イネとスイギュウ:Oryza and water buffalo

野生イネの種子には長い野毛が着いているので、種子を拡散しているのは何らかの草食動物であることはあきらかである。水辺で生活するアジアの草食動物といえば、スイギュウである。スイギュウ属の生息地とイネ属の分布は、重なり合っている。


Oryza rufipogon(source:中国科学院植物研究所)


台湾のスイギュウ(Author:L. Chang)

スイギュウは人間とのかかわりの歴史が長く、栽培イネの成り立ちが複雑なように、スイギュウの成り立ちも複雑である。

スイギュウは、ウシ科(Bovidae)の草食動物で、アフリカスイギュウ属(Syncerus)とアジアスイギュウ属(Bubalus)に分けられる。アフリカスイギュウ属は、アフリカスイギュウ(African buffalo、Syncerus caffer)の1種のみとされるが、いくつかの亜種が認められている。

・ケープバッファロー:Cape buffalo or Southern savanna buffalo, S. c. caffer:大型で南アフリカ、東アフリカに分布

・スーダンバッファロー:Sudanese buffalo, S. c. brachyceros:中型で西アフリカに分布

・ナイルバッファロー:Nile buffalo, S. c. aequinoctialis:中央アフリカのサバナのにみに分布

・マウンテンバッファロー:Mountain buffalo or Virunga buffalo, S. c. mathewsi:コンゴ、ルワンダ、ウガンダの山岳地帯に分布

・フォレストバッファロー:Forest buffalo、Dwarf buffalo, S. c. nanus:肩高120cm未満でもっとも小型。中央アフリカと西アフリカの森林地域に分布。S. c. cafferは2n=52、S. c. nanusは2n=54なので、別種として扱う研究者もいる


Buffalo (syncerus caffer) in the Kalahari desert, South Africa(Author:Charlesjsharp)


Sudanese buffalo(Author:Gregor Rom)


African Forest Buffalo(Author:Jamie Lantzy)

アジアスイギュウ属(Bubalus)の種としては、アノア(低地アノア)、ヤマアノア、タマラオ、アジアスイギュウが知られている。

・アノア:低地アノア, Lowland anoa, B. depressicornis:インドネシアのスラウェシ島のみに生息する小型のスイギュウで、体長150~180cm、肩高80~90cm。低地の森林、湿地などに生息する

・ヤマアノア:Mountain anoa, B. quarlesi:インドネシアのスラウェシ島およびブトン島に生息する。体長150~180cm、肩高60~70cmで、低地アノアよりも小さく、スイギュウの中でもっとも小型。山地の森林に生息する

・タマラオ:Tamaraw or Mindoro dwarf buffalo, B. mindorensis:フィリピンミンドロ島の固有種で、かつてはルソン島にも生息していたといわれる。体長150~180cm、肩高100~110cm。湿地や湿った草地などに生息する

・アジアスイギュウ:Asiatic water buffalo, B. bubalis:南アジアから東南アジアに広く分布する。インドスイギュウともいう。野生のアジアスイギュウは、家畜スイギュウより大型で、オスは体長240~300cm、肩高150~190cm、体重1,200kgになる。インドに1,500頭、東南アジアには数百頭しかいないとされ、絶滅の危機に瀕している


アノア、Lowland anoa(Author:Sakurai Midori)


ヤマアノア、Mountain anoa(Author:JERRYE AND ROY KLOTZ MD)


タマラオ(Author:Gregg Yan)


アジアスイギュウ:A herd of wild water buffalo in Kaziranga National Park, Assam, India.(Author:NejibAhmed)

かつてのアジアでは、河川、湖沼、湿地などの水辺には、多様な生活環境に適応した、多くのスイギュウ属が生息していた。現在では、野生のスイギュウ属は絶滅寸前であり、すでに絶滅してしまった種もいると思われる。そして、野生のイネ属植物も絶滅の危機に瀕している。スイギュウは水辺のイネ科植物の種子拡散者であり、スイギュウがいなくなれば、イネ属植物も衰退するのは必然である。

