漁撈部族の貯蔵食料 Stored food of fishing tribe

海岸部の縄文人、アイヌ、北アメリカ北西部海岸の先住民などの漁撈採集民は、平衡テリトリー・貯蔵段階であると述べた。漁撈部族の貯蔵食料は、どのようなものであろうか。

アイヌ、カムチャツカ、アラスカ、北アメリカ北西部海岸など、北太平洋の狩猟漁撈採集民の魚の保存法は多種多様だ。ここでは、長期にかつ大量に貯蔵できる、発酵、乾燥、燻煙乾燥、焼き干し、油脂について見てみる。

発酵

カムチャツカ半島やアラスカの漁撈採集民は、秋に捕獲したサケを地面の穴に入れて、発酵させて保存していた。食料が乏しい冬期に、発酵貯蔵したサケをイヌに与え、人間の食料にもした。アイヌについては、魚を発酵させる保存食があったかどうか、わからない。温度が高いところでは、魚の発酵保存はむずかしいのかもしれない。

乾燥

アイヌやカムチャツカの漁撈部族のもっとも重要な貯蔵食料は、乾燥サケだ。かつて、アイヌは、産卵を終えたシロザケ(ホッチャレ)を開いて干し棚に吊るし、よく乾燥させて貯蔵食料にしていた。シロザケのホチャレは、脂肪分がきわめて少なく、そのまま食べてもおいしくないが、脂肪が少ないために、貯蔵性がきわめてよい。干したサケのことをアイヌ語で「アタッ」という。アタッを食べるときは、叩いて身をほぐし、水でもどして軟らかくして、シカやマスの油をつけて食べた。(*1)


北海道アイヌの家族と倉(鳥居龍蔵)


イタオマチプ(板綴船)(蝦夷嶋図説)

干し棚によるサケの乾燥は、北太平洋沿岸の多くの地域でおこなわれていた。カムチャツカ半島のコリヤークなどの漁撈部族も、乾燥サケをつくって貯蔵する。カムチャツカでは、サケの捕獲期に雨が多いため、高床式の住居や貯蔵庫の下も乾燥場として利用した。


カムチャツカの漁撈部族(Описание земли Камчатки. 1755)

上の絵は、クラシェニンニコフ(1711-1755)が、1755年に著した『カムチャツカ誌』(Описание земли Камчатки)に掲載されている。クラシェニンニコフ(Крашенинников, Степан Петрович)は、ロシアの民族学者、地理学者で、1733~1743年に、ベーリング(1681-1741)のカムチャツカ探検に加わった。(*5)

北アメリカ北西部海岸のクワキウトル族も、脂肪が少ない産卵後のシロザケを乾燥して、貯蔵食料としていた。干したサケを食べるときは、焼いてオイルをつけたり、煮て軟らかくしてオイルをつけたりして食べる。乾燥サケの貯蔵によって、サケが獲れない時期でも、通年でサケを食べることができたという。(*7)


The Kwakiutl of Vancouver Island by Franz Boas, 1905


Kwakiutl performers in ceremonial dance attire, 1914


Showing of masks at Kwakwaka’wakw potlatch


Kwakiutl in canoes, 1914


Kwakiutl man wearing traditional regalia, 1914


サケの乾燥法、クワキウトル族(Boas, 1921)

魚を保存するには、細菌やカビによる腐敗もあるが、それ以上にむずかしいのは、脂質の酸化だ。脂質に含まれるリノール酸などの多価不飽和脂肪酸は、構造的に酸化されやすい。空気中の酸素に触れて酸化がすすむと、種々の脂質酸化生成物が生じる。脂質酸化生成物には、いやな味や刺激臭だけでなく、毒性の強い化合物が含まれる。

魚の生臭いにおいは、おもにアミン化合物によるといわれている。魚の死後に細菌などの微生物が増殖し、体内に存在するトリメチルアミンオキシドが分解されて、トリメチルアミンが生じる。このトリメチルアミンが、生臭いにおいのもととされてきた。しかし、近年の研究では、魚臭は、トリメチルアミンよりも、脂質酸化生成物のカルボニル化合物などが大きく影響していると報告されている。(*8)

燻煙乾燥

一方、ベニザケやカラフトマスは、産卵を終えた老魚であっても脂肪が多く含まれる。このような脂質が多い魚をそのまま乾燥させても、脂質の酸化を防ぐことができない。サハリンアイヌ、アムール流域、アラスカ、北アメリカ北西部海岸の漁撈部族は、脂質を多く含む魚を燻煙乾燥して保存してきた。燻煙は、専用の小屋などを利用しておこなわれる。ただし、燻煙乾燥による保存法がいつごろ始まったのかはよくわからない。

