武器と資源獲得の不確実性:Weapons and Uncertainty of resource acquisition

ホッブズは、自然状態のヒトは、闘争状態にあると言った。

To this war of every man against every man, this also is consequent; that nothing can be unjust. The notions of right and wrong, justice and injustice, have there no place. Where there is no common power, there is no law; where no law, no injustice.

「すべての人に対する、すべての人の闘争は、これもまた必然である。それは不条理ではない。正しいと正しくない、正義と不正義の概念は、そこには存在しない。権力が存在しないところでは、法は存在しない。法が存在しないところでは、不正も存在しない」(『リヴァイアサン』1651)

一方、ルソーは、自然状態のヒトは、他者と敵対することも、戦闘することもなく、無垢で平等な存在であると考えた。

Let us conclude then that man in a state of nature, wandering up and down the forests, without industry, without speech, and without home, an equal stranger to war and to all ties, neither standing in need of his fellow−creatures nor having any desire to hurt them, and perhaps even not distinguishing them one from another・・・

「自然の状態の人間は、森の中をさまよい、勤勉さはなく、話さず、そして家庭もない。見知らぬ人と戦闘することも、結束することもない。仲間を必要とせず、誰かを傷つける欲求もなく、そして、おそらく互いを区別しないことさえある」(『人間不平等起源論』1755)

人類学者のローレンス・キーリーは、先史時代のヒトや原始的な生活を維持する狩猟民は、平和な社会ではないと述べる。例えば、サウスダコタ州クロウクリークの14世紀初頭の墳墓では、頭皮が剥がされ、虐殺された500人以上の男性、女性、子供の遺体が出土している。当時の集落の人口は800人と推定されており、死亡者の割合は60%に及ぶ(文献3)。

政治学者のアザー・ガットは、キーリーを引用して、同様に論じている。ガットは、戦後、70年以上も大国間の大戦がない理由を、核戦争の脅威が存在する状況で、自由民主主義諸国が、戦争ではなく、各国の相互依存と協調によって共通の利益を認めたためとしている(文献4)。

心理学者のスティーブン・ピンカーも、戦闘や暴力による死亡率は、狩猟民など部族社会のほうが高く、現代社会はもっとも平和な社会であると説く。戦闘や暴力による死亡率が減少したのは、道徳の変化、国家の成立と法による支配、貿易や商取引による利益、共感や相互依存などによると主張している(文献5)。

なお、「法による支配」を実行するのは暴力装置であり、暴力装置の源泉は、特定集団による殺傷力の高い武器の独占である。

ここで、超協力タカ派の集団Aと集団Bが、闘争状態にあるとする。Aが保有する武器の殺傷力の大きさをwとする。wの値は、例えば、時間当たりに相手を殺傷できる人数とする。殺傷力wの武器を使用して、集団Bの大多数を殺傷できる確率をpaとする。wがゼロであっても、ヒトは素手で相手を殺すことができる。しかし、素手で集団の大多数を殺傷するのは困難なので、wがゼロのときは、paはごく小さい値になる。武器の殺傷力が、素手で殴る→ハンドアックス→槍→弓矢→銃と大きくなるほど、paは大きくなる(0<pa≦1)。


w:武器の殺傷力の大きさ
pa:ライバル集団の大多数を殺傷できる確率

次に、Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量をRa、BのそれをRbとする。AがBの大多数を殺傷して勝利すれば、Bのなわばりをすべて奪うことができる。勝利したAが獲得できる資源量の期待値をeaw負けたBの資源量の期待値をeblとすると、eaweblは次の式で与えられる。

eaw=Ra+Rb・pa
ebl=Rb-Rb・pa

AとBは、同種の集団であり、「自分のコピー」である。すなわち、AとBの立場が逆の状態もありえるので、以下のようにあらわせる。

ebw=Rb+Ra・pb
eal=Ra-Ra・pb


Ra:Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
Rb:Bが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
eaw:勝利したAが獲得できる資源量の期待値
eal:負けたAの資源量の期待値
ebw:勝利したBが獲得できる資源量の期待値
ebl:負けたBの資源量の期待値

ここで、Aが勝った場合と負けた場合の資源の期待値の差をuaとし、Bのそれをubとする。

ua=eaw-eal
=Rb・pa+Ra・pb
ub=ebw-ebl
=Ra・pb+Rb・pa
ua=ub
u:戦闘によって獲得できる資源量の期待値の幅(期待値幅)

期待値の幅が小さいほど不確実性が小さく、期待値の幅が大きいほど不確実性が大きいことを意味する。また、武器の殺傷力が大きいほど、戦闘によって獲得できる時間当たり資源量の期待値の幅(不確実性)が大きくなる。

種全体から見ると、資源量が十分にあるときは、不確実性が小さいほうが有利であり、資源が不足したときは、不確実性が大きいほうが有利である。言い換えると、資源量が十分なときは、武器を持たない集団で構成された社会のほうが、種の存続に有利であり、資源が不足したときは、それぞれが強力な武器を有する集団からなる社会のほうが、種の存続に有利である。資源欠乏時に、強力な武器を使用する集団同士が闘って大きな損害が出たとしても、そのような状況を乗り越えて生き残った集団もしくは個体が存在すれば、種は存続できるからである。

しかし、個々の集団からみると、小さな不確実性(小さな殺傷力の武器)でも、大きな不確実性(大きな殺傷力の武器)でも、獲得できる資源量の期待値の平均値は同じである。なぜなら、同種では、各々の集団は「自分のコピー」なので、各集団が保有する武器の殺傷力は、いずれ同じになるからだ。すなわち、個々の集団にとっては、獲得資源量の期待値は、武器の殺傷力の大きさではなく、おもに資源量に左右される。

すなわち、先史時代から現在まで、戦闘や暴力による死亡率が減少してきたのは、農業、石炭、石油、原子力のエネルギー革命(情報の変異)によって、ヒトが利用できる時間当たり資源量が増大してきたためと考えられる。(つづく)

文献
1)Thomas Hobbes, Leviathan, 1651(リヴァイアサン)
2)Jean-Jacques Rousseau, Discourse on Inequality, 1755(人間不平等起源論)
3)Lawrence H.Keeley, War Before Civilization, 1997
4)Azar Gat, War in Human Civilization, 2006(邦訳:文明と戦争)
5)Steven Pinker, The Better Angels of Our Nature, 2011(邦訳:暴力の人類史)
6)Richard Wrangham, Demonic males, 1996(邦訳:男の凶暴性はどこから来たのか)

