貯蔵の意味3:イネ科植物の豊凶振動 Meaning of storage 3: Vibration of grain production

草原に棲むウシやシカは、イネ科植物などを食べて生存している。人間は、麦、米、豆などの植物や、牛や豚などの動物を食べて生存している。これらは、捕食-被食関係と見ることができる。捕食-被食関係は、ロトカ・ヴォルテラの方程式による簡潔な数理モデルがある。(Lotka,1910、Volterra,1925)

dx/dt=rx-axy
dy/dt=bxy-cy
x:被食者の個体数、y:捕食者の個体数、他は係数

数式が意味するのは、被食者が増えると、それを食べる捕食者も増え、被食者が食べられて減ると、それを食べる捕食者も減るという現象が、時間的にくり返されるということだ。


Predator-prey population cycles in a Lotka–Volterra model(Author:Ian Alexander)

ロトカ・ヴォルテラの数理モデルでは、捕食者と被食者の個体数が時間的に振動することを示している。このような個体数振動の自然界における例としてよく示されるのが、カワリウサギとオオヤマネコの例である。また、ツンドラに生息するネズミのレミングは、3~4年の周期で大増殖することが知られている。


カワリウサギとオオヤマネコの個体数

しかし、微生物や昆虫を使って、捕食-被食関係の実験をおこなうと、両方とも死滅してしまうか、安定な平衡状態になることが多く、個体数が振動する現象を確認できないという。カワリウサギとオオヤマネコなど、自然界で起きている個体数の振動についても、ウサギが食べる植物の豊凶に起因している可能性があり、ロトカ・ヴォルテラの方程式が示す理由で、振動が起きることは証明されていない。(*1)

なぜ、実験室や自然界でロトカ・ヴォルテラの方程式が確認できないのかは、ロトカ・ヴォルテラの方程式には、空間のパラメータが入っていないためであろう。捕食者と被食者の距離が離れていれば捕獲できないので、距離は重要な変数であり、かつ捕獲可能な距離は時間によって変化する。

コムギ、イネ、トウモロコシ、オオムギなどのイネ科の作物は、人類の生存にもっとも重要な生物種の一つだ。イネ科作物と人間は、「延長された表現型」の関係にあり、イネ科作物の種子拡散者は人間である。いっぽう、野生のイネ科植物の種子拡散者は、ウシ、シカ、ヤギ、スイギュウなどの草食動物、ネズミなど穀物を貯蔵するげっ歯類、イネ科植物の種子を食べる鳥類と考えられる。

イネ科植物と草食動物、げっ歯類、鳥類は、お互いに「延長された表現型」の関係にあるのだから、イネ科植物にも、ドングリの豊凶振動のような仕組みが存在するのであろうか。

イネ科植物の種子はドングリに比べると、粒が小さくて、数がきわめて多い。イネ科植物の種子には野毛があり、ウシの毛にからみついて、遠くまで運ばれる。また、ウシはイネ科の葉茎を食べるが、このときに種子も一緒に食べられる。種子は小さくて硬いので、ウシにかみ砕かれなかった種子が、糞と一緒に地面に落ちる。ウシ科やシカ科の動物は、上あごの門歯(前歯)がなく、舌で草を寄せて、ちぎって食べる。種子ができる前に茎葉を食べられても、株元や根が土に残って枯れることがない。

つまり、ウシの数がどんなに多くても、イネ科の種子がひとつ残らず食べつくされることはない。さらに、ダーウィンは、『種の起源』のなかで、ヒース(荒地)の土地を柵で囲ってウシを入れないようにすると、たちまちスコッチパインの林に変わると指摘している。(2018.7.17ブログ)

これらのことから、イネ科植物が豊凶振動を起こさなくても、イネ植物とウシなどの草食動物は、安定して長期に共存できる関係にあると考えられる。イネ科植物とウシなどの草食動物は、お互いの「延長された表現型」が、高度化した段階にある。

鳥類には、イネ科植物の種子を食べる多くの種が存在する。鳥には歯が無く、イネ科植物の種子を口でかみ砕くことはできない。鳥は小石を飲み込んで、砂嚢で石と種子を混ぜてすりつぶして消化しやすくする。このとき、粉砕を免れた種子が糞と一緒に環境中にばらまかれる。このため、イネ科植物の種子を食べる鳥が大繁殖して、その年に稔実した草原の種子をすべて食べつくしたとしても、イネ科植物が滅亡することはない。ウシと同様に、イネ科の種子を食べる鳥類とイネ科植物は、お互いの「延長された表現型」が、高度化した段階にあると考えられる。

