利他的行動,機能の表現型の差異 Altruism, Difference by functional phenotype

SHINICHIRO HONDA

rB > C
r:利他的行動の受容者と行為者が特定の同祖的な遺伝子を共有する確率,血縁度(relatedness)
B:利他的行動の受容者が得る繁殖利益(benefit)
C:利他的行動によって行為者が失う生殖コスト(cost)

ハミルトン則を,簡単に言えば,協力する遺伝子が協力しない遺伝子よりも生存に有利なときに,協力する遺伝子が生き残る(殖える)ということだ。そこには,論理的な誤謬はないが,どうして協力遺伝子が有利になるのかの理由については,何も語っていない。

そこで,ハミルトンは,ハチ目(ハチ,アリ)では,姉妹同士の血縁度が高いために,利他的行動の遺伝子が広がったと予想した。ハチやアリでは,雄は単為生殖で生まれて1倍体(半数体)となり,雌は有性生殖で生まれて2倍体となる性質がある(半倍数性)。このため,姉妹に同じ遺伝子が存在する確率は0.75になる。


ハチ目の血縁度

この論理では,ハチ目は,2倍体の種よりも姉妹同士が協力しやすいということは言えるが,遺伝子の存在確率が1の自分が産まずに,存在確率0.75の姉妹を助ける理由にならないし,シロアリなど2倍体生物に社会性生物が多数存在することの説明にもならない。

そこで,2倍体であっても近親交配が何代も続けば,集団の血縁度が高まり,ハチ目と同じ状況が起きるだろうという説も唱えられた。しかし,たとえ,どんなに近親交配であっても,2倍体の有性生殖であれば,自分が自分の遺伝子を持つ確率は,姉妹が同じ遺伝子を持つ確率より大きい。自分が子供を残さないで,姉妹を助ける理由にならない。

また,一般に有性生殖の生物は,近親交配によって遺伝子プールが同一化すると,変異速度が小さくなってライバルとの闘争に負けるので,近親交配を避ける。そもそも,近親交配が有利なら,有性生殖を行う理由がなく,クローン複製など単為生殖でよい。

ただ,アリやハチの雄が単為生殖で生まれ,1倍体で存在することは,社会の構造にとっては合理的である。コロニー内のワーカーは同一化が大きく(変異速度が小さく),遺伝子プールのメンバーである女王と王の差異化は大きく(変異速度が大きく)なるからだ。

表現型変異の速度
差異性向,不確実性性向

このような構造はシロアリでも確認されており,シロアリの創設女王は,単為生殖で複数の2次女王を生み,遺伝的に同一な複数の女王が,有性生殖によってワーカーを生む。このため,コロニー内では同一化が大きく(変異速度が小さく),遺伝子プールでは差異化が大きく(変異速度が大きく)なる。

これは,多細胞生物では,遺伝子プールの直接のメンバーでない体細胞は同一化が大きく(変異速度が小さく),遺伝子プールのメンバーの配偶子では差異化が大きく(変異速度が大きく)なることと同じだ。すなわち,ハチ目の雄やシロアリ女王の単為生殖によるコロニー内の同一化(変異速度が小さい)は,社会性進化の理由ではなく,結果と考えられる。

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シロアリは,ハチ目とは系統が異なり,ゴキブリ目に属する。世界で3,500種ほどが知られおり,下等シロアリと高等シロアリに大きく分けられている。

下等シロアリの後腸内には原生生物や細菌が生息し,微生物群集が木材などのセルロースを分解している。シロアリと腸内微生物は,1億5千万年以上前から共生しており,親子,ワーカー同士,他のグループとのあいだで,微生物が伝搬するという。下等シロアリは,リグノセルロース(木質)のなかのセルロースは分解できるが,リグニンは分解できずに排泄する。

高等シロアリは,木材,枯葉,腐葉土を食べる種や,キノコや細菌などの微生物を栽培する種などに分化している。キノコシロアリは,腸内から原生生物を失っており,巣の中でシロアリタケ類のキノコ(担子菌)を栽培する。担子菌がリグニンを分解するので,リグノセルロースは完全に分解される。シロアリタケはシロアリの巣以外には生息していない。

シロアリと微生物(原生生物,細菌,担子菌)は,相互に延長された表現型の関係にある。

巣を出たシロアリの有翅虫は,ペアを作ってと王と女王になり,コロニーを創設する。初期に生まれた仔はワーカーになり,王と女王は生殖行動に専念するようになる。王と女王は,有性生殖によってワーカーを生むが,コロニーが大きくなってくると,女王は単為生殖(オートミクシス)で複数の2次女王を生む。シロアリの王は,きわめて長命で数十年生き,女王は単為生殖で増えるので,コロニーが存続するかぎり,その遺伝子は不死と言われている。(*6)