燻煙の作用としては、熱による乾燥促進とともに、燃焼によって生じる煙の化合物の効果がある。煙には、ホルムアルデヒド、フェノール性化合物、酸類など多くの化合物が含まれる。一般には、これらの化合物の抗菌作用によって、食材の保存性が高まるといわれている。また、燻煙によってスモークカラーと呼ばれる、光沢のある褐色の被膜が表面を覆う。これは、煙のアルデヒド類、フェノール類と食品の成分が反応して、樹脂膜を形成するためらしい。樹脂膜は不透水性で、微生物が食品内部への侵入することを防ぐとされる。

しかし、魚の食品としての劣化は、微生物のみならず、脂質の酸化に大きく左右されるのだから、燻煙の樹脂膜で空気中の酸素を遮断し、脂質の酸化を抑制することが、燻煙の保存効果と考えられる。

縄文人や擦文人が、サケをどのように保存していたのかは、よくわからない。ただ、関東や九州の縄文時代の遺構からは、連結土坑あるいは煙道付炉穴と呼ばれる施設が数多く見つかっている。煙道付炉穴は、二つの穴が地下のトンネルでつながった形をしている。土坑内の土からは、シカやイノシシに似た脂肪酸が検出されており、燻煙乾燥がおこなわれていたと考えられている。


煙道付炉穴、掃除山遺跡、縄文時代草創期(鹿児島市埋蔵文化財発掘調査報告書)

縄文時代草創期の掃除山遺跡からは、竪穴住居跡2棟、煙道付炉穴、調理用の炉、多数の隆帯文土器、石皿、磨石、石鏃、石斧、石核、楔形石器、剥片石器など2,000点あまりが出土している。この縄文遺跡は、鹿児島市の約11,500年前の厚い薩摩火山灰層の下から発見された。遺構の規模は小さく、本格的な定住集落は形成されていなかったとされる。(*9)

発見されている日本列島最古の定住集落は、1986年に国分市(現・霧島市)で見つかった上野原遺跡だ。上野原遺跡は、9層からなり、最下層の9,500年前の遺跡から、竪穴式住居52棟、石蒸し料理施設の集石39基、煙道付炉穴19基、道の跡2条が確認された。(*10)


連穴土坑(上野原遺跡)


縄文時代早期中葉の土器、貝殻文系(上野原遺跡)


縄文時代早期中葉の土器、押型文系(上野原遺跡)

焼き干し

北海道やサハリンのアイヌは、夏期に捕獲されるカラフトマスなどを乾燥させるときに、火で焼いてから天日干ししていた。温度が高い夏は微生物の活動が活発なので、急速に腐敗がすすみ、ハエがたかる。火であぶれば、微生物やハエを避けながら、急速に乾燥することができる。さらに、焼いたり煮たりすることで、食品から脂質が除かれるので、保存性が高まる。

焼き干しや煮干しの保存法は、北太平洋の漁撈部族に限らず、世界中に存在する。日本では、イワナやイワシの焼き干し、かつお節、鮎の焼き干しなどがある。(*11)

アマゾンの狩猟民は、大型の動物を捕獲したときは、焚火の上で焼きながら乾燥させて保存食にする。アフリカでも焼いた魚を天日で乾燥させ、食べるときはオイルに浸けてもどす。

油脂

干したサケを食べるには、油脂が必要だ。ただ、油脂の製造法や保存法についての資料をほとんど見つけられない。

マルセル・モースの『贈与論』(Essai sur le don)には次のような記述がある。(*12)

In a certain number of cases, it is not even a question of giving and returning gifts, but of destroying, so as not to give the slightest hint of desiring your gift to be reciprocated. Whole boxes of olachen (candlefish) oil or whale oil are burnt, as are houses and thousands of blankets. The most valuable copper objects are broken and thrown into the water, in order to put down and to ‘flatten’ one’s rival.