ネズミはイネ科植物の種子を貯蔵するので、種子拡散者ではある。しかし、ウシとは違い、ネズミが大繁殖すると、ネズミはイネ科植物の種子をすべて食べつくす可能性がある。いっぽう、コムギ、オオムギ、イネ、トウモロコシ、豆類などの穀物に発生するカビの中には、毒性の強いマイコトキシン(カビ毒)を生成する種が存在する。マイコトキシンには、アフラトキシン、オクラトキシン、シトリニン、トリコテセンなど多くの種類がある。

ネズミが巣の中にイネ科植物やマメ科植物の種子を貯蔵すると、多湿な環境におかれた種子にカビが生えてマイコトキシンが生成する。ネズミは毒が生成した種子を食べずに残すため、何らかの理由でネズミが大繁殖したばあいでも、すべての種子が食べつくされる可能性が低くなる。ネズミ、イネ科植物、カビは、相互の「延長された表現型」が、高度化した段階にあると思われる。

さらに、草原にウシが存在していれば、イネ科の種子はネズミや鳥に食べつくされることはない。なぜなら、イネ科の種子はウシの糞の中に含まれており、ネズミや鳥は、糞の中の種子を食べないからだ。

日本の昔の焼き畑農法では、ヒエやアワの種を播くときに、人糞尿、馬糞、ぬか、種を練り合わせて畑に振っていた。この播種法は、軽米地方では、「直振(ジギフリ)」、「ボッタ播き」、「ボッタ振り」と呼ばれていた(*2)。ヒエやアワの種子を人糞や馬糞で包み込むのは、施肥のためと一般には考えられている。かつては、肥料には人糞や馬糞しかなかったので、施肥の効果があったのは間違いないであろう。しかし、福岡正信氏が、粘土に種子を混ぜて粘土団子をつくったいちばんの理由は、ネズミや鳥の食害を防ぐためであった(*3)。昔の焼き畑でのジキフリも、ネズミや鳥の食害を防ぐのが、いちばんの目的だったと思われる。

イネ科植物に、ドングリのような豊凶振動をひき起こす仕組みが存在するかどうかは、よくわからない。自然の状態のイネ科植物の子実数の年次変動のデータを見たことはなく、そんなことを研究している人は誰もいないのであろう。そこで、イネ、コムギ、オオムギ、ダイズの日本の作況指数についてのデータを見てみる。(*4)

小麦

大麦


作況指数:イネ、コムギ、オオムギ、ダイズ(統計局)


日本の年平均気温偏差 細線(黒):各年の平均気温の基準値からの偏差、太線(青):偏差の5年移動平均、直線(赤):長期的な変化傾向。基準値は1981〜2010年の30年平均値(気象庁)

データから読み取れるのは次のことだ。

・イネ科作物には、豊凶振動が存在する
・豊凶振動に明確な周期性は確認できない
・イネ科作物の豊凶は、気象変動など外的要因の影響を強く受ける

水稲は陸稲にくらべて、豊凶の変動が小さいことから、環境管理や栽培管理によって、豊凶が左右されることがわかる。1955年以降に、水稲の作況指数が急に安定している。陸稲のほうは55年以降も変動が大きいので、水稲の作況が安定したのは、気候が安定したからでなく、何らかの技術的な改善があったからと思われる。1955年ごろから全国に普及した技術といえば、保温折衷苗代だ。(*6)

保温折衷苗代は、長野県軽井沢町の農家、荻原豊次氏が考案した育苗方法で、苗床の芽出し種子を播いて、籾がらを炭化したくん炭を厚めにかぶせる。その上から油紙で被覆して保温する。保温折衷苗代で、発芽を早めると、豊凶変動が小さくなるということは、イネの豊凶振動は、外的要因の影響が大きいということだ。

1963年のコムギとオオムギの大凶作は、豪雪の影響によるものだ。終戦の年の1945年のイネの大凶作は、1993年よりもひどい減収であり、終戦直後の食料不足につながった。

イネ科作物の豊凶振動は、人間が除草したり、肥料を与えたり、病害虫を防除したり、さまざまな管理を加えたうえでの結果なので、自然の状態のイネ科植物の豊凶振動は、もっと大きくなることが予想される。

