ギョベクリ・テペとポトラッチ Göbekli Tepe and Potratch

人類がもっとも早くに建設した大型建造物とされているのは、ギョベクリ・テペ(Göbekli Tepe)である。ギョベクリ・テペは、トルコ南東部のカラジャ山の100キロほど西に位置する。一般には、PPNA(Pre-Pottery Neolithic A)期の遺跡とされており、初期の遺構はBC9130~8800の年代と考えられている。

Lab-Number       Context               cal BCE
Ua-19561            enclosure C         7560~7370
Ua-19562            enclosure B         8280~7970
Hd-20025            Layer III              9110~8620
Hd-20036            Layer III              9130~8800

遺跡は、20もの円形遺構からなり、200本以上の石灰岩の柱などで建造されている。最大の石柱は、長さ6メートル、重さ10トンにもなる。(*1)


Göbekli Tepe. Schematic plan of excavated structures.(Deutsches Archäologisches Institut, Berlin)(*1)


Göbekli Tepe(Author:Teomancimit)


Fox(Author:Zhengan)


Aurochs, fox and crane(Author:Teomancimit)


Gobeklitepe animal sculpture

T字型の柱には、ヘビ、キツネ、イノシシ、ツル、オーロックス、野生ヒツジ、ロバ、ガゼル、ヒョウ、ライオン、ヒグマ、ハゲタカ、クモ、サソリ、図象などのレリーフが彫られている。


* Sometimes a larger number of snakes (> 5) has been depicted in close association. This strong coherence suggests that we are dealing with a unity. For statistical reasons, we decided to count such associations only once, but added the real number of individuals depicted in brackets.
** Including the net-like object (snakes ?) and the three bucrania.(*1)

遺跡では、住居は見つかっていないが、シカ、ガゼル、イノシシ、カモなどの動物の骨が多数出土している。骨には人為的に解体された痕跡があり、集会のために用意された食べ物の廃棄物と考えられている。

発掘者のクラウス・シュミットは、ギョベクリ・テペは石器時代の宗教施設と考えていた。死者崇拝あるいは祖先崇拝の中心的な場所であり、石柱に刻まれた動物は死者を守るためという。しかし、遺跡からは、墓は見つかっていない。また、PPN期の遺跡でよく見られる女性の像も見つかっていない。(*1)

なお、T字型の石柱は、Nevalı Çori、Hamzan Tepe、Karahan Tepe、Harbetsuvan Tepesi、Sefer Tepe、TaslıTepeなど、周辺の遺跡からも出土している。(*2)


Nevalı Çoriの石柱(Hauptmann, 1999)(*3)

ギョベクリ・テペはPPNB期のあとのBC8000年ころに放棄され、建造物は埋められた。なぜ埋められたのかはわかっていない。

一般に、欧米の研究者たちは、ギョベクリ・テペを宗教施設と考え、宗教の起源をここに求める傾向が強いようである。ギョベクリ・テペに見られる当時の人々の行為が、その後の世界の神話や宗教につながっていることは確かであろう。しかし、当時の人々の行為を、「宗教行為」と見るのは、早計であろう。


Fertile crescent Neolithic B circa 7500 BC (Author:Bjoertvedt)

前に、ポトラッチは、北米海岸やポリネシアなどの漁猟部族の社会で発達したシステムではないかと述べた(ポトラッチ:漁撈部族間の相互贈与)。これらの漁撈部族の特徴は、狩猟民でありかつ貯蔵社会であるということだ。また、漁撈の場が海であるために、テリトリーの境界がはっきりしていない。利用資源の捕獲権が確定していないために、資源をめぐって紛争が生じやすい。

モースは、ポトラッチを以下のように定義している。

「第一に、相互に交換や契約の義務を課すのは、個人ではなく集団である。契約の当事者は、氏族、部族、家族などの法的組織である。彼らは、特定の場所で直接に顔を合わせたり、あるいはその首長を介したり、あるいは同時に両方の方法で対峙する。彼らが交換するものは、財産や不動産など、経済的に有用なものだけではない。この交流は、宴会、儀式、兵役、女性、子供、舞踊、祭事、見本市であり、経済的取引は要素の一つにすぎない。財を渡すことは、永続的な契約の一部にすぎない。最後に、これらの供与と返礼は、贈り物として自発的な行為にまかされているが、突き詰めると、私的あるいは公的な戦闘の上に、厳格に義務づけられている。われわれは、これを全体的な供与のシステムと呼ぶことを提案する。」(*4)