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超協力タカ派戦略と資源分配:Super-cooperative hawk strategy and resource distribution

超協力タカ派戦略では、集団内の同一性が高いほど、他の集団との闘争に有利なので、なわばり内の資源を、平等あるいは公平に分配する必要がある。特定の個人が資源(食料)を独占するのは、厳禁(タブー)であり、そのような、平等で結束の強い集団だけが、ライバルに勝って存続できたはずだ。

資源を獲得する能力を有する個体Aからみた場合、Aが他の個体に与える(分配する)時間当たりの資源量をRg、Aが他の個体から受けとる(分配される)時間当たり資源量をRtとする。また、Aと他の個体との遺伝的距離をdとする。Rt/Rgは、資源を「与える量/受け取る量」、あるいは資源の「分配量/被分配量」、あるいは資源の「交換比率」である。


d:遺伝的距離
Rg:与える資源量(時間当たり)、give
Rt:受け取る資源量(時間当たり)、take

Aと遺伝的にもっとも近縁なのは、Aの親、子、兄弟姉妹であり、近縁度は1/2である。次が、祖父母、孫、オジ、オバ、甥、姪で、近縁度は1/4である。これらの近縁親族はAのコピーなので、Aが彼らに資源を与えるときは、無償(Rt/Rg=0)が合理的である。血縁関係が薄くなるにしたがって交換比率は大きくなり、同じ集団内では、等価交換(Rt/Rg=1)による相互贈与になる。等価交換による相互贈与でなければ、集団の中に不満が生じて、集団の協力と結束を維持できないためだ。

Aにとって、他のバンドや部族は、資源をめぐって闘争するライバルなので、資源のやり取りは、「略奪」か「被略奪」かのどちらかである。闘争に勝てば資源(なわばり)を奪うことができ、負ければ資源(なわばり)を奪われる。

集団同士は、資源が豊富なときは、闘争しないほうが有利だが、資源が不足するときは、相手から資源を奪わない限り、自分たちが生存することができない。食料となる植物や動物は、季節や年次で変動する。資源が豊富なときは、個体数が指数関数的に増大する(マルサス)ので、なわばり内の利用可能な時間当たり資源量が不足するのは、論理的に必然である。すなわち、時間当たり資源量が無尽蔵であるか、個体数の増加を抑制しないかぎり、生存闘争は不可避である。

ダーウィンは、生存闘争について次のように述べる。

A struggle for existence inevitably follows from the high rate at which all organic beings tend to increase. Every being, which during its natural lifetime produces several eggs or seeds, must suffer destruction during some period of its life, and during some season or occasional year, otherwise, on the principle of geometrical increase, its numbers would quickly become so inordinately great that no country could support the product. Hence, as more individuals are produced than can possibly survive, there must in every case be a struggle for existence, either one individual with another of the same species, or with the individuals of distinct species, or with the physical conditions of life. It is the doctrine of Malthus applied with manifold force to the whole animal and vegetable kingdoms; for in this case there can be no artificial increase of food, and no prudential restraint from marriage. Although some species may be now increasing, more or less rapidly, in numbers, all cannot do so, for the world would not hold them.

「生存のための闘争は、すべての生物が増加する傾向が高率であることから、必然的に導かれる。生存期間中に卵や種子を生産するすべての生物は、一生のある時点、ある季節、ある年に破壊されなければならない。そうでなければ、幾何級数的な増加の原則によって、個体数は、どんな地域でも生産物を支えることができないほど、急速に非常に大きくなる。したがって、生存可能な個体数より多くの個体が生産されるにつれて、同じ種の別の個体、または異なる種の個体、または生命の物理的状態と、生存のための闘争が存在しなければならない。これは、マルサスの理論であり、すべての動物界と植物界の多方面に、その理論を適用している。動物界や植物界では、人為的な食料の増加はなく、結婚の慎重な制限もないためである。現在のいくつかの種は、個体数が急速に増加しているかもしれないが、地球が支えられないため、すべての種がそうなることは不可能である」(種の起源、第3章)
(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, 1859-1872
Malthus, An Essay on the Principle of Population, 1798-1826

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パン属、ホモ属、ヒトの進化的な安定:Evolutionary stability of Pan, Homo, H. sapiens

超協力∩(タカ派∪超タカ派∪ハト派)戦略:Super-cooperative ∩(hawk ∪ super-hawk ∪ dove)strategy of Homo sapiens

ヒト科ホモ属は、超協力超タカ派戦略ではないかと述べた(2017.1.26ブログ)。現在、生存しているホモ属の種はヒト(Homo sapiens)のみであり、他のホモ属の種は、ヒトとの生存闘争に敗れて絶滅したと考えられる。ダーウィンは、「競争が最も厳しいのは、習性や体質、構造などの面で互いにきわめて近縁な種類間」と指摘している・・・。

パン属

ヒト科パン属のチンパンジーは、成年オス、成年メス、子供からなる20~100頭の群れを形成し、数十km2の広大な縄張りの中を遊動している。成年のオスとメスは、複数の異性と交尾をする乱婚であり、オスは自分の子供がわからないとされている。

成年オスたちは、協力して縄張りの周辺を巡回し、他の群れのオスと激しく闘争する。ある群れのオスが別の群れのオスのほとんどを殺戮し、敗けたほうの群れのメスが、勝ったほうの群れにすべて取り込まれた例も観察されている。しかし、いくら闘争が激しくても、双方のオスが共倒れで死んでしまうほどではなく、チンパンジーは、超協力タカ派戦略と考えられる。

集団で暮らし、知能が高いチンパンジーには、有力な捕食者(天敵)は存在しないといわれる。まず、パン属の進化的な安定について考えてみる。

超協力タカ派のパン属の群れが、なわばりを守りながら、熱帯雨林を分割して平衡状態にあるとする。群れG1の中では、常に遺伝的な変異が生じる。オスのタカ派遺伝子Aで占められる群れの中で、犬歯が長く、腕力が強く、攻撃的な超タカ派の遺伝子Aが生じたとする。オスは、群れ内での順位をめぐって激しく闘争する。A vs A+の闘いでは、攻撃的なA+は有利なので、上位の位置を占める。A+は食料を多く獲得し、多くのメスと交尾して、G1内にA+遺伝子が広がる。G1内にAが増えてくると、闘いはA+ vs A+になる。「自分のコピー」との闘いでは、しっぺ返しによって、闘争コストがきわめて大きくなる。超タカ派同士なので、双方が共倒れして死亡する確率が高くなる。

