要第49号
*5)松山利夫.(1994)ユーカリの森に生きる. NHKブックス
*6)小山修三.(1992)狩人の大地. 有山閣出版
*7)藤田秀司ほか.(1986)聞き書 秋田の食事. 農山漁村文化協会
*8)吉川昌伸.(2011)クリ花粉の散布と三内丸山遺跡周辺における縄文時代のクリ林の分布状況. 植生史研究第18巻第2号
*9)中尾佐助.(2004)中尾佐助著作集第Ⅰ巻農耕の起源と栽培植物. 北海道大学図書刊行会

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)
売り上げランキング: 128,001
広告

西アジアの上部旧石器時代-平衡テリトリーへの移行:Upper Paleolithic age in Southwest Asia-Transition to equilibrium territory

レヴァント地方の4.7万年前以降の旧石器時代は、上部旧石器時代(4.7~2万年前)と終末期旧石器(中石器)時代(2~1万年前)に分けられる。上部旧石器時代の石器技術の特徴は、石核から剥離される石刃と細石刃である。技術系統としては、エミラン、前期アハマリアン、後期アハマリアン、レヴァント地方オーリナシアンなどがある。(*1)


(source:西アジア考古学講義ノート)

上部旧石器時代は、一般には、ネアンデルタール人が衰退し、現生人類が活動の中心になった時代と考えられている。現生人類は、6.5万年前には、すでにオーストラリア大陸へ到達したという報告があり、ヨーロッパでの活動は、4.3~2.6万年前のオーリナシアン(オーリニャック)文化が代表的である。オーリナシアン文化期には、洞窟絵画、動物彫刻、ヴィーナス像など、多彩な創造物が製作された。なお、現生人類が日本列島に到来したのは、4~3万年前とされている。


Venus of Laussel:ローセルのヴィーナス、仏ボルドー、2.5万年前、赤いオーカーが塗られている

上部旧石器時代のレヴァントにおける、ヒトの生活様式や社会構造は、よくわかっていない。遺跡から出土する動物骨で多いのは、ガゼル、ダマジカ、アカシカ、オーロックス、野生ヒツジ、イノシシ、ウマなどである。中部旧石器時代にくらべると、ガゼルなど小型の動物の割合が多くなる。捕獲しやすい大型動物が減少し、敏捷で捕獲が難しい小型動物へと捕獲対象が移ったのであろうか。

上部旧石器時代の重要な遺跡のひとつに、オハロⅡ(Ohalo II)がある。オハロⅡは、ガリラヤ湖の南西海岸に位置し、旱魃によって湖の水位が低下した1989年に発見された。2~3mの水深下にあったため、大量の有機物が保存されていた。遺跡の年代は23,000年前とされ、6か所の焚き火の跡、枝でできた楕円形の小屋、成人男性の墓、ごみ捨て場、石器、150分類群の15万点の植物資料、哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類などの動物の骨などが出土した。石器技術の系統は、後期アハマリアンであるが、終末期旧石器のケバランの細石器が含まれる。

出土した膨大な植物資料は、スズメノチャヒキ、オオムギ、スズメノテッポウなどのイネ科植物、ドングリ、アーモンド、ピスタチオ、野生オリーブ、ベリー、ラズベリー、野生イチジク、野生ブドウ、ムラサキ科(Boraginaceae)、キク科(Compositae)などである。(*2)

オオムギ、コムギなどの穀物と小粒の雑穀(small-grained grasses:SGG)については、次のように同定されている。


The primary SGG and cereals at Ohalo II (PNAS. 2004 Jun 29; 101(26): 9551–9555.)

Alopecurus utriculatus:スズメノテッポウ(イネ科)
Bromus pseudobrachystachys:スズメノチャヒキ(イネ科)
Hordeum glaucum:ムギクサ(イネ科オオムギ属)
Hordeum marinum:ムギクサ(イネ科オオムギ属)
Puccinellia cf. convoluta:プシネリア、アルカリグラス(イネ科)
Hordeum spontaneum:野生オオムギ
Triticum dicoccoides:野生コムギ(パレスチナコムギ)


Volume of SGG and wild cereal species occurring in southwest Asian archaeological sites from the UP to the Late PPNB. Average cal B.P. dates were calculated by using the available dates for each site and do not reflect the total time span of occupation. Volume was calculated by using figures by Kislev and colleagues (48-50). PPNA, Prepottery Neolithic A. (PNAS. 2004 Jun 29; 101(26): 9551–9555.)

Weiss氏らは、これらの小粒の雑穀(SGG)が、オハロⅡでの主要な食料であったのではないかとしている。その理由として、出土した種子の量が膨大であること、登熟していること、現在でもこれらの雑穀が食料として利用されていることをあげている。また、これらの穀粒は、45cmほどの長さの玄武岩の板の周辺に集中していた。

しかし、2015年の報告では、上記とは別の見方をしている(*3)。オハロⅡから回収された18種類のツールの使用状況が詳細に検討され、玄武岩の板の表面からは150個のデンプン粒子が回収された。そのうちの127個がイネ科植物であり、78個がオオムギ、コムギ、タルホコムギ、およびカラスムギに由来するという。石の板は、穀物の加工に使用され、できた粉を生地にして焼いていたと予想されている。

オハロⅡでは、71個の石器が見つかっているが、そのうち穀物の加工に使われたのは25%以下である。また、2,221個のフリントが存在するが、収穫鎌として使用されたフリントはごくわずかである。イネ科植物の子実が大量に採集されたのは間違いないが、穀物が主要な食料であったナトゥーフ文化に比べれば、きわめて貧弱な粉挽き道具しか存在していない。また、玄武岩の板は、粉挽き専用ではなく、多様な用途に使われていたことが確認された。これらの石器の状況は、穀物の粉の生産が日常的に行われていたわけではなく、ときどき行われたにすぎないことを示しているという。


Ohalo II Locus 1 slab, view of the upward-facing surface. Starch grains were retrieved from this face (Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 Nov 19)

Examples of macroscopic wear observed on object 1a59 (active tool). The dotted lines indicate the limits of various wear surfaces. End 1 (on the left) shows a combination of percussion and abrasion at low magnifications, while the surface shows a smooth texture and domed morphology in cross section. Note that the darker spots correspond to natural holes. End 2 (on the right) is dominated by impact marks and the surface shows a rough texture and an irregular cross section. Limits of the area with impact marks can be seen on the top left side of the photo. (Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 Nov 19)

Use-wear indicative of utilization observed at high magnifications on the internal surface of a shallow bowl (B87d 90–1360) from Ohalo II. (Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 Nov 19)

2015年には、次のような論文も発表されている(*4)。オハロⅡの15万個の植物標本からは、140以上の植物種が確認されている。植物の中には、コムギ、オオムギ、カラスムギが存在するが、同時に農地の雑草として知られる13種の植物があった。13種の雑草種は、15万の標本の10.5%(15,726個)にのぼった。

報告者たちは、この13種の植物を“proto-weeds”(原形雑草)と呼んでいる。雑草とは、環境や生態系がヒトに攪乱されることによって生じる植物のことである。“proto-weeds”(原形雑草)とは、ヒトの初期の活動によって攪乱された環境に侵入して繁殖し、その後に雑草へと進化した植物と定義している。同定された「原形雑草」の大部分(93.2%)は、アカネ科のミナトムグラ(Galium tricornutum)とイネ科のドクムギ(Lolium temulentum)であった。「原形雑草」の存在は、穀物栽培のもっとも初期の小規模な試みを示唆する、考古学的な証拠であるとしている。

また、オハロⅡでは、光沢のあるフリントの刃が5個見つかっている。刃の光沢は、イネ科植物の稈(茎)を切断して、穀物を収穫する際に生じたとされている。


The sickle blade from Ohalo II. (A) Macrograph of the sickle blade. (B) Micrograph showing the use-wear polish produced by cereal harvesting, observed along the sharp edge of the blade (original magnification 200x). (C) Micrograph showing hafting wear including streaks of polish associated with rounding observed along the opposite edge (original magnification 100x). (PLoS One. 2015 Jul 22;10(7))

そして、次のように結論付けている。オハロⅡの遺物は、当時の住民が小規模な栽培を行っていたことを示している。ただし、それ以降の期間に、栽培が継続して行われた痕跡はない。栽培が行われた証拠として以下のことがあげられる。①野生コムギ、野生オオム、野生カラスムギなど穀物の存在、②多数の原形雑草の存在、③非脱粒のオオムギの小穂の存在(36%)、③収穫用のフリント。このように、オハロⅡでは、キャンプの近くで小規模な穀物の栽培が行われ、そのエリアでは、原形雑草が始めて繁殖した。

上記の23,000年前のオハロⅡで、穀物の栽培が行われていたという主張には、あまり賛同できない。もし、オハロⅡの住民が、穀物栽培というきわめて生存に有利な情報(文化)を獲得していたならば、栽培文化を保有する彼らの子孫は、等比級数的に人口を増やしたはずだ。そして、その栽培文化は、周辺地域に急速に広がる。それが、マルサスの理論である。しかし、同時代の他の遺跡からは、栽培文化の痕跡は、まったく見つかっていない。

