ポトラッチと家畜化 Potratch and domestication

レヴァントでのヤギ、ヒツジ、ウシの家畜化(遺伝的変異)は、PPNB期にトルコ南東部でおきたことがわかっている。これらの動物は、イヌとは異なり、「意識的」に飼育がはじまったことはあきらかだ。ただし、飼育=家畜化(遺伝的変異)ではない。野生の動物が遺伝的に変異して家畜になるには、「無意識」の選択と繁殖がおこなわれなければならない。


チャヨヌ遺跡の各層から出土する動物の種構成とその相対的な割合(*1)(*2)


チャヨヌ遺跡から出土したウシ(左)とアカシカ(右)のサイズの変遷(*1)(*2)

しかし、どうしてこれほど古い時代に、大型の草食動物を飼育するという、やっかいでめんどうなことをはじめたのであろうか。

草食動物は草原や森で勝手に植物を食べて生きているのだから、必要なときにそれを捕獲するのがもっとも合理的だ。世界中の狩猟民や漁撈民たちは、無秩序に動物を捕獲しているわけではなく、狩りや漁ができる場所(テリトリー)が、厳格に定められている。つまり、たとえ野生の動物であっても、集団の所有権(資源獲得権)が確定している。また、産卵期や繁殖期に捕獲しない、必要以上に捕獲しない、幼体は捕獲しない、若いメスを捕獲しないなど、猟期、捕獲量、捕獲対象などについて、細かい制限や規範があり、野生の動物の繁殖を管理している。

レヴァントでも、古い時代から動物の管理がおこなわれていたことは、遺伝学や考古学の調査からうかがえる。キプロス島では、12,000年前から、イノシシ、ムフロン、ベゾアール、オーロックス、ダマジカ、アカシカ、キツネなどの大型の動物が運びこまれていた。(*3)

また、家畜ヤギは、ハプロAとCがトルコ南東部で家畜化されたが、ハプロCは、もともとは南部ザクロスまたはイラン高原に生息していたベゾアールの系統であり、これがトルコ南東部に移されたあとに家畜化されたと考えられる。(家畜ヤギの起源)

家畜ヒツジも、ハプロタイプがクラスターⅠ(トルコ南東部)とクラスターⅡ(イラン高原)の2つの系統に分けられ、地理的に異なる2つの母系が存在する。また、現在のキプロスムフロンは、イラン高原などに生息していたムフロンの系統であった。(ヒツジの起源)

キプロス、ヤギ、ヒツジなどの例から、12,000年前のレヴァントでは、野生の動物を長距離に移動させる何らかの社会システムを有していたと思われる。そして、レヴァントの12,000年前は、ギョベクリ・テペの建設がはじまった時期と一致する。さらに、PPNB後期の家畜化は、ギョベクリ・テペの放棄と同時期だ。

これらのことから、ベゾアール(野生ヤギ)やムフロン(野生ヒツジ)は、ポトラッチにおける相互贈与の財のひとつであったと考えられる。バンド内で食料を相互贈与するばあいは、捕獲した動物をすぐに分配できる。しかし、他の部族に贈与するばあいは、干し肉などの保存食料にしないかぎりは贈与することはできない。しかし、ヤギやヒツジを生きたまま捕獲して、生きたまま運べば、腐敗せずに価値が維持されるので、財として贈与することができる。ただ、大型の動物を生きたまま捕獲して運ぶのはかなりやっかいである。そこで、仔畜または若い個体を捕獲し、しばらく飼育してから運んだと思われる。ただし、仔畜を飼育するだけでは、家畜化(遺伝的変異)はおこらない。

動物の家畜化において、もうひとつ重要なことは、乳の利用である。地中海地域で飼育されているヒツジとヤギの群れは、ほとんどがメスである。オスは、若いうちに屠殺される。現代でも、ヒツジの肉の多くが、ラムとして消費される。ラムは、生後1年未満のオスの仔羊で、永久歯が生えていない。メスは仔を産ませるためにそのまま育てられ、1年を超えたときに妊娠しなかったメスがホゲットとして消費される。ホゲットは、1歳以上2歳未満のメスだ。マトンは、経産のメスで、2歳以上で4歳ごろまでに消費される。

