為替と賃金:Exchange rate and wage

一部の経済学者のあいだでは、金融緩和ではインフレの効果がないので、財政支出を増やすという議論がある(文献参照)。金融緩和が効かないのは、通貨を増やしても、それが国内消費や国内投資につながらず、価格(物価)に影響を与えないからだ。

国内は人件費が高く、人口が減っているので、貨幣は、アジアなど海外に投資される。また、中国など物価が安い国からの輸入が増えて、円は当該国の通貨に交換されるので、中国やアジアでは貨幣量が増えてインフレ(バブル)になる。

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同じように、財政支出を増やしたところで、インフレにはならないことは近年のデータが示している。財政支出では、道路、港湾などのインフラ整備や社会保障にお金を使うので、その分の需要(交換される貨幣)は増えるが、その後は建設会社や病院や医師の預金口座に貯まるだけで、乗数効果が小さく、インフレにならない。

日本がインフレになるのは、石油や食料など、エネルギーや原材料が値上がりしたときだが、これは供給減によるインフレなので、消費が減って景気を悪くする。(2016.11.17ブログ

政府が財政支出をどんどん増やすと宣言すると、国債金利が上昇してインフレになるとの説があるが、それは市場で円が売られて円安になった場合の話だ。財政支出を増やすと宣言しても、デフォルトにするわけではないので、一時的に為替は混乱するであろうが、長期的な影響がでるとは考えらない。

そもそも為替がどのように決まるのかについて、論理的に書いている文章を見たことがない。経済学の教科書には、名目為替レートは、2つの国の通貨の相対価格である。実質為替レートは、2つの国の財貨の相対価格であり、実質為替レートが低いほど、自国の財は外国の財と比べて割安となり、純輸出需要はより大きくなるなどと書かれている。

あるいは、次のような説明もある。為替相場は、最終的には需要と供給で決まる。日本からアメリカに自動車を輸出すると、その代金はドルで受取り、国内で支払うために、ドルを円に替える。ドルを売って円を買うので、日本からの輸出が増えると、円の需要が増えて円高ドル安に向かう。

しかし、これでは、為替で輸出入が決まり、輸出入で為替が決まると言っているだけで、何も説明していない。

為替と輸出入の関係がでてくる理論のひとつに、マンデル・フレミングモデルがある。これは小国における財政政策、金融政策についての固定相場と変動相場の比較には有効であるが、現代の日本では、モデルとあわないことは、多くの経済学者が指摘している。たとえば、変動相場での金融政策は、為替レートの減価と経常収支の改善によって、国内の国民所得を増加させるなどとされるが、近年の日本ではまったく効果が見られない。実態とあわないことは経済学者が一番よくわかっているのに、あるときは使えないといったり、別のときには、これで説明しようとしたり、思考回路がよくわからない。

為替というのは、「結果」であって、原因ではないはずだ。たとえば、日本のある会社が、自動車エンジンのピストンリングを、1個100円で製造販売しているとする。アメリカの会社は同等の品質のピストンリングを1個2ドルで製造販売している。現在の為替は、1ドル=100円とする。

アメリカの自動車会社からみれば、日本製リングはアメリカ製の半値なので、当然、日本製を買う。ドルで支払うと、日本の会社はドルを円に換えて給料や費用を支払う。ほかの自動車部品も同じ状況とすると、皆がドルを売って円を買うので、市場では円の需要が増えて、円高ドル安になる。1ドル50円まで円高が進めば、アメリカ製も日本製も同じ価格になるので、そこまで円高がすすむかといえば、そうはならない。

なぜなら、1ドル50円になるまで、日本製だけを購入することは、アメリカ製はまったく売れないことを意味するので、アメリカの会社は倒産してしまう。アメリカの会社は、なんとかしてリングの価格を下げようとするであろう。1個1.2ドルまで下げれば、1ドル83.3円のときに日本製とアメリカ製の価格は等しくなり、アメリカのリングも売れるようになる。

つまり、為替を左右しているのは、商品の価格である。では、商品価格はどのように決まるか。

工業製品の価格を大きく左右するのは生産コストであり、コストは、おもには、原材料費、エネルギー費、人件費、技術水準(情報)に左右される。原材料とエネルギーは移転できるので差がでにくい。技術水準(情報)は利益の源泉ではあるが、新しい技術の獲得には、大きな投資と時間を要する。ただし、特許の存続期間は20年なので、進歩が停滞している分野なら移転できるし、日本企業が投資しても移転できる。国境を越えて移転できないのは、人間(労働者)である。すなわち、短期的な価格と企業収益を左右するのは「賃金」である。

ロボット化などの技術革新には大きな投資と時間がかかるので、アメリカの会社はコストを下げるために、賃金の高いアメリカ人を解雇して、賃金の安いメキシコ人労働者を雇うか、工場をメキシコに移すであろう。

NAFTAによって北米の市場規模は日本よりもかなり大きいし、現在の日米の物価はそれほど違わないはずなので、為替へ影響がもっとも大きいのは日本国内の賃金であると考えられる。日本国内の賃金が下がれば、円の需要が増えるので、円高ドル安になるはずだ。そう思って、賃金の推移と為替の推移を比較してみると、やっぱり、連動しているように見える。

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文献
When Does a Central Bank’s Balance Sheet Require Fiscal Support?
https://www.newyorkfed.org/research/staff_reports/sr701.html
平成27年賃金構造基本統計調査 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2015/
Principal Global Indicators

有機農業と未来: アメリカの有機農業から何が見えるか
本田進一郎 (2016-02-13)
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「共生」について―捕食・被食:About “symbiosis” – predation

「延長された表現型」による、物質・エネルギー流速度の定常と進化的な安定
Steady state of material・energy flow velocity and evolutionary stability by extended phenotype

「共生」という言葉は、世の中にあふれているにもかかわらず、定義が定まっていない。一般の人だけでなく、生物学や生態学の研究者でも見解がバラバラだ。これは、日本のみならず、世界中の学者たちを困惑させている(文献参照)。

日本の教科書では、「共生」とは次のような概念とされている。生物学における「共生」とは、異種の生物が「共に生きている」関係をあらわす言葉であり、共生の種類として、以下の関係がある。

[共生(Symbiosis)]
相利(mutualism)     A:+   B:+
片利片害          A:+   B:-
捕食(predation)      A:+   B:-
寄生(parasitism)     A:+   B:-
片利(commensalism)   A:+   B: 0
片害(amensalism)     A:0   B:-
競争(competition)     A:-   B:-
中立(neutralism)      A:0   B:0
*A、Bは異種の生物、+は得、-は損、0は中立

