クジャクの装飾の有利性:Favourable of peacock decoration

キジ亜科の鳥には、シャコ属、ユキシャコ属、セッケイ属、ウズラ属、クジャク属、キジ属、ヤマドリ属、ヤケイ属など多くの種が含まれる。キジ科鳥類の生態上の特徴は、地上で生活することであり、植物の種子、昆虫など、地上にいる生物を採食する。

キジ亜科のなかで、オスの尾羽が大きく、オスとメスの姿が異なるは、クジャク属、キジ属、ヤマドリ属、ヤケイ属などであるが、これらは森の中で暮らす。

一方、草原、岩場、雪上などで暮らす、シャコ属、ユキシャコ属、セッケイ属、ウズラ属などは、尾羽が大きくならず、オスとメスの姿が似ている。

クジャクは、森の中で生活する。森の中では姿が見えないので、選択の要素として音波を利用するのが有効だ。じっさいに、クジャクは繁殖期に、大きな声で鳴いて異性に存在をアピールする行動をとる。また、危険を察知したときにも、大きな警戒音を発する。

クジャクのおもな捕食者は、トラやヒョウであるが、森に暮らすネコ科の肉食動物は、嗅覚と聴覚が優れている。クジャクが異性を誘うために、頻繁に鳴き声を出したり、フェロモンなどのにおいを放出したりすると、トラとヒョウに発見されやすい。森の中には身を隠す茂みが多くあるので、音やにおいを消せば、発見されにくい。

においと音に敏感な捕食者の存在のため、クジャクやキジの祖先のメスは、オスを選択する要素として、においや音を十分に利用できなかったのであろう。そこで、自分とオスとの遺伝的な差異を、オスの鳴き声だけでなく、尾羽の大きさや模様で判断する形質を獲得したと考えられる。

鳴き声で、お互いを近くまで誘い、姿が見えるところまで来たら、電磁波(光)を利用して、形や色で選択する。

自分と姿が異なる異性ほど、遺伝的な差異が大きいので、自分と形や色の差異がより大きなオスを選択すれば、遺伝子の変異速度を大きくすることができる。オスのほうは、尾羽が大きく目立つ個体(系統)ほど、メスに選択される確率が高いので、形や色が装飾化する方向に変異(進化)が進む。

尾羽の大きさや装飾そのものには、生存に有利な機能が無くても、オスとメスの形や色の差異を、オスとメスの間の遺伝的な差異の大きさの基準にすることはできる。遺伝的差異が大きいということだけで、遺伝子の変異速度を大きくできるので、ライバルとの競争には有利である。これが、クジャクやキジのオスが、装飾化の方向に変異(進化)した理由と考えられる。

この装飾化の方向への変異は、超タカ派のスミロドンやデイノテリウムが「自分のコピー」からのしっぺ返しによって絶滅してしまったほど進むことはない。なぜなら、クジャクには、トラやヒョウなど強力な捕食者が存在するので、フィッシャーが指摘したように、尾羽の装飾化の変異は、装飾によって得られる有利さ(メスに選ばれる)が、装飾によって生じる不利さ(トラに捕食される)に相殺されるところで進化的に安定になる。(つづく)

補足
クジャクのメスは、オスの羽の大きさや模様ではなく、オスの鳴き声で選択しているという研究がある。しかしこの研究は、飼育下のクジャクの行動を観察したものである。人間に飼育されているクジャクは、捕食者に襲われる心配がないので、鳴き声を抑制する必要がない。そのため、性選択の要素として、音(鳴き声)の影響が大きくなったと考えられる。じっさいに、野生状態のクジャクでは、オスの装飾とメスの選択には相関関係が認められている。そもそも、クジャクのメスが鳴き声だけでオスを選択しているとする立場は、オスが装飾化の方向へ変異した理由を説明できない。

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872

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性差の起源と拡大(性選択の要素と基準):Origin and expansion of sex difference

そもそも、どうして性差(オスとメスの差異)が生じたのであろうか?

酵母のサッカロミケスには、aとαの2つの性が存在する。これらは染色体数が1本しかない1倍体(n)である。aとαは、栄養分が枯渇すると、フェロモンによって性を判別し、異性同士が接合して2倍体(2n)になる。このとき、フェロモンをより多く出している異性を選ぶとされている。すなわち化合物の種類(性選択の要素)によって性を判別し、化合物の量(性選択の基準)によって接合する相手を選択している。

一般的な動物や植物では、オス配偶子は運動性が高く、空間を移動する機能を有している。一方、メス配偶子は、運動能力はなく、資源(エネルギーと物質)を貯蔵する機能を有している。オス配偶子は、遺伝子プールを大きくする役割を担い、メス配偶子は、接合後の生存のための資源貯蔵の役割を担う。

つまり、メス配偶子は運動能力の高いオス配偶子を選び、オス配偶子は資源貯蔵量が多いメス配偶子を選ぶのが合理的だ。

運動能力の高いオス配偶子を選択するには、オス配偶子を水中に放出したり、卵管を長くしたりすることで実現できる。資源貯蔵量の多いメス配偶子を選ぶには、酵母と同じように、メス配偶子から放出される化合物などの量によって選択できるであろう。

有性生殖において、配偶子の機能が分化した結果、遺伝子プールmを大きくして、遺伝子プールの変異速度rmをより大きくすることが可能になった。この配偶子の機能の分化が、性差の起源と考えられる。