ヒトが植物を栽培することは、特定の植物を特定の場所で管理し、保護することである。特定の植物を保護することは、環境や生態系に何らかの働きかけを行うことなので、環境や生態系に変化が生じる。太陽からのエネルギー流速度は変化せず、それ以外の環境条件や生態系が変化すると、エネルギー獲得のニッチが生じる。この新しく生じたニッチで、目的の植物以外の植物も生息できるようになる。このときの、目的の植物以外の植物が雑草である。

ダーウィンは、『種の起源』の中で次のように書いている。(*5)

Here there are extensive heaths, with a few clumps of old Scotch firs on the distant hill-tops: within the last ten years large spaces have been enclosed, and self-sown firs are now springing up in multitudes, so close together that all cannot live. When I ascertained that these young trees had not been sown or planted I was so much surprised at their numbers that I went to several points of view, whence I could examine hundreds of acres of the unenclosed heath, and literally I could not see a single Scotch fir, except the old planted clumps. But on looking closely between the stems of the heath, I found a multitude of seedlings and little trees, which had been perpetually browsed down by the cattle. In one square yard, at a point some hundred yards distant from one of the old clumps, I counted thirty-two little trees; and one of them, with twenty-six rings of growth, had, during many years tried to raise its head above the stems of the heath, and had failed. No wonder that, as soon as the land was enclosed, it became thickly clothed with vigorously growing young firs. Yet the heath was so extremely barren and so extensive that no one would ever have imagined that cattle would have so closely and effectually searched it for food.

「ここには、広いヒースがある。遠くの丘の上には、スコッチパイン(ヨーロッパアカマツ)の群生もいくつかある。スコッチパインの群生は、10年ほど前から柵で囲まれており、自然繁殖して、すべての個体が生き残れないないほど、密に生えている。わたしは、いくつかの場所を見て、これらの若木は、人が播種したり植え付けたりしたものでないことを確認した。そして、その数の多さに驚いた。柵で囲まれていない何百エーカーもあるヒースを調べたときは、植え付けられた古い木立を除いて、一本もスコッチパインを見なかった。しかし、ヒースの草のあいだを詳細に観察すると、長期間にわたってウシに新芽を食べられた苗木や若木をたくさん見つけた。スコッチパインの古い木立から数百ヤード離れた場所の1ヤード四方には、32本の小さな樹があった。そのうちの1本には、26本の年輪があり、長年にわたって茎を上に伸ばそうとしたが、失敗していた。土地が柵で囲まれるやいなや、急成長する若いスコッチパインに覆われるのは、不思議ではない。しかし、このヒースは不毛で何もなく広大である。ウシが丹念にかつ効果的に、食べ物を探しためだとは、誰も想像しなかったであろう。」

誰かがこのヒースで、ムギを栽培するために種を播いたとする。その人は、発芽したムギがウシに食べられないように、畑を柵で囲むであろう。すると、スコッチパインはウシに食べられないので、大きく成長するようになる。このスコッチパインが「雑草」である。

ヒトによって、オハロⅡの周辺の環境や生態系が攪乱されたのは確かであろう。しかし、それは、ヒトが穀物を栽培したからではなくて、オーロックスなどの大型の草食動物の数が減ったことの結果であると思われる。大型動物が減少したことで、オハロⅡの周辺の環境や生態系が変化し、ニッチが生じたと考えられる。

そもそも、オハロⅡの人々が、穀物を栽培していたならば、標本中のオオムギ、コムギ、カラスムギの割合がこれほど小さいのは不自然である。小粒の雑穀の多さと種類の雑多さは、穀物を意識的に栽培していないことを示している。

非脱粒のオオムギの小穂は、もともと野生オオムギの集団の中に、確率的に存在している。良質のデンプンを獲得するには、登熟が進んだ種子を採集しなければならない。オオムギの穂の登熟が進むと、脱粒の小穂は落ちてしまうので、非脱粒の小穂が採集される確率が高くなる。標本中に非脱粒の小穂の割合が大きくなるのは不自然というわけではなく、1か所の遺跡のデータだけでは栽培化の証拠となりえない。

イネ科植物の子実は小さく、硬い殻と皮に包まれている。これを食用にするには、収穫→乾燥→脱穀(稈からはずす)→脱稃(殻をはずす)→製粉(皮をはずす)→篩(フルイにかける)という工程を経なければならない。さらに、得られた粉に熱を加えて、デンプンをアルファ化しないと消化効率が低い。

もちろん、旧石器時代の人々が行っていたのは、より原始的な加工方法だろう。野生の穀物は脱粒性なので、登熟するとほとんどの穀粒が地面に落ちてしまう。未登熟だと良質なデンプンが得られないので、登熟して種子が落ちる寸前の穂を選びながら採集することになる。穂を手でしごいたり、穂首をフリントのナイフで切ったりして、皮の袋に集める。集めた穂や種子を、地面に広げて乾燥させる。あるいは、焚き火のまわりに置いたり、焼いた石の上に置いて、軽く炙ったかもしれない。野生の穀物種子は殻も皮もはずれにくいので、そのまま石の板の上に置いて、磨石でたたいてつぶす。砕けた胚乳部が粉状または果粒状になって、殻からはずれる。この混合物から殻を手で除くと、粉、果粒、皮の混合物が得られる。これに水を加えて、円盤状にして焼く。

穀物を食料にするには非常に手間がかかる上に、重労働である。このような重労働は、よほどのことがなければ、やろうとしないであろう。オハロⅡの住民は、面倒な穀物を食べなければならないほど、食料の入手が困難な状態であったと思われる。ただ、当時の人々が、イネ科の穀物を食料にする方法をすでに知っていたことは確かである。

オハロⅡで重要なことは、彼らが、なぜ、食べるのに面倒な穀物を収集せざるを得なかったのかということだ。ふつうは、食べ物が不足したら、ウシやシカが多い場所に移動するのが合理的だ。

ヒトは、超協力タカ派戦略をとっており、バンドや部族などの集団で生活している。ヒトの数が少ないあいだは、人口を増やしながら、食料を求めて自由に移動し、生息域を拡大していく。しかし、生活可能な陸地への拡散が終わると、それぞれの部族が、なわばりを画定して、近隣集団をなわばりに入れないようになる。アボリジニやサン族は、自分たちのテリトリーへの他の部族の侵入を許さず、テリトリー内を季節的に遊動する生業スタイルをとっている。(2017.9.2ブログ

このように、複数の部族が自分たちのテリトリーを画定して、平衡状態になっている社会構造を、「平衡テリトリー」と呼ぶことにする。テリトリーの平衡は、永久的に安定しているわけでない。平衡テリトリーでは、凶作年で食料が少なくなっても、勝手に他の部族のテリトリーに入ることはできない。無理に侵入することは、集団戦闘になることを意味する。

オハロⅡから大量に出土したイネ科植物の穀粒は、上部旧石器時代末のレヴァントでは、ヒトの集団が拡散期から平衡テリトリー期に移行していたことを示しているのではないだろうか。

文献
*1)藤井純夫ほか.(2013)西アジア考古学講義ノート. 日本西アジア考古学会
*2)Ehud Weiss, Wilma Wetterstrom, Dani Nadel, and Ofer Bar-Yosef. (2004) The broad spectrum revisited: Evidence from plant remains. PNAS. 2004 Jun 29; 101(26): 9551–9555.
*3)Laure Dubreuil, Dani Nadel. (2015) The development of plant food processing in the Levant: insights from use-wear analysis of Early Epipalaeolithic ground stone tools. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2015 Nov 19; 370(1682)
*4)Ainit Snir, Dani Nadel, Iris Groman-Yaroslavski, Yoel Melamed, Marcelo Sternberg, Ofer Bar-Yosef, Ehud Weiss. (2015) The Origin of Cultivation and Proto-Weeds, Long Before Neolithic Farming. PLoS One. 2015 Jul 22;10(7):e0131422.
*5)Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 43,010

アリによるアブラムシの「牧畜」:Ants put aphids on pasture

数年前、菜園でナスを栽培しているときに、アリにナスの新芽を食べられた。すべての新芽がかじられるので、それ以上、ナスが成長できず、まったく大きくならなかった。

それまで、何年もナスを栽培してきたが、新芽を食べるアリをはじめて見た。調べてみると、アルゼンチンアリが、ナスの新芽を食べることがあるらしい。南米原産のアルゼンチンアリは、現在、世界中に生息域が拡大しており、もっとも強力な侵略的外来種のひとつとされている。日本でも、広島県や兵庫県など、11都府県で生息が確認されている。


中央の黒く変色している部分がアリに食害された新芽。新葉が折れて落ちそうになっている

そこで、ナスの株元に、粘着面が外側になるようにガムテープを巻いてみた。樹に登ろうとするアリは、ガムテープにくっついて動けなくなる。この方法はとても効果があり、新芽はかじられなくなった。ただし、雨が降ると、粘着力が弱くなるので、定期的にガムテープを交換しなければならない。

2年ほどガムテープでアリを防いでいたが、その後、新芽を食べるアリは現れなくなった。米ナスから、別の品種に変えたせいかもしれないが、はっきりした理由はわからない。

ところが、3年くらい前から、ナスのアブラムシが止まらなくなった。それまでは、アブラムシがついても、そのうちに消えてしまい、ナスの生育に影響はでなかった。今度は、ナスが弱るほどアブラムシがついて、いつまでたっても、いなくならない。

