貯蔵の意味3:イネ科植物の豊凶振動 Meaning of storage 3: Vibration of grain production

草原に棲むウシやシカは、イネ科植物などを食べて生存している。人間は、麦、米、豆などの植物や、牛や豚などの動物を食べて生存している。これらは、捕食-被食関係と見ることができる。捕食-被食関係は、ロトカ・ヴォルテラの方程式による簡潔な数理モデルがある。(Lotka,1910、Volterra,1925)

dx/dt=rx-axy
dy/dt=bxy-cy
x:被食者の個体数、y:捕食者の個体数、他は係数

数式が意味するのは、被食者が増えると、それを食べる捕食者も増え、被食者が食べられて減ると、それを食べる捕食者も減るという現象が、時間的にくり返されるということだ。


Predator-prey population cycles in a Lotka–Volterra model(Author:Ian Alexander)

ロトカ・ヴォルテラの数理モデルでは、捕食者と被食者の個体数が時間的に振動することを示している。このような個体数振動の自然界における例としてよく示されるのが、カワリウサギとオオヤマネコの例である。また、ツンドラに生息するネズミのレミングは、3~4年の周期で大増殖することが知られている。


カワリウサギとオオヤマネコの個体数

しかし、微生物や昆虫を使って、捕食-被食関係の実験をおこなうと、両方とも死滅してしまうか、安定な平衡状態になることが多く、個体数が振動する現象を確認できないという。カワリウサギとオオヤマネコなど、自然界で起きている個体数の振動についても、ウサギが食べる植物の豊凶に起因している可能性があり、ロトカ・ヴォルテラの方程式が示す理由で、振動が起きることは証明されていない。(*1)

なぜ、実験室や自然界でロトカ・ヴォルテラの方程式が確認できないのかは、ロトカ・ヴォルテラの方程式には、空間のパラメータが入っていないためであろう。捕食者と被食者の距離が離れていれば捕獲できないので、距離は重要な変数であり、かつ捕獲可能な距離は時間によって変化する。

コムギ、イネ、トウモロコシ、オオムギなどのイネ科の作物は、人類の生存にもっとも重要な生物種の一つだ。イネ科作物と人間は、「延長された表現型」の関係にあり、イネ科作物の種子拡散者は人間である。いっぽう、野生のイネ科植物の種子拡散者は、ウシ、シカ、ヤギ、スイギュウなどの草食動物、ネズミなど穀物を貯蔵するげっ歯類、イネ科植物の種子を食べる鳥類と考えられる。

イネ科植物と草食動物、げっ歯類、鳥類は、お互いに「延長された表現型」の関係にあるのだから、イネ科植物にも、ドングリの豊凶振動のような仕組みが存在するのであろうか。

イネ科植物の種子はドングリに比べると、粒が小さくて、数がきわめて多い。イネ科植物の種子には野毛があり、ウシの毛にからみついて、遠くまで運ばれる。また、ウシはイネ科の葉茎を食べるが、このときに種子も一緒に食べられる。種子は小さくて硬いので、ウシにかみ砕かれなかった種子が、糞と一緒に地面に落ちる。ウシ科やシカ科の動物は、上あごの門歯(前歯)がなく、舌で草を寄せて、ちぎって食べる。種子ができる前に茎葉を食べられても、株元や根が土に残って枯れることがない。

つまり、ウシの数がどんなに多くても、イネ科の種子がひとつ残らず食べつくされることはない。さらに、ダーウィンは、『種の起源』のなかで、ヒース(荒地)の土地を柵で囲ってウシを入れないようにすると、たちまちスコッチパインの林に変わると指摘している。(2018.7.17ブログ)

これらのことから、イネ科植物が豊凶振動を起こさなくても、イネ植物とウシなどの草食動物は、安定して長期に共存できる関係にあると考えられる。イネ科植物とウシなどの草食動物は、お互いの「延長された表現型」が、高度化した段階にある。

鳥類には、イネ科植物の種子を食べる多くの種が存在する。鳥には歯が無く、イネ科植物の種子を口でかみ砕くことはできない。鳥は小石を飲み込んで、砂嚢で石と種子を混ぜてすりつぶして消化しやすくする。このとき、粉砕を免れた種子が糞と一緒に環境中にばらまかれる。このため、イネ科植物の種子を食べる鳥が大繁殖して、その年に稔実した草原の種子をすべて食べつくしたとしても、イネ科植物が滅亡することはない。ウシと同様に、イネ科の種子を食べる鳥類とイネ科植物は、お互いの「延長された表現型」が、高度化した段階にあると考えられる。

ネズミはイネ科植物の種子を貯蔵するので、種子拡散者ではある。しかし、ウシとは違い、ネズミが大繁殖すると、ネズミはイネ科植物の種子をすべて食べつくす可能性がある。いっぽう、コムギ、オオムギ、イネ、トウモロコシ、豆類などの穀物に発生するカビの中には、毒性の強いマイコトキシン(カビ毒)を生成する種が存在する。マイコトキシンには、アフラトキシン、オクラトキシン、シトリニン、トリコテセンなど多くの種類がある。

ネズミが巣の中にイネ科植物やマメ科植物の種子を貯蔵すると、多湿な環境におかれた種子にカビが生えてマイコトキシンが生成する。ネズミは毒が生成した種子を食べずに残すため、何らかの理由でネズミが大繁殖したばあいでも、すべての種子が食べつくされる可能性が低くなる。ネズミ、イネ科植物、カビは、相互の「延長された表現型」が、高度化した段階にあると思われる。

さらに、草原にウシが存在していれば、イネ科の種子はネズミや鳥に食べつくされることはない。なぜなら、イネ科の種子はウシの糞の中に含まれており、ネズミや鳥は、糞の中の種子を食べないからだ。