相利共生としては、イソギンチャク=クマノミ、ヤドカリ=イソギンチャク、反芻動物=ルーメン細菌、アリ=アブアムシ、植物=菌根菌、マメ科植物=根粒菌など、非常に多くの例が知られている。ただし、イソギンチャク=クマノミについては、イソギンチャクの利益が小さく、寄生ではないかとの指摘がある。

片利片害の例としては、カッコウが、ヨシキリなどの巣に托卵する行動がある。捕食・被食や寄生も、損得としては片利片害とされる。

共生と寄生・捕食・競争などの概念は、対立概念ではなく、共生は、寄生・捕食・競争などを含む上位概念として位置づけられているようだ。

共生の定義について、よく言われる批判としては、イソギンチャク=クマノミのように、相利と寄生を厳密に区別できないというものがある。利益と損失の割合は、生物間で様々であるが、その変化は連続であって相利なのか寄生なのかの境界を定められない。

そもそも、異種の生物間の関係を、得と損だけで表現するのは無理がある。相利共生の場合は、異種が安定的に共存できることを直感的に予想できるが、捕食・寄生・競争では、共存が安定になる場合と、絶滅する場合がある。ダーウィンは次のように書いている。「死をもたらす原因は、天敵であることもあれば、同じ場所や食物を争う競争相手だったりもする」、「一般に最も厳しい競争相手となるのは、きわめて近縁な種類、すなわち同じ種の変種どうし、同じ属あるいは近縁な属の種どうしである」。じっさいに、古生物学の知見では、地球に生命が誕生して以来、膨大な数の種が絶滅したことが知られている。

捕食・被食

自然界でもっとも普通にみられる、捕食・被食の関係から考えてみる。捕食・被食は、片利片害とされている。たとえば、草食動物を捕食するライオンは、草食動物からもっぱら利益を得て、草食動物はもっぱら損をしているということだ。

草原の、ある系にトムソンガゼル(ウシ科ガゼル属)、ヌー(ウシ科ヌー属)、ライオン(ネコ科)がいるモデルを考える。ライオンは、トムソンガゼル、ヌー、シマウマ、スイギュウなどさまざまな動物を捕食するが、ここでは、2種の動物を食べているとする。この系では、トムソンガゼル、ヌー、ライオンは、安定的に生存(共存)しており、長期的な個体数は一定である。

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どうして捕食・被食関係で個体数が安定になるのかは、ロトカ・ヴォルテラの方程式による簡潔な数理モデルが提案されており(Lotka,1910、Volterra,1925)、じっさいに自然界にはこのような状態がよく見られる(文献参照)。
dx/dt=rx-axy
dy/dt=bxy-cy
x:被食者の個体数、y:捕食者の個体数、他は係数

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これは、被食者が増えると、それを食べる捕食者も増え、被食者が食べられて減ると、それを食べる捕食者も減る、次は被食者が増える・・・を繰りかえすということだ。ただし、人間がドードーやニホンオオカミを絶滅させたように、隠れる場所がなかったり、逃げる能力が低かったり(捕獲能力が高い)、環境収容力が小さい(島など)と絶滅していまう。(トムソンガゼルとヌーの競争については後述)

なお、系が安定する過程は、遺伝子の絶え間ない変異の中から、生存闘争の結果、生き残った遺伝子が、生き残っている(中立説・自然選択説)。一見、安定しているように見えるが、変異は絶え間なく続いている。

草食動物は、草原の植物を食べて生存している。植物の生産量は、時間当たりの太陽エネルギーの量e(エネルギー流速度)と、流動する時間当たりの物質(H2O、CO2、O2、N、P、Kなど)の量mに左右される。この系で、トムソンガゼルとヌーが利用可能な、植物の時間当たりの資源量をR(e, m)とする。物質・エネルギー流速度e・mは、季節的に変動するが、長期的には一定とする。

植物が十分にある時期は、草食動物は子供を産んで個体数が増えるが、植物が少ない時期には、弱い個体が死亡して、もとの個体数にもどる。

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系に存在する、トムソンガゼルの遺伝子の量をg1、ヌーの遺伝子量をg2、ライオンの遺伝子量をg3とする。遺伝子量gは、個体数nに比例し、g∝nとする。また、種内で遺伝子の撹乱(ランダムな交配)が十分に行われていれば、遺伝子量は遺伝子プールの大きさと等しくなる。個体数と同様に、遺伝子量は季節的に変動するが、安定している系では長期的には一定である。

生物(遺伝子)は、資源量が十分にあれば、指数関数的に増加して(マルサス)、資源をめぐって激しく闘争する。もっとも厳しい生存闘争が行われるのは、「同種の個体間」、「同種の変種間」、「同じ属あるいは近縁な属の種どうし」(ダーウィン)である。モデルでは、遺伝子量は、長期的には一定なので、トムソンガゼル、ヌー、ライオンの遺伝子の生存率は同じ(1.0)である。

図のように、トムソンガゼル、ヌー、ライオンの遺伝子の増加速度(自己複製速度)が同じとすると、個体間の闘争コストがもっとも大きいのは、ライオン同士である。次がトムソンガゼル同士、ヌー同士である。同種の個体はいつも近くにいて同じ資源を摂取するので、闘争コストが大きい。その次が、トムソンガゼルvsヌーである。トムソンガゼルとヌーが食べる植物の種類は、まったく同じではないが、同じウシ科の草食動物なので、かなり重複しており、闘争コストが大きくなる。最後が、ライオンvs草食動物である。

図を見れば、ライオンが草食動物を捕食することで、草食動物同士の闘争コストを下げていることがわかる。言葉を変えると、草食動物同士の闘争コストを、ライオンが負担している。

もう少し詳しく、トムソンガゼルとライオンの関係を見てみると下図のようになる。

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R:系の時間当たり利用可能資源量
g1:トムソンガゼルの遺伝子量(遺伝子プールの大きさ)
R1:g1が利用する時間当たりの資源量
ct:トムソンガゼルの闘争コスト
Δg1:g1の時間変化量(g1が自己複製して増加した遺伝子量、dg1/dt)
g2:ヌーの遺伝子量
R2:g2が利用する時間当たりの資源量
Δg2:ヌーの遺伝子量の時間変化量(dg2/dt)
g3:ライオンの遺伝子量
R3:g3が利用する時間当たりの資源量
Δg3:g3の時間変化量(dg3/dt)
cl:ライオンの闘争コスト
Δc1:トムソンガゼル同士の闘争コストの変化量
Δc2:トムソンガゼルvsヌーの闘争コストの変化量
Δc3:トムソンガゼルvsライオンの闘争コストの変化量
Δc4:同上
Δc5:ライオンvsヌーの闘争コストの変化量
Δc6:ライオン同士の闘争コストの変化量