ふつう、アブラムシは、先端のほうの軟らかい枝や葉に、集中的に発生することが多い。アブラムシは、宿主植物が豊富な春から夏にかけては、メスがクローン複製を繰り返して個体数を急増させ、コロニーを形成する。秋になると、有性生殖で卵を産み、卵で越冬する。

株元を見ると、アリが樹を登ったり降りたりして、アブラムシから甘露を集めているようだ。アリとアブラムシは、相利共生の関係にあるとされており、アリは捕食者からアブラムシを守り、アブラムシは甘露をアリに与える。

菜園のすべてのナスにアブラムシがつくわけでなく、1本の株だけに集中して発生している。また、ナスについたアブラムシを見ていると、葉や枝の一か所に集中しないで、葉の表や裏にバラバラについている。

葉の表と裏にいるアブラムシを、1匹残らず、手でつぶしてみた。翌日になって、ナスの葉を見ると、アブラムシが復活している。2~3日もすると、アブラムシは、手でつぶす前と同じように、葉にバラバラについている。

1本の株にだけアブラムシが発生し、しかもこんなに速く回復するのは、何らかの仕掛けがあるはずだ。ひとつは、アブラムシは、アリが保護してくれるナスの株を何らかの方法で判別しており、その株に目がけて飛んでくるのかもしれない。もうひとつは、アリがどこからかアブラムシを運んできて、葉の上にバラバラに配置していることだ。

アリとアブラムシを見ていると、両者の共生関係は、たまたまそこにいた相手をお互いに利用しているということではなく、もっと能動的に相手を操作している。

アリは、「家畜化」したアブラムシを「放牧」しているように見える。アリによるアブラムシの「牧畜」だ。

次に、アリが樹に登るのを防ぐために、ナスの株元に、ガムテープを巻いてみた。アリが新芽を食べたときは、この方法でうまく防御できた。

ところが、今回は少し様子が違う。新芽を食べられたときは、ガムテープがあると、アリは登るのをやめたのだが、今度はまったくあきらめない。次から次へと挑戦し、ガムテープについた仲間の体を乗り越えて登ろうとする。また、ガムテープが密着している部分の茎をかじって、ガムテープと茎の隙間を広げ、そこから登り降りしている。数日して、粘着力が弱まってくると、平気で登ってくる。

アリは、最初に「放牧場」に決めた株に、継続してアブラムシを「放牧」するようだ。何回妨害しても、となりの株には放牧せず、同じ株に執着している。

アブラムシの放牧場になったナスの株は、生育が悪くなるが、完全には枯れない。元気がなく、生かさず殺さずという状態である。収穫はほとんどなく、石ナスが1個だけ成った。アリは、ナスが枯れない程度に、アブラムシの数を調節していると思われる。


ナスの葉、アブラムシ、アリ、テントウムシ成虫、テントウムシ幼虫(今年のナス)

今年は、キュウリにアブラムシがつき始めた。同じ菜園で、10年以上キュウリを栽培しているが、キュウリにこれほどアブラムシがつくのは初めてだ。キュウリの葉の裏を見ると、多くのアブラムシがついているが、半分くらいはマミー化して黒くなっている。マミー(蛹)は、寄生蜂に産卵された状態のアブラムシのことである。

アブラムシの寄生蜂には、一次寄生蜂と二次寄生蜂がいる。一次寄生蜂はアブラムシに寄生し、二次寄生蜂はアブラムシの中で成長している一次寄生蜂の幼虫や蛹に寄生する。一次寄生蜂には、アブラバチ、アブラコバチなどがおり、二次寄生蜂には、ヒメタマバチ、トビコバチ、コガネバチ、オオモンクロバチなどが知られている。


キュウリの葉の裏。アブラムシ、アリ、マミー(黒い個体)がおり、アブラムシの半分くらいはマミー化している

キュウリの葉についたアブラムシとアリ。コロニーをつくる

キュウリの花についたアブラムシ、アリ、アブラムシの天敵のアブ幼虫

アブラムシをくわえて、キュウリの葉やツルを歩き回るアリ

アブラムシがキュウリの花につくと、果実が肥大しなくなるので、今年は、本気でアリ(アブラムシ)を退治することにした。キュウリの株を登り降りしているアリは、3~4種類はいるようである。

まず、キュウリの株元と支柱に、粘着面が外側になるように、ガムテープを巻いた。観察していると、すぐにヒメアリが、支柱の竹に穴を開けて、竹の内側から登り降りしはじめた。

次にホウ酸入りの糖液を株元に置いた。ホウ酸入り糖液は、家の中に侵入してくるイエヒメアリを防ぐために、以前から作っていたものだ。

材料(重量)
水(湯)   40~45%
糖蜜     55~60%
ホウ酸    2%

ホウ酸は、ゴキブリ退治用のホウ酸ダンゴなどでも使われるホウ酸粉末で、700~800円(500g)で市販されている。ホウ酸の人間への急性毒性は、食塩と同程度とされており、安全性に問題はない。昆虫のばあいは、哺乳類のように、ホウ酸を体外に排出できないので、毒性が強く現れるという。植物にとって、ホウ酸は必須元素であるが、施用量が多すぎると過剰害がでる。

ホウ酸は水に溶けにくいので、お湯に溶かす。糖蜜は、蜂蜜でも砂糖でもよい。今回使ったホウ酸入りの糖液は、昨年に作ったやつの残りだが、糖の材料は、料理に使っているサトウキビのブラウンシュガーを使用した。

材用を混ぜて固形分が溶けると、とろりとした液体になる。これを浅い小皿や容器に入れてアリが集まるところに置く。イエヒメアリなどタンパク質が好きなアリのばあいは、鰹節の粉を上に少しまいておくと、よく集まる。

アリは、ホウ酸入り糖液を吸ってもすぐには死なない。吸った糖液を巣に持ち帰って、仲間のアリや子供のアリに与えるので、巣の中のアリも死滅する。ただし、卵は死なないので、卵がかえると、またアリが出る。そこで、何日かしたら、また設置する。雨が入ると効果がなくなるので、適当な容器でフタをしておく。

糖液をキュウリの株元に置いて、30分もしないうちに、どんどんアリが集まってくる。2~3日すると、キュウリの樹を登り降りするアリの姿は見えなくなった。

アリがいなくなると、アブラムシもいなくなる。キュウリの葉には、寄生蜂が卵を産みつけたマミーだけが残っていた。また、テントウムシの幼虫が歩きまわっていた。


ガムテープにくっついたアリ

糖液を置くと、すぐにアリが集まってくる

糖液を置いて数日すると、アリも生きたアブラムシもいなくなった。マミーだけが残っている

黒く肥大したのがマミー。白く細いのはアブラムシが脱皮した抜け殻で、右のほうは寄生蜂が羽化したマミーの抜け殻

テントウムシの幼虫

この話を書いたところ、三重県のカンキツ農家(北東農園さん)から、次のような返信があった。

北東農園では、最近、ミカン畑のアリとアブラムシが減っているようだという。ミカンを食害するナメクジとカタツムリの駆除のために、燐酸第二鉄の薬剤を株元に撒いているが、それをアリが巣に持ち込んでいるらしい。燐酸第二鉄がアリにどのような影響を与えているのかはわからないが、アリの減少がアブラムシに影響するならば、それが理由なのかもしれないという。

燐酸第二鉄の薬剤は、ナメクジ類、カタツムリ類、アフリカマイマイ、ヒメリンゴマイマイで登録されている。燐酸第二鉄は、天然に存在する物質で、環境への安全性が高く、有機JASでも使える薬剤である。

ただし、アリとアブラムシの生息密度が低くなることが、菜園や樹園に長期的にどのような影響を与えるのはよくわからない。何年も継続して観察する必要がある。

せっかくなので、アリとアブラムシについての最近の論文も調べてみた。

坂田氏の調査(1998)では、次のように報告されている。アリは捕食者からアブラムシを保護し、アブラムシはアリに甘露を与える相利共生の関係あると見られている。しかし、アリは共生しているはずのアブラムシを捕食することがしばしばある。アリはアブラムシが少なく甘露が不足するときは、アブラムシを捕食しない。アブラムシが多く、甘露が十分にあるときは、アブラムシをよく捕食する。2種のアブラムシがいるときは、甘露が少ないアブラムシ種をよく捕食する。アリは、仲間が甘露を採集した形跡があるアブラムシを食べず、形跡がないアブラムシを捕食する。アリは、アブラムシの捕食者であるヒラタアブの若齢幼虫は排除するが、アブ幼虫があるていど大きくなると排除できない。2種のアリがいるばあい、上位のアリは下位のアリを排除する傾向がある。(*1)


(source:アブラムシとアリの相互作用系の解析)