性選択の要素

多細胞生物が地球環境の様々なニッチに進出して、多くの種が分岐し、嗅覚や視覚などの感覚器も高度化、複雑化した。

たとえば、ネコ科やイヌ科の動物は、嗅覚が発達しており、におい(化合物)で獲物(異種)を探索し、においで同種の個体を判別している。イヌやネコは同種の個体同士が出会うと、相手のにおいを嗅いで、血縁集団、性、異性の性質を判断する。性選択のおもな要素が、におい(化合物)であるために、形や色で性を判別する必要がない。このため、ネコ科・イヌ科のオスとメスは、形と色がよく似ている。

鳥類は、空中を飛翔して遠くから食料を探索するので、視覚が発達している。電磁波(光)によって形と色を認識し、異種、同種、異性を判別する。そのため、オスとメスで形と色が異なる種が多い。また、姿が見えない森の中では、音波を利用したほうが効率がよい。音波が性選択の要素として重要であり、鳥類のオスは、鳴き声でメスを誘う。

イルカのオスとメスは形と色がそっくりなので、性選択の要素として、視覚が重要でないことがわかる。水中では、距離が離れると電磁波(光)を認知に利用できない。水中では音波が効率よく伝わるので、イルカは音波で獲物を発見したり、同種間でコミュニケーションをとったりしている。性選択の要素として、音波が重要であることが予想される。ただし、イルカと同じ鯨偶蹄目に属するウシでは、発情したメスは発情粘液を出し、オスはにおい(化合物)でメスの発情を判断している。イルカの場合も、音波だけでなく、メスが出す化合物でも、性と発情を判断しているのであろう。

魚類のサメは、ロレンチーニ器官によって、電磁場の電位差を感知することが出来る。獲物の魚から生じるわずかな電位差を感知して捕食しているとされている。サメは、電位差を性選択の要素としている可能性がある。

性選択の要素
・化合物:嗅覚、味覚
・電磁波(光):視覚
・音波:聴覚
・電位差、電磁場
・物理的な力、運動:触覚、温感
・言語:脳の新皮質

なお、人間の場合は、化合物、電磁波、音波、物理的な力に加えて、言語(脳の新皮質)という性選択の要素が加わる。

性選択の基準

脊椎動物などの高等生物が、接合する異性を選択する際に、運動能力が高い、資源貯蔵量が多い、健康であるなどの基準を、学習によって判断することは可能であろう。しかし、これらの基準が遺伝子の存続に本当に有利かどうかは、アプリオリに知ることはできない。なぜなら、環境やライバルなどの変化はランダムであり、どの方向に変化するかを事前に予測することは不可能だからだ。

たとえば、ナマケモノは、ミユビナマケモノ科とフタユビナマケモノ科の2科5種が存続しているが、運動能力が低く、ゆっくりしか動くことができない。捕食者から逃げるには、運動能力の高いほうが有利なはずなので、ナマケモノはとうの昔に絶滅しているはずだ。

ナマケモノが絶滅せずに存続してこられたのは、ジャガーやオウギワシなどの捕食者が、「すばやく逃げる動物を認知する」方向に進化したためだ。ジャガーは、すばやく逃げる動物を敏感に認知できるが、じっとしていて動かないナマケモノを、獲物として認知できない。このため、ナマケモノは、運動能力の低い異性を選択した系統だけが存続することができた。

人間にも例がある。マラリア蔓延地帯では、貧血をひき起こす鎌状赤血球症の遺伝子保因者が多く存在する。マラリア原虫は一生の大部分を赤血球の中ですごし、マラリアに感染した赤血球は鎌状に変形する。感染の初期には、鎌状化した赤血球は脾臓で優先的に除去されるが、感染後期には、鎌状赤血球が毛細血管の壁にくっつき、血流を阻害して死に至らしめる。

鎌状赤血球遺伝子がヘテロ(遺伝子座が異なる対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、赤血球の40%が鎌状であるが、日常生活を送ることはできる。一方、ホモ(遺伝子座が同じ対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、子供のうちに死亡する。鎌状赤血球遺伝子保因者では、マラリアに感染しても、何らかの機作によって原虫が殺されるらしい。このため、マラリア蔓延地帯では、ヘテロの遺伝子保因者は、正常ヘモグロビンよりも生存確率が高くなる。しかし、ヘテロの遺伝子保因者の割合が増えると、ヘテロ同士の結婚によってホモ接合体が生まれる確率が高くなるので、ある割合以上に増えることはない。

マラリア蔓延地帯では、正常ヘモグロビンで健康な異性を選択することが、生存に有利になるとはかぎらない。

環境やライバルなど、生存条件の変化を正確に予測することは不可能なので、性選択の基準としてもっとも合理的なのは、自分と遺伝的な差異が大きい異性を選択して、遺伝子の変異速度を大きくすることだ。

遺伝子プールの変異速度については、次のような式を導いた。
rm=p0m/tg
rm:遺伝子プールの表現型変異の速度
p0:個体の1回の複製時に表現型変異が起きる確率
m:遺伝子プールの個体数
tg:世代時間

しかし上のモデルでは、遺伝子プールの個体数mが安定していて、かつ単系統の変異速度は等しいと仮定している。

じっさいの遺伝子プールでは、個体(単系統)同士はライバルであって、絶え間ない変異と生存闘争を繰広げている。個体が遺伝的な差異が大きな異性を選択して、有利な系統が生き残れば、その遺伝子は、遺伝子プール内に広がる。これを繰り返せば、遺伝子プールの変異速度rmは、上のモデルよりも大きくなる。