トムソンガゼルg1から見ると、g1が一定(Δg1=dg1/dt=0)であるためには、闘争コストctも一定でなければならない。すなわち、闘争コストの変化量Δct=dct/dt=0である。
Δct=Δc1+Δc2+Δc3=0
もし、なんらかの理由で、
Δct=Δc1+Δc2+Δc3>0
ならば、闘争コストctが大きくなって、g1は小さくなる(Δg1=dg1/dt<0)。つまり、個体数が減少する。g1が減ると時間当たり変異数(変異速度)が減って、進化的には安定になる(自然選択が進む)。
Δct=Δc1+Δc2+Δc3<0
だと、闘争コストctが小さくなって、g1は大きくなる(Δg1=dg1/dt>0)ので、個体数が増加する。g1が増加すると、時間当たり変異数(変異速度)が大きくなるので、進化的に不安定になる。すなわち、多くの変種が生まれる可能性が高くなる。
以上のことから、
Δct=Δc1+Δc2+Δc3≧0:進化的に安定(自然選択が進む)
Δct=Δc1+Δc2+Δc3<0:進化的に不安定
になる。

ここで、伝染病などでライオンg3が減ったとする(Δg3<0)。トムソンガゼルからみて、ライオンとの闘争コストが小さくなるので、Δc3<0になる。しかし、ライオンが減ると、トムソンガゼルとヌーの遺伝子量が増えてΔg1>0、Δg2>0になるので、草食動物同士の闘争コストが増えて、Δc1>0、Δc2>0になる。g1、g2は、Rの大きさに左右され、Rは一定なので、g1、g2も一定となる(ロトカ・ヴォルテラの方程式、g1とg2の競争については後述)。すなわち、Δc1+Δc2+Δc3=0となって安定になる。

これでは、ライオンがいてもいなくても、トムソンガゼルの遺伝子量g1は一定になるので、ライオンの存在は、トムソンガゼルの安定に影響をあたえないかのように見える。しかし、そういうわけではない。

トムソンガゼルg1では、自己複製のたびに遺伝子の変異が起きている(中立)。g1の遺伝子プールの中で、速く逃げる遺伝的変異(ハト派)と、大きな角の遺伝的変異(タカ派)が起きたとする(同種の変種)。速く逃げる遺伝子は、オス同士の闘いでは不利だが、ライオンから逃げるには有利である。大きな角遺伝子は同種のオス同士の闘いでは有利だが、角が大きく重くなると、ライオンから逃げるには不利である。すなわち、ライオンが存在しなければ、トムソンガゼルは、たちまちタカ派の方向に変異して、最後はオオツノジカのような、超タカ派になる可能性が高くなる。ライオンの存在は、トムソンガゼルが超タカ派に向かう変異を抑止し、トムソンガゼルを、進化的に安定させる効果があると考えられる。

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次にライオンから見ると、上と同様に、g3、clは一定で、Δcl=dcl/dt=0なので、
Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6=0
である。
Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6>0
ならば、clは大きく、g3は小さくなり(Δg3=dg3/dt<0)、個体数が減少する。
Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6<0
ならば、clは小さく、g3は大きくなる(Δg3=dg3/dt>0)ので、個体数が増加する。
Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6≧0:進化的に安定(自然選択が進む)
Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6<0:進化的に不安定
になる。

伝染病などで、トムソンガゼルの遺伝子量g1が減少(Δg1<0)したとする。ライオンからみて、トムソンガゼルの捕獲が難しくなるので、Δc3>0、Δc4>0になる。しかし、トムソンガゼルが減ると、ライバルのヌーg2が増えて(Δg2>0)ヌーを捕獲しやすくなるので、Δc5<0になる。g1が減ると、g2が増えるが、Rは一定なので、トムソンガゼルが絶滅しないならば、g1、g2も一定となる。すなわち、Δcl=Δc3+Δc4+Δc5+Δc6=0となって安定になる。

系の時間当たり利用可能資源量Rは、季節で変動しているが、長期的には一定している。Rが一定しているときは、遺伝子量g1、g2、g3も一定となり、進化的に安定する。

ミランコビッチ・サイクルなど地球環境の長期的な変動で、物質・エネルギー流速度e・mが小さくなると(氷河期)、植物が減るのでRは小さくなる。自然選択によって生存できる遺伝子量は小さくなり、遺伝子量が減ると時間当たりの変異(変異速度)が小さくなるので、生き残った種は進化的に安定になる。

大隕石の衝突などで、地球環境が激変し、遺伝子量が大きく減ると、個々の種はどんどん進化的に安定になる。進化的に安定になると、ますます環境変化に対応できなくなるため、異常気象が長く続くと、多数の種が同時に絶滅する大絶滅につながると考えられる。

逆にe・mの変化によってRが大きくなると、遺伝子量が増大して、遺伝子の変異速度も大きくなる。進化的に不安定になって、多くの変種や新種が生まれる。とくに、大絶滅のあとには、物質・エネルギー流速度e・mの大きなニッチが生じるので、多くの変種や新種があらわれる(中立)。環境が安定すると、激しい生存闘争と自然選択を経て、進化的な安定に向かう。

なお、生物がほとんど棲まない砂漠や極地が広く存在するので、地球の空間vは、e・mに比べて十分に大きいと考えられるが、e・mが大きい熱帯雨林では、遺伝子量はvに制限される。

トムソンガゼルとライオンの捕食・被食の関係は、ドーキンスがいう、「延長された表現型」と見ることができる。ドーキンスは、「延長された表現型」の例として、小石を接着して巣をつくるトビゲラの幼虫、樹を倒してダムをつくるビーバー、カニに寄生してカニを去勢するフクロムシ、カッコウの托卵などさまざまな例をあげている。そして、「遺伝子は個体の体壁を通り抜けて、外界の世界にある対象を操作する。対象の一部は生命のないものであり、またあるものは他の生物であり、またあるものははるか遠く離れたところにある。」、「遺伝子の長い腕に、はっきりした境界はない。あらゆる世界には、遠くあるいは近く、遺伝子と表現型効果をつなぐ因果の矢が縦横に入り乱れている。」(文献参照)としている。

「延長された表現型」としてみると、ライオンは、植物が合成した高エネルギーの化合物を草食動物の身体に変換するように操作し、その身体を摂取することで、物質・エネルギーを獲得している。一方、トムソンガゼルは、自分のコピーを含むライバルの草食動物を倒すには、大きなコストがかかるため、そのやっかいな仕事を、ライオンを操作してやらせている。

