レヴァントの先土器新石器時代 Pre-Pottery Neolithic in the Levant

新石器革命という理論を提唱したのは、ゴードン・チャイルドであるが、当時は農耕文化の発祥地は、メソポタミアやエジプトと考えられていた。しかし、チグリス・ユーフラテス川の下流域や、ナイル川流域は、雨がほとんど降らない砂漠地帯であり、農耕の方法は、大規模灌漑農業である。「灌漑」というのは、水をよそから運んできて農地に供給するということだ。河川から砂漠の農地に水を引くには、大がかりな土木工事が必要であり、狩猟採集民であった初期の農耕民が、植物や動物がいない砂漠で農耕をはじめたとは考えられない。西アジアのどこかで「農業革命」がおきたとすれば、それは野生ムギ、野生ヤギ、野生ヒツジなどが、生息している場所でなければならない。

農耕の起源地を探して、チグリス・ユーフラテス川の上流域の調査をおこなったのは、アメリカの考古学者のブレイドウッド(Robert J. Braidwood, 1907-2003)らである。ブレイドウッドは、1948年から、野生のムギが自生し、天水農業が可能なイラク北部のジャルモ、カリム・シャヒル、マラッタなどの遺跡を調査した。

ジャルモ(Jarmo)は、チグリス川上流域に位置する、BC. 7000~5000年の新石器時代の集落跡である。ジャルモでは、オオムギやコムギが栽培されており、石鎌、石臼、かまど、石の碗などが出土している。ヤギ、ヒツジ、ブタ、イヌを飼育し、大量のカタツムリを食料にしていた。

建物は土壁によって長方形に仕切られており、20戸ほどの住居があった。集落の人口は150人ほどと考えられている。初期には土器が製作されておらず、土器があらわれるのは、最後の3分の1の期間である。ジャルモの細石器の多くは黒曜石であるが、黒曜石の産地は、いちばん近いところでも480km北である。すなわち、当時の社会では、バンドあるいは部族同士が、広い範囲で「交易」をおこなっていたと思われる。(*1)


ジャルモの住居跡(Author:Emrad284)


ジャルモの出土品(Braidwood,1967)

レヴァントの新石器時代初期の指標は、イギリスの考古学者のケニヨン(Kathleen Kenyon, 1906-1978)らによる、イェリコの調査報告書に準じている。ケニヨンらは、1952~58年に、イェリコ郊外のテル・エッ・スルタン(Tell es-Sultan)で、新石器時代初期の集落跡を発掘した。

イェリコ(Jericho)は、死海にそそぐヨルダン川河口の近くにある町で、1万年以上も前から人が住みつづけてきたことで知られる。旧約聖書にもたびたび登場し、“the city of palm trees”(ナツメヤシの町)と呼ばれ、ヨシュア記では、イェリコでの戦いの様子が描かれている。新約聖書の福音書では、キリストがイェリコを訪れたときに、盲人バルティマイの目を見えるようしたと伝えられる。イェリコの南方のクムラン洞窟では、最古の聖書の写本である死海文書が発見されている。ユダヤ教徒やキリスト教徒にとっては、イェリコは、歴史的にきわめて重要な町である。

海抜マイナス240mの乾燥地帯にあるイェリコに、古代から人が住みつづけてこられたのは、スルタンの泉と呼ばれる湧水によって、オアシス農業が可能であったからだ。


Tell es-sultan

西アジアでは、新石器時代になっても、すぐに土器があらわれなかったので、ケニヨンは、土器があらわれる前の期間を先土器新石器時代(Pre-Pottery Neolithic)=PPN期と名付けた。PPN期は、PPNA(Pre-Pottery Neolithic A)とPPNB(Pre-Pottery Neolithic B)の2期にわけられ、栽培型のイネ科植物やマメ科植物があらわれるのは、PPNB期になってからである。PPN期の文化の特徴として、次のことがあげられている。

・集落の大規模化。PPNA期で3ha、PPNB期では16haの集落もある
・日干しレンガ、石灰プラスターを使用する。方形家屋が登場する
・石柱やシンボルの建造
・人の頭蓋骨を祭る
・磨製石斧、尖頭器、錐などの石器
・フリント製の鎌