また、A+は、群れのボスとして、近隣の群れとの闘争の先頭に立つので、ここでも死亡する確率が高くなる。群れ内の闘争でも、群れ間の闘争でも死亡する確率が高いので、A+は、G1内の多数派になることができず、ごく少数派に留まる。


G:群れ
A:タカ派(hawk)
A+:超タカ派(super-hawk)
A:ハト派(dove)

次に、G1の中で、ハト派の遺伝子Aが生じたとする。Aは、犬歯が小さく、腕力が弱く、争いを好まない。ライバルと闘わずにすぐに逃げ出すので、Aは、G1内の下位の位置に置かれる。食料を多く獲得することができず、メスと交尾するのも不利である。しかし、闘わずにすぐに逃げるので、傷ついたり、死亡したりする確率は小さい。群れのなわばりは広いので、食料を得られないわけではなく、メスの数も多いので、まったく交尾できないわけではない。メスのほうは、オスがタカ派かハト派かにはあまり関係なく、自分との遺伝的な距離が大きいオスを選択するので、Aのオスには交尾のチャンスが少なからずある。

また、他の群れとの闘いでも、Aはすぐに逃げるので、死亡率が低い。すなわち、A遺伝子は、G1内に広がる条件がある。しかし、G1内にAが多くなると、G1は他の群れとの闘いで負けてしまうので、なわばりを守ることができず死滅する。ハト派遺伝子Aは、G1内にある程度は広がるが、多数派になることができず、少数派に留まる。

すなわち、パン属の遺伝子プールでは、以下の遺伝子が混在する状態で、進化的に安定になるはずだ。
・多数のタカ派
・少数のハト派
・ごく少数の超タカ派

パン属はチンパンジー1種ではなく、ボノボ(ピグミーチンパンジー)が存在する。ボノボのオスは、チンパンジーのオスに比べると、攻撃的でなく、闘争のときでも、噛み付いたり激しく追いかけたりしない。また、群れ同士の闘争においても、致死的な闘争に至った例は観察されていない(文献1)。群れの中のオスの間には、優劣関係が存在し、上位のオスほどメスとの交尾頻度が高いが、下位のオスたちでも交尾をする機会は皆無ではない(文献1)。


ボノボのオスの交尾度数

最新の研究では、ボノボは、パン属の少数の個体が、最近(100万年または180万年前)になってコンゴ川の左岸に移入し、定着したと考えられている(文献2)。このとき、コンゴ川を渡ったのは、パン属の中のハト派であったことが予想される。その後、地理的に隔離されために、タカ派遺伝子が侵入できず、ハト派の遺伝子が生き延びることができたのであろう。

パン属の例から考えると、犬歯が小さく身体が華奢なホモ属の祖先(アルディピテクス、アウストラロピテクス)も、もともとは、闘いを避けて逃げるハト派であったことが予想される。ホモ属の祖先は、共通祖先からハト派が分岐したのち、タカ派との生存闘争を続ける中で、2本足で走り、手で武器を持って闘うタカ派の形質を獲得したのであろう。

ちなみに、ボノボのオスが相手を攻撃するときは、2メートルほどの枝を折ってこれをうしろにひきずりながら走る」(「枝ひきずり」)ことが観察されている(文献3)。

ホモ属

ホモ属は、数十~100人ほどの集団を形成し、オスが協力して近隣の集団となわばり(資源)をめぐって、激しく戦闘する。戦闘は複数vs複数で行われるので、ライバル集団との戦闘に勝つには、集団内のオスは結束が強いほうが有利である。オスが出自集団にとどまって、父系の血縁集団を形成することで、オス同士の協力度、結束力が高まる。しかし、集団の同一性が高くなると、遺伝子の変異速度が小さくなって不利になる。そこで、若いメスが、他の集団に移ることで、遺伝的な差異を大きくし、集団の遺伝子の変異速度を維持している。さらに、メスの移動は、種全体の遺伝子プールを大きくし、種全体の遺伝子の変異速度を大きくする効果がある。

特定のオスがメスを独占すると、オス同士の結束が得られないので、婚姻の形態は、乱婚制あるいは一夫一婦制が有利であるが、一夫一婦制のほうが交尾の機会が均等になるので、より平等である。ただ、オスは戦闘で死亡して数が減るので、一夫多妻制も一部に存在する。

集団のオスの戦闘力・結束力は、個体の同一性が高いほど強く(有利)なり、個体の差異が大きいほど弱く(不利)なる。しかし、集団の遺伝子の変異速度からみると、集団の同一性が高いほど変異速度は小さく(不利)なり、集団内の差異が大きいほど、変異速度は大きく(有利)なる。集団内の遺伝子の同一化と差異化は、常にせめぎ合う関係にある。

集団戦闘に勝ち残るための遺伝的な形質として、以下のような要素があげられる。
・集団内のオス同士の協力度が高く、結束力が強い
・個体間の意思疎通能力が高い
・記憶力が高い
・走力、持久力が高い
・武器の製作能力が高い
・武器を使う能力が高い
・戦略に優れる(先読み能力)

「戦略」という言葉は、確定した定義がないが、ゲーム理論のミニマックス戦略などでは、「先読み」の能力に左右される。

生物の生存闘争では、遺伝子の変異速度が大きいほうが有利であるが、脳の新皮質が発達したホモ属では、脳による情報の変異速度の大きさに左右される。いずれにしても、最終的には「自分のコピー」との戦いになり、超タカ派の場合は、「しっぺ返し」によって闘争コストがきわめて大きくなり、共倒れの確率が高くなる。

ちなみに、霊長目の中で、体毛が無いのはヒトだけである。ヒトは他の霊長目に比べて、走力、持久力が突出して優れている。長い時間を走り続けると、体温が上昇してしまうので、体温を下げるために大量の汗を出す必要がある。体毛がある動物が大量の汗を出すと、体表面の水分率が高くなるので、細菌や菌類に寄生されるリスクが高くなる。また、運動を停止したときに、濡れた体毛からの水分の蒸発によって体温が奪われ、免疫力が低下してしまう。体毛が無ければ、汗は流れてしまい、すぐに乾いて微生物に寄生されにくく、体温低下も防げる。長距離を走ることによる体温変動に対応するには、体毛が無いほうが、生存に有利だったのであろう。