トムソンガゼル(ウシ目)とライオン(ネコ目)は、ともにローラシア獣上目に分類されている。もとをたどれば、共通の祖先から分かれた同じ遺伝子だ。種の個体としてではなく、遺伝子と「延長された表現型」からみれば、系が安定した状態では、あたかも、全体が一つの有機体(organic whole)であるかのようにも見える(あくまでも中立変異と自然選択の「結果」としてである)。

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系に入るエネルギー流を利用して、生成者は、低ポテンシャルの分子(物質m)から、高ポテンシャルの化合物を生成する。化合物(物質m)は分解者によって次々と分解・利用され、再び低ポテンシャルの分子にもどって循環する。エネルギーeは、第一法則によって保存され、熱として系の外に放出される。全体としては、エントロピーsが増大する。遺伝子は、化合物の生成、分解、自己複製を司る「情報」である。

川の水が一定の速さで流れるように、安定した系では、遺伝子量と生物間を流れる物質・エネルギーの速度が一定になる(定常状態)。物質・エネルギーが流れる速さが変化すると、遺伝子の情報や量は変化するが、流速が定常になると遺伝子も定常になろうとする。

捕食・被食関係が安定(共存)した系では、「延長された表現型」によって、異種間の物質・エネルギー流速度が定常であり、かつ進化的に安定している。(つづく)

文献
Current Usage of Symbiosis and Associated Terminology
http://www.ccsenet.org/journal/index.php/ijb/article/view/21139
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
巌佐庸、数理生物学入門、HBJ出版局、1990
The Milankovitch band
https://web.archive.org/web/20080729060933/http://www.agu.org/revgeophys/overpe00/node6.html
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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ホモ属の超協力超タカ派戦略:Super-cooperative super-hawk strategy of Homo

ダーウィン進化論からESS(進化的に安定な戦略)を検討したが、それからわかることは、ヒト科(Hominidae)ホモ属(Homo)の場合は、「超協力」と「超タカ派」を組み合わせた、「超協力超タカ派戦略」(Super-cooperative super-hawk strategy)をとっていることだ。

ヒト科パン属(Pan)のチンパンジーは、成年オス、成年メス、子供からなる20~100頭の群れを形成し、数十km2の広大な縄張りの中を遊動している。群れの中では、親子など数頭の小集団で行動している。成年のオスとメスは、複数の異性と交尾をする乱婚であり、オスは自分の子供がわからないとされている。

オスは成長しても群れにとどまるが、若いメスは群れを出て、他の群れに移動する行動をとる。メスが移動することで、遺伝子プールを大きくしている。これは、ホモ属の祖先のアウストラロピテクスでも同様の行動が確認されており、他の集団から移動するメスは50%以上で、オスは10%という報告がある(文献参照)。

群れの中の成年オスたちは、協力して、縄張りの周辺を巡回している。他の群れのオスと出会うと、激しく闘争して、縄張りを奪い合う。拳で殴ったり噛んだりして、相手を殺すことがしばしばある。このため、オスの死亡率はメスよりもかなり高い。ただし、共倒れして双方が死んでしまうほどでもない。すなわち、チンパンジーは、「超協力タカ派」戦略である。

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ゴリラ(ヒト科ゴリラ属Gorilla)のオスは、単独で他のオスと闘争する。すなわち、パン属とホモ属の共通祖先に、「超協力」(社会脳)の遺伝子変異がおこり、多数のオスが協力して他の群れのオスと闘争するようになった。複数vs複数では、オスの数が多いほど有利なので、次第に群れの個体数と縄張りの範囲が大きくなっていったと考えられる。

オスがもとの群れに留まるのも、乱婚の形態をとるのも、そのほうが、オスの共同闘争に有利なためだ。オスは、群れのすべてのオスが、自分の親子、兄弟、従兄弟などの可能性があるので、仲間を裏切らず、見捨てない。

この状態で、腕力が強いほうに変異したのがパン属の祖先で、地上を速く走るほうに変異したのがホモ属の祖先であろう。腕力が弱くても、縄張りの範囲が広大になれば、機動力・持久力が高いほうが有利な場合もある。

ホモ属の祖先のアルディピテクス・ラミドゥスやアウストラロピテクスの犬歯は、小さく退化しており、骨格も華奢である。正面衝突を避けて、地上を2本足で走って長い距離を移動し、後退と奇襲を駆使する戦略をとったと思われる。腕力・瞬発力が高い遺伝子に対して、走力・持久力が高い遺伝子で対抗した。

アルディピテクスが石器などの道具を使っていたかどうかはわかっていないが、アウストラロピテクスは道具を使っていたと考えられている(文献参照)。腕力が弱く、犬歯も使わずに、ライバルを倒すには、武器(道具)を使うほかない。

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しかし、森の中での、「腕力・瞬発力遺伝子」と、「走力・持久力遺伝子」との闘いは、拮抗していたと思われる。どちらかが圧倒的に有利であれば、一方は縄張りを確保できずにすぐに絶滅してしまうはずだ。最終的には、ホモ属の祖先の中で、森に残った遺伝子(アルディピテクス)は絶滅し、草原へ進出した遺伝子(アウストラロピテクス)が生き残った。集団で長距離を走って移動できる形質(社会脳・走力・持久力)と、手で武器や道具を扱う形質によって、森林から草原への進出が可能になったからである。

ホモ属の祖先は、華奢な身体で何らかの武器を携え、集団で走り続ける「超協力タカ派」の戦略をとっていた。この超協力タカ派遺伝子は、いつから、超タカ派戦略をとって、「超協力超タカ派」になったのであろうか。超協力超タカ派とは、精巧な石器など殺傷能力の高い武器を使って、多数のオス同士が、縄張りをめぐって闘争する状態だ。

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それこそが、ホモ属が出現したときであり、ホモ属の初期に大発展した、ホモ・エレクトスではないだろうか。卓越した集団の戦闘力によって、ライバル種を駆逐し、同種の集団同士の激しい縄張り争いによる共倒れを避けた結果、世界中に遺伝子が拡散したと考えられる。ホモ・エレクトスが使っていたアシューリアン石器の形が、メガロドン、スミロドン、デイノテリウムの牙の形とそっくりなのは、偶然ではあるまい。(つづく)