日本の昔の焼き畑農法では、ヒエやアワの種を播くときに、人糞尿、馬糞、ぬか、種を練り合わせて畑に振っていた。この播種法は、軽米地方では、「直振(ジギフリ)」、「ボッタ播き」、「ボッタ振り」と呼ばれていた(*2)。ヒエやアワの種子を人糞や馬糞で包み込むのは、施肥のためと一般には考えられている。かつては、肥料には人糞や馬糞しかなかったので、施肥の効果があったのは間違いないであろう。しかし、福岡正信氏が、粘土に種子を混ぜて粘土団子をつくったいちばんの理由は、ネズミや鳥の食害を防ぐためであった(*3)。昔の焼き畑でのジキフリも、ネズミや鳥の食害を防ぐのが、いちばんの目的だったと思われる。

イネ科植物に、ドングリのような豊凶振動をひき起こす仕組みが存在するかどうかは、よくわからない。自然の状態のイネ科植物の子実数の年次変動のデータを見たことはなく、そんなことを研究している人は誰もいないのであろう。そこで、イネ、コムギ、オオムギ、ダイズの日本の作況指数についてのデータを見てみる。(*4)

小麦

大麦


作況指数:イネ、コムギ、オオムギ、ダイズ(統計局)


日本の年平均気温偏差 細線(黒):各年の平均気温の基準値からの偏差、太線(青):偏差の5年移動平均、直線(赤):長期的な変化傾向。基準値は1981〜2010年の30年平均値(気象庁)

データから読み取れるのは次のことだ。

・イネ科作物には、豊凶振動が存在する
・豊凶振動に明確な周期性は確認できない
・イネ科作物の豊凶は、気象変動など外的要因の影響を強く受ける

水稲は陸稲にくらべて、豊凶の変動が小さいことから、環境管理や栽培管理によって、豊凶が左右されることがわかる。1955年以降に、水稲の作況指数が急に安定している。陸稲のほうは55年以降も変動が大きいので、水稲の作況が安定したのは、気候が安定したからでなく、何らかの技術的な改善があったからと思われる。1955年ごろから全国に普及した技術といえば、保温折衷苗代だ。(*6)

保温折衷苗代は、長野県軽井沢町の農家、荻原豊次氏が考案した育苗方法で、苗床の芽出し種子を播いて、籾がらを炭化したくん炭を厚めにかぶせる。その上から油紙で被覆して保温する。保温折衷苗代で、発芽を早めると、豊凶変動が小さくなるということは、イネの豊凶振動は、外的要因の影響が大きいということだ。

1963年のコムギとオオムギの大凶作は、豪雪の影響によるものだ。終戦の年の1945年のイネの大凶作は、1993年よりもひどい減収であり、終戦直後の食料不足につながった。

イネ科作物の豊凶振動は、人間が除草したり、肥料を与えたり、病害虫を防除したり、さまざまな管理を加えたうえでの結果なので、自然の状態のイネ科植物の豊凶振動は、もっと大きくなることが予想される。

食べものを貯蔵するいちばんの目的は、食料の採集が難しい時期(端境期)を乗り切るためなので、大量にかつ長期に貯蔵できなければ意味がない。貯蔵食料によって、端境期でも十分な食料があれば、飢餓による死亡率が低くなる。テリトリー内の人口が増えるので、ますます大量の貯蔵食料が必要になる。しかも、数年ごとに大凶作が来る可能性があるとすれば、1年分の食料を蓄えるだけでは危険で、それ以上の食料を貯蔵しておかないと、何年かおきに餓死者がでて、人口が減少する。

もし、まったく食料を貯蔵しない生業スタイルであれば、テリトリー内の人口は、大凶作年の端境期の利用資源量によって決まる。繁殖時にどれほど大量のザリガニがはいだしてこようが、どれほどたくさんのモンゴンゴの実が成ろうが、大凶作年の端境期に食料が存在しないかぎり、人口を維持できない。

長期にかつ大量に貯蔵するには、デンプンやタンパク質が長期に変質しない種子でなければならない。イネ科植物の種子は、休眠しているあいだは、ほとんど変質せず、10年以上も、保存が可能だ。西アジアではコムギやオオムギ、インドでは雑穀、中国大陸ではアワやイネ、新大陸ではトウモロコシなど、栽培植物の中心に、イネ科の作物が存在するのは偶然ではない。

草原の生態系では、イネ科植物、マメ科植物、草食動物、げっ歯類、鳥類、昆虫、微生物などが生息している。草原における太陽エネルギーの1次獲得者は植物であり、植物には、気候変動による豊凶振動が存在する。また、草原の生物種同士は、「延長された表現型」によって、草原の生物種の個体数を安定させ、草原の利用資源(エネルギーと有用物質)の流速度は定常化している。(2017.2.2ブログ)

いっぽう、人間は、ネズミと違って、イネ科植物の種子にカビを発生させずに、大量に貯蔵することができる。このため、生存率が高くなって人口が増える。これを草原の生物から見れば、草原の生物種同士の「延長された表現型」によって維持されてきた利用資源の流れが、大きく変わってしまうことを意味する。

テリトリー内の人口が増加すると、草食動物やイネ科植物の種子が過剰に捕獲、採集されて、草原の生物種の個体数は大きく変動するであろう。たとえば、草食動物の減少、ネズミの大増殖、イネ科植物の大凶作などが起きる可能性がある。ネズミが大発生して、ネズミを大量に捕獲できたとしても、ネズミを長期間食料として貯蔵することはできない。太陽から注ぐエネルギー流速度は毎年同じであっても、貯蔵可能なイネ科植物の子実量が大きく変動すれば、増えた人口を維持することはできない。

ナトゥーフィアン期に、非貯蔵から貯蔵段階へ転換したことで、人口が増加した。しかし、人口が増加したことで、草原の利用資源の流れが変わり、イネ科植物の豊凶変動が大きくなって、居住地の多くが放棄されたと考えられる。これらのことから、平衡テリトリー貯蔵段階は、一時的には人口が増加するが、長期的には生業スタイルを維持することができなくなってしまうと予想される。