食べものを貯蔵するいちばんの目的は、食料の採集が難しい時期(端境期)を乗り切るためなので、大量にかつ長期に貯蔵できなければ意味がない。貯蔵食料によって、端境期でも十分な食料があれば、飢餓による死亡率が低くなる。テリトリー内の人口が増えるので、ますます大量の貯蔵食料が必要になる。しかも、数年ごとに大凶作が来る可能性があるとすれば、1年分の食料を蓄えるだけでは危険で、それ以上の食料を貯蔵しておかないと、何年かおきに餓死者がでて、人口が減少する。

もし、まったく食料を貯蔵しない生業スタイルであれば、テリトリー内の人口は、大凶作年の端境期の利用資源量によって決まる。繁殖時にどれほど大量のザリガニがはいだしてこようが、どれほどたくさんのモンゴンゴの実が成ろうが、大凶作年の端境期に食料が存在しないかぎり、人口を維持できない。

長期にかつ大量に貯蔵するには、デンプンやタンパク質が長期に変質しない種子でなければならない。イネ科植物の種子は、休眠しているあいだは、ほとんど変質せず、10年以上も、保存が可能だ。西アジアではコムギやオオムギ、インドでは雑穀、中国大陸ではアワやイネ、新大陸ではトウモロコシなど、栽培植物の中心に、イネ科の作物が存在するのは偶然ではない。

草原の生態系では、イネ科植物、マメ科植物、草食動物、げっ歯類、鳥類、昆虫、微生物などが生息している。草原における太陽エネルギーの1次獲得者は植物であり、植物には、気候変動による豊凶振動が存在する。また、草原の生物種同士は、「延長された表現型」によって、草原の生物種の個体数を安定させ、草原の利用資源(エネルギーと有用物質)の流速度は定常化している。(2017.2.2ブログ)

いっぽう、人間は、ネズミと違って、イネ科植物の種子にカビを発生させずに、大量に貯蔵することができる。このため、生存率が高くなって人口が増える。これを草原の生物から見れば、草原の生物種同士の「延長された表現型」によって維持されてきた利用資源の流れが、大きく変わってしまうことを意味する。

テリトリー内の人口が増加すると、草食動物やイネ科植物の種子が過剰に捕獲、採集されて、草原の生物種の個体数は大きく変動するであろう。たとえば、草食動物の減少、ネズミの大増殖、イネ科植物の大凶作などが起きる可能性がある。ネズミが大発生して、ネズミを大量に捕獲できたとしても、ネズミを長期間食料として貯蔵することはできない。太陽から注ぐエネルギー流速度は毎年同じであっても、貯蔵可能なイネ科植物の子実量が大きく変動すれば、増えた人口を維持することはできない。

ナトゥーフィアン期に、非貯蔵から貯蔵段階へ転換したことで、人口が増加した。しかし、人口が増加したことで、草原の利用資源の流れが変わり、イネ科植物の豊凶変動が大きくなって、居住地の多くが放棄されたと考えられる。これらのことから、平衡テリトリー貯蔵段階は、一時的には人口が増加するが、長期的には生業スタイルを維持することができなくなってしまうと予想される。

日本列島の縄文時代前期以降は、平衡テリトリー貯蔵段階であったと考えられるが、縄文後期から晩期には、人口が大きく減少した(*7)。平衡テリトリー遊動段階のサン族やアボリジニは、何万年も生業スタイルを維持できたが、平衡テリトリー貯蔵段階の縄文人は、生業スタイルを維持することができなかった。ただし、縄文時代の内陸部の大きな集落が、短い期間で放棄されたのに対して、三内丸山や真脇遺跡など、漁撈に依存する海岸部の集落は、長期に存続していた。


先史時代の人口と人口密度(小山ら, 1984)

アイヌや北米の漁撈採集民が、長期にわたって平衡テリトリー貯蔵段階を維持できたのは、サケ漁など漁撈に従事していたからであろう。平衡テリトリー貯蔵段階の漁撈社会が安定なのは、海での漁や川を遡上するサケ漁においては、草原や樹林にくらべて、利用資源の年次変動が小さいためと考えられる。

文献
*1)巌佐庸 (1990) 数理生物学入門. HBJ出版局
*2)農文協編集 (2011) 農家が教える 雑穀・ソバ. 農文協
*3)本田進一郎 (2016) 自然農法とは何か : ゆらぎとエントロピー
*4)作況調査 (水陸稲、麦類、豆類、かんしょ、飼料作物、工芸農作物) 長期累年. 統計で見る日本
*5)日本の年平均気温偏差. 気象庁
*6)保温折衷苗代の発明. 農研機構
*7)小山修三, 杉藤重信 (1984) 縄文人口シミュレーション. 国立民族学博物館研究報告9巻1号p1-39

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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