文献
京都大学野生動物研究センター
http://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/kumasan/ja/about_chimp/index.html
Strontium isotope evidence for landscape use by early hominins
http://www.nature.com/nature/journal/v474/n7349/abs/nature10149.html
Brains, Brawn, and the Evolution of Human Endurance Running Capabilities
http://link.springer.com/chapter/10.1007%2F978-1-4020-9980-9_8
最初に道具を使った人類はアウストラロピテクス
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150127/433311/
化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散、別冊日経サイエンス、2012
人類進化 今も続くドラマ、日経サイエンス、2014、12

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
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社会脳による共倒れ抑止:Deterrence of internecine by social brains

草食動物の超タカ派戦略

肉食動物など食物連鎖の頂点にいる動物が、タカ派戦略をとりやすいことを述べたが、タカ派戦略は、肉食動物でも草食動物でも関係がない。たとえば、アフリカゾウは、子供のゾウがライオンに襲われることがあるが、成長したゾウはライオンにほとんど捕食されない。草食動物であっても、捕食者がいない種では、食物連鎖の頂点にいる種と同じ状態になる。

アフリカゾウは、メスと子供からなる数頭~十数頭の群れを形成する。オスは10歳くらいになると、群れを出され、単独または集団で放浪する。成年オスは、単独で行動し、群れの周辺にいる。メスが発情すると、通常は優位のオスが交尾するが、その座をめぐってオス同士が激しく闘争する。ゾウのオスでは、身体が大型化して、長大な牙を有するタカ派戦略が有利になる(なお、現在では牙の長いゾウを密漁する人間のために、牙が短いハト派戦略が有利になっている)。

このような、草食動物のタカ派戦略の例は、ゾウの他にも、サイの大型化と角の巨大化、ヘラジカの大型化と巨大な角などに見られる。絶滅した超タカ派の動物では、マンモス、マストドン、オオツノジカ、デイノテリウム、パラケラテリウムなどが知られている。

デイノテリウムは中新世中期~100万年前に生息したゾウの仲間で、ゾウ目では最大の種とされる。体長は約5mに達し、下顎には巨大で凶暴な牙が生えている。この姿から、オス同士の生死をかけた壮絶な闘いが想像できる。

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パラケラテリウムは、サイの仲間で3,400万~2,200万年前に生息していた。史上最大の陸生哺乳類とされ、体長8m、体重15~20tに達したと考えられている。上顎と下顎の先端に鋭い牙が生えており、これでオス同士が激しく闘争していたと思われる。

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20世紀の初頭の古生物学者たちは、このような角や牙の巨大化を、「定向進化」(Orthogenesis)と呼んでいた。しかし、生物には進化が「定向」にならない事例が多くあり、その理由を説明できなかったために、この説は消えてしまった。

共倒れ抑止遺伝子

捕食者がいない種は、タカ派戦略をとりやすく、進化的に不安定になりやすい。しかし、それでは、つねに共倒れと絶滅の危機に瀕していることになる。そこで、闘争コストが大きくなる方向に変異することを抑制する、何らかの構造があることが予想されると書いた(2017.1.18ブログ)。

ひとつは、クマやニホンザルの例で示したような、「共倒れ抑止遺伝子」の存在だ(2016.11.11ブログ)。ネズミやクマなどの哺乳動物には、受精卵がすぐに着床しない、着床遅延がある。もともと着床遅延は、交配可能な期間を増やし、子育てに適した時期に出産するための仕組みと考えられている。ところが、クマは、着床遅延の期間中に母体の栄養状態が悪いと、着床せずに流産してしまうことが知られている。ニホンザルも、秋に食物が少ない年には、発情せず、妊娠しても栄養状態が悪いと流産する。また、ライオンのメスは、獲物が少ないときは、子供のライオンに肉を与えないという。これらは、食べ物をめぐって、自分の子供(自分のコピー)との闘争コストを下げる結果をもたらす。闘争コストが高まると、共倒れしてしまうからだ。

社会脳による共倒れ抑止

もうひとつは、「社会性」である。社会性の高い生物としては、アリ、ハチ、シロアリが代表的だが、これらの社会性昆虫は、遺伝子のシステムできわめて高度な社会性を構築しており、構造が複雑だ。そこで、まず哺乳動物で考えてみる。

哺乳動物は、遺伝子システムでなく、脳の情報処理システムを高度化することで、社会性を獲得した。たとえば、ネコ科のライオンには、同じ遺伝子を共有する兄弟のライオンが協力する独特の習性がある。ライオンは、1~3頭の成年オスと、5~6頭のメスからなる、定住性の群れ(プライド)を形成する。20~30頭からなる大きな群れを作ることもある。プライドの成年オスは兄弟2頭が多く、まれに4頭の場合もある。オスたちは、プライドの外側を巡回して、縄張りを他のオスから防衛している。

子供のオスは、2~3歳になると、プライドから追い出されて草原を放浪するが、このとき、兄弟が一緒に行動する。オスが遊動するのは、遺伝子プールを大きくする仕組みであろう。成長した兄弟オスは、プライドのオスに挑戦して、プライドのオスの座を奪う。

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兄弟オスが「協力して闘う」という方法は、超タカ派の遺伝子の出現を抑制する効果がある。1頭では戦闘力が小さいタカ派遺伝子であっても、2~3頭で協力すれば、単独の超タカ派遺伝子に対抗できる。2~3頭の協力タカ派のほうが、単独超タカ派より有利なので、協力タカ派遺伝子は、単独超タカ派遺伝子を駆逐してしまうであろう。超タカ派遺伝子の変異がおきても、これが存続できる可能性は小さい。

集団が協力タカ派だけになると、オスの闘いはつねに複数vs複数になる。複数vs複数の闘いでは、共倒れで全てのオスが死滅する確率が小さくなる。生き残るオスが必ずいるので、協力タカ派は進化的に安定する。「社会脳による共倒れ抑止」(Deterrence of internecine by social brains)である。

ただし、協力タカ派だけの状態で、「協力超タカ派」があらわれる可能性はある。協力超タカ派同士の闘いでも、複数vs複数となり、全滅せずに生き残るオスがいる可能性が高いので、進化的に安定になる可能性はある。しかし、そのような種の事例を自然界で思い浮かべることが難しい(人間を除く)。

ここで、さらに記憶力や意思疎通能力が高く、社会性が高い遺伝子があらわれて、兄弟だけでなくイトコのオスも協力するようになったとする。この「超協力タカ派」遺伝子は、多数のオスからなる共同戦線を構築して、他の兄弟オスを圧倒できるはずだ。