ただし、体毛が無いと、紫外線の悪影響を受けるので、メラニンが多い形質が広がった。また、蚊やアブなどに刺されやすくなるので、皮膚を紫外線や昆虫から守るために、オーカーを塗る習慣が生じたと考えられる。オーカーを全身に塗ることで、さらに無毛化が進んだ。ヒトがオーカーを使うようになった証拠はきわめて古く、ヨーロッパでは25万年前、アフリカでは28万年前の出土例がある(文献4)。

また、ヒトは、物を投げる能力が、動物全体の中で傑出している。ヒトが他のライバル種に勝つには、武器を投げる形質が重要であったことがうかがえる。

ヒト

次に、ヒトの進化的な安定について考察する。ヒトは殺傷力の高い武器を使用して、個人同士で争ったり、集団で戦闘したりして多数の死亡者を出すことがしばしばあるので、パン属に比べると、はるかに超タカ派であることがうかがえる。しかし、共倒れでヒトの個体数(人口)が減っているわけではなく、逆に増えている。もっとも、将来、大戦争が起きて、人類が衰退する可能性もゼロではない。

パン属のモデルと同様に、超協力タカ派のヒトの集団(band)が、自分たちのなわばりを守りながら、陸地を分割して平衡状態にあるとする。

オスのタカ派遺伝子Aが多数を占める集団B1の中で、攻撃性が高い超タカ派の遺伝子Aが生じると、AはB1内の他の個体を攻撃して、多くの資源と配偶者を獲得しようとするであろう。しかし、ヒトの集団は、協力度や結束力が高いために、1人が資源や配偶者を独占することを許さず、複数の他の個体から反撃を受ける。Aがいくら攻撃力が高くても、多数を相手に勝つことは不可能なので、Aは集団の上位の位置を占めることができない。また、AがB1内に広がったとしても、A+ vs A+の闘いになって、共倒れする確率が高くなる。

他の集団との闘いのときは、攻撃的なA+は、戦闘の先頭に立つ機会が多いので、他の個体よりも死亡する確率が高い。すなわち、遺伝子A+は、B1内で多数派を占めることができず、少数派に留まる。

次に、B1内でハト派の遺伝子Aが生じたとする。Aは、争いを好まず、すぐに逃げ出すので、集団の中では立場が弱く、食料や配偶者を獲得するのが不利である。他の集団との闘いのときは、Aはすぐに逃げてしまうので、死亡率が低いが、他の個体から卑怯な行動を非難されて立場が弱くなる。たとえ、B1内にAが広がったとしても、B1は他の集団との闘争で負けてしまい存続できない。すなわち、ハト派Aは、多数派になることができず、少数派に留まる。

以上のことから、ヒトの遺伝子プールでは、以下の遺伝子が混在する状態で進化的に安定になると考えられる。
・多数のタカ派
・少数の超タカ派
・少数のハト派

戦闘に勝つためには、ヒトでは、遺伝的な形質だけでなく、脳による情報の変異の影響が大きくなることが予想される。なぜなら、集団が勝ち残るには、出自集団の中ではタカ派あるいはハト派として行動し、他の集団に対しては超タカ派として行動するのが合理的だ。このような形質は、遺伝的な形質として獲得するのは困難である。目の前の相手が、同じ集団に属するか他の集団に属するかを、外見や匂いなどの遺伝的形質で判断することはできないので、学習によって出自集団のメンバーを認識し記憶するほかない(神話、トーテム)。メンバーの数は多いほど有利である。さらに、遺伝的に備わっている個々のタカ派・ハト派の形質を、学習によって矯正し、相手に応じて行動を変化させなければならない。(ただし、学習による個体の性質と、遺伝子による個体の性質の関係はよくわからない)

狩猟採集民などの「非貯蔵社会」では、域内の個体数は、凶作年の端境期に獲得可能な食料の量に左右される。食料の欠乏期がやってくるたびに、多くの個体が死滅するので、少数派のハト派や超タカ派遺伝子は死滅し、多数派のタカ派遺伝子のみが存続する確率が高い。

すなわち、非貯蔵社会では、遺伝子プールはほぼタカ派で占められ、「超協力タカ派」の状態で進化的に安定になる。農業を行わず狩猟と採集のみで暮らしていたオーストラリアのアボリジニの社会では、ブーメランや投げ槍などの武器は存在するが、より殺傷力の高い弓矢は出現しなかった。カラハリ砂漠の狩猟採集民であるサン族(ブッシュマン)は、弓矢を使用するが、その矢には矢羽が無く、飛距離が短く命中率も低い。

一方、農業革命を経た「貯蔵社会」では、凶作年の端境期であっても貯蔵した食料によって生き延びることができるので人口が増加する。人口が増加している間は、「表現型変異の非生存」以外はすべて生存できるので、タカ派、超タカ派、ハト派のすべてが存続できる。域内の人口が増加して慢性的な資源不足になると、集団内や集団間で資源を奪いあうようになる。闘争では、よりタカ派の方が有利なので、武器の殺傷力が際限なく大きくなる。

ヒトの社会構造

ヒトの社会構造について検討する。ヒトの基本の集団は、夫婦を中心とする親族集団であり、親族集団が集まって、数十~100人ほどの父系集団(band)を形成する。男性は出自バンドに留まる傾向があり、若い女性は出自バンドを出て、他のバンドに移る傾向がある。女性が移動する範囲が母系集団であり、母系集団は1次言語集団になる。1次言語集団は、部族(tribe)を形成する。

非貯蔵社会の場合は、集団の個体数に対して、なわばりの範囲には限度がある。また、集団vs集団の闘いでは、相手を皆殺しにするのは困難で、生き残った相手から報復を受ける。このため、複数のバンドと複数の部族が並存する平衡状態になりやすい(図の左)。父系集団の男系は、他の父系と自分たちを区別する必要があるので、氏族(clan)を形成する。


mn:男系(male)
fn:女系(female)
Bn:父系集団(band)
Fn:母系集団
1Ln:1次言語集団
Tn:部族(tribe)
Cn:氏族(clan)

一方、貯蔵社会では、超タカ派戦略の父系集団が、他のバンドの父系集団を倒して、部族のエリア全体を支配する(上図の右)。部族内に勝利した父系の氏族(clan)が拡大する。