日本列島の縄文時代前期以降は、平衡テリトリー貯蔵段階であったと考えられるが、縄文後期から晩期には、人口が大きく減少した(*7)。平衡テリトリー遊動段階のサン族やアボリジニは、何万年も生業スタイルを維持できたが、平衡テリトリー貯蔵段階の縄文人は、生業スタイルを維持することができなかった。ただし、縄文時代の内陸部の大きな集落が、短い期間で放棄されたのに対して、三内丸山や真脇遺跡など、漁撈に依存する海岸部の集落は、長期に存続していた。


先史時代の人口と人口密度(小山ら, 1984)

アイヌや北米の漁撈採集民が、長期にわたって平衡テリトリー貯蔵段階を維持できたのは、サケ漁など漁撈に従事していたからであろう。平衡テリトリー貯蔵段階の漁撈社会が安定なのは、海での漁や川を遡上するサケ漁においては、草原や樹林にくらべて、利用資源の年次変動が小さいためと考えられる。

文献
*1)巌佐庸 (1990) 数理生物学入門. HBJ出版局
*2)農文協編集 (2011) 農家が教える 雑穀・ソバ. 農文協
*3)本田進一郎 (2016) 自然農法とは何か : ゆらぎとエントロピー
*4)作況調査 (水陸稲、麦類、豆類、かんしょ、飼料作物、工芸農作物) 長期累年. 統計で見る日本
*5)日本の年平均気温偏差. 気象庁
*6)保温折衷苗代の発明. 農研機構
*7)小山修三, 杉藤重信 (1984) 縄文人口シミュレーション. 国立民族学博物館研究報告9巻1号p1-39

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貯蔵の意味2:果実の豊凶振動 Meaning of storage 2: Vibration of nuts production

ドングリ、カキ、カンキツ、リンゴなど、果実を成らす植物には、年によって豊凶が存在することが知られている。近年は、ドングリの凶作年にクマが人里へ出没することから、ドングリの豊凶の仕組みについて、さかんに研究が行われているが、その仕組みは謎である。果実の生産では、結実量の年次変動のことを、「隔年結果」という。隔年結果は、果実生産では経営上の大きな問題であり、古くから研究がおこなわれてきたが、その原因や仕組みについては解明されていない。

ダーウィン進化論から考えれば、ドングリに豊凶があるのは、次のような理由と思われる。

ドングリの種子拡散者は、リス、ネズミ、カケスなどである。これらの動物は、ドングリを林床のあちこちに埋めて貯蔵する習性がある。リスやネズミは、貯蔵したドングリを食料が少ない冬期に食べるが、忘れてしまったり、食べ残したりしたドングリが残る。土の中では水分が適度に保たれるので、春にドングリが発芽しやすくなる。

もし、リスやネズミがドングリを土の中に埋めなければ、地面に落ちたドングリは、昆虫やクマに食べられてしまう。また、ドングリは乾燥に弱いので、地上に落ちたままでは、乾燥して発芽しなくなる。

ドングリとの関係が取りざたされるクマは、種子をかみ砕いてしまうので、種子拡散者ではない。クマは、果実、植物、動物、魚、昆虫などを食べて、糞や尿を森の中にばら撒く。クマの遺体も、最後は土に還元される。ドングリから見ると、クマは、リン、窒素、カリウム、カルシウムなどの無機栄養分を運んで、海と陸との間で有用物質を循環している。ただし、クマはどこで糞をしたり、死んだりするかわからないので、自分の分だけの無機養分を供給するわけではない。

植物、動物、昆虫、微生物など、安定した同一の生態系に存在する異種の生物種は、お互いに「延長された表現型」であって、何百万年間もつづけられてきた遺伝子変異と自然選択の結果として、そこに存在(生存)している。そこでは、現時点での遺伝子情報のレベルにおいて、エネルギー利用の大きな無駄や非効率は存在しない。

ドングリから見ると、リス、ネズミ、カケスの個体数が少なすぎれば、埋められる子実が少なくなって、昆虫に食べられたり乾燥したりして無駄になる。動物の個体数が多すぎれば、ほとんどの子実が食べられてしまうので、やはり無駄になる。種子拡散者の個体数が少なすぎても多すぎても、遺伝子を存続するためのエネルギー効率が悪くなる。エネルギー効率が悪くなれば、同属のライバル種や、同種の異株(遺伝子)との生存闘争に勝ち残ることができない。

ブナ属、コナラ属、クリ属、マテバシイ属、シイ属などのブナ科植物は、自家不和合性で、個体株の配偶子同士が交配することを避ける性質がある。1本だけでは、受精せず、子実を実らせることができない。人間や動物と同じで、1つの個体だけでは自己複製して遺伝子を存続することができず、ある程度の大きさの遺伝子プールが必要である。その遺伝子プールが大きいほど、遺伝子プールの遺伝子の変異速度を大きくできるので、ライバル種との闘いに有利になる。

しかし、1個の個体から見ると、まわりが同種の生物だらけになると、生存闘争のライバルは「自分のコピー」になる。「自分のコピー」は自分と生存能力に差がないので、生存闘争はより熾烈になる。周囲がコピーだらけになれば、生き残れるかどうかは、偶然のみに左右される。同種の遺伝子プールでは、それぞれの個体の、正確にコピーしようとする運動(同一化)と、コピーミスをして新たな変異を獲得しようとする運動(差異化)が、つねに拮抗している。環境飽和力(空間、エネルギー流速度、有用物質)が大きな生態系では、1つだけの種が優占せずに、次々と変種があらわれて、多様な生物種で満たされる。これは、遺伝子プールに、差異化の運動が存在するためである。

ドングリにとってもっとも危険なのは、リスやネズミが極端に増えすぎて、子実がひとつも残らなかったり、逆に1匹もいなくなって、子実がひとつも埋められなくなることだ。ドングリの子実は、大きくてカロリーが高いので、大型動物を誘引(操作)する能力が高いが、逆に、昆虫に食べられたり、乾燥したり、腐ったりしやすい。遺伝情報は、何億年もかけてできあがったものなので、一度でも失われると、再び作ることができず、その時点で終わりとなる。現在の地球上に生存している生物種は、遺伝子が途絶する確率を小さくすることができた生物種だけだ。ブナ科植物は自家不和合性と書いたが、じつは植物の自家不和合は100%ではない。自家不和合が強い植物であっても、花の数%は自家交配する性質がある。

