トウモロコシの起源:Origin of maize

トウモロコシの起源についても、長い研究と論争の歴史がある。トウモロコシの場合は、形が似た野生植物が存在しないために、その起源は大きな謎であった。19世紀には、サン・イレールによるポッドコーン説(1829年)、アスシャーソンのテオシンテ説(1875年)、ドゥ・カンドールのコロンビア起源説(1882年)などが提案されていた。

20世紀以降は、テオシンテ説と3部説の2つが有力とされてきた。

1875年に、アスシャーソンが、トウモロコシの起源にはテオシンテが重要な役割を果たしたという説を提示し、1931年にニコライ・ヴァヴィロフ、1932年にジョージ・ビードルらもテオシンテ起源説を唱えた。

テオシンテは、現在のメキシコでもトウモロコシ畑に雑草として生息しており、両者の自然雑種が見られる(写真)。トウモロコシの染色体数は2n=20であり、テオシンテ(Zea mays L. subsp. mexicana)の染色体数も2n=20である。両者は容易に交雑して、その種子の稔性も大きい。形態が大きく異なることをのぞけば、遺伝的には、トウモロコシとテオシンテは同種の植物であることを示している。


teosinte (top), maize-teosinte hybrid (middle), maize (bottom)(Author:John Doebley)

一方、3部説は、1938年にマンゲルスドルフらが唱えた説で、以下のようなものであった。a)トウモロコシの祖先は、未発見あるいはすでに絶滅した野生トウモロコシに由来する。b)テオシンテは、トウモロコシとトリプサクム属(Tripsacum)の交雑種である。c)野生型に由来する初期の栽培型トウモロコシと多年生テオシンテとが交雑し、現在の栽培型が成立した。

テオシンテ説と3部説のあいだで激しい論争が続けられてきたが、2000年ごろまでには、遺伝的な解析によって、テオシンテ説が広く支持されるようになった。

イネ科(Poaceae)テオシンテ属(Zea)の植物としては、数種が知られており、栽培トウモロコシはZea mays L.に含まれる。

Z. diploperennis H. H. Iltis et al.
英名:diploperennial teosinte
分布:メキシコ(Jalisco, Nayarit)

Z. luxurians (Durieu & Asch.) R. M. Bird
英名:Florida teosinte, Guatemalan teosinte
分布:メキシコ(Oaxaca)、グアテマラ、 ホンジュラス

Z. mays L.
英名:maize, Indian corn
分布:メキシコ、グアテマラ

Z. nicaraguensis H. H. Iltis & B. F. Benz
分布:ニカラグア(Chinandega)

Z. perennis (Hitchc.) Reeves & Mangelsd.
英名:perennial teosinte
分布:メキシコ(Jalisco, Michoacan)

Z. vespertilio Gómez-Laur.
分布:コスタリカ(Guanacaste)


Z. diploperennis H. H. Iltis et al.(Author:Jeffdelonge)

Z. mays L.にはいくつかの亜種が認められている。

Z. mays L. subsp. huehuetenangensis (H. H. Iltis & Doebley) Doebley
英名:Hhuehuetenango teosinte, San Antonio Huista teosinte
分布:グアテマラ(Huehuetenango)
グアテマラ西部にのみ分布

Z. mays L. subsp. mexicana (Schrad.) H. H. Iltis
英名:Central Plateau teosinte, Chalco teosinte, Durango teosinte, Mexican teosinte、nobogame teosinte
分布:メキシコ(Chihuahua, DurangoGuanajuato, Jalisco , Michoacan)
メキシコの北部および中央部の、標高1700~2600mの高地

Z. mays L. subsp. parviglumis H. H. Iltis & Doebley
英名:Balsas teosinte, Guerrero teosinte
分布:メキシコ(Guerrero, Jalisco, Michoacan, Oaxaca)
メキシコの標高400~1800mの地域に分布。mexicana に比べ、低い標高で温暖な地域に生育している。分げつが多く、20~100本になる。栽培トウモロコシの祖先野生種。

Z. mays L. subsp. mays
英名:corn, dent corn, field corn, flint corn, maize, pod corn, popcorn, sweet corn
栽培トウモロコシ


Z. mays L. subsp. parviglumis(Author:Mbhufford)

2002年に松岡由浩氏らは、トウモロコシ在来品種193系統とテオシンテ71系統を用いて、分子系統樹を作成した。その結果、すべての栽培トウモロコシは、メキシコ南部のBalsas川中流域に自生するZ. mays L. subsp. parviglumisから生じたことが判明した。栽培化(domestication)は1回だけであり、比較的標高が低いBalsas川中流域から、メキシコ高地に伝播し、そこで急速に多様化して、北米や南米に拡散したことが示唆された。また、Z. mays L. subsp. parviglumisと栽培トウモロコシの分岐年代は、約9,000年前と推定されている。(*2)