BC2600年のウルのスタンダードでは、牡牛やヒツジの群れの先頭にヤギが描かれている。


ウルのスタンダード、牡牛、山羊、羊(BC2600)

西アジア、中央アジア、南アジア、ヨーロッパ、モンゴル、ツインドラ地帯、東アフリカなど、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の牧畜民は、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ラクダ、トナカイなどの家畜の乳を利用する。アラブ系牧畜民バッガーラでは、次のように群れの管理がおこなわれているという。

「小頭数の牡畜のみを残し,群の大部分を牝畜で構成させている.牝畜の妊娠・出産・泌乳には選ばれし少数の牡畜のみで要を成すことから,多くの牡畜は生後間もなく間引かれることとなる.30頭の牝畜に1頭の牡畜を交尾のために留める程度である.牝畜は,乳の出が悪くなると,物々交換などに出されたりして,随時更新されていく.ここに,より多くの乳を搾るために,牧畜民による家畜の育種・選択がおこなわれていることが理解される.また,家畜から乳を搾るためには,母仔を分離し,別々の群にして放牧し,母畜の乳が減らないように仔畜への哺乳を制御する必要がある.仔畜に口かせを付けたり,母畜に胸当てを付けたりすることもある.また,本来は自らの仔のみに許容するはずの哺乳を他種動物(ヒト)が搾乳できるようになるためには,仔畜を利用した催乳など,乳を横取りするだけの技術が必要となる.更に,搾乳は群を身近に留めるためのコントロールにも利用されている.搾乳のためには,母仔分離をする.母仔は,匂いと鳴声で互いを認識し合っている.この契られた母仔関係により,母仔を別々の群に分離しても,母畜は仔畜のことが気になり,遠くに行こうとはしない.つまり,搾乳のために母仔を分離し,仔畜群を宿営地の近くに留めておけば,母畜群の集団も結果的に宿営地の近くに留まることになる.」(平田, 2011)(*5)

一方、モンゴルの遊牧民では、飼育している家畜の群れのメスの割合は50%以下で、オスは去勢されて飼育される。

「春営地では,新生仔や母畜の一部がそれ以外の個体と区別して管理される.仔ウシは,生後数日間は寒さとカラスやオオカミの襲撃から守るため,そして母をキャンプに連れ戻すためのおとりとして,また人間が搾乳するために勝手に哺乳させないように,放牧には出されず囲いの中にとどめおかれる.仔ヤギは,寒さに弱く,自由に哨乳させると飲み過ぎて下痢し,また母を見失って迷子になりやすく,母ヤギの方も仔を取り違えて母子ペアの組み合わせに齟齬が生じやすいなどの理由で,ゲルや囲いの中で数週間育てられる.仔ヒツジにはそのような問題がないとして母と一緒に放牧に出される.だが仔ヒツジと出産前後の母ヒツジだけは,それ以外のヒツジ・ヤギ群とは分けられ,キャンプからより近い場所で放牧される.仔ウマは,キャンプから遠く離れた場所で生まれて母やほかの群れメンバーとともに行動する.牧民は春にはウマを数日間にわたってキャンプに連れ戻さないで自由に遊動させるため,仔ウマの誕生に気づかないことも多い.夏営地では,仔ウシと仔ヒツジ・仔ヤギがキャンプ周辺で草を食べはじめるようになる頃にヒツジ・ヤギの搾乳も始まり,仔はキャンプ周辺で,母は離れた場所で放牧される.その後ウマも搾乳期に入り,毎朝キャンプに連れ戻されるようになる.朝,仔ウマは1頭ずつキャンプ内の仔ウマつなぎにつながれ,噛乳できない状態で1日中過ごす.仔ウマがつながれていると,母をはじめ,1頭の種オスによって統率された群れの大部分がキャンプ周辺にとどまる.秋営地に移ると一般にウマとヒツジ・ヤギは搾乳しなくなるため,仔を母の群れに入れて一緒に放牧する.ウシは通年搾乳するため秋以降も仔と母を分けて放牧する.9月初旬には,ヒツジ・ヤギの早すぎる妊娠を防ぐためにヒツジ・ヤギの種オスの管理を外部に委託する.10~11月頃,ヒツジ・ヤギの種オスが群れの中に放たれ,冬営地ではヒツジ・ヤギの全個体が一群として放牧される.以上をまとめると,ハイルハンでは一般的に,年間をとおして家畜を4つ以上の放牧群に分け,別々の場所で放牧している.このように放牧群を分ける理由は次の5つである.(1)1日に移動できる距離や放牧中の移動速度の異なる個体は一緒に放牧できない.(2)新生仔を保護する.(3)仔をおとりとして母を含む群れ全体をキャンプに繋ぎとめる.(4)搾乳量を確保するために,仔畜が自由に哺乳できないようにする.(5)ヒツジ・ヤギについては出産時期を限定するため,性成熟に達したオスとメスを一定期間遠ざけておくことによって交尾を管理する.」(風戸, 2006)(*6)