マウスを使った実験では、メスのマウスは、自分と大きく異なるMHC遺伝子群を持つオスを選択することが知られている。MHC遺伝子群は、脊椎動物の免疫機構を担うタンパクをコードする遺伝子領域である。

ただし、異性間の遺伝的な差異が大きすぎると、接合できない可能性が大きくなる。すなわち、遺伝的差異ができるだけ大きいが、接合できなくなるほどには大きくない異性を選択するのが合理的だ。ちなみに、マウスが捕食者のにおいをかぐと逃げだす習性は、学習の結果ではなくて、生まれつき備わっている(遺伝子)ことがわかっている。

遺伝的な差異が大きい異性を選択することで、接合に影響を与えない遺伝的な差異がどんどん拡大する。こうして、におい、形、色、鳴き声などの性差が大きくなったと考えられる。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
Donald Voet、Charlotte Pratt、ヴォート基礎生化学、東京化学同人

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性選択とクジャクの尾羽の謎:Sexual selection and mystery of peacock’s tail

ダーウィンは、自然選択の定義について次のように書いている。

This preservation of favourable individual differences and variations, and the destruction of those which are injurious, I have called Natural Selection, or the Survival of the Fittest.
「有利な個体の差異と変異は保存され、不利な差異と変異は排除されることを、私は、自然選択あるいは適者生存と呼んでいる。」(『種の起源』4章)

ところで、自然界では、オスとメスの形がまったく異なったり、奇妙な特徴が出現したりすることがしばしばある。生存に有利な変異は保存され、不利な変異は排除されるならば、オスとメスは同じ形であるのが合理的だし、生存に有利でない奇妙な特徴は排除されてしまうはずだ。自然選択説の単純な解釈だけでは、このような生物の進化(変異)を、うまく説明することができない。

ダーウィンは、これを「性選択」の概念で解き明かそうとした。

This form of selection depends, not on a struggle for existence in relation to other organic beings or to external conditions, but on a struggle between the individuals of one sex, generally the males, for the possession of the other sex. The result is not death to the unsuccessful competitor, but few or no offspring. Sexual selection is, therefore, less rigorous than natural selection.
「この選択(性選択)の形式は、他の生物や外部条件の関係における生存闘争に依存せず、同性の個体間(一般的にはオス同士)の異性をめぐる闘争に依存する。その結果は、競争に敗れたための死ではなく、子孫がゼロもしくはわずかしか残せないということである。故に、性選択は、自然選択ほど厳しくない」(『種の起源』4章)

性選択の一つは、「同性の個体間の異性をめぐる闘争」の結果であり、「性選択は、自然選択ほど厳しくない」とダーウィンはいう。

しかし、利己的な遺伝子論では、生物の個体は、遺伝子の乗り物にすぎないのであるから、特定の遺伝子から見れば、子孫を残せるかどうかが、生きるか死ぬかの分かれめである。そもそも、ダーウィン自身が、『種の起源』3章で、次のように書いている。

But the struggle will almost invariably be most severe between the individuals of the same species, for they frequent the same districts, require the same food, and are exposed to the same dangers.
「しかし、ほとんどいつでも、闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間である。彼らは、しばしば、同じ場所で、同じ食べ物を必要とし、同じ危険にさらされているためだ。」(『種の起源』3章)

ドーキンスも、「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」と表現している。

これまで、デイノテリウムの凶暴な牙などの例をあげて述べてきたように、本当は、「同性の個体間の激しい闘争」こそが、自然選択の核心である。

二つめの性選択としてあげているのは、「魅力的な異性の選択」である。

The rock-thrush of Guiana, birds of paradise, and some others, congregate, and successive males display with the most elaborate care, and show off in the best manner, their gorgeous plumage; they likewise perform strange antics before the females, which, standing by as spectators, at last choose the most attractive partner.
「ギアナのマイコドリや極楽鳥のオスたちは、手入れされた精巧な衣装で次々と集まり、最高のマナーで華麗な羽ばたきを見せびらかす。オスたちは、メスの前で、同じ道化を演じる。メスたちは、観客としてオスたちの前に立ち、最後にもっとも魅力的なオスを選ぶ。」(『種の起源』4章)

I can see no good reason to doubt that female birds, by selecting, during thousands of generations, the most melodious or beautiful males, according to their standard of beauty, might produce a marked effect.
「何千世代にもわたる、メスの美の基準に合った、もっともメロディアスで美しいオスの選択によって、著しい効果が生まれる可能性があることを、疑う理由が見つからない。」(『種の起源』4章)

自然界には、極楽鳥のオスの求愛ダンスやクジャクのオスの尾羽など、奇抜な行動や大げさな装飾のある種が多く見られる。その理由を、「魅力的な異性の選択」の結果であるとするダーウィンの予測については、現在でも結論が出ていない。

クジャクの華美な尾羽は、オス同士の闘いにおいて有利ではなく、その目立つ姿は、捕食者の肉食動物から見つかりやすい。クジャクの尾羽は適者生存の自然選択説に反しており、タカ派ハト派モデルでも説明できない。