ドングリが、遺伝子途絶の確率を小さくするには、種子拡散者の個体数が極端に変動する確率を小さくしておく必要がある。そのためには、ふだんから、子実の数を年によって増やしたり減らしたりして、種子拡散者の個体数が極端に大きくなったり、ゼロになったりしないようにしておくのが合理的だ。

さらに、リスやカケスの活動範囲はかなり広いので、1本の樹だけが子実の生産量を振動させても効果がない。広い範囲で、個体同士が豊凶の周期を同調させなければならない。

動物を惹きつけて、子実を多く拡散するには、子実を多くつけたほうがよいが、子実生産に養分を多く使うと、樹の成長にまわす分が少なくなる。枝葉や根の成長が遅れるので、ライバルに負けてしまう。また、自分や自分の同種が子実を減らそうとしても、同じ生態系内のライバル種が子実をたくさん成らせば、動物は減らないので、やはり無駄になる。

森の中では、自分、自分の同種、ライバル種の個体、ライバル種、動物、昆虫などの複雑な関係の中で、あたかも人々が、市場で取引をしたり、談合したり、カルテルを結んだり、騙したり、投票で決めたりしながら、財を獲得するのと同じ状態にあると思われる。もちろんドングリがそんなことを考えるわけではなく、長いあいだの変異と自然選択の結果、そうなった。

ドングリがどのような仕組みで子実の豊凶振動を起こし、かつ広い範囲の個体同士が、どのように豊凶周期を同調させているのか、多くの研究者が取り組んでいるが、いまだに謎である。

従来は、豊凶は気候に左右されるといわれてきたが、北海道の釧路地方の調査では、降水量についてはやや関連性が認められるが、気温や日照とは関連が見られない。知床地域の調査では、降水量、気温、日照すべてで、豊凶との関連が確認できない。(*1)


釧路地方のミズナラの豊凶指数の年変化、日照時間(6月中旬―-9月中旬)と豊凶指数


釧路地方のミズナラの受粉後(6月中旬)の気候(降水量・日最高気温・日照時間)と豊凶指数


知床地域の豊凶指数の年変化


知床地域の豊凶指数と気候(souce:どんぐりの豊作は予測できる?)

また、子実の豊凶は、樹体に蓄積された貯蔵養分(炭水化物)に左右されるともいわれてきたが、森林総合研究所の調査では、ブナの結実豊凶の制限要因は、窒素資源であるとしている。安定同位体を用いた調査によって、その年の花の炭水源は貯蔵養分に依存するが、種子生産の炭素源は、貯蔵炭水化物ではなく、その年に作られた光合成産物であることが示されている。豊作年には窒素資源が優先的に種子生産に配分されるため、花芽分化に必要な窒素資源が不足し、翌年は凶作になると報告している。(*2)


種子生産の炭素源(左)、ブナ個体あたりの種子(Fr)と葉(Lf)の窒素量(右)(韓ら, 2015)

貯蔵養分は、樹木が前年に生産した炭水化物(光合成産物)と根から吸収した無機養分(窒素、リン酸、カリウムなど)からなる。太陽から地球にそそぐ光の量は、毎年同じなのであるから、毎年同じ量の炭水化物を生産し、同じ量の無機養分を吸収するのがもっとも効率的であるはずだ。つまり、樹体の貯蔵養分の変動は、豊凶現象の結果であって、要因ではない。

果実の隔年結果の研究でも、結実は貯蔵養分に左右されると長いあいだ考えられてきたが、近年は、植物ホルモンなどの作用に起因すると考えられている。果実の種子では、ジベレリンが生成するが、豊作年に果実がたくさん結実すると、ジベレリンの濃度が高くなる。高濃度のジベレリンが枝に移行して、新梢での花芽分化を抑制すると考えられている。しかし、植物ホルモンは、情報伝達の物質であって、豊凶振動の経路の一部にすぎない。つまり、要因ではない。

いずれにしても、貯蔵養分やジベレリンの作用だけでは、樹木がどのように広い範囲で豊凶周期を同調しているのかの仕組みを説明できない。

北海道大学では、3地区の林地で、28年間、ミズナラ種子の豊凶調査を行っている。ミズナラの種子生産量には大きな年次変動が存在し、その年次変動には明瞭な周期性が見られた。豊作年の翌年は、不作あるいは凶作となる確率が高い。豊凶変動は、同一サイト内の個体間、および近接する3つのサイト間で、変動が同調している。全てのサイトで豊作が同調した年は28年間で7回あり、凶作または不作の同調が13回観測された。豊作よりも不作または凶作が同調する傾向がある。また、バイオマス成長量の年次変動は、種子生産量よりも、より密接にサイト間で同調する。豊凶変動は、外的要因である気象条件よりも、個体の内的要因が豊凶により強く影響していることが示唆される。(*3)


種子生産量(落下種子数のサイトごとの平均値と標準誤差)の経年変化(來住ら, 2015)


樹幹のバイオマス成長量(平均値とSE)の経年変化(來住ら, 2015)

これらの研究から、ドングリの周期的な豊凶振動は、気候などの外的要因よりも、内的要因に強く起因していることがうかがえる。豊凶振動をひき起こし、かつ集団で豊凶周期を同調させる仕組みとはどのようなものであろうか。このような複雑な仕組みを実現する条件として、どのようなことが考えられるであろうか。

・植物の個体は体内時計を有している
・体内時計によっておおよその豊凶周期が決まる
・豊凶周期は、気候など外的要因の影響を受ける
・豊凶周期は、他の個体からの情報の影響を受ける
・伝達される情報には投票行動のような作用があり、豊凶のタイミングについて多数派が形成される
・豊作よりも凶作を発現する情報のほうが強い作用がある(動物が増えすぎるリスクのほうが大きい)
・豊作年は凶作年に比べて同調が少ないことは、多数派に対して出し抜こうとする個体(遺伝子)が存在することを意味している
 