「牧民は,新しく生まれてくる仔と母との組み合わせをひとつももらさず認知し,成長後も母系の系譜上に位置づけてよく覚えている。ハルザイ(27歳,男性)に,彼の所有する羊・山羊の系譜関係を写真付きの個体カードをもとにたずねたところ,全個体の母子関係を教えてくれた。男性は群れの通年的な母子関係の総合的な知識では女性をしのぐ。しかし,新生仔の母子関係については女性の記憶に頼ることがある。・・・冬の大切な仕事として、家畜の種付けの調整がある。種オスはいつも慎重に選ばれている。選ばれなかったワカオスは去勢される。」(風戸,1999)(*7)

話がそれるが、この「オスを去勢して群れに残す」という群れ管理の方法が、モンゴル帝国の武力と多民族支配の背景にあるのではないだろうか。モンゴルの兵士は全員騎馬で、何頭もの替え馬を連れて長大な距離を行軍した。また、従わない異民族に対しては残忍であったが、帰順する異民族の支配者を殺さず登用した。

家畜の管理と搾乳に仔畜が利用されていたことは、ウバイト期やウルク期の印章からもうかがえる。


Ubaid temple inlaid frieze: cow pen with lunar crescent (Delougaz 1968)


Cylinder seal depicting cows emerging from the cow pen (Delougaz 1968)


Cylinder seal and impression: cattle herd at the cowshed. White limestone, Mesopotamia, Uruk Period (4100 BC–3000 BC).

考古学の調査では、2007年の報告がある。西アジアの新石器時代の遺跡から出土した動物骨を分析し、生後2か月以内のオス(ラム)の割合や、2~4歳のメス(マトン)の割合から、乳利用について調べている。西アジアの新石器時代の遺跡では、ヒツジとヤギの肉利用だけをおこなっていた遺跡はほとんどなく、多くが肉と乳の両方を利用していた。乳利用がおこなわれていたと思われるもっとも古い遺跡は、BC8000年紀前半とBC7000年紀の例があり、西アジアではPPNB中期にはすでに乳利用がおこなわれていたと考えられている。すなわち、ヤギとヒツジを飼育するようになってから、それほど間を置かずに、乳利用がはじまったという。(*8)


TABLE 3. – Frequencies of the main types of harvest profiles of sheep and goats which have been examined in this paper for Near Eastern and Mediterranean Early Neolithic periods. (*8)

直接的な乳利用の証拠としては、2008年の報告がある。西アジアのBC7000年紀の遺跡から出土した土器から乳の脂肪酸が検出されており、とくにトルコ北西部の遺跡に顕著だったという。(*9)


Figure 1, Map showing the locations of sites providing pottery for organicresidue analysis. (*9)

Table 1 Details of sites, dates, sherds, and lipids and their concentrations. (*9)

仔畜をおとりにして動物の群れを管理し、乳を利用したのが牧畜のはじまりであると指摘したのは、梅棹忠夫だ。

「草原の有蹄類のむれを手にいれて、その乳をしぼれるようになった鍵がございます。その鍵はなにかといいますと、家畜の子どもなのです。これを人質にとってしまう。・・・乳しぼりと去勢の二つの技術を前提として、牧畜という生活様式が完成したとわたしはかんがえる」(『狩猟と遊牧の世界』)(*10)

