貯蔵の意味1:狩猟採集民は豊かだったのか? Meaning of storage 1:Were hunter-gatherers rich?

「貯蔵社会」とか「貯蔵段階」という言葉は、用語として定義されておらず、辞書にも出ていない。ふつうは、「定住」「定住化」「定住社会」という用語を使う。しかし、「定住」というのはあくまでも結果であって、人間が定住するようになったのは、周年で遊動しながら利用資源を獲得する生業スタイルから、獲得した利用資源を特定の場所に貯蔵して、貯蔵した資源で端境期を生存する生業スタイルに転換したからだ。

一般には、狩猟採集段階から農耕段階に移行したと考えられているが、狩猟採集社会は、ひとつの段階として定義できない。少なくとも、次の3つの段階に分けられるであろう。

段階 運動
拡散 拡散遊動
平衡テリトリー・非貯蔵 テリトリー内遊動
平衡テリトリー・貯蔵 定住+テリトリー内遊動

平衡テリトリー・貯蔵段階において、特定の居住地に食料を貯蔵して定住したのは、女性、老人、子供であり、男性はテリトリー内を遊動していたと思われる。

狩猟採集社会を考えるうえで、まったく異なる2つの見方がある。ひとつは、19世紀のハーバート・スペンサー以来の社会進化論的な立場で、「原始人や未開人は遅れており、野蛮で貧しい」という見方だ。

欧米では、20世紀に、フランツ・ボアズ(1858-1942)らの強い批判によって、社会進化論は衰退した。しかし、社会進化は、1960年代に、レスリー・ホワイト(1900-1975)によって、再び注目されるようになった。ホワイトは、コロンビア大学でボアズの講義を受けたが、のちに社会主義労働党(Socialist Labor Party of America)に加わった。

ホワイトは、アメリカの人類学がボアズらの強い影響下にあるなかで、スペンサーやルイス・H・モーガン(1818-1881)を再評価して、ネオ進化論(Neoevolutionism)と呼ばれた。

ホワイトは、社会進化における技術の重要性を説き、技術の進歩によって、1人当たり時間当たりのエネルギー使用量あるいはエネルギー消費量が増大するにつれて、文化が発展すると主張した。そして、技術とエネルギー消費のレベルから、文化の発展の段階を区分した。(*1)

・自分自身のエネルギーを利用する(狩猟採集)
・植物と動物の栽培化(農耕と牧畜)
・化石燃料(石炭、石油)のエネルギーを利用する
・原子力のエネルギーを利用する

ミシガン大学で、ホワイトの下で人類学を学んだマーシャル・サーリンズ(1930-)は、ネオ進化論者とされている(“Evolution and Culture”1960)。サーリンズは、1972年に“Stone Age Economics”(石器時代の経済学)を著して、狩猟採集民の社会は、元来は豊かな社会であったと主張した(Original affluent society)。

サーリンズは、著書のなかで、ホワイトの理論を次のように批判している。

「大きな反響をよんだ『エネルギーと文化進化』という試論のなかで、レスリー・ホワイトは、『農業および遊牧技術をもちいることで、年間一人当り利用し、管理できるエネルギー量が大いに増加した結果・・・、文化発展の一大前進』が、新石器時代におこったとのべている(1949, p372)。ホワイトはさらに、旧石器文化の主要なエネルギー源を人力と特徴づけ、これと新石器文化の馴化された動植物資源とを対立させて、進化論的な対照をきわだたせている。エネルギー源によるこの測定からただちにでてくるのは、狩猟民の熱力学的ポテンシャルにたいする低い評価―というのも、人間の肉体は、一人あたり20分の一馬力の《平均的動力源》の出力しかないのだから(1949, p369)―であって、しかも、新石器時代の文化事業から人間の努力を削除してしまっているので、まるで人々は、労働節約装置(馴化された動植物)のおかげで、すっかり自由になったかのような観を呈することになる。だが、ホワイトの問題のたて方はあきらかにまちがっている。新・旧石器文化が利用していた主要な物理的エネルギーは、ともに人間が供給したもので、いずれのばあいにも、この人間エネルギーは動植物資源から転換されたものであり、ごくわずかの例外(人力以外の動力の偶発的な直接利用)をのぞくと、だから年間一人当りの使用エネルギー量は、新・旧石器時代経済のいずれにおいても同じであった―しかも、産業革命の到来まで、人類史においてはほぼ恒常だったのである」(*2)

サーリンズの批判はもっともであるが、両者とも、人間の1人当たりのエネルギー消費量のみに注目して、エネルギーの消費量と社会(集団)の関係を考慮していない。

狩猟採集民や初期農耕民は、バンドあるいは部族で生活しており、利用資源(エネルギーと有用物質)を獲得できるのは、平時は、部族が占有するテリトリーの中だけである。

人間は、超協力タカ派戦略をとっている。

狩猟採集から農耕の段階に転換することによって、それまでは食料を採集できなかった場所であっても、収穫ができるようになる。1人当たりのエネルギー消費量は狩猟採集民も農耕民も同じであるが、テリトリー全体での食料の収穫量が増えるので、人口と消費可能なエネルギー量が増加する。人口と消費可能エネルギー量が増大すれば、強固な戦闘集団を作ることが可能になるので、その集団は、ライバル集団との闘争に勝って、相手からテリトリーを奪うことができる。

話がややそれたので元にもどす。

サーリンズは、狩猟採集民は、少ない労働時間(エネルギー使用量が小さい)にもかかわらず、1人当たりのエネルギー消費量は大きく、狩猟採集社会は、きわめて豊かな社会であったと論じた。