イェリコのPPNA期は、BC. 9500~8500年ごろであり、PPNB期は、BC. 8500~7000年ころと推定されている。テル・エッ・スルタンでは、その後に集落が放棄され、無人になった。なお、中央レヴァントでは、PPNB期のあとに集落が衰退する期間があり、その期間はPPNC期と呼ばれている。


Volume of SGG and wild cereal species occurring in southwest Asian archaeological sites from the UP to the Late PPNB. Average cal B.P. dates were calculated by using the available dates for each site and do not reflect the total time span of occupation. Volume was calculated by using figures by Kislev and colleagues (48-50). PPNA, Prepottery Neolithic A. (Ehud Weiss, et al. 2004)


Map of PPNA sites in the Near East (Goring-Morris, A., et al. 2014)


Map of PPNB sites in the Near East (Goring-Morris, A., et al. 2014)

ブレイドウッドは、1964年に、トルコ南東部のチャヨヌ(Cayönü)遺跡を調査して、ジャルモよりも古い新石器時代の集落であることを確認した。チャヨヌ遺跡はトルコ南東部のカラジャ山(Karaca Dağ)の50kmほど北に位置する。チグリス川の上流地帯で、川のほとりに集落があった。BC. 9500~6500年の約3,000年間、継続して集落が存在していた。

チャヨヌには土器はなく、PPN期の集落跡である。コムギ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、イヌなどが出土し、500体以上の人骨が埋葬されていた。チャヨヌでは、規格化された住居が、間隔、方向などを同じくして、何度も建て替えられており、集落全体で、定期的に一斉に住居を立て替えたと考えられている。また、自然銅を加工した、銅製の装飾品やピンが多数出土した。


チャヨヌ(Cayönü)(川の北側)


Cayönü(Author:Krähenstein)


(本郷, 2002)

チャヨヌについては、2009年に本郷一美氏らが、動物骨の分析によって、トルコ南東部で、PPNB後期にヤギ、ヒツジ、ウシ、イノシシの家畜化が始まったと報告している。PPNB後期に、ヤギとヒツジの骨が、出土動物骨の大多数を占めるようになり、ヤギ、ヒツジ、ウシ、イノシシのサイズが小型化した。(2018.5.6ブログ)


チャヨヌ遺跡の各層から出土する動物の種構成とその相対的な割合(本郷, 2008)

レヴァントの新石器時代が、いつ、どこで、どのようにはじまったのかということは、難しい問題であり、結論がでているわけではない。2002年にイスラエルの考古学者のバル=ヨセフ(Ofer Bar-Yosef)らが、ヤンガードリアス期の寒冷化と乾燥化によって、ナトゥーフ時代の狩猟採集民が食料生産の必要性が生じ、農耕が開始されたという説を唱えた。ヤンガードリアスは、12,900~11,700年前(BP)に、北半球全体でおきた、急激な気温低下のことだ。この説は当初は大きな影響を与えたが、現在ではあまり支持されなくなっている。


Younger Dryas and Air Temperature Changes

文献
*1)ロバート・J. ブレイドウッド (1948) 先史時代の人類. 新潮社. 1969.
*2)Ehud Weiss, et al. (2004) The broad spectrum revisited: Evidence from plant remains. PNAS. 2004 Jun 29; 101(26): 9551–9555.
*3)Goring-Morris, A., et al. (2014). The Neolithic in Southern Levant: Yet another ‘unique’ phenomenon…. In La Transition Néolithique en Méditerranée, edited by C. Manen, T. Perrin & J. Guilaine, pp. 59-73.
*4)本郷一美 (2002) 狩猟採集から食料生産への緩やかな移行 : 南東アナトリアにおける家畜化. 国立民族学博物館調査報告33巻p109-158.
*5)本郷一美 (2008) ドメスティケーションの考古学. 総研大ジャーナル 13 30-35.
*6)Hongo, H., et al. (2009) The Process of Ungulate Domestication at Çayönü, Southeastern Turkey: A Multidisciplinary Approach focusing on Bos sp. and Cervus elaphus. Anthropozoologica 44(1): 63-78.

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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