Geographic distribution of maize and teosinte used in this study. Core Andean maize characterized by hand-grenade-shaped ears (22 samples), other South American maize (47), Guatemalan and southern Mexican maize (31), Caribbean maize (6), lowland western and northern Mexican maize (15), highland Mexican maize (20), eastern and central U.S. maize (24), southwestern U.S. maize (22), northern Mexican maize (6), ssp. parviglumis (34), and ssp. mexicana (33). Inset shows the distribution of the 34 populations of ssp. parviglumis in southern Mexico with the populations that are basal to maize in Fig. 2 (represented as asterisks). The blue line is the Balsas River and its major tributaries.(source:PNAS April 30, 2002. 99 (9) 6080-6084)


Phylogenies of maize and teosinte rooted with ssp. huehuetenangensis based on 99 microsatellites. Dashed gray line circumscribes the monophyletic maize lineage. Asterisks identify those populations of ssp. parviglumis basal to maize, all of which are from the central Balsas River drainage. (a) Individual plant tree based on 193 maize and 71 teosinte. (b) Tree based on 95 ecogeographically defined groups. The numbers on the branches indicate the number of times a clade appeared among 1,000 bootstrap samples. Only bootstrap values greater than 900 are shown. The arrow indicates the position of Oaxacan highland maize that is basal to all of the other maize. (source:PNAS April 30, 2002. 99 (9) 6080-6084)

考古学では、従来、もっとも古いトウモロコシの証拠は、メキシコのオアハカのギラ・ナキツ洞窟から出土した穂軸であった。これは、14Cによる年代測定で、6,250年前とされている。また、プエブラのテワカン盆地のサン・マルコス洞窟から見つかった穂軸は、5,600年前と推定されている。

2009年の報告では、Balsas川中流域のXihuatoxtla洞窟から出土したZ. mays L.のデンプンとプラントオパールの年代は、8,700年前であることが示されている(*3)。洞窟の周辺は、山頂が1,500~1,800m、谷底では標高700~900mの渓谷地帯である。年間降水量は1,000~1,400mmで、6~10月の雨期に90%が降る。気候区分は、サバナ気候あるいは温暖冬季少雨気候である。植生は熱帯性落葉樹林で、ピテケロビウム(マメ科)、プロソピス(マメ科)、ロイカエナ(マメ科)、スポンディア(ウルシ科)、ヤシ、ヤマノイモなどが多い。洞窟から出土した種子や磨石(すりいし)に付着したデンプンの分析から、8,990~8,610年前に、Z. mays L.とカボチャがすでに栽培されていたと考えられている。(*4)


The study area in northern Guerrero.(source:PNAS March 31, 2009. 106 (13) 5014-5018)


A view of the enormous boulder that formed the Xihuatoxtla Shelter. (source:PNAS March 31, 2009. 106 (13) 5014-5018)


Handstones and milling stone bases from the preceramic layers in the Xihuatoxtla Shelter. (A) Small handstone (318e) from layer E that yielded 80 maize starch grains, maize cob phytoliths, and 29 squash phytoliths. (B) Complete milling stone base (316d) from layer D that yielded 68 maize starch grains as well as 4 yam (Dioscorea sp.), 3 legume, and 1 Marantaceae starch grains. (C) Handstone fragment (318d) from layer E that yielded 22 maize starch grains, maize cob phytoliths, and 28 squash phytoliths. (D) Handstone (322c) from layer E that yielded 11 maize starch grains, maize cob phytoliths, and 7 squash phytoliths. (E) Small handstone (365a) from layer C that yielded 24 maize starch grains and maize cob phytoliths. (F) Handstone (319d) from layer E that yielded 8 maize starch grains, maize cob phytoliths, and 37 squash phytoliths. (G) Slab milling stone fragment (316c) from layer D that yielded 2 maize starch grains, maize cob phytoliths, and 29 squash phytoliths. (source:PNAS March 31, 2009. 106 (13) 5014-5018)


Af(熱帯雨林気候)、Am(熱帯季節風気候)、Aw(サバナ気候)、BWh,BWk(砂漠気候)、BSh,Bsk(ステップ気候)、Cwa,Cwb(温暖冬季少雨気候)

ただ、いろいろな論文を読んでもよくわからないのは、テオシンテの種子拡散者である。トウモロコシは、登熟しても穂軸から種子がはずれない(非脱粒性)が、テオシンテの種子は登熟して乾燥すると、種子がバラバラにはずれて地面に落ちる(脱粒性)。また、トウモロコシの種子の皮は薄いが、テオシンテの種子は堅い皮で包まれている。