片山氏の論文(2007)によれば、アリと密接な関係をもつアブラムシは、全アブラムシ種の20~30%という。また、両者の関係は、相利から片利まで連続的に変化している。アブラムシの寄生蜂のなかには、アリからの攻撃を回避できる種類がおり、その寄生蜂はアリをアブラムシ探索の手がかりとして使う。テントウムシは、この寄生蜂が卵を産み付けたアブラムシを食べてしまうが、アリがテントウムシを攻撃してアブラムシを保護するので、寄生蜂の卵が守られているという。つまり、この寄生蜂は、アブラムシ資源をめぐる、アリとテントウムシの競争関係を利用して繁殖している。(*2)


(a)アリとの関係が弱い場合、競争に強いテントウムシが寄生蜂の個体数を制限する。(b)アリとの関係が強い場合、テントウムシが排除され、寄生蜂がアブラムシを攻撃する。(source:アリ-アブラムシ共生系における今後の展望)

林氏(2017)らによれば、働きアリは、甘露を採集しているアブラムシ種の種類を仲間に伝えているという。甘露の採集経験があるアリは、未経験のアリに甘露を口移しで与える際に、アブラムシの情報を仲間に伝えるらしい。(*3)

渡邉氏らの調査(2018)では、ヨモギヒゲナガアブラムシには2つのタイプ(図の赤と青)が存在する。増殖率は赤のほうが高く、甘露の量は青のほうが多い。アリが不在のときは、赤のほうが多くなる。アリが随伴するばあいは、甘露の多い青のほうが増えるはずだが、じっさいには赤と青は同数になる。アリにとって、赤が必要な何らかの理由があることが示唆されるという。(*4)


アリ随伴時(a)とアリ不在時(b)の赤タイプ,緑タイプのアブラムシの増殖率。アリが随伴していると両者の増殖率に差はないが(a),アリ不在時には赤の増殖率が高い(b)。(source:複数の生物の共生系が生物多様性を維持することを解明)

生物の機構と生態系の構造は、きわめて複雑で、かつ時間的に変動している。

北東農園さん
https://hokuto-nouen.com/

文献
*1)坂田宏志. (1998) アブラムシとアリの相互作用系の解析
*2)片山昇. (2007). アリ-アブラムシ共生系における今後の展望. 日本生態学会誌 57(3), 324-333
*3)Masayuki Hayashi, Masaru K. Hojo, Masashi Nomura, Kazuki Tsuji. (2017) Social transmission of information about a mutualist via trophallaxis in ant colonies. The Royal Society DOI: 10.1098/rspb.2017.1367
*4)渡邉紗織,吉村仁,長谷川英祐. (2018) 複数の生物の共生系が生物多様性を維持することを解明. 北海道大学

自然農法とは何か: ゆらぎとエントロピー
電子園芸BOOK社 (2016-12-11)
売り上げランキング: 49,409

西アジアの旧石器時代:Paleolithic age in Southwest Asia

西アジアで、もっとも古いホモ属の活動の証拠は、南コーカサス(ジュージア)のドマニシ遺跡である。ドマニシでは、180万年前のホモ属の骨が出土しており、これは、アフリカ以外でもっとも古い。


Dmanisi skull 3

ドマニシでは、アシューリアンに特徴的なハンドアックスなどの石器は見つかっておらず、より古いオルドワン型の石器しか出土していない。このため、ドマニシのホモ属については、ホモ・エレクトスより古い別種のホモ属であるという説がある。しかし、現在、この説は支持されておらず、ドマニシのホモ属は、ホモ・エレクトスの亜種のひとつとされている。

下部旧石器時代の西アジアで、アシューリアン石器がはじめて出土するのは、ガラリア湖の3kmほど南にあるウベイディア遺跡で、年代は140万年前である。

また、アシューリアン石器は、78万年前のフラ湖の南にあるゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡から大量に見つかっている。ハンドアックス、両面加工の石器、削器、ハンマー、錐などの石器、窪み石(pit stone)、シカ、ゾウ、カバなどの哺乳類、両生類、爬虫類、鳥類の骨、大量の魚の歯、植物の残骸などが出土した。
これらの遺物は、それぞれ別の場所に埋まっており、食物の加工や魚の調理などが、異なる場所で行われていた。このことから、当時のホモ属の集団は、コミュニケーションの能力を有し、社会的な機能組織を形成していたと考えられている。男性は狩猟や石器製作などを行い、女性は採集や食物の加工などに従事する分業化がおきていたとされる。(*1, 2)


Gesher Benot Ya’aqov(American Association for the Advancement of Science)

ゲシャー・ベノット・ヤーコブ遺跡(GBY)では、大量の窪み石(pit stone)が出土しており、堅果などの加工が行われていた。55種の植物が確認されており、当時のホモ属が、加工して食料にしていた植物として、以下のものが報告されている。(*3, 4)

オニバス:Euryale ferox(prickly water lily):スイレン科の1年生の水生植物で、種子を食用とする。fox nutとして現在でも利用されている。
パレスチナ・オーク:Quercus calliprinos(Palestine oak):ブナ科コナラ属の常緑樹で、長さ5cmほどのドングリの実が成る。
マウント・テーバー・オーク:Quercus ithaburensis (Mount Tabor oak) :ブナ科コナラ属の半常緑~落葉樹で、ドングリは長さ5 cmほどの楕円形。
マリアアザミ:Silybum marianum(Milk thistle):キク科オオアザミ属で、種子は現在でも薬用植物として利用される。
オリーブ:Olea europaea(olive):モクセイ科の常緑高木。
ヒシ:Trapa natans (water chestnut) :ミソハギ科の1年草の水草。池沼に生える浮葉植物で、種子は食用にされる。ヒシの実は、縄文時代の遺跡からも出土する。
クワイ:Sagittaria sagittifolia(arrowhead):オモダカ科の水生多年草で、塊茎を食用とする。日本では縁起の良い食物として、おせち料理で食べる習慣がある。
ガマ:Typha(cattail):ガマ科ガマ属の多年草で、池や沼などの水辺に生える。根茎を食用にする。
野生アーモンド:Amygdalus communis (wild almond):バラ科サクラ属の落葉高木。
アトランチックピスタチオ:Pistacia atlantica (Atlantic pistachio):ウルシ科カイノキ属の落葉高木。種子は、ピスタチオ同様に多くの脂肪を含む。未成熟果実を食用にすることもある。
野生ピスタチオ:Pistacia vera (pistachio):ウルシ科カイノキ属の落葉高木。乾燥と塩害に強い。


Typology of pitted stones at GBY. (1) Incipient pits on flat basalt cobble (layer II-6 L 6). (2) Shallow pit on round broken basalt cobble (layer “Unconformity”). (3) Large deep pit on broken basalt hammer (layer II-6 L 4b). (4) Small deep pit on basalt flake (layer II-6 L 4b). (4a) Cluster of small deep pits on angular basalt fragment (layer II-6 L 4b).(PNAS 2002 Feb 19; 99(4): 2455–2460)

中部旧石器時代の西アジアでは、ムステリアン石器が広く存在する。レヴァント地方ムステリアンは、ダブンB型、ダブンC型、ダブンD型の3つに分けられ、25~4.7万年前にかけて存続したらしい。西アジアでは、現生人類とネアンデルタール人が同時代に生活しており、現生人類の化石は、ミスリヤ洞窟の19.4~17.7万年前やカフゼーやスフール遺跡の12.5~9万年前の出土例がある(*5)。ネアンデルタール人の化石は、アムッド洞窟などから7.5~4.7万年前のものが見つかっている。

この遺跡からは、ガゼル、ダマジカ、アカシカ、ノロジカ、オーロックス、ロバ、カメ、トカゲなどが出土し、捕獲に使用したと思われるルヴァロア技法(石核から剥片を剥がす)による尖頭器も見つかっている。尖頭器は、投げ槍として利用されたらしい。

中部旧石器時代の西アジアでは、植物利用の痕跡は少ないが、その1つにケバラ洞窟がある。ケバラ洞窟は、カルメル山西側の断崖に位置し、60,000~48,000年前の中部旧石器時代(オーリナシアンおよびムステリアン)と終末期旧石器時代の遺物からなる。中部旧石器時代のケバラ2からは、ネアンデルタール人のほぼ完全な骨格が出土している。

また、ケバラ2では、52分類群の3,956個の炭化種子が見つかっている。このうちの大部分の3,300個は、マメ科植物であった。ほかに、ドングリ(Quercus)、ピスタチオ(Pistacia atlantica)、ムラサキ(Onosma)、シャゼンムラサキ(Echium)、ベニバナ(Carthamus)、ブドウ(Vitis vinifera)、オオムギ(Hordeum spontaneum)などがあった。

さらに、中部旧石器時代のヨーロッパについては以下のような報告がある。(*6)

イタリア中部のビランチーノ遺跡(Bilancino II)では、3万年前の石杵、石臼が出土し、それらに付着したデンプンの分析から、イネ科植物、ミナトカモジグサ属、ガマの根茎が加工されていたという。
ロシア南部のドン川の近くのコステンキ遺跡(Kostenki 16)では、3万年前の石杵の表面から、ハナワラビ属の根茎のデンプンが確認された。
チェコの南モラヴィア州のパヴロフ遺跡(Pavlov VI)では、3万年前の石杵に、ガマの根茎、ハナワラビ属などのシダ植物の根茎のデンプンが付着していた。