しかし、じっさいのライオンのプライドではそうなっていない。多数のオスがいるプライドは、広大な縄張りが必要になる。草食動物などの資源量は、雨季と乾季で大きく変動するので、大量の資源が必要な大きな群れを維持できない。また、多数の成年オスを有するプライドでは、今度は、プライドの内部での遺伝的な違いが大きくなるので、リーダーやメスをめぐって争いがおきる。兄弟の遺伝的近縁度は1/2で親子と同じだが、イトコの遺伝的近縁度は1/8にすぎない。ライオンの場合は、イトコを殺して自分の子供を産んだほうが有利なのであろう。

社会脳による協力度は、系の範囲の大きさ、資源の種類、資源の量などの条件に応じて決まると考えられる。ユーラシアと北米に分布するオオカミは、雌雄を中心にした、数頭の群れで行動する。ユーラシアの森に棲むトラは、群れを作らず単独で行動する。トラのオスは、ライオンのオスよりも、2~3割も身体(体重)が大きく、超タカ派の遺伝子があらわれる確率が高い。

なお、多数のオス同士が縄張りを巡って闘う事例は、類人猿の一部に見られる。(つづく)

文献
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
George B. Schaller, The Serengeti Lion: A Study of Predator-Prey Relations, 1976

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闘争コストの遺伝子プール閾値:Threshold of gene pool in struggle cost

食物連鎖の頂点にいて、捕食者がいない生物の進化的安定をみる前に、「闘争コストの共倒れ閾値」を越えない場合での進化的に安定について考えてみる。なお、ここで「進化的」というのは、表現型の変異のことを意味している。

ESS理論における、タカ派とハト派のモデルの不十分な点は、系の範囲(空間、物資、エネルギー)を無視していることである。そこで、カキ、カメノテ、フジツボのような、特定の場所に定着して、移動しない生物のモデルを作る。

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カメノテは、岩の割れ目に着生して、波の中にいるプランクトンを、ホウキのような蔓脚(まんきゃく)を広げて捕食している。雌雄同体とされているが、他個体と交尾するという(有性生殖)。定着できる場所は岩の割れ目に限られており、割れ目に沿って群落を形成する。

図のような岩の割れ目に、n個のカメノテAが着生している。定着する場所は、物質とエネルギーは出入りするが、他の生物は入り込めない開放系である。カメノテが定着できる空間の大きさはsである。海水から系に供給される時間当たりのプランクトンの量(物質・エネルギー流速度e)は、時間的・季節的な変動はあるが、長期的には一定である。

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あるとき、ある個体で突然変異がおこり、蔓脚を2本保有する個体A1が発生した。A1は、他のカメノテの2倍のプランクトンを捕食できる。これはタカ派戦略ではあるが、AとA1の両者が共倒れするほど闘争コストは大きくない。しかし、隣のAは、エサが十分に得られないので競争に敗れて衰弱していく。A1遺伝子は生存に有利なので、どんどん自己複製して、空間sはすべてA1で占められる。変異はランダムに起きるので、もし、逆に、蔓脚の小さな突然変異(ハト派)が起きたとしても、ハト派はエサを十分に捕食できないので、生存できない。

A1は、時間当たりの資源の獲得量が多いので、成長が速く身体が大きくなるはずである。波の中のプランクトンの量は一定なので、集団全体が得られる時間当たりのプランクトン量は変わらない。すなわち、A1は、n/2個の個体数しか生息できない。この状態でしばらく安定している。

ここで、さらにタカ派のA2が出現したとする。これは、A1の2倍の4本の蔓脚を有している。しかし、両者が共倒れするほど闘争コストは大きくない。有力なA2遺伝子は、自己複製を繰り返して、系はA2だけになるが、さらに少ない個体数しか生存できない。

こうして、時間がたつほど、タカ派の方向へ変異が進み、岩の割れ目sに生息する個体数は、次第に少なくなる。個体数が少なくなるほど、集団での、突然変異が起きる確率は小さくなる。表現型の変異の速度が小さくなるので、競争者や寄生者に対抗することや、環境変動に対応することができなくなる(後述)。すなわち、系で生存する個体数(血縁集団・遺伝子プール)が、ある閾値以下になると、タカ派遺伝子は伝染病や気象変動で死滅して衰退する確率が高くなる。そして、突然変異で生まれた、蔓脚の小さなハト派遺伝子のほうが有利になる。

カメノテは、闘争コストが、それ以上、遺伝子プールを小さくしない値(闘争コストの遺伝子プール閾値:threshold of gene pool in struggle cost)を越えないところで、進化的な安定になる。

カメノテ、フジツボ、カキ、サンゴなど、系の範囲が大きくない定着型の生物は、群生して群落を形成し、進化的に安定しやすいことが予想される。それは、固定した場所から移動できないために、自分のコピーからのしっぺ返し(報復)を免れることができないからである。カキは、ペルム紀(3億~2.5億年前)に登場して以来、きわめて長期にわたって形質(遺伝子)を維持している。また、サンゴでは、出芽を繰り返してクローンが多数群生する、群体サンゴが発達している。

定着型生物でも、時間がたつと、地球上の生息可能な地域全体に遺伝子が広がる。系の範囲が広大になると、血縁集団がエリアごとにできて、集団間の遺伝的な距離が次第に大きくなる。そして、地域ごとに変種が生じやすくなる。つまり、定着型生物は、血縁集団(遺伝子プール)を維持できる系の範囲が小さく、進化的な安定になりやすい。しかし、遺伝子が地球上に広く拡散すると、全体から見ると進化的に不安定になってエリアごとに変種が生じ、エリアごとに進化的な安定になる。

一方、鳥、魚、哺乳動物のような非定着型の生物は、広いエリアを大きく移動するため、しっぺ返しを免れやすい。タカ派戦略をとりやすく、進化的に安定しにくいはずだ。しかし、サケ科の魚は、硬骨魚類の魚の中では原始的な外観を持ち、長い間、その形質(表現型)を変化させていないことが知られている。サケは広い海洋を動き回るのだから、進化的に安定しくいはずだ。サケが、強いタカ派戦略をとらず進化的な安定になるのは、産卵の際に同じ河川に集まるからだ。遺伝子を残すためにもっとも重要な産卵時に、しっぺ返しを受けるため、強いタカ派戦略をとれない。

すなわち、非定着型生物は、進化的に安定しにくいように思えるが、じっさいは、血縁集団(遺伝子プール)を維持できる系の範囲が大きいだけで、最終的には進化的な安定になる。魚類や鳥類のうち、とくに運動性が高い生物は、群れで行動したり、繁殖の際に、一か所に集合することが多く(理由は後述)、進化的に安定しやすい状態になる。

ガラパゴス諸島やタンガニーカ湖のように、新しく生じて孤立したニッチでは、変種が多いことが知られている。新しく生じたニッチでは、自分のコピーからのしっぺ返しを免れやすいために、タカ派戦略をとりやすく、進化的に安定しにくい。そのために、多くの変種が生じる。