人口が増加し続ける貯蔵社会は不安定なので、人口増と交通の発達にともない、部族社会が解体し、部族連合、クニ、nationが形成される。これにより、2次言語集団ができる。(つづく)


2Ln:2次言語集団
Nn:部族連合、クニ、nation
Cn:氏族(clan)

文献
1)加納隆至、ボノボのオスの順位と交尾頻度、霊長類研究、1994
2)竹元博幸、川本芳、古市剛史、ボノボはどのようにしてコンゴ川左岸に分布するようになったのか?、2015
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2015/151019_2.html
3)黒田末寿、ピグミー・チンパンジー、筑摩書房、1982
4)A Milk and Ochre Paint Mixture Used 49,000 Years Ago at Sibudu, South Africa
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0131273
5)クロード・レヴィ=ストロース、今日のトーテミスム、1962、みすず書房、1970
6)クロード・レヴィ=ストロース、野生の思考、1962、みすず書房、1976

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不況と恐慌の本質:Essence of recession and depression

ドーキンスは、「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できる」と書いている。人間が遺伝子の支配から独立でいられるのは、脳における情報の変異速度が、遺伝子の情報の変異速度を凌駕しているからである。

人間の社会は、情報の変異速度が大きく、複雑に変動するので、不況や恐慌のような基本的な経済現象についてさえ、よくわかっていない。

マルクスは、恐慌について次のように述べる。

Now one stream of commodities follows another, and finally it is discovered that the previous streams had been absorbed only apparently by consumption. The commodity-capitals compete with one another for a place in the market. Late-comers, to sell at all, sell at lower prices. The former streams have not yet been disposed of when payment for them falls due. Their owners must declare their insolvency or sell at any price to meet their obligations. This sale has nothing whatever to do with the actual state of the demand. It only concerns the demand for payment, the pressing necessity of transforming commodities into money. Then a crisis breaks out. It becomes visible not in the direct decrease of consumer demand, the demand for individual consumption, but in the decrease of exchanges of capital for capital, of the reproductive process of capital.
「今や、一つ商品の流れに、別の流れが続く。前の流れは、最後は消費によって吸収される。商品資本は、市場の中で場所を得るために、お互いに競争している。後から来た流れは、とにかく売るために、より安く売る。前の流れは、支払い期日までに、まだ処分されていない。その商品の所有者は、支払い義務を果たすために破産を宣告するか、あるいはどんな価格であっても売却しなければならない。この売却は、実際の需要の状態とは何の関係もない。それは、支払いの要求、すなわち、商品をお金に変えるという緊急の必要性にしか関係していない。こうして、恐慌が起きる。それは消費需要(個人消費の需要)の直接的な減少ではなく、資本のための資本の交換の減少、資本の再生産過程の減少として現われる」(文献1、第2部第1編第2章)

マルクスは、過剰生産によって果てしない価格競争に陥り、財と貨幣の流れが破れることで恐慌がおきると考えた。

ケインズも、基本的にはこれと同様の見方をしており、過剰生産による不況を克服するためには、総需要を大きくするほかなく、そのための財政政策を唱えた。

This analysis supplies us with an explanation of the paradox of poverty in the midst of plenty. For the mere existence of an insufficiency of effective demand may, and often will, bring the increase of employment to a standstill before a level of full employment has been reached. The insufficiency of effective demand will inhibit the process of production in spite of the fact that the marginal product of labour still exceeds in value the marginal disutility of employment.
「この分析は、豊かさの真っ最中に貧困が起きるパラドックスを説明するものである。有効な需要の不足の存在は、完全雇用のレベルに達する前に、雇用の増加を停止させる。有効需要の不足は、労働の限界生産が、依然として、雇用の限界的な負の効用を上回っているという事実にもかかわらず、生産過程を阻害するであろう」(文献2、第3編)

Consumption — to repeat the obvious — is the sole end and object of all economic activity. Opportunities for employment are necessarily limited by the extent of aggregate demand. Aggregate demand can be derived only from present consumption or from present provision for future consumption. The consumption for which we can profitably provide in advance cannot be pushed indefinitely into the future. We cannot, as a community, provide for future consumption by financial expedients but only by current physical output. In so far as our social and business organisation separates financial provision for the future from physical provision for the future so that efforts to secure the former do not necessarily carry the latter with them, financial prudence will be liable to diminish aggregate demand and thus impair well-being, as there are many examples to testify.
「消費は―あきらかなことを繰り返すと―すべての経済活動の唯一の終点であり目的である。雇用の機会は、必然的に、総需要の大きさに制約される。総需要は、現在の消費か、あるいは、将来の消費のための現在の調達(投資)からしか派生しない。消費、すなわち将来に有利さをもたらすような事前の調達(投資)を、無期限に先送りすることはできない。社会全体としては、財政的な方法(貯蓄)では、将来の消費につながるような調達(投資)を実現できず、現在の実際の物理的な生産によるしかない。社会および企業が、将来のための財政的な調達(貯蓄)と、将来のための物理的な調達(投資)と分離して、前者(貯蓄)を確保しようとする努力が、必ずしも後者(投資)を担保しない限り、財政的な慎重さは総需要を減少させ、経済は健全さを損なう。そう証言する多くの例がある」(文献2、第8編)

アメリカのマルクス経済学者のスウィージーは、マルクスの恐慌の論述は、「未完成の事業のリストに残されざるをえなかった」と書いて、マルクスとはやや異なる見方をしている。

「必要なことは、利潤率が通常の水準以下にまで減退し、そのために資本家たちが、より有利なる状態が回復するまで、かれらの資本を貨幣形態において保蔵しはじめるということである。かくして、流通過程の継続性はやぶれ、そして恐慌が襲来するのである」(文献3)

スウィージーは、「かれらの資本を貨幣形態において保蔵しはじめる」ことが、直接の要因と考えていた。

一方、自由主義者のフリードマンは、大恐慌について、次のように述べる。

「1929年7月から33年3月までの間にアメリカの通貨供給量は三分の一減少した。減少のうち三分の二は、英国の金本位離脱後に起きている。通貨供給量の減少は食い止めるべきだったし、それは十分に可能だったと考えられる。もしそれができていたら、不況はもっと短く、もっと穏やかだったろう。(中略)私の知る限りでは、どの国のどの時代にも深刻な不況は必ず通貨供給量の減少を伴っているし、逆に通貨供給量の大幅減は、必ず深刻な不況を引き起こしている」(文献4)