植物には体内時計が存在することや、植物の個体同士で情報伝達をおこなっていることは知られているが、詳細な仕組みはわかっていない。植物の情報伝達の存在がわかっているのは、次のようなことである。

・花粉や胞子による遺伝子の交換
・化学物質による情報伝達
・音波による情報伝達

化学物質による植物間のシグナルとして知られているのは、植物ホルモンのエチレン、サリチル酸、ジャスモン酸である。エチレンは果実の成熟や組織の肥大成長を促進する。ジャスモン酸やサリチル酸は、病害虫に対する抵抗性を誘導する。また、植物ホルモンのストリゴラクトンは、寄生植物のストライガなどの発芽を誘導する。もともと、ストリゴラクトンは、アーバスキュラー菌根菌の菌糸を伸長させて、共生するためのシグナル物資であるが、これをストライガが利用していると考えられている。

テルペン類や香り成分も、害虫への防御反応に関与している。トマトがハスモンヨトウに食害されると、十数種類の香り成分を放出する。その香り成分を別のトマトに曝露して、ハスモンヨトウに食べさせると、幼虫の成育が抑制される。これは、トマトが、無毒な香り化合物(ヘキセニルビシアノシド)を取り込んで、毒性のある化合物に変換しているためであるという。このシステムは他の多くの植物でも見られるらしい(*4)。

音波による植物の情報伝達については、ほとんど研究されていない。日本では、わずかに、2012年に高校生によって実施された研究がある。マカラスムギに2,000Hzの音を連続して聞かせると発芽率が上昇し、500Hzでは、発根率、芽、根の成長が強く促進されることが示された。また、100Hz以下の音は、発芽、発根率を低下させ、芽と根の成長を抑制する効果があるという。(*5)


音楽がマカラスムギの発芽・発根,初期生育に及ぼす影響(佐藤, 2012)


マカラスムギの発芽・発根,初期生育に対する一定周波数音の効(佐藤, 2012)


音がマカラスムギ種子内の糖代謝に及ぼす影響(佐藤, 2012)

ほかには、トマトが発する超音波(アコースティック・エミッション:AE)を測定することで、トマトの健康診断ができるという研究がある。植物は、環境変化などのストレスを受けると、茎から超音波(AE)を発生させ、茎が振動する。この振動を測定することで、植物のストレス耐性が数値化できるという。(*6)


超音波(AE)の測定による野菜(トマト)の健康診断の概要 (蔭山ら, 2009)

cf. 炭と微生物、炭と植物の謎
https://jcmswordp.wordpress.com/2016/02/23/%E7%82%AD%E3%81%A8%E5%BE%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E3%80%81%E7%82%AD%E3%81%A8%E6%A4%8D%E7%89%A9%E3%81%AE%E8%AC%8E/

文献
*1)渡辺展之 (2011) どんぐりの豊作は予測できる?, さっぽろ自然調査館 調査館通信35号
*2)韓慶民ら (2015) 樹木の種子豊凶のカギは窒素, 森林総合研究所平成27年版 研究成果選集
*3)來住牧ら (2015) ミズナラ堅果生産量の長期動態と豊凶仮説の検証, 低温科学73 125-132
*4)杉本貢一ら (2014) 被害を受けた仲間の香りを取り込んで身を守る. 化学69 (11)
*5)佐藤優紀 (2013) 植物における音の影響, 化学と生物 Vol. 51, No. 3.
*6)Kensuke KAGEYAMA, et al.(2009)Estimation for Embolism Risk of Tomato Using Acoustic Emission Response to Increased Drought Stress Environmental Control in Biology. Vol.47, 3, p127-136(植物の発する超音波や振動を測定し、植物の健康診断を行うことができます)
*7)松橋通生ら (1998) 炭素の生物作用一炭素の波動から細胞音波へ. 炭素材料学会1998巻184号 p. 213-218

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貯蔵の意味1:狩猟採集民は豊かだったのか? Meaning of storage 1:Were hunter-gatherers rich?

「貯蔵社会」とか「貯蔵段階」という言葉は、用語として定義されておらず、辞書にも出ていない。ふつうは、「定住」「定住化」「定住社会」という用語を使う。しかし、「定住」というのはあくまでも結果であって、人間が定住するようになったのは、周年で遊動しながら利用資源を獲得する生業スタイルから、獲得した利用資源を特定の場所に貯蔵して、貯蔵した資源で端境期を生存する生業スタイルに転換したからだ。

一般には、狩猟採集段階から農耕段階に移行したと考えられているが、狩猟採集社会は、ひとつの段階として定義できない。少なくとも、次の3つの段階に分けられるであろう。

段階 運動
拡散 拡散遊動
平衡テリトリー・非貯蔵 テリトリー内遊動
平衡テリトリー・貯蔵 定住+テリトリー内遊動

平衡テリトリー・貯蔵段階において、特定の居住地に食料を貯蔵して定住したのは、女性、老人、子供であり、男性はテリトリー内を遊動していたと思われる。

狩猟採集社会を考えるうえで、まったく異なる2つの見方がある。ひとつは、19世紀のハーバート・スペンサー以来の社会進化論的な立場で、「原始人や未開人は遅れており、野蛮で貧しい」という見方だ。

欧米では、20世紀に、フランツ・ボアズ(1858-1942)らの強い批判によって、社会進化論は衰退した。しかし、社会進化は、1960年代に、レスリー・ホワイト(1900-1975)によって、再び注目されるようになった。ホワイトは、コロンビア大学でボアズの講義を受けたが、のちに社会主義労働党(Socialist Labor Party of America)に加わった。

ホワイトは、アメリカの人類学がボアズらの強い影響下にあるなかで、スペンサーやルイス・H・モーガン(1818-1881)を再評価して、ネオ進化論(Neoevolutionism)と呼ばれた。