クジャクの尾羽についての有力な説の一つとされているのは、ロナルド・フィッシャー(1890-1962)によるランナウェイ説(Fisherian runaway)である。runawayとは、制御できない暴走という意味であり、フィッシャーは次のような説を唱えた。一般に、メスは、生存に有利な形質をもつオスを選択する傾向がある。しかし、遺伝子プールで、オスの特定の形質に対するメスの好みが生じると、「装飾」のような生存に有利でない形質であっても、遺伝子プール全体に広がることがある。このような性選択の暴走によって、オスはますます装飾する方向に進化し、装飾によって得られる利益(メスに選ばれやすい)が、自然選択によって生じる損失(捕食者に食べられやすい)に相殺されるところまで進む。フィッシャーは、たとえ、オスの形質が生存に有利でなくても、多数のオスの中で「目立つ」だけで、メスがそのオスを選択し、暴走が始まる条件として、十分であるとしている。

しかし、単に「目立つ」だけでメスが選ぶ理由になるというのなら、ダーウィンが予測した「魅力的な異性の選択」から一歩も出てはおらず、メスはどうして「目立つオス」を選び、「目立たないオス」を選ばないのかを説明していない。

また、メスが目の前のオスを気にいらず、交配の機会を逃せば、次にもっと気にいるオスに出会うという保障はない。メスの好みが、有利な変異は保存され不利な変異は排除されるという適者生存と関係がないのであれば、メスは、コストが高くつく「選択」という行為を行う理由が存在しない。

ランナウェイ説は、20世紀初頭の定向進化説と同様、どうして暴走する種と暴走しない種が存在するのかを説明できない。

近年では、アモツ・ザハヴィ(1928-)が主張したハンディキャップ説(1975)が注目されている。ガゼルなどウシ科の草食動物では、捕食者の肉食動物の前で、高く跳びはねる行動(ストッティング)が見られる。どうしてガゼルはすぐに逃げ出さず、捕食者に見つかりやすい行動をとるのか、生物学者たちを困惑させてきた。ザハヴィは、ガゼルがストッティングを行うのは、自分は健康で運動能力が高い個体であることを捕食者に「宣伝」し、捕食者に追いかけることをあきらめさせるためであると主張した。

じっさいに、チータは、ストッティングを行わずにそのまま逃げ出すガゼルを狙うことが観察されているので、ストッティングは「目立つ」行動ではなく、「あきらめさせる」行動であることがあきらかである。これは、生存に有利な形質にほかならず、自然選択説と何ら矛盾がない。

ザハヴィ説のポイントは、被捕食者が捕食者に対して「信号」を送ることで利益を得られるということだが、この信号理論は、クジャクの尾羽の説明にも、ハンディキャップ説として拡張された。

ハンディキャップ説では、オスは、あきらかに生存に不利な形質(ハンディキャップ)を積極的にメスに「宣伝」することで、メスに選ばれると主張する。つまり、オスは、「生存に不利なほど大げさな尾羽があるにもかかわらず、自分は生き残っているのだから、優れている」ということを、メスに宣伝していると解釈する。

ドーキンスは、当初、ザハヴィの「とてつもなくひねくれた考え方」を批判していたが、ドーキンスの同僚のアラン・グラフィンがこれを支持したことで、有力な説の一つと見なすようになった。

ハンディキャップの宣伝の仕方は、4つに分類されている。
資格型ハンディキャップ:ハンディキャップがあるにもかかわらず生存できているオスは、他の面で優れているはず
示現型ハンディキャップ:オスは普段は見えない能力を、やっかいな行動をとることで示す
条件型ハンディキャップ:優れた条件のオスだけが、ハンディキャップを発展させることができる
戦略型ハンディキャップ:オスは、メスにはわからない自分の能力についての情報を持っていて、ハンディキャップの大きさを決めるときにその情報を利用する

ハンディキャップ説が正しいならば、オスはせっかくもっている高い能力をそのまま宣伝せずに、まったく別の形で、しかもわざわざ不利な形質にして宣伝していることになる。

遺伝子の変異はランダム(中立)なので、生物の進化(変異)は、超タカ派戦略のように「暴走」して隘路に入り込んでしまうことはしばしばある。

しかし、クジャクの尾羽のように、まったく生存に有利でなく、コストが高く、ハンディキャップでしかない遺伝子が、遺伝子プール内で少数派の状態から、他の遺伝子との生存闘争に打ち勝って、遺伝子プール内の多数派を占めるとは考えられない。ダーウィンが看破したように、「闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間」なのである。生物の生存闘争は、何の合理的な理由もなく、ハンディキャップ遺伝子が、ハンディキャップのない遺伝子に勝てるほど甘くないはずだ。

また、ハンディキャップ説では、観察によって「有利favourable」と「不利injurious」を区別することができないので、何が生存に有利な要素なのかを決めることができない。これでは、ダーウィンの自然選択説の定義が、論理として成立しない。進化の結果だけを見て、何とでも言えることになり、「有利だったから、有利だった」というトートロジーに陥ってしまう。

ドーキンスは、補注の最後で、「しかし本当に問題なのは私たちの感想ではない。判断する資格があるのは自然淘汰だけなのだ」と書いて、ハンディキャップ説への完全な支持を避けている。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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ウイルス vs 脊椎動物:Virus vs Vertebrata

ウイルスの大きさ(直径)は、アーキアやバクテリアの1/10ほどしかない。多細胞生物である人間と比べると、1/108である。

ウイルス :数十nm~数百nm
アーキア :0.5µm~数µm
バクテリア:0.5µm~5µm
真核生物 :数µm~数十m

ウイルスの遺伝子は多様で、もっとも小さなウイルスは2個のタンパク質をコードするにすぎないが、最大のものは、2500個のタンパク質をコードするという。一般的なウイルスの遺伝子は、数十個のタンパク質をコードしている。ウイルスは、単独では自己複製することができず、宿主であるアーキア、バクテリア、真核生物に寄生して生存している。