「いくつかの事例では、贈り物の返礼を期待していると相手に思われないように、贈与や返礼はまったく問題でなく、ただ破壊する。ユーラカン(candlefish)の油や鯨油が入ったすべての樽が、家屋や何千枚もの毛布と一緒に燃やされる。ライバルを下に置いて『打ちのめす』ために、もっとも貴重な銅製の宝物は破壊されて、水中に投げ込まれる。」

olachenというのは、北米西海岸からアラスカに分布するキュウリウオ科の魚のことで、シシャモに似ている。eulachon, oolichan, ooligan, hooligan , candlefishなどと呼ばれる。candlefishというのは、この魚は脂質を多く含んでおり、乾燥させると、ろうそくのようによく燃えるからだ。


Eulachon (Thaleichthys pacificus)

olachen oilは、北米の先住部族にとっては、重要な交易品であった。また。ポトラッチによって贈与したり、消尽したりする重要な財のひとつであった。「財」というのは、価値(価格)が長期に保存されるほど、財として重要になる。金のように、何千年たっても錆びたり変質したりしない物質が、もっとも重要な財として扱われる。魚のオイルが重要な財であったということは、長期に保存できたことを意味している。

olachen oilは、ooligan greaseとも呼ばれ、北アメリカ北西部海岸の先住民が、現在でも利用している。

伝統的なooligan greaseのつくり方は、おおよそ次のようにおこなう。ooliganは、3月下旬に産卵のために川を遡上してくる。網などで捕獲したooliganを、地面に掘った穴やカヌーに入れて、10~14日ほど熟成(自然発酵)させる。発酵によって、魚の組織が破壊される。カヌーあるいは杉の箱に水を入れ、さらに焼き石を入れて、水を沸騰させる。湯の中に発酵した魚を入れて、数時間、かき混ぜながら沸騰させる。静置したあとに油脂をすくいとり、アザラシの内臓の袋などに入れて保存する。(*13)


Eulachon smelt rendering camp at mouth of Nass River(1884)

上記の『カムチャツカ誌』の、サケを解体加工している絵を見ると、舟のなかに焼き石を入れて湯をわかす姿が描かれている。これは、北アメリカ北西部海岸の漁撈部族のooligan greaseの採取の仕方とよく似ている。

採取した油脂を長く貯蔵するには、密閉容器に入れて、空気中の酸素に触れないようにする必要がある。北太平洋の漁撈部族は、油脂を貯蔵する際に、海獣類の内臓を容器として利用していた。

アイヌは、クマやシカの膀胱を水洗いして、風船のように膨らませて乾燥させたものを、水筒として使用していた。かつては、これと同じような容器に、魚の油脂を保存していたのかもしれない。


クヨイ(kuy-oy)、動物の膀胱でつくった水入れ袋(平取町立二風谷アイヌ文化博物館)

文献
*1)更科源蔵 (1942) コタン生物記. 北方出版社
*2)鳥居龍蔵写真目録. 鳥居龍蔵写真資料研究会・東京大学総合研究博物館
*3)渡部裕 (1997) 北東アジアにおけるサケ漁(Ⅱ). 北海道立北方民族博物館研究紀要6
*4)齋藤玲子, 渡部裕. (1998) アイヌ社会とサケ. 国立民族学博物館学術情報リポリトジ
*5)Крашенинников, Степан Петрович (1755) Описание земли Камчатки
*6)岩崎グッドマンまさみ (2007) 「サケの民」カナダ北西海岸先住民族―サケの保存・調理・分配. 先住民による海洋資源の流通と管理. 明石書店
*7)Boas Franz, Hunt George. (1921) Ethnology of the Kwakiutl, Based on Data Collected by George Hunt. Washington, Government Printing Office
*8)高村仁知 (2007) 食品中の脂質の酸化生成物による風味変化. オレオサイエンス7巻6号
*9)鹿児島市教育委員会 (1979) 掃除山遺跡:鹿児島市埋蔵文化財発掘調査報告書
*10)森田郁郎ほか (2002) 上野原遺跡. 鹿児島県立埋蔵文化財センター
*11)農文協編 (2010) 農家が教えるわが家の農産加工. 農山漁村文化協会
*12)Marcel Mauss (1925) Essai sur le don
*13)Kuhnlein, H., Chan, A., Thompson, J.N., Nakai, S. (1982) Ooligan grease: A nutritious fat used by native people of coastal British Columbia. Journal of Ethnobiolgy, 2(2), 154-161.
*14)Traditional Animal Foods of Indigenous Peoples of Northern North America
http://traditionalanimalfoods.org/fish/searun-fish/page.aspx?id=6448
*15)動物の膀胱で作った水入れ袋. 平取町立二風谷アイヌ文化博物館

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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