人間は種子(遺伝情報)を支配(私的所有の固定化)できない

種苗法の改正は、果樹農家などの利害に直接に関係するので、農家のあいだでは大きな関心がある。国は、2015年に「農林水産省知的財産戦略2020」をまとめ、2019年に「優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会」を開いている。検討会の趣旨には、以下のように書かれている。(*2)

「植物新品種は農業の生産性の向上や消費者の多様な嗜好に応えることで、農業者の収益の増大をもたらすものであり、高い技術力に支えられ我が国で開発された新品種は、国内のみならず海外でも高く評価され、我が国農業の強みの源泉の一つとなっている。こうした植物新品種を知的財産として保護するため、種苗法に基づく品種登録制度があるが、近年、我が国で開発された品種が海外に流出し栽培が広がっていることが問題になっている。また、国内においても登録品種が増加するなかで、権利侵害等に対しより実効性の高い保護が求められている。更に、我が国農業の強みを活かした輸出戦略の実現や様々な栽培上の課題の解決を求められるなか、我が国における品種開発は停滞傾向にあることから、将来的な我が国農業の国際競争力への影響が懸念される。」

冒頭に、「植物新品種は農業の生産性の向上や消費者の多様な嗜好に応えることで、農業者の収益の増大をもたらす」と書かれているが、これは正確ではない。経済学では、新しい品種や技術は、消費者の利益を増大させ、農業者の収入を減少させるとされている。(農家は個性的でないと生き残れない-新しい技術は農家の収入を減らす)

話をもどす。改正の理由としてあげられているのは、①品種の海外流出の防止、②国内での育成者の権利侵害の防止、③品種開発における国際競争力の強化である。

これらの法改正の背景には、市場の開放がある。2015年に、TPPが大筋合意し、翌2016年に署名された。2017年に米国が離脱したために、2018年に残りの11か国で署名、発効した。TPPを主導した日本の世界市場戦略からすれば、種苗法の改正は当然の施策といえる。

いっぽう、反対意見で代表的なのは、遺伝資源は人類の共有財産ということだ。歴史的にみれば、現在の栽培種は、人類が1万年以上かけて生み出してきたものであり、人類の共有財産であることはあきらかだ。共有財産である遺伝資源を、特定の個人や集団が私的に所有することは、制限されるべきと主張している。

しかし、「利益」の本質はエネルギーであり、完全競争市場の一般均衡では、ライバル(自分のコピー)との闘争に勝たないとエネルギーを獲得できない。周囲にたくさんいるライバル(自分のコピー)に勝つには、差異化しなければならないので、利益を得ることができるのは差異化した遺伝資源(新品種)ということになる。

このため、差異化した遺伝資源(新品種=変異した情報)を得ようとして、多くのエネルギーを投入する。エネルギーの投資と回収には、時間的なずれが生じるので、知財権(法と暴力)を確立する必要が生じる。

人間は、超協力タカ派戦略であり、集団内では個人同士が協力して、他のライバル集団と闘争する。しかし、資源(エネルギー)が豊富にあるときは集団間戦闘を避けたほうがが有利なので、ポトラッチによって、集団間の全面戦争を抑止している。(ヒトの超協力タカ派戦略とポトラッチ)

遺伝資源の開発能力が高い先進国は、知財権を強化したほうが有利であり、開発能力の低い国は、知財権を強化しないほうが有利である。いっぽう、人類全体の利益を優先するならば、ポトラッチによって、個人や集団の知財権を適度に調整したほうが有利である。

現在の世界では、エネルギー需給が逼迫しているわけではない。しかし、知財権の強化を求める人々のほうが優勢ということは、未来のエネルギー需給が不安定であると予測している人が多数派であることを示している。

ただし、遺伝資源というのは、遺伝情報であり、情報は簡単に複製(コピー)できる。種苗メーカーが知財を所有しているGM作物は、アメリカやカナダでは自家採種が厳しく禁止されているが、インド、パキスタン、南米の各国では、自家採種したGM作物が広く栽培されている。(*3)

たとえば、インターネットで情報が世界中に拡散してしまえば、もはや誰もコントロールすることはできない。ましてや農作物は、コンピュータやインターネットがない貧しい農民であっても、簡単にコピー(自家採種、自家増殖)できる。育成者やメーカーが、アジア、アフリカ、南米の貧しい農民たちが栽培している作物の遺伝情報を調べ上げ、農民に対して裁判をおこし、裁判に勝訴してパテント料を回収することは不可能であろう。

また、競争の自由化は、強者の1人勝ちをもたらし、寡占化や品種の単一化につながるという批判がある。1960年代の「緑の革命」のときや、GM作物が登場したときのように、技術革新によって一般均衡が崩れているときは、一時的にはそのようなことがおきる可能性はある。

しかし、先述したように、完全競争市場の一般均衡では、個々の経営体の利益はゼロになる。経営体同士(自分のコピー同士)が激しく競争するので、利益がゼロになるまで価格が下がるからだ。商品が均一化した瞬間に、差異化の運動がはじまって、多様化に向かう。

文献
*1)農林水産省. (2015). 農林水産省知的財産戦略2020.
*2)農林水産省. (2019). 優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会 開催要領.
*3)白井洋一. (2010). GMO情報:不正種子利用に潜む抵抗性発達の危険性. 農業と環境 No.120.
*4)UPOV:https://www.upov.int/portal/index.html.en

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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