「ムーランドで、マレー川が例年のように低地を水浸しにしたとき、淡水産のザリガニが地面にぞろぞろはいだしてぐるのを目撃したが・・・、400人もの土着民が何週間もそれにたよって暮せるほどのものすごい数で、しかも腐ったりすてられたままのザリガニで、さらに400人も養えるほどであった・・・。12月のはじめになると、マレー川では、数えきれないほどの量の魚が、またたやすく手に入った・・・。ほんの2、3時間の・・・漁でとれる(魚の)数は、信じられないほどだった・・・。大陸の東部で非常に好まれている別の食品―特定の季節にまた豊富にとれるのだが―は、一種の蛾であって、これを土着民は、いくつかの発生地の洞穴やうつろからとってくる・・・。一種のカラシナの新芽、葉、茎も、出盛期に採集されて・・・、無数の土着民の、お気にいりで無尽蔵の食物源となっている・・・。このほかにも沢山の食品が土着民には知られていて、いま列挙したものと同様に、いずれも豊富で、また栄養価もたかいのである。(Eyre, 1845)」(*2)

「これらの集団のいずれもが、1日に採集する食物量を、どのばあいでももっと増加できたはずである。女にとって、食物探しは、日々まぬがれない仕事ではあるが、まったくよく休むので、食物探しや準備に日中の全時間をついやすことはなかった。男の食物採集はもっと散発的なたちのもので、1日、沢山とれたら、しばしば翌日は休むのだった・・・。おそらく彼らは、採取にふくまれる労力にたいし、いつもより沢山の食物が手にはいれば得をしたと無意識裡に計算しているにちがいなく、これくらいで十分だと判断しているはずで、だから、それだけ採取すると、そこでやめてしまうのである。(McArthur,1960)」(*2)

「食物資源は、『種類も量もたっぷり』あり、とりわけエネルギー値のたかいマンゲッティの実は、『非常に豊富だったので、何百万もが、毎年、拾われることなく、地上で腐っていた。(Lee, 1969, p. 59)」

「1《日労働》は、ほぼ6時間だった。それゆえ、ドーブ族の週労働は、大体15時間、1日平均になおすと2時間9分ということになる。アーネム・ランドの基準よりなおひくいが、この数字はしかし料理や器具の準備をふくんでいない。万事を考えあわせると、ブッシュマンの自立生計労働は、オーストラリア土着民のそれに、おそらくきわめて近いといえるだろう。さらにまた、オーストラリア人と同様に、生活資料のために働かない時間を、ブッシュマンはぶらぶらすごすか、あるいはぶらぶら活動する。ここでもまた、1、2日働いて、1、2目休み、キャンプで漫然とすごすという、旧石器時代特有のリズムがみられるのである。食物採取が、一義的な生産活動ではあるけれども、リーがかいているように、『人々は大部分の時間(週に4日から5日)、キャンプで休息したり、他のキャンプを訪ねたり、といった他の営みですごしている。(1969)」(*2)

「『年間をつうじて、おそらく平均1日2時間以下が、食物獲得についやされる時間』であった(Woodburn,1968)。興味ぶかいことに、ハドザ族は、人類学に教えられたからではなく、生活に教えられて、その余暇をまもるために、新石器革命をはねつけた。農耕民にとりかこまれているのに、ついさいきんまで彼らは農業の採用を拒絶してきたのである。『そうなれば、もっとひどく働かねばならない、というのが主たる根拠』なのであった。この点で、彼らはブッシュマンに似ているといえよう。というのも、後者は、新石器時代的な質問に、別の質問をたてて、こう答えたからである。『世界にモンゴンゴの実がこんなに沢山あるというのに、どうして植えねばならないのか』(Lee, 1968)」(*2)


モンゴンゴの子実、トウダイグサ科でアフリカ南部に分布(Author:NoodleToo)

同様のことは、ジャック・ハーランの実験でも報告されている(2017.12.16ブログ)。ハーランは、トルコ南東部の野生コムギが自生する地域で、石器で作った鎌を使用して収穫実験を行った。野生ヒトツブコムギの1時間当たりの収穫量は、2ポンド(0.9kg)以上であり、狩猟採集民の1家族が、3週間ほど野生コムギを採集すれば、1年間食べていく量が得られると報告した。


Sheaved and stooked wheat(1943)

しかし、サーリンズの主張やハーランの実験には、大きな見落としがある。冒頭で述べた「端境期」という言葉は、1年のなかで食料の収穫ができなくなる時期という意味で使っているが、その端境期には2とおりある。ひとつは豊作年の端境期で、もうひとつは凶作年の端境期である。豊作の年は、食料を十分に貯蔵できるので、端境期であっても飢えることはない。凶作年には、十分な食料を貯蔵できないので、端境期に食料が不足する。バンドや部族の社会では、テリトリー内の動物や植物はすべて共有財産であり、全員が平等に分け合う。このような社会では、凶作がつづいて飢饉がおきると、全員が飢えて、老人や子供など体力のない者から餓死する。

植物の子実は、豊作の年と凶作の年が交互にやってくることが知られており、人間の生死(遺伝子の存続)とテリトリーの人口を左右するのは、凶作年の端境期における1人当たり時間当たりの利用可能資源量である。

サン族への質問は、「どうして作物を植えないのか?」ではなくて「どうしてモンゴンゴの実を1年間たべられるほど貯蔵しないのか?」と聞くべきであった。後者の質問であれば、乾燥したカラハリ砂漠をテリトリーにする彼らが、非貯蔵から貯蔵へ転換しなかった理由があきらかになるかもしれない。

文献
*1)Leslie A. White (1943) Energy and the Evolution of Culture. American Anthropologist New Series, Vol. 45, No. 3, Part 1
*2)Marshall Sahlins (1972) Stone Age Economics. : 石器時代の経済学 (1984) 法政大学出版局

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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