ウイルスは、他の生物に比べてきわめて小さい。小さいということは、複製に要する物質やエネルギーの量が小さいので、世代時間tgがきわめて小さくなる。tgが小さいほど変異速度が大きくなるので、ウイルスは宿主よりも有利である。とくに、身体が大きな多細胞生物は、複製に必要な蓄積資源量が大きいので、世代時間tgは大きい。多細胞生物は、ウイルスの寄生に対して対抗できないはずだ。

変異速度の大きなウイルスに対抗するのが免疫であり、多細胞生物は、免疫を獲得したことで身体を大きくすることができたのであろう。免疫には、自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫は、次世代に引き継がれる遺伝的な情報であり、獲得免疫は、複製のあとに獲得される遺伝的な情報だ。

脊椎動物の獲得免疫を担う免疫細胞には、T細胞とB細胞がある。これらの免疫細胞が他の体細胞と違うのは、細胞が生成して成熟していく過程で、レセプター(受容体)遺伝子の組換えが行われることだ。ふつうの体細胞は、同一化によって変異速度をゼロにしているので、変異速度が大きいウイルスの侵入に対して無力である。そこで、免疫細胞のレセプター遺伝子の変異速度を大きくすることで、ウイルスの変異速度に対抗している。

T細胞レセプター(TCR)とB細胞の免疫グロブリン(Ig)で起きる遺伝子の組換えは、V(D)J遺伝子再構成(V(D)J recombination)と呼ばれている。

免疫細胞のレセプター遺伝子は、切断したV、D、Jの遺伝子断片を組換えることで、遺伝子の変異速度を飛躍的に大きくしている。遺伝子組換えによって、何十万種類ものT細胞、B細胞が作られ、未知の病原・抗原に対抗できるように準備している。

「獲得」というのは、一度感染したウイルスの情報にもとづいて、免疫細胞がいつでも対抗できるような状態になることだ。

生成したばかりで、抗原と出会う前のT細胞は、何も仕事をしない状態(ナイーブT細胞)にある。病原などが侵入し、樹状細胞から抗原の情報を受け取ると、ナイーブT細胞は活性化してエフェクターT細胞になる。エフェクターT細胞は、増殖して病原・抗原を攻撃する。病原・抗原がいなくなると、活動を終えたエフェクターT細胞は死んで減少するが、一部はメモリーT細胞になって体内に残る。再び同じ病原・抗原が侵入すると、メモリーT細胞は、すばやくエフェクターT細胞に変化して、病原・抗原を攻撃する。

免疫細胞は、造血幹細胞から作られる。造血幹細胞は胎児のときは肝臓に存在するが、出生後は骨髄で活動する。B細胞は骨髄で生成し、T細胞は胸腺で生成する。

遺伝子組換えによって起きる免疫細胞の変異は、ランダム(中立)なので、当然、「自己」を攻撃する有害な変異も起きてしまう。胸腺では、胸腺上皮細胞や樹状細胞が、有害な細胞や無効な細胞を殺し、有力な細胞を残している。

これは、多細胞生物が、生殖細胞を大量に複製し、配偶子や卵を環境中に放出して、適応速度を大きくする「構造的な選択」と似ている。

脊椎動物が強害なウイルスに感染すると、多くの個体が死亡するが、免疫を獲得して生き残る個体も多く存在する。現存する脊椎動物は絶滅せず存続してきたので、免疫細胞のレセプター遺伝子の変異速度は、ウイルスの変異速度よりも大きいはずだ。一方、ウイルスも絶滅せずに存続しているので、両者の闘争は拮抗(平衡)している。

変異速度が劣るウイルスが生き残る方法としては、以下のパターンが考えられる。

(a)抗体を破る形質(変異)の獲得
ある遺伝子プール内で、ウイルスに対する抗体を獲得した個体の割合が高くなっても、ウイルスが変異すると、遺伝子プール内に再び感染・蔓延することが可能になる。

(b)同じ遺伝子プール内の年代乗り換え
ウイルスは、遺伝子プール内の、抗体(メモリー細胞)がない若年層に感染する。そして、次々と若い年代の個体に感染し、「年代乗り換え」を行う。宿主が、世代時間が長く遺伝子プールが大きい生物種なら、ウイルスは、年代乗り換えによって、同じ遺伝子プール内で永続的に存続することができる。

(c)遺伝子プールの乗り換え
ウイルスは、遺伝子プールから別の遺伝子プールに乗り換えながら感染する。同種内の遺伝子プールを次々と乗り換えるのは普通であるが、種を乗り換えることもしばしばある。
ウイルスは遺伝子の量が少ないので、遺伝子が変異すると、以前に持っていた形質を維持できなくなる可能性が高い。一方、脊椎動物の宿主では、獲得した情報(メモリー)は、次の世代に遺伝しないので、こちらも、次第に遺伝子プールから失われていく。これは、カッコウがスズメ目の宿主を次々と乗り換えて存続する「変異の共振による進化的な安定」と似ている(2017.2.20ブログ)。

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cn:カッコウの遺伝子プール内における、宿主種nに対する托卵可能遺伝子の量
hn:宿主種nの遺伝子プール内における、托卵拒否遺伝子の量
tc:カッコウが宿主の種を乗り換える平均時間
th:宿主種の遺伝子プール内に、托卵拒否遺伝子が存在する平均時間
h=∫cdt+kt   (t1≦t≦t2
n・tc=th