中米や南米の草食動物としては、ラクダ科のアルパカとリャマがいる。しかし、テオシンテの種子には野毛がないので、アルパカやリャマの毛に付着して種子を拡散するわけではない。テオシンテがアルパカやリャマに種子を拡散してもらうには、種子を食べられるしかないので、テオシンテの種子は、登熟したあともしばらくは穂軸に着いており、完全に乾燥してから脱粒する性質なのかもしれない。


野生のアルパカ(Author:Franz Xaver)

アルパカやリャマに食べられなかったテオシンテの種子は、地面に落ちるので、これを食べるのは、鳥や小型の動物である。

鳥のなかで思い浮かぶのは、リョコウバト(passenger pigeon)である。リョコウバトは集団で渡りを行うハトで、夏期は北米の落葉樹林帯で営巣、繁殖し、冬期にはメキシコ周辺で生活していた。北米ではもっとも数が多かった鳥類で、かつては30~50億匹が生息していたと見積もられている。

リョコウバトはその肉が美味であったため、アメリカ先住民が狩猟の対象にしていたが、19世紀になって大乱獲が始まった。食用、飼料、羽根布団の材料として、大量に捕獲され、個体数が激減した。1914年に、動物園で保護されていた最後の1羽が死亡し、リョコウバトは完全に絶滅してしまった。

リョコウバトは、メキシコが乾期の冬の時期に、メキシコに大量に渡ってきて生活していたのであるから、地面に散らばったテオシンテの種子を食べて、拡散していたのではないだろうか。


Martha, the last passenger pigeon, mounted in a display case in the National Museum of Natural History(Author:Ph0705)

リョコウバトのような例はよく見られる。野生のコムギやオオムギはオーロックスやムフロンなどの草食動物と共生関係にあったが、ムギが栽培化されると、間もなくオーロックスやムフロンもウシやヒツジへ家畜化され、その後は植物も動物も野生型は衰退したり絶滅したりしてしまった。これは、イネとスイギュウの関係も同じである。

栽培化(domestication)とは、ヒトが、栽培化前の野生植物と共生していた野生動物の地位を奪うこととも言える。

小型の哺乳動物としては、アメリカ大陸には、もともと有袋類が多く生息していた。有袋類は有胎盤類より早く地球上に拡散し、その後に有胎盤類との競争に敗れてほとんどが絶滅した。

現在でもアメリカ大陸に生き残っている有袋類は、オポッサム目とケノレステス目である。オポッサム科は70種以上が生存しているが、ケノレステス目は、1科3属7種しか生き残っていない。ケノレステスは小型の有袋類で、有胎盤類のネズミによく似ている。かつては、多くのケノレステス目の小動物が生息し、食料が少なくなる乾期に、テオシンテの種子を貯蔵して生き延びていたのかもしれない。


Shrew opossum,Dusky caenolestid (Caenolestes fuliginosus)(1863)

文献
*1)山田実、トウモロコシの起源と特性、(1986)農業技術大系作物編第7巻、農文協
*2)Matsuoka, Y., Y. Vigouroux, M. M. Goodman, J. Sanchez G., E. Buckler, J. Doebley.(2002)A single domestication for maize shown by multilocus microsatellite genotyping. PNAS April 30, 2002. 99 (9) 6080-6084
*3)Dolores R. Piperno, Anthony J. Ranere, Irene Holst, Jose Iriarte and Ruth Dickau,(2009)Starch grain and phytolith evidence for early ninth millennium B.P. maize from the Central Balsas River Valley, Mexico, PNAS March 31, 2009. 106 (13) 5019-5024;
*4)Anthony J. Ranere, Dolores R. Piperno, Irene Holst, Ruth Dickau and José Iriarte,(2009)The cultural and chronological context of early Holocene maize and squash domestication in the Central Balsas River Valley, Mexico, PNAS March 31, 2009. 106 (13) 5014-5018
*5)Joost van Heerwaarden, John Doebley, William H. Briggs, Jeffrey C. Glaubitz, Major M. Goodman, Jose de Jesus Sanchez Gonzalez and Jeffrey Ross-Ibarra.(2011)Genetic signals of origin, spread, and introgression in a large sample of maize landraces
PNAS January 18, 2011. 108 (3) 1088-1092
*6)松岡由浩.(2007)栽培植物の分子系統学.蛋白質 核酸 酵素 Vol.52 No.15
*7)福永健二.(2009)植物のドメスティケーション:トウモロコシの起源.国立民族学博物館調査報告84 137-151

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イネとスイギュウ:Oryza and water buffalo

野生イネの種子には長い野毛が着いているので、種子を拡散しているのは何らかの草食動物であることはあきらかである。水辺で生活するアジアの草食動物といえば、スイギュウである。スイギュウ属の生息地とイネ属の分布は、重なり合っている。


Oryza rufipogon(source:中国科学院植物研究所)