(A) Bilancino II grindstone and pestle grinder and wear traces. (B) Kostenki 16-Uglyanka, pestle and wear traces (C) Pavlov VI pestle grinder and wear traces. (PNAS November 2, 2010. 107 (44) 18815-18819)

また、イタリア南部のパグリッチ洞窟(Grotta Paglicci 23 A)では、中部旧石器時代の大量の石器、芸術品、埋葬物、ウマや手の壁画などが見つかっている。植物では、ビャクシン、ピスタチオ、スモモ、ドングリ、マツ、ヤナギ、ポプラ、カエデ、ナツメ、トネリコなどが出土している。3.3万年前の層から出土した石杵には、イネ科植物のデンプンが付着していた。これは、野生のカラスムギなどの種子をすりつぶした痕跡と報告されている。カラスムギをたき火で乾燥させてから石杵で粉にして、食料にしていたと考えられている。カラスムギの栽培型は、エンバク(燕麦、Oat)である。


The Paglicci pestle-grinder with the sampling areas. The dashed line indicates the area that became wet during the sampling on the apex. (PNAS September 29, 2015. 112 (39) 12075-12080)

現生人類がヨーロッパに侵入したもっとも古い痕跡は、イタリアの洞窟遺跡やロシア南部のコステンキ遺跡とされている。コステンキ遺跡のもっとも古い文化層の年代は、4.5~4.2万年前とされているので、ヨーロッパに侵入してから1万年ぐらいたったころには、イネ科植物の種子を粉にして食べるという文化が存在していたと思われる。

また、ヨーロッパや西アジアから遠く離れたオーストラリアでも同様の報告がある。オーストラリアのカディー・スプリングス(Cuddie Springs)の3万年前の石皿についた使用痕や残滓の分析から、草木種子をすりつぶして食用にしていたと推測されている(*8)


Surface grindstone from the Cuddie Springs lake floor with morphology, usewear and residues consistent with a seed-grinding function: a millstone according to the classifications of Smith.(Photo Carlo Bento.) (Antiquity 71, 300–307)

人類は、20万年以上も昔からオーカーを利用していたので、オーカーを粉にするために、石杵や石臼を粉砕道具として使用してきた。ヨーロッパやオーストラリアの例から、人類は、かなり早い時期から、石杵、石臼、磨石、石皿を利用して、植物の根茎やイネ科植物の種子を食用とする文化(知識)を持っていたことがうかがえる。

文献
*1)Nira Alperson-Afil, Gonen Sharon, Mordechai Kislev, Yoel Melamed, Irit Zohar, Shosh Ashkenazi, Rivka Rabinovic. (2009) Spatial Organization of Hominin Activities at Gesher Benot Ya’aqov, Israel. Science 18 Dec 2009:Vol. 326, Issue 5960, pp. 1677-1680
*2)現代的生活の起源はホモ・エレクトスか
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2157/
*3)Naama Goren-Inbar, Gonen Sharon, Yoel Melamed, and Mordechai Kislev. (2002) Nuts, nut cracking, and pitted stones at Gesher Benot Ya‘aqov, Israel. PNAS 2002 Feb 19; 99(4): 2455–2460
*4)Yoel Melamed, Mordechai E. Kislev, Eli Geffen, Simcha Lev-Yadun, and Naama Goren-Inbar. (2016) The plant component of an Acheulian diet at Gesher Benot Ya‘aqov, Israel. PNAS December 20, 2016. 113 (51) 14674-14679
*5)Israel Hershkovitz, Gerhard W. Weber, Rolf Quam, Mathieu Duval, Rainer Grün, Leslie Kinsley, Avner Ayalo. (2018) The earliest modern humans outside Africa. Science 26 Jan 2018 Vol. 359, Issue 6374, pp. 456-459
*6)Anna Revedin, Biancamaria Aranguren, Roberto Becattini, Laura Longo, Emanuele Marconi, Marta Mariotti Lippi, Natalia Skakun, Andrey Sinitsyn, Elena Spiridonova, and Jiří Svoboda. (2010) Thirty thousand-year-old evidence of plant food processing. PNAS November 2, 2010. 107 (44) 18815-18819
*7)Marta Mariotti Lippi, Bruno Foggi, Biancamaria Aranguren, Annamaria Ronchitelli, and Anna Revedin. (2015) Multistep food plant processing at Grotta Paglicci (Southern Italy) around 32,600 cal B.P. PNAS September 29, 2015. 112 (39) 12075-12080
*8)Fullagar R, Field J. (1997) Pleistocene seed-grinding implements from the Australian arid zone. Antiquity 71, 300–307.
*9)藤井純夫ほか.(2013)西アジア考古学講義ノート. 日本西アジア考古学会
*10)藤本強.(1983)石皿・磨石・石臼・石杵・磨臼. 東京大学文学部考古学研究室研究紀要

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 13,265

ブタの起源:Origin of domestic pig

ブタの原種がイノシシであることは、よく知られている。ウシの原種のオーロックスや、ウマの原種は絶滅してしまったし、野生スイギュウ、ムフロン、ベゾアールなども絶滅寸前である。ところが、イノシシだけは、現在でもその勢力を維持あるいは拡大している。

かつて、ヨーロッパではイノシシはほぼ絶滅し、日本でも個体数が激減した。しかし、現在、日本やヨーロッパでは、イノシシの数が増加しており、農作物への被害が問題になっている。また、もともと分布していなかった南北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドでも、家畜ブタが野生化した野生化ブタ(Feral pig)が大繁殖している。(*1)


イノシシ、野生化ブタ(Feral pig)の分布

オーロックスやウマの原種が生存できなかったのに対して、イノシシだけが再び繁栄できたのには、理由がある。

生物は、環境収容力Kを超えて増加することはできない(ロジスティック方程式)。イノシシの個体数は、おもにイノシシが利用する資源量に左右される。イノシシは、森に生息しており、その食べ物は、植物の地下茎やドングリなどの子実である。ミミズ、ヘビなどの動物も食べるが、多くは植物質である。森の資源に依存するイノシシが増加しているということは、人間が、森の資源利用を放棄して、森から撤退したことを意味している。

なぜ、人間が、森の資源利用を放棄したかといえば、かつて森から得ていたエネルギーの利用をやめて、代わりに石炭・石油の化石エネルギー、あるいは原子力のエネルギーに依存するようになったからである。

イノシシ属(Sus)の分類については議論があるが、おおむね以下の4種が支持されている。

Sus verrucosus(Javan warty pig):スンダイボイノシシ、ジャワ島、マドゥラ島に分布
Sus barbatus(Bearded pig):ヒゲイノシシ、東南アジアに分布
Sus salvanius(Pygmy hog):コビトイノシシ、インド北東部、ブータンに分布
Sus scrofa(Wild boar):イノシシ


Javan warty pig(Author:Cornish, C. J.)

Bearded pig(Author:Rufus46)

Pygmy hog(Author:A. J. T. Johnsingh)

イノシシ(Sus scrofa)は、ユーラシア大陸に広く分布し、十数種の亜種が認められている。また、家畜のブタの学名は、Sus scrofa domesticusと表記するようになっている。


アナトリアのイノシシ(Author:eman)

日本のイノシシ

ヨーロッパのイノシシ(Author:Jerzy Strzelecki)

日本には、ニホンイノシシ(Sus scrofa leucomystax)とリュウキュウイノシシ(Sus scrofa riukiuanus)の2つの亜種が生息するが、最近のDNA分析から、石垣島と西表島の集団は、新たな亜種として認められる可能性があるという。(*2)


(source:ゲノム情報に基づくニワトリ・ブタの家禽化・家畜化起源探索と遺伝的分化の解明)

ブタの家畜化についての考古学的な証拠としては、トルコ南東部で10,300年前、中国広西省桂林甑皮岩遺跡では11,000前の出土物の報告がある。

2000年のミトコンドリアDNA分析に基づく報告では、世界の家畜ブタには、ヨーロッパのイノシシに近縁な系統と、アジアのイノシシに近縁な系統が存在している。ヨーロッパのイノシシとアジアのイノシシの分岐は50万年前と推定されており、ブタの家畜化は、ユーラシアの西と東で別々に行われたことを示している。(*3)

2005年に、世界各地の野生のイノシシ属と野生化ブタ(Feral pig)のミトコンドリアDNA解析が報告されている。ただし、標本にコビトイノシシは含まれていない。イノシシ属は、東南アジア、インド、ユーラシア東部、ユーラシア西部の4つのクレード(系統群)に大きく分かれる。図のクレード1内のsvはスンダイボイノシシ(Sus verrucosus)、sbはヒゲイノシシ(Sus barbatus)を指している。D1~D6は、家畜ブタにも存在するハプロタイプが、イノシシにも含まれるクレードである。(*4)


Bayesian (MCMC) consensus tree of 122 Sus mtDNA control region haplotypes rooted by a common warthog (Phacochoerus aethiopicus). A total of 14 clusters (represented by a specific color and corresponding region on the Eurasian map) are contained within four major clades on the tree (1 to 4). Tips associated with the island of Sulawesi represent the native wild boar Sus celebensis. All other tips represent wild Sus scrofa unless indicated by the following two-letter codes: sb, Sus barbatus; sv, Sus verrucosus. D1 to D6 represent suggested centers of domestication. D1 to D3 indicate areas where native wild boar have haplotypes identical to those of domestic pigs from the same region. Additional details are given in fig. S1. (Science. 2005 Mar 11;307(5715):1618-21.)