ウイルスと他の生物が決定的に違うのは、ウイルスは、他の生物に寄生しないと、自己複製できないことである。もし、きわめて強害なウイルスが出現して、宿主を絶滅させてしまえば、ウイルス自身も絶滅する。なので、現在、地球上に残っているウイルスは、宿主を絶滅させない(自分が絶滅しない)ウイルスである。寄生しないと自己複製できないウイルスは、宿主との「共存」以外に生き残る方法がない。(つづく)

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個のフタクタル:Fractal of individual

ふつう、存在論では、「個」とは「自己」のことであり、自己は存在者あるいは実存である。しかし、ヒュームやカントの認識論をつきつめれば、自己も存在者も実存も雲散霧消してしまうであろう。

ドーキンスの利己的な遺伝子論では、生物の個体は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」と定義される。個体は、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」にすぎない。

ただし、ドーキンスは、「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」と、他の生物とは別の地位を人間に与えている。また、「私たちの脳は、遺伝子に対して反逆できるほどには十分に、遺伝子から分離独立した存在なのである」とも書き加えている。

・・・・・・・・・・・・

出芽酵母と分裂酵母の関係から敷衍すると、多細胞生物では、無性生殖の体細胞と有性生殖の生殖細胞が集合して、ひとつの生命体(個体)を形作っているように見える。出芽酵母が多細胞生物の体細胞にあたり、分裂酵母が多細胞生物の生殖細胞にあたる。

生物は、自己複製のたびに、表現型変異が生じる可能性があるので、生存条件が良好であれば、様々な変種が生まれる確率が高くなることはすでに述べた。集団同士の遺伝的距離(差異)が大きくなって、もはや接合できなくなれば、それは、新種の誕生につながる。

生物の種は、遺伝子プールが最大になる範囲で、個々の差異がもっとも大きくなるのが合理的だ。遺伝子プールでは、同一化と差異化が、常にせめぎあっている。

多細胞生物は、体細胞が同一でないと、「個」を維持できない。体細胞同士は、共通の言語でコミュニケーションをとりながら、巨大なネットワークを構築して、「個」を形作っているからである。

しかし、多細胞生物の体細胞では、複製のたびに表現型変異が生じる可能性があるので、他の細胞との差異が大きな変異が生じれば、それはもはや、「自己」ではなく、「他」であり「異」である。

すなわち、多細胞生物が「個」を維持するためには、体細胞を同一化するシステムの存在が必須である。複製ミスをゼロにすることはできないので、それは、体内を常に監視して、変異した体細胞を殺すような機構だ。

体細胞:同一化=変異した細胞を免疫あるいはアポトーシスによって殺し、表現型変異の速度をゼロにする
生殖細胞:差異化=生殖細胞の大量複製によって変異速度を大きくし、構造選択によって適応速度を大きくする

体細胞の同一化は、医学では、がん免疫監視(cancer immunosurveillance)と呼ばれている(Burnet,1957)。リンパ球は「監視員」のように、常に体内で発生する変異細胞(がん細胞)を発見・除去しているという説である。

また、何らかの異常を起こした細胞は、アポトーシス(プログラム細胞死)によって取り除かれる。

逆に、多細胞生物から酵母を見ると、酵母では、ひとつひとつの細胞がバラバラになっているだけで、集団では、ひとつの生命体=個のようにも見える。細胞が個なのか、集団が個なのかを、厳密に区別する論理的な方法がない。

多細胞生物の場合も、たとえば、1頭のトラのオスは「個体」であるが、自分だけでは自己複製することができないので、「遺伝子の乗り物」としては、独立した存在ではない。また、生物種は、遺伝子プールの個体数が小さくなってしまうとライバル種や寄生者との競争に勝って存続することが困難になる。

さらに、人間を含めて、「個とは何か」を考えると、哲学に入り込んでしまうので、ここでは、「個」とは単に「ひとつ」の意味で考える。

個を単にひとつとすれば、生命活動を惹起する最小の単位を遺伝子におくことが可能である。そこで、ひとつの遺伝子を「個レベル1」(individual level 1)とする。遺伝子が集まってひとつの単細胞生物(個レベル2:individual level 2)を構成する。さらに、細胞が集まってひとつの多細胞生物(個レベル3 :individual level 3)を構成し、単細胞生物や多細胞生物が集まってひとつの種(個レベル4 :individual level 4)を構成する。多くの種が集まって、ひとつの生態系(個レベル5 :individual level 5)ができる。

個レベル1:―――――:遺伝子
個レベル2:集団レベル1:単細胞生物
個レベル3:集団レベル2:多細胞生物
個レベル4:集団レベル3:種
個レベル5:集団レベル4:生態系

「個」と「集団」を区別することはできず、個と集団は以下の関係になる。

個レベルn=集団レベル(n-1)

ひとつひとつの遺伝子は、重力場・電磁場・水を媒体にして、共有結合・イオン結合などクーロン力で他の遺伝子とつながり、細胞を形成する。ひとつひとつの細胞は、クーロン力やファンデルワールス力で結合しており、細胞同士は、重力場・電磁場・水を媒体にして、酸素、水、イオンなどの原子や分子、アミノ酸やタンパク質などの化合物、電子やエネルギーを伝達・交換して、多細胞生物を構成する。