表現型の変異は、地球環境が安定している期間には、その環境に適応した状態で安定する。そして、大隕石の衝突などで環境の大変動が生じると、大絶滅して大きなニッチが生じる。進化的に不安定になって、次の安定期の初期には、多くの変種や新種があらわれる。そして、次第に進化的な安定に向かう。

最後に、ESSとゲーム理論についてだが、ESSは、利得をめぐる戦略が、ゲームに似ているために、ゲーム理論のナッシュ均衡と関係していると論じられることが多い。しかし、ESSが、いつもナッシュ均衡になるとは限らない。なぜなら、ゲーム理論では、ゲームの相手を殺さないし、殺しあうこともない。一方、ESSでは、ライバルを殺したり殺しあうことがしばしばある。相手を殺せば、もちろんナッシュ均衡は成立しない。また、ゲーム理論では、共倒れで両者が死ぬことを想定していない。

さらに、ゲーム理論では、プレーヤーPは戦略を自由に変えることはできるが、あくまでも、P1≠P2≠Pkが前提である。しかし、遺伝子では、最終的に闘う相手は自分のコピー(自分自身)なので、P1=P2=Pk(厳密にはP1≒P2≒Pk)の状態になる。自他の区別がつかないので、ゲームが成立しない。ESSのモデルとしてタカ・ハトモデルを使うと、ナッシュ均衡は存在するが、それだけでは、進化的な安定のすべてについてうまく説明できない。(つづく)

文献
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
Maynard Smith, J.; Price, G.R. (1973). “The logic of animal conflict”. Nature. 246.

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ESSの再検討―闘争コストの共倒れ閾値:Threshold of internecine in struggle cost

アメリカの生物学者のリン・マーギュリスは、真核生物は、アーキアが好気性のバクテリアを取りこんこんだことで成立したという説を唱えた(Margulis,1967)。これは一般に、「細胞内共生説」と呼ばれている。この「共生」という言葉は、そこらじゅうで見られる言葉だが、その根源的な意味や構造を、論理的に説明している文献を読んだことがない。仕方がないので、最初から考えてみる。

ダーウィンは、生存闘争について、以下のように書いている。
「死をもたらす原因は、天敵であることもあれば、同じ場所や食物を争う競争相手だったりもする。」
「一般に最も厳しい競争相手となるのは、きわめて近縁な種類、すなわち同じ種の変種どうし、同じ属あるいは近縁な属の種どうしである。」
「いちばん厳しい競争が演じられるのは、ほぼ決まって同種の個体間においてである。同じ場所にいて、同じ食物を必要とし、同じ危険にさらされているものどうしだからだ。同種の変種間においても、一般にほぼ同じくらい厳しい闘争が演じられる。」

一方、ドーキンスは、こう表現する。
「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のことである」

「進化的に安定な戦略」(ESS:evolutionarily stable strategy)は、J・メイナード=スミス、G・R・プライス、G・A・パーカーの共同研究による理論だ。進化的に安定な戦略とは、集団の大部分のメンバーがそれを採用すれば、別の代替戦略によって、とってかわられることのない戦略とされている。(文献参照)

後述するように、ESSの結論自体は正しく、生物は進化的に安定になる構造がある。しかし、メイナード=スミスが示した、タカ派とハト派の戦略のモデルでは、進化的に安定になることを、うまく説明できない。

ハト派・タカ派戦略のモデルでは、次のように説明される。タカ派とハト派は、同種の個体である。お互いに、相手がタカ派なのかハト派なのかをあらかじめ知ることはできない。タカ派は縄張りを巡って激しく闘い、ハト派は闘いをさけて逃げる性質がある。両者が闘争すると、タカ派があきらかに有利なので、集団内にはタカ派の遺伝子が広がる。タカ派遺伝子が広がり、集団がタカ派ばかりになると、闘争でお互いに大ケガを負うようになる。そこで、今度はケガをしないハト派が有利になり、ある比率で安定状態の混合集団に収斂するという。これを数学的に証明するために、いくつものシミュレーションのモデルが提案されている。

しかし、少し考えれば、そんなことがおきるはずはない。集団内がタカ派ばかりになると、タカ派同士で激しく争う状態になるが、仮にここにハト派の突然変異が生じても、ハト派は周囲のタカ派につねに負けるので、縄張りを確保できない。ハト派は存続できず、集団内に広がらない。

タカ派ばかりの集団の中で、勝ち残る可能性があるのは、突然変異で生まれた「超タカ派」だ。超タカ派は、一撃で相手に致命傷を与えることができる。簡単に相手を殺せて、自分は傷を負わない。そして、集団内には、超タカ派遺伝子が広がり、集団は超タカ派だけで占められる。

超タカ派同士の闘いでは、強力な武器のために相打ちになって、共倒れする。一般に動物では、縄張りとメスをめぐって争うのはオスだ。オス同士が出会うたびに共倒れになると、子供が生まれないので、オスもメスも少なくなる。少ないメスをめぐってさらに激しく闘って共倒れするので、次第に集団の個体数が少なくなる。論理的には、最後の2匹のオスが、最後に残ったメスをめぐって共倒れするまで闘うであろう。こうして、集団(種)が占有していた資源(空間、物質、エネルギー)を、他のライバル種にとって代わられてしまう。

これは、以前、メガロドンの例でも述べた(2016.11.11ブログ)。

同じような例に、スミロドンがある。スミロドンは、サーベルタイガーの一種で、250万年~1万年前のアメリカ大陸に生息していた。サーベルタイガーの中では、もっとも遅く登場した属とされる。食物連鎖の頂点に君臨していたが、1万年前に絶滅してしまった。スミロドンを凌駕するような強力なライバル種は確認されておらず、絶滅の理由はいくつかの説はあるが、はっきりしていない。

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同じネコ科のライオンの例を見れば、狩りするのは、おもにメスライオンだ。オスはあまり狩りをしない。オスライオンの武器は、巨大な身体、爪、牙などだが、その武器は、縄張りとメスを獲得するために、他のオスに向けて使われる。

トラの場合は、オスは非常に大きな縄張りをもち、その中に、いくつかのメスの縄張りが存在する。オスは、縄張りをつねに巡回して、縄張りを防衛する。オスのトラの最大のライバルは、オスのトラである。