恐慌の本質を、スウィージーは「貨幣の保蔵」と言い、フリードマンは「通貨供給量の減少」と言う。まったく立場の異なる2人の経済学者は、違う言葉を使ってはいるが、じつは同じ事を言っている。

ここで、視点を変えて、自然界での資源の流れを見てみる。

光合成生物は、地球に注ぐ太陽エネルギーを利用して、糖類と有用物質を集積する。光合成生物を、動物性プランクトン、昆虫、草食動物などが摂取し、さらに、肉食生物がそれらを摂取する。食物連鎖によって有機物が分解され、別の化合物が合成される。最後は、微生物によって、原子や分子にまで分解される。分解された物資は、再び光合成生物に利用される。

全体から見れば、地球に注ぐ太陽の光エネルギーは、熱として宇宙空間に放出される。熱力学第一法則により、全体のエネルギーは一定であるが、熱力学第二法則によりエントロピーが増大する。ただし、生物の内部ではエントロピーは増大せず、安定の状態にある。シュレーディンガーは、このことを次のように表現した。

What an organism feeds upon is negative entropy. Or, to put it less paradoxically, the essential thing in metabolism is that the organism succeeds in freeing itself from all the entropy it cannot help producing while alive.
「生物が食べているものは、負のエントロピーである。あるいは、逆説的ではないならば、代謝における本質的なことは、生物は、生きている間に、生産の邪魔になるすべてのエントロピーから自由でありつづけることである」(文献5)


e:エネルギー
s:エントロピー

生物は、系の外部に、エントロピーが増大したエネルギーや物質を排出することで、系の内部のエントロピーの増大を防いでいる。また、生物から見ると、「生産」とは、エネルギーと物質を獲得することであり、「消費」とは自己複製することである。

生物間の資源の受け渡しは、無償で贈与される。もしも、生物が、人間のように財(資源)と引き換えに貨幣(物質)を交換したらどうなるであろうか。生産者である光合成生物のもとには、莫大な量の貨幣(物質)が集中して、光合成生物は生存できなくなるであろう。分解者のほうは、貨幣(物質)が無くなってしまい、財(資源)を入手できなくなって死滅するであろう。(つづく)

文献
1)Karl Marx, Capital, 1867
2)John Maynard Keynes, The General Theory of Employment, Interest and Money, 1936
3)ポール・スウィージー、資本主義発展の理論、1942、日本評論社、1951
4)ミルトン・フリードマン、資本主義と自由、1962、日経BP、2008
5)Erwin Schrödinger, What Is Life?, 1944

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米ぬかの効果―作物の窒素吸収を断つ

前回、露地栽培では窒素吸収を制限することは困難であると書いた・・・。

農家のあいだでは、米ぬかを田畑に施用すると、作物の味がよくなったり、病害虫に侵されにくくなったりするといわれている。ただ、どうして米ぬかにそのような効果があるのかは、わかっていない。

理由の一つとしてあげられるのは、米ぬかの機能性成分である。米ぬかに含まれる成分には、γ-オリザノール、フェルラ酸、ステロール、ワックス、グルコシルセラミド、トコトリエノール、フィチン、フィチン酸、イノシトール、米ぬかタンパク質など、多くの成分がある。γ-オリザノールは、心身症の抑制や血中コレステロールを低下させる作用が報告されており、フェルラ酸には軽度で高齢発症のアルツハイマー病患者の症状を改善する効果が発見されている。トコトリエノール、フィチン酸、イノシトールにも、多くの機能性作用が確認されている(文献)。

ただし、これらは人が摂取した場合の作用であって、米ぬかを土壌に投入した場合の米ぬかの成分と作物の関係については、何もわかっていない。

他の理由としてあげられるのは、微生物の働きである。米ぬかを放置しておくと、すぐに細菌や菌類などの微生物が繁殖する。土壌に投入された米ぬかには、土壌微生物が繁殖し、土壌中や空気中の微生物が多様化することで、特定の病原菌の増殖が抑えられるという説がある。確かに、土壌微生物が多様化すると、病原菌の増殖が抑制されるという研究報告はある。しかし、土壌微生物は、良質な堆肥などの施用でも増殖するので、米ぬかだけにそのような作用があるわけではない。また、微生物が多様になることと、収穫物の味が良くなることの因果関係もわからない。

米ぬかを、元素の組成から見ると、以下のとおりである。
水分率:10%
C炭素:40~48%
N窒素:1~3%
P2O5リン酸:2~5%
K2Oカリ:1~2%
C/N比:18~34
(水分以外は乾物当たり%)

また、有機化合物として見ると次のとおりである。
デンプン:~70%
タンパク質:10~15%
脂質:20%
繊維:10%
(乾物当たり%)

栄養素の元素としては、リン酸の含有量が多い。C/N比は18~34で、かなり大きい。デンプン70%、タンパク質10~15%、脂質20%で、熱量(エネルギー)が大きい。難分解性の繊維は10%しかなく、粉状なので微生物が分解しやすい。

有機物のC/N比は、堆肥の製造や使用では、重要視される。土壌中に有機物が存在すると、土壌微生物は有機物を分解しながら増殖する。土壌微生物のC/N比は5~10であるが、有機物には、微生物の成長や増殖に必要なエネルギー(糖類、脂質など)や栄養素がいつもバランスよく含まれているわけではない。有機物に糖類など炭素が少なく窒素が多ければ(C/N比が小さい)、余分な窒素はアンモニアや硝酸として大気中や土壌中に放出される。逆に、有機物に糖類などが多く窒素が少なければ(C/N比が大きい)、微生物は土壌中や大気中の窒素を細胞内に取り込む。微生物による土壌中の窒素の取り込みが急激に進んで、作物が窒素を吸収できなくなると、いわゆる「窒素飢餓」の状態になる。

有機物の中でC/N比が大きいのは、木材や樹皮(バーク)で、その値は500~1200にもなる。このため、作物や園芸の教科書には、おがくずやバークが入った堆肥はC/N比が大きいので、窒素飢餓に注意するようにと書いてある。市販されている家畜糞堆肥の多くはおがくず堆肥やバーク堆肥であるが、これらの堆肥で窒素飢餓が起きたという話は聞いたことがない。それは、窒素飢餓がおきるかどうかは、有機物のC/N比だけでは決まらないからである。