ユーラシアの西と東でブタの家畜化が行われたが、農耕文化が拡大あるいは伝播する過程で、各地の野生のイノシシが家畜に取り込まれたことを示している。この報告でのなぞの一つは、最初に家畜化が行われた可能性が高いアナトリアのイノシシの系統が、家畜ブタから見つかっていないことである。

2015年にも、ヨーロッパとアジアの600頭以上の家畜ブタとイノシシの遺伝学的な解析が行われている。結果は、ヨーロッパの家畜ブタの起源は、アナトリアの家畜ブタであった。ところが、アナトリアの家畜ブタの大部分は、ヨーロッパのイノシシの系統に属していた。この理由としては、ブタが家畜化された当初から、家畜ブタと野生イノシシとの交雑が続いていたためと考えられている。現在の家畜ブタは、多くの野生系統に由来するモザイクであり、ヨーロッパの品種には、すでに野生型が絶滅した系統も存在するという。(*5)


European wild boars (EUW), European domestic breed (EUD), Asian wild boar (ASW), Asian domestic pigs (ASD)
Example of a parallel sweep in ASD and EUD. (a) CLR values in the PLAG1 region. Dashed blue and red lines represent P-value thresholds of 0.05 and 0.01, respectively. The boxed area indicates the position of the parallel swept region in b. (b) CLR values in the parallel swept region a few thousand basepairs upstream of the PLAG1 region. (c) Genealogy of phased haplotypes (supplementary Note) for the swept region in b. The shaded areas highlight the very short branch lengths that are the result of a selective sweep. The shaded area on the left (Europe) contains 64 haplotypes from EUD (>72% of the total EUD haplotypes) and 2 haplotypes from EUW (<4% of the total EUW haplotypes). The shaded area on the right (Asia) contains 24 haplotypes from ASD (>54% of the total ASD haplotypes) and no ASW haplotypes. (Nature Genetics volume 47, pages 1141–1148)

なお、以前にもふれたが、もともとイノシシが生息していなかったキプロス島に、11,400~11,700年前に、イノシシが生息したことが判明している(*6)。これは、イノシシが、舟で島に持ち込まれたことを示している。このとき、イノシシだけでなく、ムフロン、ベゾアール、オーロックス、ダマジカ、アカシカ、キツネも運ばれていた。

キプロス島の大型の動物が持ち込まれたのは、トルコ南東部でヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタの家畜化が始まる1,500~2,000年も前のことであり、生物的な家畜化が起きる前に、長期にわたって野生動物の管理が行われていたことを意味するが、これについてはのちに検討する。

文献
*1)兵庫県森林動物研究センター. (2016)なぜイノシシは都市に出没するのか?, 兵庫ワイルドライフモノグラフ8号
*2)西堀正英, 山本義雄, 万年英之, 下桐猛. (2016) ゲノム情報に基づくニワトリ・ブタの家禽化・家畜化起源探索と遺伝的分化の解明, 2016年度実績報告書
*3)Giuffra E, Kijas JM, Amarger V, Carlborg O, Jeon JT, Andersson L. (2000) The origin of the domestic pig: independent domestication and subsequent introgression. Genetics. 2000 Apr;154(4):1785-91.
*4)Larson G, Dobney K, Albarella U, Fang M, Matisoo-Smith E, Robins J, Lowden S, Finlayson H, Brand T, Willerslev E, Rowley-Conwy P, Andersson L, Cooper A. (2005) Worldwide Phylogeography of Wild Boar Reveals Multiple Centers of Pig Domestication, Science. 2005 Mar 11;307(5715):1618-21.
*5)Laurent A F Frantz, Joshua G Schraiber, Ole Madsen, Hendrik-Jan Megens, Alex Cagan, Mirte Bosse, Yogesh Paude, Richard P M A Crooijmans, Greger Larson & Martien A M Groenen. (2015) Evidence of long-term gene flow and selection during domestication from analyses of Eurasian wild and domestic pig genomes. Nature Genetics volume 47, pages 1141–1148
*6)Jean-Denis Vigne, Antoine Zazzo, Jean-François Saliège, François Poplin, Jean Guilaine, and Alan Simmons. (2009) Pre-Neolithic wild boar management and introduction to Cyprus more than 11,400 years ago. PNAS September 22, 2009. 106 (38) 16135-16138

自然農法とは何か: ゆらぎとエントロピー
電子園芸BOOK社 (2016-12-11)
売り上げランキング: 18,678

家畜ウシの起源:Origin of cattle

ウシ族の分類についても、最近まで系統関係がよくわかっておらず、学名表記も不安定であった。

Bos primigenius(Aurochs, cattle):オーロックス、家畜ウシ
Bos grunniens(Yak):ヤク
Bos javanicus(Banteng):バンテン
Bos frontalis(Gayal):ガヤル
Bos gaurus(Gaur):ガウア
Bos sauveli(Kouprey):コープレイ
Bison bonasus(European bison, wisent):ヨーロッパバイソン
Bison bison(American bison, American buffalo):アメリカバイソン、バッファロー


Yak, Date1898(Author:Lydekker, Richard)


Banteng at Indonesia(Author:rochmad setyadi)


Gayal(1887)


Gaur(Author:Animalkingdomvideos)


A young male Kouprey, the horns not yet fully developed, photographed 1937 at the Zoo of Vincennes, Paris.(Author:Georges Broihanne)


European Bison(Author:Talks Presenters)


Bison(Author:Jack Dykinga)

メスのミトコンドリアDNAで見ると、ヨーロッパバイソン(Bison bonasus, wisent)は、家畜ウシ(Bos taurus, ox, zebu)と近縁である(*1)。ところが、オスのY染色体で見ると、ヨーロッパバイソン(wisent)はアメリカバイソン(bison)と近縁である。これは、ヨーロッパバイソン(wisent)が、バイソン系統のオスとオーロックス系統のメスが交差して成立したためと考えられている。(*2)


Phylogenetic analyses including all the diversity for banteng and gaur sequences. The phylogenetic trees were carried out with the Bayesian approach, and the values on the branches correspond to posterior probabilities greater than 0.5. The analyses were done by including all sequences of banteng (Bos javanicus) and gaur (Bos frontalis) available in the EMBL/GenBank/DDBJ databases. Banteng and gaur sequences produced during this study are indicated by black circle. The tree in (A) was found by analysing the sequences of the subunit II of the cytochrome c oxidase (CO2), whereas the tree in (B) was obtained with the cytochrome b gene sequences (Cyb). (Molecular Phylogenetics and Evolution Vol 33, Issue 3, 2004, P 896-907)


Phylogenetic trees of bovine species. In the Neighbor-Joining tree the circled numbers correspond to the numbering of lineages in the text. The figures near nodes indicate bootstrapping percentages of the Neighbor-Joining (nj) maximum parsimony (mp), and maximum likelihood with the HKY + G model (ml; Swofford 2000) or the fraction of times a given clade occurs in the trees sampled during Bayesian analysis (ba); the figures of 100 are generated by three or all four of the algorithms. The interrupted line indicates an alternative position of wisent, diverging from a cluster of lineages (1), (3), and (4) (Molecular Biology and Evolution, Vol 21, Issue 7, 1 July 2004, P 1165–1170)


Explanations for the divergence of the mitochondrial DNA from bison and wisent (Molecular Biology and Evolution, Vol 21, Issue 7, 1 July 2004, P 1165–1170)


スペイン、アルタミラ洞窟のバイソン(Author:Rameessos)

家畜ウシの原種は、オーロックス(Bos primigenius)である。オーロックスは、最後の1頭が1627年にポーランドで死んで絶滅してしまった。絶滅したオーロックスには、少なくとも、次の3つの亜種が存在したことが認められている。

Bos primigenius primigenius(Aurochs):ユーラシア大陸に広く分布
Bos primigenius namadicus(Indian Aurochs):インドに分布、3,200年前?に絶滅
Bos primigenius africanus(African Aurochs):北アフリカに分布


Aurochs, the original probably dates from the 16th century(Author:Charles Hamilton Smith)


Aurochs bull at the Zoological Museum in Copenhagen. 7400 BC, found on Prejlerup.(Author:Michael B. H.)


zebu、コブウシ


Jabbarenの岩絵、アルジェリア東部(Author:Yangar)


Watusi Cattle(Sanga cattle)アフリカ(Author:Just chaos)

なお、家畜ウシの学名は、以前はBos taurus(cattle)あるいはBos indicus(zebu)であったが、現在は、祖先のオーロックスとおなじBos primigeniusに統一されている。

Bos taurusBos primigenius taurus(cattle):ウシ
Bos indicusBos primigenius indicus(zebu):ゼブー、コブウシ