スミロドンのサーベルも、狩りにも使われるが、もっとも重要なのは、オス同士の闘いであろう。長大なサーベル(遺伝子)をもった個体が登場し、遺伝子が集団の中に広がると、牙の小さな遺伝子は駆逐されてしまう。その後は、オス同士の闘いで共倒れし、衰退したと思われる。生物は、遺伝子プール(血縁集団)が小さくなると、ウイルスやバクテリアなどの寄生生物からの攻撃や、気象変動に対応できなくなる(後述)。病原菌に対抗できなくなり、絶滅してしまう。そして、別の肉食動物が、スミロドンが独占していた資源(空間、物質、エネルギー)を獲得したのであろう。

スミロドンとよく似た動物に、ティラコスミルスがいる。ティラコスミルスは、700万年~300万年前の南米大陸の肉食動物(有袋類)で、長い牙を持っていた。食物連鎖の頂点にいたにもかかわらず、やはり絶滅してしまった。このような長い牙を持った動物は、進化の歴史の過程で、繰り返し出現していたことが知られている。(文献参照)

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メガロドンやスミロドンの例から予想されるのは、以下のことである。生物の遺伝子は、一般には、タカ派(高い闘争コスト)の方向に変異したほうが有利である。変異はランダムにおこるので、闘争コストが大きな超タカ派遺伝子が登場することが、たまにある。闘争コストが、ライバル(自分のコピー)同士が共倒れする大きさ(闘争コストの共倒れ閾値: threshold of internecine in struggle cost)を越えると、共倒れして衰退し、絶滅してしまう。

ただ、この推論では、食物連鎖の頂点にいる(捕食者がいない)生物は、つねに進化的に不安定な状態にあることになる。しかし、メガロドンやスミロドンは、たまにしか地球上に登場していない。つまり、闘争コストが大きくなる方向に変異することを抑制する、何らかの構造があることが予想される(つづく)。

文献
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
Maynard Smith, J.; Price, G.R. (1973). “The logic of animal conflict”. Nature. 246.
サーベルタイガー、アゴの力は弱かった
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8133/

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RNAワールド → アーキア・ワールド → バクテリア・ワールド

RNA worldから、古細菌(アーキア)が生まれるには、遺伝子を包む膜構造ができなければならない。最初の膜は、脂肪酸エステルではないかと考えられているが、遺伝子がどのように、膜を獲得したのかは、よくわかっていない。

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膜を獲得する有利性は、地球上の環境へ広く進出できることと考えるのが普通であろうが、ダーウィン進化論から考えると、別の理由ではないか。最初の生物が熱水噴出孔で誕生したとすると、そこは、地球上ではかなり特殊な環境だ。その特殊な場所で何億年も生きていたのであるから、別の環境に進出する以前に、熱水噴出孔の周辺で、すでに多くの種類の遺伝子が出現しているはずだ。すなわち、遺伝子が膜構造を持つようになったのは、別の遺伝子のリボザイムの攻撃から、膜で防御することができたからであろう。

膜をもった遺伝子が登場すると、他の遺伝子からの攻撃を防御できるが、逆に他の遺伝子を攻撃できなくなる。そこで、膜の外に、タンパク質の酵素を放出して、他の遺伝子を攻撃し、分解・利用する種が誕生したと考えるのが合理的だ。また、RNAは熱水中では構造が壊れやすいために、より強固なDNAをもつ種が生き残ったのであろう。膜構造、タンパク質のコード、安定したDNA、自己複製能力を獲得したとことで、古細菌(アーキア)が登場した。

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アーキアは、熱水噴出孔をはなれて、さまざまな環境に進出することが可能になった。膜やタンパク質を持たないRNA worldは終焉し、アーキア・ワールド(Archaea world)に移ったと考えられる。

古細菌を独立させて、生物界を3つに分類したのは、微生物学者のカール・ウーズである。ウーズは、16S rRNAの解析によって、3ドメイン説(Three-domain system)を唱えた(Woese ,1977,1990)。またウーズは、始原生物がRNAから生じた可能性があることも指摘している(1967)。この3ドメイン説が登場したときは、衝撃的であった。

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アーキア・ワールドが成立すると、次は、アーキアの膜の中に侵入して寄生するウイルスやウイロイドがあらわれたであろう。なぜなら、核酸塩基やリボースなどの資源物質を得るには、アーキアに寄生、利用するのがもっとも効率がよい。アーキアが、ウイルスやウイロイドの攻撃に対抗する方法は3つが考えられる。

1つは、同種の個体間で接合することである。接合して壊れたDNAを修復したり、抗ウイルス遺伝子を交換する。

2つめは、細胞膜を強固にして、ウイルスやウイロイドの侵入を防ぐことである。これが、ペプチドグルカンの硬い殻であり、硬い殻を有した種は、真正細菌(バクテリア)の起源となったのであろう。

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バクテリアは、硬い殻を獲得したことで、地球の環境中に広く進出することが可能になった。さらに、バクテリアのある個体が、クロロフィルとミトコンドリアを獲得して、太陽エネルギーを獲得・利用できるようになった。これは、生物にとって、革命的な出来事であった。バクテリア・ワールド(Bacteria world)の成立である。

バクテリアは通常は無性生殖である。広い環境に進出したので、単独で分裂・増殖したほうが効率がよい。しかし、生存のための環境条件が厳しくなったとき、接合(有性生殖)して個体間で遺伝子を交換する(図)。

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3つめは、CRISPR(クリスパー:Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)である。CRISPRは、アーキアとバクテリアで発見された獲得免疫のシステムで、遺伝子治療、ウイルス治療、ゲノム編集の方法として、近年、猛烈な勢いで研究が進んでいる。ただ、これについては、まだよくわからないことが多く、後述。

次に、真核生物の成立についてみてみる。真核生物は、アーキアが好気性のバクテリアを取りこんこんだことで、成立したと考えられている(Margulis,1967)。現在では、ミトコンドリアはαプロテオバクテリアに由来し、クロロフィルは、シアノバクテリアが起源と考えられている。マーギュリスは、これを「共生」と呼んでいるが、これについてはややこしいので後述。

シアノバクテリアとαプロテオバクテリアが登場すると、地球上にはそれまでとは比較にならないくらい大量の有機物が生成するようになったはずである。そこで、アーキアの中で、豊富なバクテリアを捕食する個体があらわれたと思われる。

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アメーバのように、バクテリアを捕食して細胞膜の中に取り込むと、バクテリアの遺伝子に自分の遺伝子が攻撃されたり、混じったりしてしまうので、「核」の中にDNAを入れて、隔離した。これが真核生物の起源と考えられる。真核生物のなかで、ミトコンドリアを吸収・利用するようになったのが動物と菌類で、ミトコンドリアとクロロフィルを取り込んだのが植物だ。(つづく)

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