セルロースは、地球上にもっとも多く存在する有機物で、分解が難しい。セルロースを分解できるのは、分解酵素セルラーゼを有する細菌、菌類、一部のシロアリなどである。リグニンは芳香族化合物が、網目状に結合したポリマーで、セルロースに次いで多く、もっとも分解しにくい有機物である。リグニンを分解できるのは、分解酵素のペルオキシダーゼ遺伝子を有する白色腐朽菌だけである(2016.10.7ブログ)。

木材は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンからなる。木材のセルロースは結晶状の束になっており、これをヘミセルロースが架橋して骨格を形成し、骨格の隙間にはリグニンが充填されている。木材は鉄筋コンクリートのような高次構造を有し、きわめて優れた強度と耐久性を持つ。木材を分解するのは難しく、担子菌(きのこの仲間)の白色腐朽菌だけが、これを完全分解できる唯一の生物とされる。しかし、白色腐朽菌であっても、木材を分解するには、数年~10年を要する。未分解のおがくずやバークを土壌中に入れても、きわめてゆっくりとしか分解が進まないため、短期的な土壌の化学性に影響を与えない。

米ぬかの成分は、ほとんどが易分解性で、熱量(エネルギー)が大きいため、微生物によって急速に分解が進む。米ぬかのC/N比は18~34と高く、増殖した微生物は窒素が不足するので、土壌中の窒素を急速に細胞内に取り込む。土壌は、窒素飢餓の状態になる。

微生物は、米ぬかのエネルギー(熱量)を消費してしまうと、それ以上は増えることができなくなる。資源が枯渇して多くの細胞が死滅し、芽胞や胞子を形成(有性生殖)して、休眠状態になる。死滅した細胞から窒素やリンなどの栄養素が、ゆっくりと土壌や大気中に放出され、これを作物が吸収する。

冷涼地や乾燥地を起源とするC3植物を、温暖多湿の場所で栽培した場合、生長速度がもっとも大きくなる時期に、生育のブレーキが働くのではないかと書いた。このとき、何らかの機構によって、細胞壁の構造を支えるセルロースやリグニンなどの合成が抑制され、窒素の余剰が生じて、組織が軟弱になるのであろう。病原菌や昆虫は、細胞壁のセルロース、リグニンを分解できないので、これらの構造化合物が少ない軟弱な部位を侵す。

そこで、作物の生育のブレーキが働く時期に、根からの窒素の吸収を中断すれば、組織の強固さを維持することができて、病害虫に侵されにくくなると考えられる。また、収穫物の食味は、窒素含有量が少ないほど良好になる傾向がある(2016.3.5ブログ)。

以上のことから、米ぬかを施用すると、作物が病害虫に侵されにくくなったり、収穫物の味がよくなったりするのは、米ぬかで増殖した微生物によって、作物の窒素吸収が一時的に断たれるためと考えられる。じっさいに、山梨県のブドウ農家の中には、初夏の時期に米ぬかを園地に散布するようになってから、果実の糖度が上昇し、灰色かび病の被害が減ったという報告もある(文献参照)。

日本で栽培されている冷涼地起源のC3植物としては、アスパラガスが代表的である。イネは亜熱帯起源のC3植物だが、野生のイネは涼しい日陰を好む。また、コーカサス起源のC3植物としては、ブドウだけでなく、リンゴ、甘果オウトウ(セイヨウミザクラ)、ヨーロッパスモモ(プルーン)、西洋ナシなど多くの果樹がある。これらの作物を温暖多湿地帯で栽培する場合、同様の米ぬかの利用法が考えられる。

また、北海道のダイズ農家の中には、米ぬかを圃場に投入して、ダイズの生育初期に意図的に窒素飢餓の状態をつくる農家がいるらしい。ダイズの根粒菌は、生育の初期に土中に窒素(硝酸)が多いと生育が悪くなることが知られている。

写真は自家菜園のインゲンである。種まきの直後に米ぬかを散布して、あとは何も施用していないが、良好に生育し、毎年たくさんの実を着ける。(ただし、長く連作すると栄養素が不足してくる)

ダイズと同じように空中窒素を固定する作物として、サツマイモがある。サツマイモは、土壌から吸収する窒素よりも、収穫物に含まれる窒素のほうが多いことは昔から知られていたが、30年ほど前に、ブラジルの研究機関によって、茎の中に窒素固定細菌が共生していることが発見された(文献)。このため、窒素が多い肥沃土壌でサツマイモを栽培すると、枝葉が過繁茂になって、イモが太らない(つるボケ)。とくに、夏季の生育の転換期のころに窒素が効きすぎると、イモの肥大が悪くなる。このときに、窒素の吸収を断つ方法として、米ぬかを利用できるかもしれない。

ソバ(タデ科)も、施用窒素よりも収穫物に含まれる窒素のほうが多い作物である。ソバ栽培では、窒素を多く施用すると、地上部が過繁茂になって減収する。タデ科植物は、火山が噴火したあとの原野に、真っ先に進出してくる植物のひとつとして知られており、ソバも何らかの窒素固定する機構を有していることが予想される。今後、ソバの合理的な施肥法が研究されれば、窒素吸収のコントロールに米ぬかを利用できるかもしれない。

なお、きのこは、枯れた立ち木をそのまま分解できるので、大気中の窒素を固定する何らかの機構(窒素固定細菌との共生など)を有していると思われる。

文献
米糠含有成分の機能性とその向上、日本食品科学工学会誌59巻7号、2012
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/59/7/59_301/_article/-char/ja/
米ぬかとことん活用読本、農文協、2004
サツマイモから国内で初めて窒素固定細菌を分離同定した
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/karc/028357.html
サツマイモとサトウキビに内生する窒素固定細菌による固定窒素の量的評価
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-16380053/

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ブドウの縮果症とC3植物の生育補正

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)の野生種は、中東からヨーロッパにかけて自生しているが、ヴィニフェラ種が最初に栽培化されたのは、コーカサス山脈の南方と考えられている。イラン北部では紀元前5000年のワインを入れた壺が出土しており、アルメニアでは、紀元前4000年のワイン醸造所の遺跡が発見されている(文献1)。最古のものとしては、ジュージア南東部の新石器時代の遺跡から、ワインを入れたらしき紀元前6000年ごろの壺が出土している。

マスカット・オブ・アレキサンドリアは、古来より北アフリカで栽培されていたブドウ品種とされており、ローマ時代には、エジプトのアレキサンドリアから出荷されたと伝えられている。もともと、地中海地方では、ブドウは栽培されていなかった(トゥキディデス)ので、東方から導入された栽培ブドウから派生した品種と考えられる。