ホワイトは、社会進化における技術の重要性を説き、技術の進歩によって、1人当たり時間当たりのエネルギー使用量あるいはエネルギー消費量が増大するにつれて、文化が発展すると主張した。そして、技術とエネルギー消費のレベルから、文化の発展の段階を区分した。(*1)

・自分自身のエネルギーを利用する(狩猟採集)
・植物と動物の栽培化(農耕と牧畜)
・化石燃料(石炭、石油)のエネルギーを利用する
・原子力のエネルギーを利用する

ミシガン大学で、ホワイトの下で人類学を学んだマーシャル・サーリンズ(1930-)は、ネオ進化論者とされている(“Evolution and Culture”1960)。サーリンズは、1972年に“Stone Age Economics”(石器時代の経済学)を著して、狩猟採集民の社会は、元来は豊かな社会であったと主張した(Original affluent society)。

サーリンズは、著書のなかで、ホワイトの理論を次のように批判している。

「大きな反響をよんだ『エネルギーと文化進化』という試論のなかで、レスリー・ホワイトは、『農業および遊牧技術をもちいることで、年間一人当り利用し、管理できるエネルギー量が大いに増加した結果・・・、文化発展の一大前進』が、新石器時代におこったとのべている(1949, p372)。ホワイトはさらに、旧石器文化の主要なエネルギー源を人力と特徴づけ、これと新石器文化の馴化された動植物資源とを対立させて、進化論的な対照をきわだたせている。エネルギー源によるこの測定からただちにでてくるのは、狩猟民の熱力学的ポテンシャルにたいする低い評価―というのも、人間の肉体は、一人あたり20分の一馬力の《平均的動力源》の出力しかないのだから(1949, p369)―であって、しかも、新石器時代の文化事業から人間の努力を削除してしまっているので、まるで人々は、労働節約装置(馴化された動植物)のおかげで、すっかり自由になったかのような観を呈することになる。だが、ホワイトの問題のたて方はあきらかにまちがっている。新・旧石器文化が利用していた主要な物理的エネルギーは、ともに人間が供給したもので、いずれのばあいにも、この人間エネルギーは動植物資源から転換されたものであり、ごくわずかの例外(人力以外の動力の偶発的な直接利用)をのぞくと、だから年間一人当りの使用エネルギー量は、新・旧石器時代経済のいずれにおいても同じであった―しかも、産業革命の到来まで、人類史においてはほぼ恒常だったのである」(*2)

サーリンズの批判はもっともであるが、両者とも、人間の1人当たりのエネルギー消費量のみに注目して、エネルギーの消費量と社会(集団)の関係を考慮していない。

狩猟採集民や初期農耕民は、バンドあるいは部族で生活しており、利用資源(エネルギーと有用物質)を獲得できるのは、平時は、部族が占有するテリトリーの中だけである。

人間は、超協力タカ派戦略をとっている。

狩猟採集から農耕の段階に転換することによって、それまでは食料を採集できなかった場所であっても、収穫ができるようになる。1人当たりのエネルギー消費量は狩猟採集民も農耕民も同じであるが、テリトリー全体での食料の収穫量が増えるので、人口と消費可能なエネルギー量が増加する。人口と消費可能エネルギー量が増大すれば、強固な戦闘集団を作ることが可能になるので、その集団は、ライバル集団との闘争に勝って、相手からテリトリーを奪うことができる。

話がややそれたので元にもどす。

サーリンズは、狩猟採集民は、少ない労働時間(エネルギー使用量が小さい)にもかかわらず、1人当たりのエネルギー消費量は大きく、狩猟採集社会は、きわめて豊かな社会であったと論じた。

「ムーランドで、マレー川が例年のように低地を水浸しにしたとき、淡水産のザリガニが地面にぞろぞろはいだしてぐるのを目撃したが・・・、400人もの土着民が何週間もそれにたよって暮せるほどのものすごい数で、しかも腐ったりすてられたままのザリガニで、さらに400人も養えるほどであった・・・。12月のはじめになると、マレー川では、数えきれないほどの量の魚が、またたやすく手に入った・・・。ほんの2、3時間の・・・漁でとれる(魚の)数は、信じられないほどだった・・・。大陸の東部で非常に好まれている別の食品―特定の季節にまた豊富にとれるのだが―は、一種の蛾であって、これを土着民は、いくつかの発生地の洞穴やうつろからとってくる・・・。一種のカラシナの新芽、葉、茎も、出盛期に採集されて・・・、無数の土着民の、お気にいりで無尽蔵の食物源となっている・・・。このほかにも沢山の食品が土着民には知られていて、いま列挙したものと同様に、いずれも豊富で、また栄養価もたかいのである。(Eyre, 1845)」(*2)

「これらの集団のいずれもが、1日に採集する食物量を、どのばあいでももっと増加できたはずである。女にとって、食物探しは、日々まぬがれない仕事ではあるが、まったくよく休むので、食物探しや準備に日中の全時間をついやすことはなかった。男の食物採集はもっと散発的なたちのもので、1日、沢山とれたら、しばしば翌日は休むのだった・・・。おそらく彼らは、採取にふくまれる労力にたいし、いつもより沢山の食物が手にはいれば得をしたと無意識裡に計算しているにちがいなく、これくらいで十分だと判断しているはずで、だから、それだけ採取すると、そこでやめてしまうのである。(McArthur,1960)」(*2)

「食物資源は、『種類も量もたっぷり』あり、とりわけエネルギー値のたかいマンゲッティの実は、『非常に豊富だったので、何百万もが、毎年、拾われることなく、地上で腐っていた。(Lee, 1969, p. 59)」