一方、家畜のスイギュウは、世界全体で1億8千万頭ほどが飼育されている。家畜スイギュウには、沼沢型(swamp type)と河川型(river tipe)の2つの系統があることが知られている。沼沢型は東南アジアおよび中国南部で飼育され、河川型はバングラディッシュからインド、ヨーロッパで飼育されている。

両者は染色体数が異なり、沼沢型が2n=48、河川型が2n=50で、系統間では自然交配しにくい。田中和明氏らの報告によれば、沼沢型スイギュウは、タマラオにもっとも近縁で、河川型スイギュウは、スリランカなどに生存している野生のアジアスイギュウに近い(*1)。系統遺伝学的な研究では、沼沢型と河川型は、亜種レベルに分化した2つの野生原種から家畜化されたと考えられている。(*2)


A phylogenetic tree of the eight Bovinae cytochrome b sequences constructed using the neighbor-joining method. The underlined numbers above the internal branches are bootstrap probabilities (%) based on 1000 bootstrapped maximum-parsimony trees, Numbers with arrows are estimated divergence times (Myr).(source:Phylogenetic relationship among all living species of the genusBubalus based on DNA sequences of the cytochromeb gene)

家畜スイギュウのもっとも古い記録は、インダス文明のモヘンジョダロから出土した印章で、5,000~4,500年前のものである。また、古代メソポタミアのアッカド王朝のシャル・カリ・シャッリ王の印章(4,200年前)にも、家畜スイギュウが描かれている。東南アジアでは、タイの東北部の3,600年前の遺跡から、犂耕に利用されたらしきスイギュウの骨が出土している。


モヘンジョダロ出土の印章、5,000~4,500年前


アッカドのシャル・カリ・シャッリ王の印章、4,200年前

スイギュウ以外のイネ属植物の種子拡散者としては、種子を食べる水鳥や水辺に生息するネズミの仲間が考えられる。ベトナムには田んぼに棲んでイネを食べる「田ねずみ」がいるし、日本でもかつてはクマネズミのことを「田ねずみ」と呼んでいたらしい。

イネの種子が株の周囲に落ちて群落を形成したり、水の流れに乗って広がるであろうが、それだけでは、川下にしか移動できないので、生息域が狭まってしまう。やはり、野生イネの生存には、スイギュウ、水鳥、ネズミなどの種子拡散者の存在が不可欠である。

1年生ルフィポゴンは、毎年、必ず種子をつけるが、多年生ルフィポゴンは、分げつして栄養繁殖できるので、必ずしも種子をつける必要がない。スイギュウの群れがいないときは、種子生産にエネルギーをまわさず、分げつしてできるだけすばやく群落を形成したほうが、ライバルとの競争に有利である。大きな群落を維持できれば、スイギュウの群れを呼び寄せるのに有利であり、種子を遠くまで拡散することができる。

このような現象は、多くの生物で見られる。イネ科、ユリ科、ヒガンバナ科の多年草では、土壌が肥沃で生育条件が良好なときは、分げつ、球根、りん片などで栄養繁殖して群落を形成する。群落を作って、ライバル植物の侵入を防ぐと同時に、昆虫、鳥類、草食動物が集まりやすくする。土壌養分が不足したり、日照不足などで生育条件が悪化すると、種子をつけて、動物たちに種子を拡散してもらう。

イネの苗の栽植密度と分げつの関係について、星川清親(1933-1996)先生は、次のように書いている。

「成苗移植栽培で、1株の苗数を変えて分げつのちがいをみたものである。1本植えでは2次分げつの数が最も多く、3次分げつも10%ほど出ている。3本植えでは1次分げつが主体で60%を占め、2次分げつがこれに次ぎ、3次分げつは出ない。5本植えになると2次分げつの比率が減り、10本植えではほとんどが主稈と1次分げつで占められる。1株苗数が多くなるにつれて、主稈、1次分げつの比率が大きくなる。実験的に1株4本植えで、株間隔を標準に近いもの(a)、密植(b)、10×10cmの超密植(c)として植えてみると、密植(b)では全茎数9で、1個体から1.3本しか分げつしないし、超密植(c)においては全茎数4で、分げつはゼロである。密植で主茎が生長するスペースしかないと、競争者になる分げつは休眠してしまう。しかし、移植まもない、分げつ期の初めころは、たとえ超密植(c)でも苗が小さいので空間も十分あり、分げつが出現しそうに思えるが、実験の結果、まったく分げつが出現しなかった。栽植密度に対するイネの分げつの反応はまだ解明されていない点を多く残しており、これは収量構成の重要要素だけに興味深い。」(『イネつくりコツのコツ』)(*3)