カースト分化の経路は種によって多様だが,大きく直列型と早期2分岐型に分けられる。直列型では,ワーカーが後期まで生殖虫分化能力を維持する。早期2分岐型では,若齢幼虫の時点で,生殖虫,ワーカー(真ワーカー),兵隊の系列に分化する。

コロニーのカースト比は,季節,乾期と雨期などさまざまな要因によって変動する。また,カースト比そのものが,カースト分化に影響する。コロニーでは兵隊や生殖虫の割合は低く保たれているが,コロニーから兵隊を取り除くと擬職蟻の兵隊分化率が上昇し,1次生殖虫を取り除くと2次生殖虫への分化率が上昇することが知られている。(*8)


シロアリのカースト分化(*8)

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マルサスは,生物の個体数は,指数関数的に増大するが,利用資源を超えて増大することはできないと言った。環境中に個体が増大してくると,ライバルは,「自分のコピー」になって,闘争コストがきわめて大きくなる。個体間に差異が無いので,生存できるかどうかは,偶然(運)に左右される。

遺伝子にとって,最大のライバルは「自分のコピー」であり,利他的行動は,マルサスおよびダーウィンの原理と矛盾する。遺伝子プールでハミルトン則が成立する条件は,自分のコピーがライバルでない(=自分のコピーが自分と違う)ときである。

ハミルトンは,次のように書いている。

「ある遺伝子の複製の集合が遺伝子プール全体の中の増加部分をなしているなら,その遺伝子は自然淘汰上有利になりつつある。われわれはその保有者の社会行動に影響を及ぼすと想定されるような遺伝子に関心を抱いているので,議論をもっと生き生きとしたものにするため,とりあえずその遺伝子が知性とか選択の自由をもっているということにしておこう。遺伝子が,保有者Aに純粋に利己的な行動をとらせるか(Aにもっと繁殖させる),ある方法で近縁者Bを利する「私欲のない」行動をとらせるか選ぶことができると想像してほしい」(Hamilton, 1972)(*4)


2倍体,有性生殖の血縁度(遺伝子の存在確率)

私は遺伝子⊿gで,2倍体の染色体上にあり,有性生殖で複製しているとする。私⊿gを複製して生き延びるには,私⊿gが確実に存在している私(個体)が,食料(小さいエントロピー)をたくさん食べて,子供をたくさん生む行動をとるであろう。

ただし,有性生殖の私(個体)には寿命がある。私⊿gは,血縁者の親,兄弟姉妹,子供にも存在するが,その確率は0.5である。これらの中で,今後もっとも長く生きて,⊿gを生む確率が高いのは,子供である。そのため,私(個体)は子供に小さいエントロピーを分け与え,私(個体)が子供を産めなくなった瞬間から,得られる小さいエントロピーのすべてを子供に与えるだろう。

有性生殖における始原の利他的行動は,親の子供に対する利他的行動であろう。私(個体)の寿命の残りが少なくなり,私(個体)が子供を産めなくなれば,ハミルトン則が成立する。

子供を産めなくなった私(個体)が,子供の次に小さいエントロピーを与えるのは,妹,あるいは弟である。妹と弟は,私(個体)より長く生きる確率が高いからだ。

私⊿gが,自分の子供よりも,兄弟姉妹に小さいエントロピーを与えるのは,私(個体)と子供の合計よりも兄弟姉妹が長命で,私⊿gを多く生む場合である。このときに,兄弟姉妹へ利他的行動を行うハミルトン則が成立する。

私⊿gは,私(個体),子供,兄弟姉妹,親の中で,もっとも長命で,もっとも私⊿gを多く生む確率の高いものに,もっとも多く小さいエントロピーを与えるであろう。その相手が,兄弟姉妹,あるいは親であれば,そのときに,自分と自分の子供以外の血縁者へ利他的行動を行うハミルトン則が成立する。

ns=kspsts
na=kapata
ns>na  利己的行動
ns<na  利他的行動

ns:ΔN/Δt,利己的行動におけるΔgの時間当たり生産数
ks:利己的行動におけるΔgの生産効率計数
ps:ps=1,Δgが自分に存在する確率
ts:自分の生産寿命

na:ΔNa/Δt,利他的行動におけるΔgの時間当たり生産数
ka:利他的行動におけるΔgの生産効率計数
pa:Δgが血縁他者に存在する確率
ta:血縁他者の生産寿命