2014年に、134品種1,543頭の家畜ウシの遺伝子の解析が行われている(*3)。家畜ウシは、アジア、ユーラシア、アフリカの3つの大きなグループに分かれた。また品種としては、ウシ(Bos taurus taurus)、ゼブー(Bos taurus indicus)、バンテン(Bos javanicus)の3種に大きく分けられる。家畜化が行われたおもな場所は、肥沃な三日月地帯とインダス渓谷の2か所と考えられる。

バンテン(Bos javanicus)は、ウシやゼブーの祖先の系統と、より古い時代に分岐した祖先に由来する。

また、アフリカのウシは、ウシ、ゼブー、バンテンとは別の系統であり、アフリカで第3のウシの家畜化があったと推定される。そして、アフリカで家畜化があった場合、その祖先は、ユーラシアのオーロックス、インドのオーロックスの共通祖先と姉妹だったであろう。

モンゴル牛(Mongolian)、和牛(Wagyu)、韓牛(Hanwoo)、中国在来牛(Qinchuan)など極東の在来牛は、アナトリアでウシが家畜化された比較的早い時期に、シルクロードを通って東方に移された家畜ウシの子孫である。また、和牛は、在来牛と近代以降に欧米から導入された牛との交配によって成立した。


Principal component analysis of 1,543 animals genotyped with 43,043 SNPs. Points were colored according to geographic origin of breed; black: Africa, green: Asia, red: North and South America, orange: Australia, and blue: Europe. (PLoS Genet 10(3): e1004254)


Phylogenetic network of the inferred relationships between 74 cattle breeds. Breeds were colored according to their geographic origin; black: Africa, green: Asia, red: North and South America, orange: Australia, and blue: Europe. Scale bar shows 10 times the average standard error of the estimated entries in the sample covariance matrix. Common ancestor of domesticated taurines is indicated by an asterisk. Migration edges were colored according to percent ancestry received from the donor population. Migration edge a is hypothesized to be from wild African auroch into domesticates from the Fertile Crescent. Migration edge b is hypothesized to be introgression from hybrid African cattle. Migration edge c is hypothesized to be introgression from Bali/indicine hybrids into other Indonesian cattle. Migration edge d signals introgression of African taurine into Iberia. Migration edges e and f represent introgression from Brahman into American Criollo. (PLoS Genet 10(3): e1004254)


Worldwide map with country averages of ancestry proportions with 3 ancestral populations (K = 3). Blue represents Eurasian Bos t. taurus ancestry, green represents Bos javanicus and Bos t. indicus ancestry, and dark grey represents African Bos. t. taurus ancestry. Please note, averages do not represent the entire populations of each country, as we do not have a geographically random sample. (PLoS Genet 10(3): e1004254) 青:ユーラシアの系統、緑:ゼブーとバンテンの系統、ダークグレー:アフリカの系統


Phylogenetic network of the inferred relationships between 14 cattle breeds. Breeds were colored according to their geographic origin; green: Asia, and blue: Europe. Scale bar shows 10 times the average standard error of the estimated entries in the sample covariance matrix. Migration edges were colored according to percent ancestry received from the donor population. Migration edges show indicine introgression into Mongolian cattle, African taurine and indicine ancestry in Marchigiana, and a northern European influence on Wagyu. (PLoS Genet 10(3): e1004254)

2014年には、家畜化の初期について解析されている(*4)。考古学と遺伝的データから、家畜ウシは、10,500年前に、中近東のオーロックスが最初に家畜化されたことが示されている。現在の家畜ウシのミトコンドリアDNAの変化、突然変異率の推定値の変動などから推定すると、最初に家畜化されたのは、80頭ほどの少数の集団であったという。このような少数の集団から、家畜化が始まったことは、考古学的な証拠と一致しており、ごく限られた地域で最初の家畜化が行われたと考えられている。

文献
*1)Alexandre Hassanin, AnneRopiquet, (2004) Molecular phylogeny of the tribe Bovini (Bovidae, Bovinae) and the taxonomic status of the Kouprey, Bos sauveli Urbain 1937, Molecular Phylogenetics and Evolution Vol 33, Issue 3, 2004, P 896-907
*2)Edward L. C. Verkaar  Isaäc J. Nijman  Maurice Beeke Eline Hanekamp  Johannes A. Lenstra, (2004) Maternal and Paternal Lineages in Cross-Breeding Bovine Species. Has Wisent a Hybrid Origin?, Molecular Biology and Evolution, Volume 21, Issue 7, 1 July 2004, Pages 1165–1170,
*3)Decker JE, McKay SD, Rolf MM, Kim J, Molina Alcalá A, Sonstegard TS, et al. (2014) Worldwide Patterns of Ancestry, Divergence, and Admixture in Domesticated Cattle. PLoS Genet 10(3): e1004254
*4)Bollongino R, Burger J, Powell A, Mashkour M, Vigne JD, Thomas MG. (2012) Modern Taurine Cattle Descended from Small Number of Near-Eastern Founders. Molecular Biology and Evolution, Volume 29, Issue 9, 1 September 2012, Pages 2101–2104,

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 49,883

ヒツジの起源:Origin of domestic sheep

ヒツジ属(Ovis)の種についても、種や亜種の関係をめぐって議論が続けられている。2010年には、分子系統樹にもとづいて、以下のように報告されている。(*1)

Ovis. canadensis(Bighorn):ビッグホーン
O. dalli(Dall sheep):ドールビッグホーン
O. nivicola(Snow Sheep):シベリアビッグホーン
O. ammon(Argali):アルガリ
O. vignei(Urial):ウリアル
O. orientalis(Mouflon):ムフロン


The different classifications of the genus Ovis.


Phylogeography of the wild Ovis species. The map shows the geographic distribution of the seven wild Ovis species according to the classification of Nadler et al. (1973). The Chronogram presented is from a Bayesian dating analysis of the Cyt b data. Divergence times are given ±95% CI. The chromosome numbers are given for each taxon. The O. orientalis × vignei hybrids, which have a ploidy between 2n = 54 and 2n = 58, are not presented. The chromosome numbers given in italic refer to the hypothetical ancestral states according to the most parsimonious evolutionary scenario with regards to the Cyt b phylogeny.(Molecular Phylogenetics and Evolution 54 (2010) 315–326)


Differences among Cyt b haplotypes within and between Ovis species. Values above the diagonal give the average pairwise differences between species. Diagonal values give the pairwise difference within each group.


Bighorn(Author:Kim Keating)


Dall sheep(Author:Denali National Park and Preserve)


Snow sheep(Author:Joseph Smit)


Argali(Author:Momotarou2012)


Urial(Author:Altaipanther)


Mouflon(Author:Jörg Hempel)

ヒツジ(O. aries)の原種は、ムフロン(O. orientalis)である。ムフロンは、トルコ、コーカサス、イランなどに分布するが、ヨーロッパ(O. orientalis musimon)やキプロス島(O. orientalis ophion)にも生息している。

2002年、および2007年の報告によれば、家畜のヒツジのミトコンドリアDNAには、A、B、C、D、Eの5つのハプログループが存在する。ハプロAとBは、別々に家畜化され、ヨーロッパムフロン(O.o.musimon)は、ハプロBに属している。ヨーロッパムフロンは、新石器時代にアジアからヨーロッパに運ばれたのではないかと考えられている。(*2, 3)


Summary of sheep breed and mitochondrial haplogroup phylogenetic variation.(Genetics. 2007 Mar; 175(3): 1371–1379)


Five mtDNA lineages illustrated with two types of phylogenetic tree. (a) Neighbor-joining tree showing O. aries lineages in relation to wild sheep using cytB sequence (967 bp). Analysis of animals from nine domestic breeds (n = 197) was supplemented with wild Ovis species and a divergent haplotype previously identified from the Karayaka breed (Pedrosa et al. 2005). Additional data on the relationship between wild Ovis species are presented elsewhere (Hiendleder et al. 2002; Bunch et al. 2006). Bootstrap values are indicated on cluster nodes; values in parentheses were taken from a similar tree constructed using the mtCR-cytB data set (2027 bp). (b) Weighted median-joining network showing mt haplotypes. Node size is proportional to haplotype frequency and the mutational differences between haplogroups are proportional to branch length (D shown on branch). The smallest node is representative of one animal.(Genetics. 2007 Mar; 175(3): 1371–1379)

2009年に、ヒツジのゲノム内の内在性レトロウイルスのDNA解析が行われている。133品種1362頭の家畜ヒツジと63系統の野生のヒツジ属(O. vignei, O. orientalis musimon, O. orientalis ophion, O. orientalis orientalis)の調査の結果、ヒツジの家畜化(選択)は、はじめに南西アジアで起こり、次いで、ヨーロッパ、アフリカ、アジアに広がったことが示唆された。(*4)


Worldwide distribution of insertionally polymorphic enJSRVs. Distribution of the insertionally polymorphic enJSRV loci analysed in this study in 65 sheep populations representing local breeds from the old world. (A) Frequencies of each enJSRV locus in each population are represented by a vertical bar and arranged in a descending order. Insertion frequencies were obtained using the software Arlequin 3.11 (27) treating the absence of a specific enJSRV provirus as a recessive allele. (B) Locations of sheep populations sampled. (C-F). Interpolation maps displaying the spatial distribution of estimated enJSRVs frequencies. The geographical variation was visualized using the ‘Spatial Analyst Extension’ of ArcView GIS 3.2 software (ESRI, Redlands, CA, USA; http://www.esri.com). Interpolated map values were calculated employing the inverse distance–weighted with 12 nearest neighbours and a power of two, and interpolation surfaces were divided into 13 classes with higher insertion frequencies indicated by darkest shading. The central point of the sampling area was used as geographic coordinates for each population.(Science24 Apr 2009 : 532-536)