台湾のスイギュウ(Author:L. Chang)

スイギュウは人間とのかかわりの歴史が長く、栽培イネの成り立ちが複雑なように、スイギュウの成り立ちも複雑である。

スイギュウは、ウシ科(Bovidae)の草食動物で、アフリカスイギュウ属(Syncerus)とアジアスイギュウ属(Bubalus)に分けられる。アフリカスイギュウ属は、アフリカスイギュウ(African buffalo、Syncerus caffer)の1種のみとされるが、いくつかの亜種が認められている。

・ケープバッファロー:Cape buffalo or Southern savanna buffalo, S. c. caffer:大型で南アフリカ、東アフリカに分布

・スーダンバッファロー:Sudanese buffalo, S. c. brachyceros:中型で西アフリカに分布

・ナイルバッファロー:Nile buffalo, S. c. aequinoctialis:中央アフリカのサバナのにみに分布

・マウンテンバッファロー:Mountain buffalo or Virunga buffalo, S. c. mathewsi:コンゴ、ルワンダ、ウガンダの山岳地帯に分布

・フォレストバッファロー:Forest buffalo、Dwarf buffalo, S. c. nanus:肩高120cm未満でもっとも小型。中央アフリカと西アフリカの森林地域に分布。S. c. cafferは2n=52、S. c. nanusは2n=54なので、別種として扱う研究者もいる


Buffalo (syncerus caffer) in the Kalahari desert, South Africa(Author:Charlesjsharp)


Sudanese buffalo(Author:Gregor Rom)


African Forest Buffalo(Author:Jamie Lantzy)

アジアスイギュウ属(Bubalus)の種としては、アノア(低地アノア)、ヤマアノア、タマラオ、アジアスイギュウが知られている。

・アノア:低地アノア, Lowland anoa, B. depressicornis:インドネシアのスラウェシ島のみに生息する小型のスイギュウで、体長150~180cm、肩高80~90cm。低地の森林、湿地などに生息する

・ヤマアノア:Mountain anoa, B. quarlesi:インドネシアのスラウェシ島およびブトン島に生息する。体長150~180cm、肩高60~70cmで、低地アノアよりも小さく、スイギュウの中でもっとも小型。山地の森林に生息する

・タマラオ:Tamaraw or Mindoro dwarf buffalo, B. mindorensis:フィリピンミンドロ島の固有種で、かつてはルソン島にも生息していたといわれる。体長150~180cm、肩高100~110cm。湿地や湿った草地などに生息する

・アジアスイギュウ:Asiatic water buffalo, B. bubalis:南アジアから東南アジアに広く分布する。インドスイギュウともいう。野生のアジアスイギュウは、家畜スイギュウより大型で、オスは体長240~300cm、肩高150~190cm、体重1,200kgになる。インドに1,500頭、東南アジアには数百頭しかいないとされ、絶滅の危機に瀕している


アノア、Lowland anoa(Author:Sakurai Midori)


ヤマアノア、Mountain anoa(Author:JERRYE AND ROY KLOTZ MD)


タマラオ(Author:Gregg Yan)


アジアスイギュウ:A herd of wild water buffalo in Kaziranga National Park, Assam, India.(Author:NejibAhmed)

かつてのアジアでは、河川、湖沼、湿地などの水辺には、多様な生活環境に適応した、多くのスイギュウ属が生息していた。現在では、野生のスイギュウ属は絶滅寸前であり、すでに絶滅してしまった種もいると思われる。そして、野生のイネ属植物も絶滅の危機に瀕している。スイギュウは水辺のイネ科植物の種子拡散者であり、スイギュウがいなくなれば、イネ属植物も衰退するのは必然である。

一方、家畜のスイギュウは、世界全体で1億8千万頭ほどが飼育されている。家畜スイギュウには、沼沢型(swamp type)と河川型(river tipe)の2つの系統があることが知られている。沼沢型は東南アジアおよび中国南部で飼育され、河川型はバングラディッシュからインド、ヨーロッパで飼育されている。

両者は染色体数が異なり、沼沢型が2n=48、河川型が2n=50で、系統間では自然交配しにくい。田中和明氏らの報告によれば、沼沢型スイギュウは、タマラオにもっとも近縁で、河川型スイギュウは、スリランカなどに生存している野生のアジアスイギュウに近い(*1)。系統遺伝学的な研究では、沼沢型と河川型は、亜種レベルに分化した2つの野生原種から家畜化されたと考えられている。(*2)


A phylogenetic tree of the eight Bovinae cytochrome b sequences constructed using the neighbor-joining method. The underlined numbers above the internal branches are bootstrap probabilities (%) based on 1000 bootstrapped maximum-parsimony trees, Numbers with arrows are estimated divergence times (Myr).(source:Phylogenetic relationship among all living species of the genusBubalus based on DNA sequences of the cytochromeb gene)