さらに、ポトラッチにおける三つの義務をあげている。

・贈る義務:贈与や歓待は、同族以外の人々に与えなければ意味がない
・受け取る義務:贈り物やポトラッチを拒否することはできない。贈与や歓待を拒否することは、返礼を渋っているとみなされる
・返礼の義務:贈与に対する返礼の義務は強制的である。返礼をしない者は面子を失う

人間の超協力タカ派戦略から見れば、ポトラッチは、部族間の紛争を抑止するための契約であると同時に、部族の戦力を信号化(Signalling)して誇示する行為であろう。集団同士の戦闘では、全面戦闘になれば、紛争が長期化して双方に大きな損害がでる。貯蔵によって食料供給が安定しているときは、食料をめぐって殺しあうよりも、戦闘を避けたほうが有利になる。(パン属、ホモ属、ヒトの進化的な安定)(武器と資源獲得の不確実性

自然界では、同種の個体間で、戦力の信号化の例が多くみられる。オスの威嚇、示威、顕示などの行動や形質の変化がおきる。

ゴリラのドラミング
ゾウアザラシの鼻
ライオンのオスのたてがみ
マントヒヒのマント
マンドリルの鼻筋
ニワトリの鶏冠

これらは、じっさいの戦闘では役に立たないが、無駄な小競り合いを少なくしたり、全面戦闘を避けたりして、共倒れを抑止する効果がある。

(話がそれるが、キリンの首が長くなったのは、高いところの葉を食べたからではなく、オス同士が首で闘ったからであろう)

ギョベクリ・テペが、カラジャ山の近くに存在するのは、単なる偶然ではあるまい。カラジャ山の周辺は、コムギ、マメ類などが最初に栽培化され、テリトリー貯蔵段階から、農耕段階への転換がおきた場所だ。(栽培コムギの起源

つまり、PPNA期のカラジャ山の周辺では、狩猟と貯蔵の両方の生活様式が存在していた。さらに、ウシ、シカなどの大型草食動物は、草を求めて季節的に大移動するので、大型動物の捕獲権が確定しない。すなわち、ポトラッチが成立する条件がある。

巨大な石柱は、大勢の人間と強固な組織が存在しなければ建造することは不可能である。巨大な石柱を競いあうように繰り返し立てたのは、部族の生産力と武力の大きさを誇示するためであろう。石が巨大なほど、その部族の戦闘力が大きいことを意味するので、部族間の紛争や交渉において有利になる。

すなわち、石に刻まれた動物や図像は、氏族(シ、clan)もしくは部族(tribe)をあらわしていると思われる。このような、柱に建造者の氏名を入れて力を誇示する行為は、現在でも神社の玉垣などでよく見られる。


和貴宮神社(京都府宮津市)の玉垣には、北前船の往来などによって西日本一帯から参詣した豪商らの名が残る(Author:漱石の猫)

文献
*1)Joris PETERS, Klaus SCHMIDT. (2004) Animals in the symbolic world of Pre-Pottery Neolithic Göbekli Tepe, south-eastern Turkey:a preliminary assessment. Anthropozoologica 39(1)
*2)Bahattin Çelik. ŞANLIURFA BÖLGESİNDE “T” ŞEKLİNDE DİKMETAŞ BULUNAN YERLEŞİMLERİN FARKLILIK VE BENZERLİKLERİ. June 2014
*3)Hauptmann, H., Frühneolithische Steingebäude in Südwestasien. In: Karl W. Beinhauer et al., Studien zur Megalithik: Forschungsstand und ethnoarchäologische Perspektiven / The megalithic phenomenon: recent research and ethnoarchaeological approaches, Beiträge zur Ur- und Frühgeschichte Mitteleuropas 21, (Mannheim 1999).
*4)Marcel Mauss, The Gift, 1925(贈与論)

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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