イネの苗は、「密植で主茎が生長するスペースしかないと、競争者になる分げつは休眠してしまう」。これは苗が小さくても同じで、イネの苗は、自分のとなりとの間隔をわかっており、間隔が狭いときは分げつしない。群落ができれば、もはや分げつにエネルギーを投入せず、種子の生産に転換するためであろう。

冬に、コムギやオオムギを踏むと稔実がよくなることはよく知られている。これは、ウシやシカなどの草食動物に踏まれたり、葉を食べられることが、ムギが生殖生長へ転換するシグナルになっているためと思われる。

同様に、多年生のイネも、スイギュウに踏まれたり、葉を食べられたりすることが、栄養繁殖から種子繁殖へ転換するシグナルになっていることが予想される。

たとえば、昔から篤農家たちは、育苗の際に苗を踏んだり、竹や角材を引いて苗を押し倒したりする作業を続けてきた。暖地では、かつては、苗の葉先を剪葉してから田植えすることが行われていたし、生育の初期に、窒素肥料を切らす栽培法もある。さらに、風で強く揺すられる田んぼの周囲の株のほうが、真ん中の株より収穫量が多くなることは、よく知られている。


篤農家は、苗踏みしたり、竹や角材を引いて苗を押し倒したりする。2009年にこの本を作ったときは、イネの多年生の性質を表現しようとしたのだが・・(source:イネつくりコツのコツ)

苗の剪葉については、1984年の青森県農業試験場の報告がある。下図のように、剪葉区は、無剪葉より草丈は短くなるが、葉令はやや優り、第1葉枯葉率は少ない。根については、最長新根長では差がないが、新根数で剪葉区がやや優れる。(*4)


(sorce:中苗の剪葉処理による苗質・活着への影響)

2016年にも青森県農林総合研究所によって、剪葉試験がおこなわれている。剪葉は、苗が徒長したばあい、もしくは徒長しそうなばあいに、園芸用バリカンなどで行う。剪葉程度は、葉身長の半分程度で、剪葉する高さは、2葉期剪葉では10cm程度、3葉期剪葉では15cm程度にしている。結果は、下表のように、2葉期剪葉・追肥区は、わら重が少なく、精玄米重が大きく、屑米が少なく、登熟歩合と整粒歩合が優れると報告されている。(*5)


(source:青森県農林総合研究所.植え痛みを軽減するための徒長苗に対する剪葉処理)

多年草としてのイネの性質について考えるようになったのは、1993年の大冷害のときだ。当時、福島、岩手、青森の農家をまわっていたが、周囲の農家が2~3俵しかとれないにもかかわらず、まれに、6~7俵の収穫がある篤農家がいた。気候や品種の条件が同じなのに、どうして収穫量に大きな差がでるのか不思議であった。そして、収量の違いは、イネの多年生の性質に合った栽培管理が行われていたかどうかの違いであり、それが冷害のときに強くあらわれたのではないかと思うようになった。

文献
*1)Kazuaki Tanaka, Chester D. Solis, Joseph S. Masangkay, Kei-ichiro Maeda, Yoshi Kawamoto, Takao Namikawa.(1996)Phylogenetic relationship among all living species of the genusBubalus based on DNA sequences of the cytochromeb gene. Biochemical Genetics
*2)在来家畜研究会編.(2009)アジアの在来家畜.名古屋大学出版会
*3)農文協編.(2011)農家が教えるイネつくりコツのコツ.農文協
*4)諏訪充.本田勝雄.高城哲男.小林陽.(1984)中苗の剪葉処理による苗質・活着への影響.東北農業研究35,21-22
*5)青森県農林総合研究所.(2016)植え痛みを軽減するための徒長苗に対する剪葉処理.青森県農林水産部

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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