「1《日労働》は、ほぼ6時間だった。それゆえ、ドーブ族の週労働は、大体15時間、1日平均になおすと2時間9分ということになる。アーネム・ランドの基準よりなおひくいが、この数字はしかし料理や器具の準備をふくんでいない。万事を考えあわせると、ブッシュマンの自立生計労働は、オーストラリア土着民のそれに、おそらくきわめて近いといえるだろう。さらにまた、オーストラリア人と同様に、生活資料のために働かない時間を、ブッシュマンはぶらぶらすごすか、あるいはぶらぶら活動する。ここでもまた、1、2日働いて、1、2目休み、キャンプで漫然とすごすという、旧石器時代特有のリズムがみられるのである。食物採取が、一義的な生産活動ではあるけれども、リーがかいているように、『人々は大部分の時間(週に4日から5日)、キャンプで休息したり、他のキャンプを訪ねたり、といった他の営みですごしている。(1969)」(*2)

「『年間をつうじて、おそらく平均1日2時間以下が、食物獲得についやされる時間』であった(Woodburn,1968)。興味ぶかいことに、ハドザ族は、人類学に教えられたからではなく、生活に教えられて、その余暇をまもるために、新石器革命をはねつけた。農耕民にとりかこまれているのに、ついさいきんまで彼らは農業の採用を拒絶してきたのである。『そうなれば、もっとひどく働かねばならない、というのが主たる根拠』なのであった。この点で、彼らはブッシュマンに似ているといえよう。というのも、後者は、新石器時代的な質問に、別の質問をたてて、こう答えたからである。『世界にモンゴンゴの実がこんなに沢山あるというのに、どうして植えねばならないのか』(Lee, 1968)」(*2)


モンゴンゴの子実、トウダイグサ科でアフリカ南部に分布(Author:NoodleToo)

同様のことは、ジャック・ハーランの実験でも報告されている(2017.12.16ブログ)。ハーランは、トルコ南東部の野生コムギが自生する地域で、石器で作った鎌を使用して収穫実験を行った。野生ヒトツブコムギの1時間当たりの収穫量は、2ポンド(0.9kg)以上であり、狩猟採集民の1家族が、3週間ほど野生コムギを採集すれば、1年間食べていく量が得られると報告した。


Sheaved and stooked wheat(1943)

しかし、サーリンズの主張やハーランの実験には、大きな見落としがある。冒頭で述べた「端境期」という言葉は、1年のなかで食料の収穫ができなくなる時期という意味で使っているが、その端境期には2とおりある。ひとつは豊作年の端境期で、もうひとつは凶作年の端境期である。豊作の年は、食料を十分に貯蔵できるので、端境期であっても飢えることはない。凶作年には、十分な食料を貯蔵できないので、端境期に食料が不足する。バンドや部族の社会では、テリトリー内の動物や植物はすべて共有財産であり、全員が平等に分け合う。このような社会では、凶作がつづいて飢饉がおきると、全員が飢えて、老人や子供など体力のない者から餓死する。

植物の子実は、豊作の年と凶作の年が交互にやってくることが知られており、人間の生死(遺伝子の存続)とテリトリーの人口を左右するのは、凶作年の端境期における1人当たり時間当たりの利用可能資源量である。

サン族への質問は、「どうして作物を植えないのか?」ではなくて「どうしてモンゴンゴの実を1年間たべられるほど貯蔵しないのか?」と聞くべきであった。後者の質問であれば、乾燥したカラハリ砂漠をテリトリーにする彼らが、非貯蔵から貯蔵へ転換しなかった理由があきらかになるかもしれない。

文献
*1)Leslie A. White (1943) Energy and the Evolution of Culture. American Anthropologist New Series, Vol. 45, No. 3, Part 1
*2)Marshall Sahlins (1972) Stone Age Economics. : 石器時代の経済学 (1984) 法政大学出版局

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ナトゥーフィアン=貯蔵社会への転換:Natufian culture=Revolution to storage society

ナトゥーフィアン期は、旧石器時代のなかでは特異な時代とされている。もっとも大きな変化は、人類が何十万年もつづけてきた遊動生活から、長期に定住する生活への転換が始まったことである。定住化が始まった理由は、食料を一定期間貯蔵して、端境期には貯蔵食料を利用して生存する生業スタイルへ転換したからである。

ナトゥーフィアンのおもな遺跡としては、シュベイカ1、ワディ・ハマ27、アイン・マラッハ、エル・ワド洞窟B層、アイン・サラタン、デデリエ洞窟B層、テル・アブ・フレイラなどがよく知られている。

シュベイカ1(Shubayqa 1)は、ヨルダン北東部の14,600~11,600前の遺跡である。ここからは、玄武岩でできた直径1mほどの窯、カヤツリグサ科、アブラナ科、マメ科、ヒトツブコムギ、オオムギ、カラスムギなどが出土している。光沢のあるフリントや石臼も見つかっている。窯のなかに残っていた植物遺体の年代は、14,400~14,200BPで、窯が使用されていたのは、ナトゥーフィアン初期であることがわかっている。24個の焦げた塊状の食物があり、パンと同じ構造をしていた。パンの材料は、コムギ、ライムギ、ミレット(雑穀)、カラスムギ、オオムギである。また、フスマ(皮)と粉の割合から、挽いた粉とフスマをフルイ分けしていた可能性があるという。(*1)


The site of Shubayqa 1 showing Structure 1 and one of the fireplaces (the oldest one) where the bread-like remains were discovered.(source:PNAS, 115, 31, 7925–7930)

ガラリア湖の南にあるワディ・ハマ27遺跡(Wadi Hammeh 27)では、13,500年前のドングリ(Quercus sp.)、タルホコムギ、野生オオムギ、ピスタチオ、レンズマメが出土し、フリントの刃を装着した骨製の鎌が見つかっている。


ワディ・ハマ27出土の骨製の鎌(Phillip Edwards, 2008)

ガラリア湖北方のアイン・マラッハ(Ain Mallaha)では、12,000~10,200年前の遺跡から、複数の円形の小屋、墓、光沢のあるフリント、ガゼル、ダマジカ、イノシシ、アカシカ、ウサギ、カメなど爬虫類、魚類が出土している。多数の人が埋葬されており、高齢の女性と子犬が一緒に埋葬されていた。また、遺体の上には、骨、貝殻、石で作られた精巧な装飾品が置かれていた。