家畜スイギュウのもっとも古い記録は、インダス文明のモヘンジョダロから出土した印章で、5,000~4,500年前のものである。また、古代メソポタミアのアッカド王朝のシャル・カリ・シャッリ王の印章(4,200年前)にも、家畜スイギュウが描かれている。東南アジアでは、タイの東北部の3,600年前の遺跡から、犂耕に利用されたらしきスイギュウの骨が出土している。


モヘンジョダロ出土の印章、5,000~4,500年前


アッカドのシャル・カリ・シャッリ王の印章、4,200年前

スイギュウ以外のイネ属植物の種子拡散者としては、種子を食べる水鳥や水辺に生息するネズミの仲間が考えられる。ベトナムには田んぼに棲んでイネを食べる「田ねずみ」がいるし、日本でもかつてはクマネズミのことを「田ねずみ」と呼んでいたらしい。

イネの種子が株の周囲に落ちて群落を形成したり、水の流れに乗って広がるであろうが、それだけでは、川下にしか移動できないので、生息域が狭まってしまう。やはり、野生イネの生存には、スイギュウ、水鳥、ネズミなどの種子拡散者の存在が不可欠である。

1年生ルフィポゴンは、毎年、必ず種子をつけるが、多年生ルフィポゴンは、分げつして栄養繁殖できるので、必ずしも種子をつける必要がない。スイギュウの群れがいないときは、種子生産にエネルギーをまわさず、分げつしてできるだけすばやく群落を形成したほうが、ライバルとの競争に有利である。大きな群落を維持できれば、スイギュウの群れを呼び寄せるのに有利であり、種子を遠くまで拡散することができる。

このような現象は、多くの生物で見られる。イネ科、ユリ科、ヒガンバナ科の多年草では、土壌が肥沃で生育条件が良好なときは、分げつ、球根、りん片などで栄養繁殖して群落を形成する。群落を作って、ライバル植物の侵入を防ぐと同時に、昆虫、鳥類、草食動物が集まりやすくする。土壌養分が不足したり、日照不足などで生育条件が悪化すると、種子をつけて、動物たちに種子を拡散してもらう。

イネの苗の栽植密度と分げつの関係について、星川清親(1933-1996)先生は、次のように書いている。

「成苗移植栽培で、1株の苗数を変えて分げつのちがいをみたものである。1本植えでは2次分げつの数が最も多く、3次分げつも10%ほど出ている。3本植えでは1次分げつが主体で60%を占め、2次分げつがこれに次ぎ、3次分げつは出ない。5本植えになると2次分げつの比率が減り、10本植えではほとんどが主稈と1次分げつで占められる。1株苗数が多くなるにつれて、主稈、1次分げつの比率が大きくなる。実験的に1株4本植えで、株間隔を標準に近いもの(a)、密植(b)、10×10cmの超密植(c)として植えてみると、密植(b)では全茎数9で、1個体から1.3本しか分げつしないし、超密植(c)においては全茎数4で、分げつはゼロである。密植で主茎が生長するスペースしかないと、競争者になる分げつは休眠してしまう。しかし、移植まもない、分げつ期の初めころは、たとえ超密植(c)でも苗が小さいので空間も十分あり、分げつが出現しそうに思えるが、実験の結果、まったく分げつが出現しなかった。栽植密度に対するイネの分げつの反応はまだ解明されていない点を多く残しており、これは収量構成の重要要素だけに興味深い。」(『イネつくりコツのコツ』)(*3)

イネの苗は、「密植で主茎が生長するスペースしかないと、競争者になる分げつは休眠してしまう」。これは苗が小さくても同じで、イネの苗は、自分のとなりとの間隔をわかっており、間隔が狭いときは分げつしない。群落ができれば、もはや分げつにエネルギーを投入せず、種子の生産に転換するためであろう。

冬に、コムギやオオムギを踏むと稔実がよくなることはよく知られている。これは、ウシやシカなどの草食動物に踏まれたり、葉を食べられることが、ムギが生殖生長へ転換するシグナルになっているためと思われる。

同様に、多年生のイネも、スイギュウに踏まれたり、葉を食べられたりすることが、栄養繁殖から種子繁殖へ転換するシグナルになっていることが予想される。

たとえば、昔から篤農家たちは、育苗の際に苗を踏んだり、竹や角材を引いて苗を押し倒したりする作業を続けてきた。暖地では、かつては、苗の葉先を剪葉してから田植えすることが行われていたし、生育の初期に、窒素肥料を切らす栽培法もある。さらに、風で強く揺すられる田んぼの周囲の株のほうが、真ん中の株より収穫量が多くなることは、よく知られている。