表現型は遺伝子の発現であるが,表現型には,優性の表現型,環境の表現型のほかに,機能の表現型がある。

たとえば,多細胞生物を構成する細胞は,1個の受精卵から分裂し,そのDNAは同一である。体細胞も生殖細胞もDNAは同一(変異速度が小さい)であるが,減数分裂後の配偶子は変異と組み換えによって,差異化(変異速度が大きい)している。(脊椎動物では免疫細胞も差異化している)

DNAは,多数の遺伝子の集合である。多細胞生物を構成する体細胞のDNAは同一であるが,同じ細胞がたくさん集まっても1個の生物になることはできない。それぞれの体細胞は,遺伝子の発現の仕方によって,その機能には大きな差異がある。体細胞のDNAは同一だが,機能の表現型には大きな差異がある。

シロアリの女王(王)とワーカーは,DNAは同一だが,前者は長命の遺伝子が発現し,後者は発現しないと考えられる。寿命という機能の表現型の差異によって,ハミルトン則が成立し,シロアリの利他的行動が始まったと考えられる。

ただし,私⊿gが,私(個体)に固有の遺伝子で,私(個体)以外には存在しないこともある。その場合は,私⊿gが存在するのは,私(個体)と私の子供(0.5)だけなので,そのときは,ハミルトン則は,私の子供以外には成立しない。

そのように考えると,真社会性の生物は,個体数に比べて,遺伝子プールのメンバーが少なくなるので,遺伝子プールの変異速度は,真社会性でない種に比べて小さくなって不利なはずだ。つまり,真社会性の種が成立するのは,利用資源がきわめて豊富か,個体当たりの利用資源量がきわめて小さく,遺伝子プールの個体数が十分に大きい場合である。

ハダカデバネズミの女王は,きわめて長命とされているので,シロアリと同様に,寿命の表現型の差異によって,ハミルトン則が成立したのであろう。一方,他の哺乳類の利他的行動は,親の子供に対する利他的行動や血縁集団による協力タカ派戦略と考えられる。

社会脳による共倒れ抑止
ホモ属の超協力超タカ派戦略
パン属,ホモ属,ヒトの進化的な安定

利他的行動の説明として,互恵的利他主義があるが,互恵的利他主義は,それのみでは進化的に安定にならない。もし,遺伝子プールに互恵的利他主義の個体が広がり,ほとんどの個体が互恵的利他主義になれば,ライバルは自分のコピーになる。自分のコピーとの闘争では,闘争コストがきわめて大きくなるので,互恵的利他主義の個体を裏切る個体が有利になる。裏切り者は常に互恵的利他主義者に勝つので,遺伝子プールには,裏切る個体が広がる。互恵的利他主義は,協力タカ派戦略における,同一の集団内でのみ成立する。

Hence, as more individuals are produced than can possibly survive, there must in every case be a struggle for existence, either one individual with another of the same species, or with the individuals of distinct species, or with the physical conditions of life. It is the doctrine of Malthus applied with manifold force to the whole animal and vegetable kingdoms;
「このように,生存可能な数よりも多くの個体が生産されるので,ある個体と,同種の個体,異種の個体,生命の物理的条件との間で,生存のための闘争がかならず存在する。それは,マルサスの教義をすべての動植物に多数の力で適応したものである。」(種の起源)

ダーウィンが言うように,生物の遺伝子プール(部分ではない)では,生存闘争の状態(タカ派)が,進化的に安定である。

文献
*1) Thomas Robert Malthus. (1798). An Essay on the Principle of Population.
*2) Charles Darwin. (1859). The Origin of Species, The sixth edition, 1872.
*3) Hamilton W.D. (1964). The genetical evolution of social behaviour. II. J. Theor. Biol. 7 (1): 17–52.
*4) リチャード・ドーキンス. (1982). The Extended Phenotype, 延長された表現型. 紀伊国屋書店, 1987.
*5) 松本忠夫, 三浦徹. (2001). 社会性昆虫としてのシロアリ. 化学と生物Vol. 39, No. 7.
*6) Matsuura K, Vargo E.L, Kawatsu K, Labadie P.E, Nakano H, Yashiro T, Tsuji K. (2009). Queen succession through asexual reproduction in termites. Science 323(5922).
*7) 本郷裕一. (2011). シロアリ腸内原生生物と原核生物の細胞共生. Jpn. J. Protozool. Vol. 44, No. 2.
*8) 石川由希. (2016). シロアリの社会性とそれを支える生理/神経機構. 比較生理生化学Vol. 33, No. 4.
*9) Bourguignon T, Lo N, Dietrich C, Šobotník J, Sidek S, Roisin Y, Brune A, Evans TA. (2018). Rampant host-switching shaped the termite gut microbiome. Curr Biol 28:649–654.e2.

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