ナトゥーフィアン期に定住化が始まったことは、ネズミの分析からも報告されている。レヴァントのハツカネズミの種類の変化と臼歯の形状の変化から、ネズミが最初に人間の居住地の周辺に住みつきはじめたのは、15,000年前のナトゥーフィアン初期であるという。(*2)


Chronology (Left) and location (Right) of the archaeological contexts providing Mus zooarchaeological samples used in this study. Sizes of Mus M1 samples are given in the last column of the table. The base map was generated from Environmental Systems Research Institute (ESRI) map data using ArcGIS v.9.1; Esri, GEBCO, DeLorme, NaturalVue, United States Geological Survey, NASA, Esri Inc.(PNAS 2017. 114 (16) 4099-4104)

レヴァントのナトゥーフィアン期の遺跡には、光沢のあるフリント、大量の石臼と石杵、複数の住居跡、貯蔵穴、埋葬遺跡など、定住化を示唆する多くの証拠が存在する。また、ナトゥーフィアン期には、人口が増加したと考えられており、その証拠としては、大規模な共同墓地の存在がある。エル・ワド洞窟(El-Wad cave)で60~100人、ナハール・オーレン(Nahal Oren)では50人の遺体が見つかっている。

また、当時の、社会関係を示すものとして、貝製、骨製のビーズ、ネックレス、頭用の飾りなど、多くの装飾品の存在がある。穴のある貝は、海岸部から遠い内陸部でも出土しており、部族間で装飾品などの財が交換されていたことがうかがえる。


Reconstruction of el-Wad H 23(Garrod and Bate 1937)


Natufian boulder mortars in el-Wad Cave (after Anati 1963)

なお、栽培化について論争になっている遺跡として、テル・アブ・フレイラ(Tell Abu Hureyra)がある。テル・アブ・フレイラは、ユーフラテス川中流の南岸に位置し、ナトゥーフィアン期と新石器時代(PPNB中期)の2つの層からなる。

テル・アブ・フレイラのナトゥーフィアン期の人口は、最大で100~200人と見積もられている。ライムギ、コムギ、ヒユ、マメ科、ピスタチオなど100種類の植物遺体、ガゼル、ムフロン、オナガー、オーロックス、ウサギ、キツネなどが出土している。

ナトゥーフィアン期のテル・アブ・フレイラでは、コムギなどの出土量が減ったこと、雑草が増えたこと、9個の粒の大きなライムギが出土したことなどから、ライムギの栽培が行われていたと論じている。この大粒ライムギのC14年代が13,000BPであったことから、ヤンガードリアス期の寒冷化によって、作物の栽培が始まったと主張した。(*3)

テルアブフレイラ
Figure 4 Examples of charred remains of rye grains from Epipalaeolithic(Mesolithic) levels at Abu Hureyra drawn to the same scale: (a) a typicalgrain of wild rye, Secale cf. cereale L. subsp. vavilovii (Grossh.) Zhuk.,from phase 1 which pre-dates the earliest evidence of cultivation; (b) atypical example of one of the nine grains of domestic-type rye, S. cerealeL. cf. subsp. cereale Zhuk., found in phases 2 and 3 of theEpipalaeolithic. This specimen comes from slightly higher levels than thewild specimen (a), and is AMS14C dated to phase 2 of the Epipalaeolithicoccupation, with a date of 10930 ⫾ 12014C yr BP (OxA-6685). Thedomestic-type grains differ from the wild types primarily in being signifi-cantly larger not only in breadth and thickness but also in length. As such,the domestic-type grains were instantly recognizable among the mixtureof smaller grains with which the earliest specimens were found, and wereclearly distinguishable from the mass of wild-type grains which were theonly forms present in all the preceding levels. (For drawings of more ofthe charred specimens of wild and domestic-type grains recovered fromAbu Hureyra, see Moore et al., 2000: Figures 12.6 and 12.23.)(The Holocene 11(4)(4):383–393 · July 2001)

その後、テル・アブ・フレイラは放棄され、再び人の居住が始まるのは、9,400年前の新石器時代(PPNB中期)である。このときは、集落の大きさはナトゥーフィアン期に比べてはるかに大きく、8,000年前には、人口が4,000〜6,000人に達したと考えられている。

しかし、13,000前に穀物栽培が始まったという説を立証するには、証拠が少なすぎる。もし、ナトゥーフィアン初期にライムギの栽培が始まったのであれば、その生産システムを発明した人々は、食料獲得に有利なので、人口が増えるはずだ。人口が増えれば、周辺の地域にライムギの栽培文化が広がるのが自然である。ところが、周辺の地域では栽培化の証拠は見つかっておらず、テル・アブ・フレイラでは人口が増えるどころか、逆に居住地が放棄された。この場所が栽培に適する条件にあったことは、新石器時代に人口が急増していることからあきらかなので、ナトゥーフィアン期に居住地を放棄した理由を説明できない。

じつのところ、居住地が放棄されたのは、テル・アブ・フレイラだけではない。ナトゥーフィアンの前期から後期への移行期には多くの居住地が放棄され、後期ナトゥーフィアンの集落は小規模であったことがわかっている。ナトゥーフィアンから新石器時代への移行は連続的ではなかった。

文献
*1)Amaia Arranz-Otaegui, et al. (2018) Archaeobotanical evidence reveals the origins of bread 14,400 years ago in northeastern Jordan. PNAS, 115, 31, 7925–7930.
*2)Lior Weissbrod, et al. (2017) Origins of house mice in ecological niches created by settled hunter-gatherers in the Levant 15,000 y ago. PNAS 114 (16) 4099-4104.
*3)Gordon Hillman, et al. (2001) New evidence of Lateglacial cereal cultivation at Abu Hureyra on the Euphrates. The Holocene 2001 11: 383.
*4)藤井純夫ほか(2013)西アジア考古学講義ノート. 日本西アジア考古学会

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