篤農家は、苗踏みしたり、竹や角材を引いて苗を押し倒したりする。2009年にこの本を作ったときは、イネの多年生の性質を表現しようとしたのだが・・(source:イネつくりコツのコツ)

苗の剪葉については、1984年の青森県農業試験場の報告がある。下図のように、剪葉区は、無剪葉より草丈は短くなるが、葉令はやや優り、第1葉枯葉率は少ない。根については、最長新根長では差がないが、新根数で剪葉区がやや優れる。(*4)


(sorce:中苗の剪葉処理による苗質・活着への影響)

2016年にも青森県農林総合研究所によって、剪葉試験がおこなわれている。剪葉は、苗が徒長したばあい、もしくは徒長しそうなばあいに、園芸用バリカンなどで行う。剪葉程度は、葉身長の半分程度で、剪葉する高さは、2葉期剪葉では10cm程度、3葉期剪葉では15cm程度にしている。結果は、下表のように、2葉期剪葉・追肥区は、わら重が少なく、精玄米重が大きく、屑米が少なく、登熟歩合と整粒歩合が優れると報告されている。(*5)


(source:青森県農林総合研究所.植え痛みを軽減するための徒長苗に対する剪葉処理)

多年草としてのイネの性質について考えるようになったのは、1993年の大冷害のときだ。当時、福島、岩手、青森の農家をまわっていたが、周囲の農家が2~3俵しかとれないにもかかわらず、まれに、6~7俵の収穫がある篤農家がいた。気候や品種の条件が同じなのに、どうして収穫量に大きな差がでるのか不思議であった。そして、収量の違いは、イネの多年生の性質に合った栽培管理が行われていたかどうかの違いであり、それが冷害のときに強くあらわれたのではないかと思うようになった。

文献
*1)Kazuaki Tanaka, Chester D. Solis, Joseph S. Masangkay, Kei-ichiro Maeda, Yoshi Kawamoto, Takao Namikawa.(1996)Phylogenetic relationship among all living species of the genusBubalus based on DNA sequences of the cytochromeb gene. Biochemical Genetics
*2)在来家畜研究会編.(2009)アジアの在来家畜.名古屋大学出版会
*3)農文協編.(2011)農家が教えるイネつくりコツのコツ.農文協
*4)諏訪充.本田勝雄.高城哲男.小林陽.(1984)中苗の剪葉処理による苗質・活着への影響.東北農業研究35,21-22
*5)青森県農林総合研究所.(2016)植え痛みを軽減するための徒長苗に対する剪葉処理.青森県農林水産部

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イネの起源2:Origin of Oryza sativa

イネ科(Poaceae)イネ属(Oryza)の植物は、熱帯、亜熱帯地方に広く分布し、20種あまりが知られている(*1)。イネ属植物の多くは、森の中の日陰の水辺に生息する多年生植物であるが、栽培イネを含むAAゲノムをもつ種は、開けた場所を好み、日当たりのよい川岸や湖沼、湿地、氾濫原などに分布している。


イネ属(参考:農業生物資源ジーンバンク)

人間によって、栽培化(domestication)されたのは次の2種である。

イネ(ジャポニカ、インディカ)
栽培:Oryza sativa L.
野生:Oryza rufipogon Griff.

アフリカイネ
栽培:Oryza glaberrima Steud.
野生:Oryza barthii A. Chev.

野生イネのO. rufipogon(ルフィポゴン)の分布域は、東南アジア、南アジア、ニューギニア、オーストラリア北部である(下図)。


O. rufipogon(ルフィポゴン)の分布(souce:農業生物資源ジーンバンク)

ルフィポゴンには、多年生の系統と1年生の系統があり、1年生の系統は、O. nivara Sharma et Shastry(ニヴァラ)と分類されることもある。1年生の系統を、ルフィポゴンの亜種として扱うときは、O. rufipogon subsp. nivaraと書かれる。

多年生ルフィポゴンは、日当たりがよく、一年中、土壌水分が存在する川辺、湖沼、湿地などに生息している。多年生なので、その性質は、栄養繁殖力が強く、競争力が強く、開花期が遅く、他殖率が高い。栄養繁殖力が強いということは、稔実しない性質(不稔)が強いということである。メコンデルタの農民たちは、多年生野生イネのことを「ゴーストライス」と呼んでいるが、その理由は、多年生野生イネは、穂をつけても種子ができないためという。(*2)

一方、1年生ルフィポゴンは、日当たりがよく、雨期と乾期があって、乾期には土壌が完全に乾燥する場所に生息し、浅水の川辺、低地、氾濫原などに分布している。その性質は、多年生と逆で、種子繁殖し、開花期が早く、種子が確実にできるように自殖率が高い。

気候図で見ると、多年生ルフィポゴンは、Af(熱帯雨林)、Am(熱帯モンスーン)、Aw(サバナ)、Cwa(温帯夏雨)にまたがる広い気候帯に生息しているのに対し、1年生ルフィポゴンは、雨期と乾期があるAw(サバナ)のみに分布している。


Köppen World Map(Author:Peel, M. C., Finlayson, B. L., and McMahon, T. A.)