きわめて古い栽培品種であるため、マスカット・ハンブルグ 、イタリア、ネオマスカット、ルビーオクヤマ、甲斐路、マスカット・ベーリーA、シャインマスカットなど、多くの変種や派生品種が存在している。アレキサンドリアは、多雨多湿の日本では栽培が難しいため、ほとんどは、瀬戸内地方で温室栽培されている。

マスカットにとくに顕著な障害として、縮果症がある。硬核期前の第1迅速生長期の後期に発生し始め、硬核期に果皮下の果肉部に斑点が生じ、しだいに黒変して果粒がへこんでしまう。縮果症は何らかの病原菌による感染症というわけではく、組織が壊死する生理障害とされている(文献2)。

縮果発生の原因については、諸説あるが、よくわかっていない。1期後期に枝葉が急生長して葉からの水分蒸散が多くなり、根からの水分吸収が追いつかず、果実から水分が奪われるという説がある。しかし、結果枝の環状剥皮処理、水の葉面散布処理、断根処理などの試験では、水分不足は関係ないことが示され、むしろ、かん水量が多く、6~7月になっても新芽が伸長する樹に縮果が発生しやすい。高温による障害、カルシウムの不足による生理障害などの説もあるが、いずれも、はっきりとした証拠や対処法は見つかっていない。

縮果が発生しやすい条件として、次のような報告がある。樹勢の強い若木を強勢定した場合、高い確率で縮果が発生する。逆に、樹勢が低下した樹では、まったく発生しない。土壌水分が豊富で、硬核期になっても新梢が伸長する樹において、果粒の肥大が続く場合に多発する。高温条件下では、障害の進行が速い。樹勢が強い第1亜主枝に多発し、樹勢が弱い亜主枝では発生が少ない。果房の肩部で、大粒の果粒ほど、粒数が少ないほど発生率が高い。ジベレリン処理した果房で発生しやすい。

すなわち、樹勢が旺盛で、枝葉の生長速度が速い樹ほど、また、生長速度が速い果粒ほど、縮果が発生しやすい。

なお、ヨーロッパやアメリカでは、縮果症についての報告がなく、縮果症は日本に特有の生理障害とされている。世界のブドウの栽培地は夏季少雨の気候であるが、日本では6~7月が高温多雨多湿となる。日本では、この時期に、ブドウがもっとも旺盛に生長し、同時に病害虫が多発する。このような日本の気候条件が、縮果症発生の背景にあると予想される。

ブドウの標準的な養分吸収の特性については、以下のような報告がある。
「カリフォルニアのワインブドウ地帯の施肥体系は、1980年代に大きく変わった。その一つの理由は点滴かん水の導入である。必要に応じたかん水によって、肥培管理が的確にできるようになった。カリフォルニア大のChristensen教授を中心として、多くの実験と調査が行われた結果、それまでの元肥中心から、結実後に年間の約50% 、収穫期後に約30%、落葉期(または発芽期)に残りを施肥する方式が、収量、品質、樹の永続性の点で最も優れることが証明された」(岡本、1998、文献3)

さらに、岡本五郎先生は、日本でのブドウ根域制限ベッド栽培における養分吸収パターンを、下図のように示している。

また、根域制限した巨峰の液肥濃度と土壌水分の影響につては、次のように報告している。
「根城制限栽培のブドウ‘巨峰’に対する適切な施肥法を知るために,ベッド植えの1年生の挿し木苗に液肥を週に1~3回与え,果実の発育段階に応じてその濃度を調節した.基肥としてナタネ粕を1樹当たり200g与えた区を対照区とした。 (中略) 硬核期から液肥の濃度を1/3に下げると,副梢の生長が抑えられ,果粒の肥大と着色及び糖の蓄積が優れた.着色期から液肥の濃度を下げてもある程度同様の効果がみられた.N:60ppmの液肥を収穫期まで与えた区では,着色が劣り,酸含量も高かった.一方,ナタネ粕区では硬核期中の副梢の生長が旺盛で,果粒の肥大が悪かった」(岡本ら、1991、文献4)
「発芽期から結実期までpF2.2でかん水し,幼果期はpF1.5でかん水し,着色期から再びpF2.2かん水に戻すと,果粒の肥大はそれほど劣ることなく,可溶性固形物含量も高く,着色の良い果実が生産された」(岡本ら、1991、文献5)

以上のことから思い浮かぶのは、アスパラガス、イネ(暖地)など、C3植物の養分吸収の特性である。これらのC3植物は、植物がもつ体内時計と、高温多湿の栽培条件下における生育のズレを補正するために、もっとも生長速度が大きくなる初夏の時期に、生育のブレーキが働くのではないかと述べた(2016.6.9ブログ)。

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)は、夏季少雨乾燥地帯が起源であり、これを夏季多雨多湿地帯の日本で栽培した場合、アスパラガスやイネ(暖地)とよく似た養分吸収のパターンを示す。すなわち、ブドウの縮果症は、枝葉や果実が急生長する時期に、生育のブレーキが働くのが根本的な原因ではないだろうか。同じ時期に病害虫が多発するのも、生育のブレーキによって無機養分の同化量が低下し、余分な無機養分のために枝葉の細胞壁組織が軟弱化するためと考えられる。

ポット栽培など根域が小さな栽培法で、かつ液肥などを施用すれば、果樹栽培であっても、生育の途中で窒素の吸収を中断することは可能である。しかし、根が広く伸びている露地栽培では、窒素吸収を制限することは困難である。とくに、堆肥や有機質肥料で土作りした園地では、肥効がゆっくり長く続くため、窒素の発現や吸収をコントロールすることは簡単ではない。(つづく)

文献
1)世界最古のワイン醸造所、アルメニア
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3662/
2)ブドウ(Vitis vinifera L.とV. complex)における縮果病の発生程度とカルシウム、マグネシウム及びホウ素の発生予防効果、九州大学農学部附属農場研究報告第11号、2003
3)岡本五郎、ブドウ栽培の基礎知識Ⅲ 施肥の理論と技術、1998
4)岡本五郎他、根域制限した‘巨峰’ブドウの生育と果実の発育に及ぼす液肥濃度の影響、岡山大学農学報、1991
5)岡本五郎他、根域制限栽培のブドウ‘巨峰’の樹体生長と果実発育に及ぼす土壌水分の影響、生物環境調節29、1991

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