しかし、このような見方は、「乳を利用する」あるいは「牧畜する」という目的が先にあって、その目的を実現する手段として、「仔畜を人質にする」ということであろう。これは、「栽培」という目的が先にあって、野生植物を栽培する過程で栽培植物が生まれた、あるいは、アリはアブラムシを牧畜するという目的が先にあって、野生アブラムシを牧畜する過程で家畜アブラムシが生まれたという論理と同じだ。

そもそも、動物を飼育するのは、動物を食料として利用するためであり、動物を食料にするには、アボリジニ、サン族、漁撈民たちのように、管理狩猟をおこなうのがもっとも効率がよい。管理狩猟でもっとも重要なのは、テリトリー(資源獲得権)を獲得することである。

やっかいでめんどうな動物飼育をはじめたのには、理由が存在するはずで、その理由は、ポトラッチにおける財の贈与と思われる。ポトラッチにおける財の相互贈与は、ライバル部族同士の戦闘を抑止し、部族の資源獲得権を確保するためだ。ポトラッチによって資源獲得権を獲得するために、ベゾアールやムフロンの仔畜を飼育するようになったと考えられる。

仔畜を飼育するなかで、結果的にベゾアールやムフロンの群れを自分たちのテリトリー内にとどめておくことが可能になり、さらに、乳を利用できるようになった。肉と乳を効率よく利用するには、人に慣れず、乳の生産量が低い個体は殺して肉として利用する。逆に、人に慣れて乳がよく出る個体は選択されて繁殖するので、家畜化がすすんだと考えられる。

PPNB期の終わりにギョベクリ・テペが放棄されたのは、ヒツジ、ヤギ、ウシなどの家畜化によって草食動物の所有権が確立し、動物の捕獲権をめぐる調停の場としてのポトラッチが廃れたからであろう。ポトラッチのために家畜化がはじまったが、家畜化がはじまったことで動物の所有権が確立し、ポトラッチの必要性が弱くなった。

文献
*1)本郷一美. (2002) 狩猟採集から食料生産への緩やかな移行 : 南東アナトリアにおける家畜化. 国立民族学博物館調査報告 33 109-158.
*2)本郷一美. (2008) ドメスティケーションの考古学. 総研大ジャーナル 13 30-35.
*3)Jean-Denis Vigne, Antoine Zazzo, Jean-François Saliège, François Poplin, Jean Guilaine, and Alan Simmons. (2009) Pre-Neolithic wild boar management and introduction to Cyprus more than 11,400 years ago. PNAS September 22, 2009. 106 (38) 16135-16138.
*4)三宅 裕. 西アジア型農耕と家畜の乳利用. ユーラシア乾燥地域の農耕民と牧畜民, 六一書房, 2013.
*5)平田昌弘. 牧畜の本質と特徴―生業構造の民族学的視点から. ユーラシア乾燥地域の農耕民と牧畜民, 六一書房, 2013.
*6)風戸真理. (2006) 遊牧民の離合集散と世話のやける家畜たち:モンゴル国アルハンガイ県におけるヒツジ・ヤギの日帰り放牧をめぐる労働の組織化と群れ管理. Asian and African Area Studies, 6 (1): 1-43.
*7)風戸真理. 遊牧民と自然と家畜-遊動と家畜管理. モンゴルの家族とコミュニティ開発, 日本経済評論社, 1999 p21-50.
*8)Vigne, J-D. and D. Helmer. (2007) Was Milk a ‘Secondary Product’ in the Old World Neolithization Process? Its Role in the Domestication of Cattle, Sheep and Goats. Anthropozoologica 42: 9-40.
*9)Evershed, R., Payne, S., Sherratt, A. et al. (2008) Earliest Date for Milk Use in the Near East and Southeastern Europe linked to Cattle Herding. Nature 455: 528-531.
*10)梅棹忠夫. (1976) 狩猟と遊牧の世界. 講談社.

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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