もともと、ルフィポゴンの祖先は多年生であり、日当たりがよく、周年で水が存在する川辺や湖沼に生息していたが、1年生の形質を持った系統が、定期的に環境が攪乱されてライバルが少ない場所(ニッチ)に進出したのであろう。サバナ気候帯では雨期と乾期がくり返されるために、定期的に浸水する浅水の湖沼や河川の氾濫原が形成される。そのような場所は、多年生草本や樹木が進出することが難しい。

前回、栽培イネの起源地は珠江中流という報告が予想どおりだったと書いたのは、以下の理由による。

そもそも、『栽培植物の起源』(1882)を著わしたアルフォンス・ドゥ・カンドール(1806-1893)以来、栽培植物の原産地には、その原種となる野生型が存在することが前提である。野生原種が存在しなければ、栽培型が生じるはずがない。野生イネのルフィポゴンは、長江流域には生息しておらず、分布域の北限は珠江流域である。

そして、新石器時代初期の古い稲作の考古学的な証拠が確認されているのは、長江流域のみである。すなわち、野生原種のルフィポゴンが存在し、かつ長江と距離的にもっとも近いのは珠江流域である。イネの起源地として、もっとも可能性が高いのは珠江流域だろうと思っていた。

1万年前は現在より気温が3~4℃高く、長江流域まで、野生イネの分布が広がっていたという主張もある。しかし、コムギの栽培化の例では、野生コムギの利用が始まってから、栽培型があらわれるまでに1,000年以上を要している。オオムギでは1,500年以上、黄河流域のアワでは4,000年もの時間がかかったと考えられている(2018.3.15ブログ参照)。

栽培型があらわれるには、「無意識の選択」(収穫する、捨てる・種播きする)を、1,000年以上も続けなければならない。そのため、栽培イネの起源地は、ルフィポゴンが1,000年以上も安定して大群落を形成できるような場所でなければならない。もともと気候的にルフィポゴンが生息できない長江流域が、すぐにそのような場所に変わるという想定には無理がある。さらに、植物が生存するには、その遺伝子を安定して存続させる種子拡散者の存在が不可欠である(後述)。

オオムギの例では、オオムギの起源地から離れたSekher al-AheimarやSalat Camiでは、周辺に野生オオムギが自然分布しておらず、遺跡からは栽培オオムギのみが出土している。これは、長江流域の遺跡から栽培型のみが出土し、野生イネの存在が確認されていないことと同じである。

また、インディカが栽培されている東南アジアや南アジアでは、新石器時代初期の古い稲作の証拠は見つかっておらず、稲作文化は北方から南下してきたことをうかがわせる証拠が多い。つまり、最初に栽培化されたのはジャポニカであり、その後にインディカが生まれたであろうことは予想されていた。

インディカが生まれた過程は、パンコムギが生まれた過程とよく似ている。パンコムギが、エンマーコムギ(栽培)とタルホコムギ(野生)との交雑によって生じたように、インディカもジャポニカ(栽培)と1年生ルフィポゴン(野生)との交雑によって生じたにちがいないと思っていた。

そして、何よりも、ダーウィンの「創造の一つの中心」説から考えれば、栽培イネの起源地(創造の中心)も一つであり、「創造の中心」から、食料の再生産様式(農耕文化)と栽培型遺伝子が周辺に拡散する過程で、新たな遺伝的形質が生じたはずだ。

倉田氏らの論文には、興味深い報告が含まれている。多年生ルフィポゴンから、ジャポニカが栽培化される過程で、「粒の幅」、「粒の重量」、「柱頭露出度」の3つの強い選択的一掃(selective sweep)が生じたという。さらに、その3つは、「脱粒性」や「草型」と比較して、きわめて強い選択をうけていた。(*3)


a, Whole-genome screening of domestication sweeps in the full population of O. rufipogon and O. sativa. The values of πw/πc are plotted against the position on each chromosome. The horizontal dashed line indicates the genome-wide threshold of selection signals (πw/πc > 3). b–d, A large-scale high-resolution mapping for fifteen domestication-related traits was performed in an O. rufipogon × O. sativa population. The domestication sweeps overlapped with characterized domestication-related QTLs are shown in dark red, and the loci with known causal genes are shown in red. Among them, three strong selective sweeps were found to be associated with grain width (b), grain weight (c) and exserted stigma (d), respectively. In b–d, the likelihood of odds (LOD) values from the composite interval mapping method are plotted against position on the rice chromosomes. Grey horizontal dashed line indicates the threshold (LOD > 3.5). (source:Nature volume 490, pages 497–501)