Combination of enJSRV proviruses (retrotypes) in the domestic sheep. Pie charts in the figure represent the frequency of each retrotype in the 65 populations tested. Each sheep tested was assigned a retrotype on the basis of the combination of insertionally polymorphic enJSRV proviruses present in their genome. Retrotypes were defined R0 to R14 as follows: RO = no insertionally polymorphic enJSRVs; R1 = enJSRV-7; R2 = enJSRV-18; R3 = enJS5F16; R4 = enJSRV-7 + enJSRV-18; R5 = enJSRV-7 + enJS5F16; R6 = enJSRV-18 + enJS5F16; R7 = enJSRV-7 + enJSRV-18+ enJS5F16; R8 = enJSRV-8; R9 =enJS5F16 + enJSRV-8; R10 = enJSRV-7 + enJS5F16 + enJSRV-8; R11 = enJSRV-18 + enJSRV-8; R12 = enJSRV-18 + enJS5F16 + enJSRV-8; R13 = enJSRV-7 + enJSRV-18 + enJSRV-8; R14 = enJSRV-7 + enJSRV-18 + enJS5F16 + enJSRV-8. Each retrotype is represented with a different colour (and pattern) as indicated in the figure. Numbers beside each pie chart indicate each of the 65 populations tested as indicated in Table S1. Note that most of the populations in South-West Asia, Central Asia, Southern Europe and Africa possess R2 (i.e. presence of enJSRV-18 only, shown in green) as the predominant retrotype. Around the Mediterranean basin there is also a high proportion of R4 given by the contemporary presence of enJSRV-7 and enJSRV-18 (shown in yellow). The primitive breeds are characterized by a high proportion of animals with R0 (no insertionally polymorphic proviruses, shown in white) or R1 (presence of enJSRV-7 only, shown in red). A ‘Nordic’ retrotype R3 (shown in blue) was characterized by a low frequency of enJSRV-18 and a high frequency of enJS5F16; Nordic populations also had a relatively high frequency of sheep with none of the insertionally polymorphic proviruses tested.(Science24 Apr 2009 : 532-536)

2013年には、現在のトルコ国内の家畜ヒツジ(628頭)、現在の野生ムフロン(O. gmelinii anatolica)(30頭)、およびトルコ南部の遺跡(OylumHöyük BCE 1880-330)から出土したサンプル(33頭)のミトコンドリアDNAの分析結果が報告された(*5)。なお、O. gmelinii anatolicaは、O. orientalisのことである。

現在のトルコ国内の家畜ヒツジには、ミトコンドリアDNAのハプロタイプA、B、C、D、Eが存在する。そして、これらのハプロタイプは、遺伝的な関係から、クラスターⅠ(A、B、D)とクラスターⅡ(C、E)の2つのグループに分けられる。この2つのクラスターの祖先は、異なる地理的起源を有していた可能性がある。

これは、家畜ヒツジには、地理的に異なる2つの母系の祖先が存在することを意味するが、このような例は他にも確認されている。キプロス島では、12,000年前にムフロン、ベゾアール、オーロックス(原牛)、イノシシ、ダマジカ、アカシカ、キツネなどが、他所から運び込まれていた。また、ヤギの家畜化では、イラン高原からトルコ南東部に移されたベゾアールが、母系の祖先のひとつになったらしい。同じように、東方から運ばれてきたメスのムフロンの系統が、家畜ヒツジの母系集団の祖先になった可能性がある。

位置的な関係から、もともとアナトリアには、クラスターⅠの系統が分布していた可能性が高い。また、現在のトルコには、野生のムフロンは500頭しか残っていないが、その中にハプロBは見つかっていない。系統が失われたか、もともとBは少なかったのかもしれないとしている。


The neighbor-joining tree of mtDNA CR sequences from domestic sheep and O. g. anatolica samples. The haplogroups (HPGs A–E) and two clusters (Cluster i and Cluster ii) formed by the sequences are designated. The bootstrap values are indicated on the main branches of the tree.(PLoS ONE 8(12): e81952.)


Summary of mtDNA haplogroup diversity of domestic sheep.(PLoS ONE 8(12): e81952.)


Haplogroup/haplotype compositions of the breeds, aDNA and O. g. anatolica on the map of Turkey. The locations of the pie charts on the centroids of the collection sites are all within the native distributions of the breeds or within the current day distribution for O. g. anatolica. Ancient DNA (aDNA) samples are located in the Kilis province, where Oylum Höyük is located. aDNA samples are considered in two successive time intervals therefore they are represented by two pie charts. The abbreviations of the breed names are given in the Materials and Methods section.(PLoS ONE 8(12): e81952.)


Median-joining network of mtDNA partial cytB sequences found within modern domestic and wild sheep. Nodes representing the haplotypes are proportional to the sample sizes used for the construction of the network. Haplotype names are given near the nodes. The ellipses labeled with letters A–E refer to the haplotypes of the individuals whose haplogroups were identified in domestic sheep in accordance with their CR sequences. The accession numbers of sequences used in the MJ network and their respective haplotypes are given together with the reference studies in Table S4.(PLoS ONE 8(12): e81952.)


The distribution of wild samples that were employed in Figure 3.The collection sites for members of Clusters I, II and III are indicated on the map with the brown region, the region with yellow borders and the blue region, respectively. The exact locations of collection sites (solid red circles) together with haplotypes (as depicted in Figure 3) of the wild O. gmelinii members of Cluster I (typed in red) and Cluster II (typed in black) including O. g. ophion are shown. The exact locations of the hybrids (not shown) were used in drawing the borders of the region with yellow borders and the blue region. The map was created using ArcMap™ within ArcGIS Desktop 10.(PLoS ONE 8(12): e81952.)

2013年の報告を読んだときに、びっくりしたのは、キプロス島の野生ムフロン(O. g. ophion)が、クラスターⅡに入っていたことである。現在のキプロスムフロンが、12,000年前に運び込まれたムフロンの子孫であるならば、12,000年前のキプロスムフロンは、もともとはイラン高原などに生息していたムフロンの系統ということになる。

ヤギの起源、ヒツジの起源、そしてキプロス島の3つの証拠は、当時の狩猟民社会が、トルコ南東部でヒツジやヤギの家畜化が始まる2,000年も前から、「野生」の大型動物をきわめて広範囲に移動させる何らかの生業システム、あるいは社会システムを有していたことを、示しているのではないだろうか。

*1)Hamid Reza Rezaei, Saeid Naderi, Ioana Cristina Chintauan-Marquier, Pierre Taberlet, Amjad Tahir Virk, Hamid Reza Naghash, Delphine Rioux, Mohammad Kaboli, François Pompanon.(2010)Evolution and taxonomy of the wild species of the genus Ovis (Mammalia, Artiodactyla, Bovidae). Molecular Phylogenetics and Evolution 54 (2010) 315–326
*2)Stefan Hiendleder, Bernhard Kaupe, Rudolf Wassmuth and Axel Janke.(2002)Molecular analysis of wild and domestic sheep questions current nomenclature and provides evidence for domestication from two different subspecies. Proc Biol Sci. 2002 May 7;269(1494):893-904
*3)Jennifer R. S. Meadows, Ibrahim Cema, Orhan Karaca, Elisha Gootwine, and James W. Kijas. (2007) Five Ovine Mitochondrial Lineages Identified From Sheep Breeds of the Near East. Genetics. 2007 Mar; 175(3): 1371–1379.
*4)Bernardo Chessa, Filipe Pereira, Frederick Arnaud, Antonio Amorim, Félix Goyache, Ingrid Mainland, Rowland R. Kao, Josephine M. Pemberton, Dario Beraldi, Michael J. Stear, Alberto Alberti, Marco Pittau, Leopoldo Iannuzzi, Mohammad H. Banabazi, Rudovick R. Kazwala, Ya-ping Zhang, Juan J. Arranz, Bahy A. Ali, Zhiliang Wang, Metehan Uzun, Michel M. Dione, Ingrid Olsaker, Lars-Erik Holm, Urmas Saarma, Sohail Ahmad, Nurbiy Marzanov, Emma Eythorsdottir, Martin J. Holland, Paolo Ajmone-Marsan, Michael W. Bruford, Juha Kantanen, Thomas E. Spencer, Massimo Palmarini. (2009) Revealing the History of Sheep Domestication Using Retrovirus Integrations. Science24 Apr 2009 : 532-536
*5)Demirci S, Koban Baştanlar E, Dağtaş ND, Pişkin E, Engin A, Özer F, et al. (2013) Mitochondrial DNA Diversity of Modern, Ancient and Wild Sheep (Ovis gmelinii anatolica) from Turkey: New Insights on the Evolutionary History of Sheep. PLoS ONE 8(12): e81952.

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 12,808