単細胞生物や多細胞生物は、個体同士が、重力場・電磁場・水・大気を媒体にして、光・音などのエネルギー、フェロモンなどの化合物を伝達・交換して、種を形成する。

さらには、多くの種が、重力場・電磁場・水・大気を媒体とする系の中で、エネルギーと物質を移転・交換しながら、ひとつの生態系を形作る。

個レベル 空間 時間   媒体   力
遺伝子 微小 微小 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
単細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
多細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力
生態系 中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力

このような、フラクタルは、生物だけでなく、自然界に広く見られる。これは、空間、時間、媒体(場)、力が、多次元・多レベル存在するからだ。(つづく)

文献
David Hume, A Treatise of Human Nature , 1738
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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多細胞生物の「構造的な選択」:“Structural selection” of multicellular organism

安定した遺伝子プールにおける表現型変異の速度は、以下の式であらわされると述べた。

rm=p0m/tg
rm:遺伝子プールの表現型変異の速度
p0:個体の1回の複製時に表現型変異が起きる確率
m:遺伝子プールの個体数
tg:世代時間

この式から、生物種がライバル種などに勝って生き残るためには、mを大きくするか、tgを小さくして、表現型変異の速度を大きくしなければならない。mを大きくするには、群れで行動したり、1か所に集まって集団で繁殖したりする方法がある。昆虫、魚類、鳥類、魚類、哺乳類では、群れや集団繁殖の行動がしばしば見られる。また、それぞれの群れの間を、オスまたはメスが移動して、遺伝子プール全体を大きくする習性も見られる。

ただし、上の式は、単細胞生物と多細胞生物では、数の意味が異なる。単細胞生物ではDNAの複製そのものが、個体の複製であるが、多くの多細胞生物では、DNA複製は生殖細胞の分裂時に行われ、異性の配偶子が接合することで個体の複製が完成する。

そこで、世代時間tgを詳しく見ると、以下のような時間が存在する。

tg1:単細胞生物の複製間隔
tg2:多細胞生物の生殖細胞の複製間隔
tg3:多細胞生物の個体の複製間隔

tg1とtg2は、1個の細胞が2個に分裂する時間の間隔なので、それほど大きな差がなく、以下の関係になる。

tg1≒tg2

tg3は、多細胞生物の個体の世代時間なので、きわめて大きな値になる。

tg1≒tg2≪tg3

このことから、世代時間でみると、多細胞生物の個体の変異速度は、単細胞生物にくらべてきわめて小さくなり、生存闘争において不利である。

一方、変異確率p0は、以下のような確率が存在する。

p01:単細胞生物の個体の1回の複製時の変異確率
p02:多細胞生物の生殖細胞の1回の複製時の変異確率
p03:多細胞生物の個体の1回の複製時の変異確率

不完全な複製によって変異が生じるのは、遺伝子が複製して細胞が分裂するときなので、変異確率は次の関係になる。

p01=p02

多細胞生物の個体の複製時の変異確率p03は、生殖細胞の分裂回数が多いほど、大きくなるので、以下のようにあらわされる。

p01=p02≪p03

すなわち、変異確率でみると、多細胞生物の個体の変異速度は、単細胞生物にくらべて大きくなり、有利である。

以前のブログで、「生存に有利な変異の速度が「適応速度」であるが、変異は中立であり、変異が生存に非有利か有利かはアプリオリには決まらない。すなわち、適応速度は、アプリオリには決まらず、自然選択の「結果」としてしかわからない。種の適応速度を、構造的に左右しているのは、おもに表現型変異の速度である。」と書いた。

しかし、魚類、哺乳類、植物などの多細胞生物は、大量の配偶子を放出し、配偶子の一部が選択されて接合し、個体の複製が完成する。すなわち、多細胞生物の個体の複製では、すでに、「選択」の「結果」が含まれている。

魚類は、生殖細胞を大量に複製することで、遺伝子の変異速度を大きくし、複製した大量の配偶子を水中に放出して、有害な変異を排除し、正常あるいは有利な変異が選択されて受精する。これは、自然まかせの選択(natural selection)というより、コントロールされた「構造的な選択」(structural selection)である。その「構造選択」によって、適応速度を大きくしている。また、受精卵を大量に生産することでも変異速度を大きくし、構造選択とその後の自然選択によって、適応速度を大きくしている。

鳥類や哺乳類では、卵管を長くすることで、配偶子を構造的に選択して適応速度を増大させ、さらに、受精卵の着床に時間をかけることで構造的に選択している。

■単細胞生物:中立変異→自然選択→適応

■多細胞生物:中立変異(大)→構造選択→自然選択→適応
・生殖細胞の大量複製によって、変異速度を大きくする
・配偶子を大量放出して、構造選択によって、適応速度を大きくする
・受精卵を大量生産して変異速度を大きくし、構造選択と自然選択によって、適応速度を大きくする
・配偶子や受精卵の成長初期に、構造選択と自然選択で選別(早期選択)することで、複製コスト(利用資源)を小さくする

論理的には、遺伝子プールが小さな生物種ほど、大量の配偶子と受精卵を放出しなければならない。マンボウが3億個もの卵を産むのは、遺伝子プールの個体数が小さいためと考えられる。大きな群れを作るヌーやトムソンガゼルが1頭しか子供を産まないのに対して、ライオンは複数の子供を産む。これは、草食動物は出生後すぐに立ち上がって天敵から逃れなければならず、肉食動物のほうは草食動物に比べて遺伝子プールが小さいためであろう。(つづく)

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遺伝子の交換と組換え(有性生殖)の有利性:Advantage of gene exchange and recombination (sexual reproduction)

生物のDNA(化合物のコード)が生成するのは、DNAが自己複製するときである。有性生殖の遺伝子の交換と組換えでは、新たなDNA(化合物)が生成するわけではないが、新たな機能(情報)を持った遺伝子が生成する可能性はある。

もし、自然選択の要素、すなわち、競争者、捕食者、寄生者や環境変化への対抗に必要な変異が、1か所だけでよいのであれば、無性生殖のほうが、有性生殖より有利である。個体(細胞)の1回の複製時に表現型変異が起きる確率は無性生殖も有性生殖も同じであり、有性生殖では、異性との遺伝子の交換に大きなコストがかかるからである。

複数の形質の獲得

しかし、自然界では、競争者や寄生者は複数存在するのが普通であるし、環境要素も、温度、水分量、酸素量、光線量など多くの選択要素が存在する。たとえば、ウイルスの寄生と、気象変動による低温という2つの新たな脅威に直面した場合、1つの形質だけでは生き残ることができず、2つの形質を獲得しないと生存確率は低くなる。複数の形質を獲得しないと生き残れないような環境では、有性生殖のほうが無性生殖よりも生存確率が高くなる。

交換組換え

1次構造の組み合わせによる高次構造

ヘモグロビンは、脊椎動物などの赤血球の中に存在し、酸素と結合したり遊離したりして、全身に酸素を運搬するタンパク質である。

ヘモグロビン

ヘモグロビンの構造は、Max Perutz(1914-2002)によって、30年かけて解明された。ヘモグロビンは、αとβのサブユニットとから成る4次構造の4量体タンパクである。αサブユニットは141個、βサブユニットは146個のアミノ酸から成り、全体の分子量は64,500に達する。このような、巨大で高次の分子構造を作り出す遺伝子が、生命が誕生してから現在までの間に、単系統(無性生殖)で獲得されることは不可能であろう。

自動車などの工業製品は、多数の1次部品を組み合わせて高次構造が作られるように、異なる系統間で、遺伝子の交換と組換えを行わなければ、このような高次の進化は実現しない。1次構造の遺伝子を組み合わせて、高次構造の遺伝子を生成するには、有性生殖が必須である。

1次機能の連続的な組み合わせによる高次機能

生物では、多数の生化学反応を連続して進めることで、高次の生化学反応を行う機構が多く存在する。たとえば、代謝反応では、解糖、TCAサイクル、電子伝達、光合成、アミノ酸代謝などがあり、DNA複製も連続した生化学反応から成り立っている。化学工場で製造ラインに製品を流しながら様々な工程で連続的に化学反応を進めるように、複数の遺伝子の機能を組み合わせることで、高次の機能を実現している。

tca

これらのことから、遺伝子の交換と組換え(有性生殖)の仕組みが無ければ、身体の構造と機能が複雑な高次の生物は、地球上に登場しなかったと考えられる。それが、「高等生物」が有性生殖である理由だ。

変異速度1

安定している遺伝子プールで、個体の1回の複製時に、表現型変異が起きる確率をp0とする。単系統で時間tの間に表現型変異が起きる確率pi(t)は、以下の式で与えられる。

pi=1-(1-p0n
n=t/tg
tg:世代時間

また、個体数(系統数)mの遺伝子プールでは、1回の複製時に表現型変異が起きる確率pm1は、次式になる。

pm1=1-(1-p0m

この遺伝子プールで、時間tの間に表現型変異が起きる確率pm(t)は次式になる。

pm=1-(1-pm1n
=1-(1-(1-(1-p0m))n
=1-(1-p0mn
pm:遺伝子プールで表現型変異が起きる確率

1-p0<1なので、p0とmが大きいほど、tgが小さい(n=t/tg)ほど、pmが大きくなる。ただし、p0の値には上限が存在する(前回ブログ参照)。

次に、遺伝子プールで、個体の1回の複製時に、表現型変異が起きて遺伝子aが生成する確率をpa、別の遺伝子bが生成する確率をpbとする(ただし、変異が生存に非有利か有利かはアプリオリには決まらない)。単系統でaが生成する確率をpai、bが生成する確率をpbi、単系統でaとbの両方が生成する確率をpabiとすると、以下の式になる。(n=t/tg

pai=1-(1-pan
pbi=1-(1-pbn
pai∪pbi =(1-pa-pbn

pabi=pai∩pbi
=pai+pbipai∪pbi -1
=1-(1-pan-(1-pbn+(1-pa-pbn

個体数(系統数)mの遺伝子プールで、遺伝子aが生成する確率をpam、遺伝子bが生成する確率をpbm、遺伝子プールの単系統(無性生殖)でaとbの両方が生成する確率をpabimとすると、以下の関係になる。

pam=1-(1-pamn
pbm=1-(1-pbmn
pabim=1-(1-pabim
=1-((1-pan+(1-pbn-(1-pa-pbnm

確率

もし、ある環境条件で生存するためには遺伝子aとbの両方が必要であった場合、無性生殖の単系統でaとbの両方の遺伝子を獲得する確率よりも、異なる系統で生成した遺伝子を有性生殖で交換したほうが、両方を得られる確率が大きい。(つづく)

文献
Donald Voet、Charlotte Pratt、ヴォート基礎生化学、東京化学同人

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