コムギとオオムギでは、野生型と栽培型を分かつもっとも重要な形質は、脱粒性-非脱粒性であると述べた。ところがイネの場合では、非脱粒よりも、「粒の幅」、「粒の重量」、「柱頭露出度」のほうが重要であったことになる。

栽培化は、ダーウィンが予見した「無意識の選択」によって実現する。具体的には、収穫する→捨てる・種播きするという作業をくり返すことである。「粒の幅」と「粒の重量」という形質が選択されたのは、収穫の際に、できるだけ粒が大きな稲穂を選んだからであることはあきらかである。「柱頭露出度」については、はっきりとはわからないが、稲穂の柱頭露出率が高いのは、一次枝硬よりも、二次枝硬着生頴花であることが知られている。つまり、柱頭露出度が高いほど、二次枝硬の受粉率が高くなり、1穂当たりの着粒数が多くなるのかもしれない。

つまり、米を収穫する際に、米粒が大きく、粒数が多い「大きな穂」を選んで収穫していたと考えられる。しかし、同じイネ科植物で、種子を利用するにもかかわらず、ムギとイネでは、栽培化にかかわる形質が違うのは、どうしてなのであろうか?

古代より、北アメリカの先住民は、イネ科マコモ属植物の種子を食用としてきた。アメリカでは、“wild rice”というのは、マコモの種子のことを指している。


wild rice(マコモの種子)


19th Century tribal women harvesting wild rice in the traditional manner.(1853)(Author:S. Eastman)

マコモは、湖のほとりや流れのゆるい河川の浅い水の中で生息している。先住民は、登熟したマコモの穂をカヌーの上に引き寄せ、穂を木の棒(ノッカー)でたたいて脱穀し、マコモの種子をカヌーの中に落として収穫していた。

なお、農家以外の人にはよくわからないと思うが、「脱穀」とは籾を穂軸からはずすことで、日本語では、「コク」「扱く」「稲扱き」という。籾殻をはずすのは「脱稃」で、「スル」「摺る」「籾摺り」という。脱穀は、「稲扱き」のことをいう場合と、「籾摺り」までを含めていう場合がある。昔の農家はこのような混用はしなかったが、今は言葉があいまいになっている。なお、「精米」、「精白」、「搗精」は、玄米の皮部と胚芽を取ることで、「ツク」「搗く」「米搗き」という。ちなみに、私の田舎では、精米することを「カツ」「搗つ」と言っていた。

栽培イネのジャポニカがルフィポゴンから栽培化されたときも、アメリカ先住民のように、舟を使って収穫していた可能性がある。このような収穫方法では、籾がしっかりと穂軸に固着しているよりも、適度にはずれやすいほうが、収穫の効率がよい。このため、非脱粒の形質よりも、「大きな穂」の形質のほうが、より強く選択されたのであろう。

ブータンでは、現在でも、適度に脱粒性があるイネの品種が栽培されているが、それは、イネを足で踏んで脱穀(稲扱き)するためだ。非脱粒性のイネの品種だと、足の皮がむけてしまって苦痛だという(*2)。また、アフリカでは、脱粒性の野生イネを、籠を振って収穫する方法が行われていた。

じっさいに、河姆渡遺跡からは、木製の櫂が多く出土している。中国南部でイネを栽培化した人々は、舟をさかんに利用していたために、比較的短い時間で、珠江から長江への稲作の移動が可能だったのかも知れない。ポトラッチに見られるように、漁撈部族は、遠く離れた部族同士が財を贈与交換する文化がある。


河姆渡出土の木製の櫂(source:中国航海博物館)

また、長江下流域の上山遺跡や河姆渡遺跡では、穂摘具などの収穫道具が出土しておらず、崧澤文化(6,000年前)以降に、石犂や鎌が出土する。同様に、長江中流域の彭頭山遺跡でも収穫道具は出土しておらず、石刀や鎌が出現するのは屈家嶺文化(4,500年前)以降である。「石刀」というのは、日本の考古学では石包丁と呼ばれる穂摘具のことで、石刀は黄河流域から長江流域へ伝播したと考えられている。(*4)


磨製石刀:新石器時代晚期、大馬璘文化、台湾南投埔里鎮愛蘭里大馬璘遺址出土(source:中央研究院歷史語言研究所)。台湾に農耕文化が伝播したのは、5,500年前とされている

以上のことから、イネの栽培化は、野生イネの穂を棒でたたいたり、手で()いだり(しごいたり)して収穫することから始まったと思われる。穂摘具で収穫するようになったのはかなりあとで、穂摘具を使用するようになってから、非脱粒性の形質が強く選択されるようになった。

追記:舟を「コグ」(漕ぐ)は、稲穂を「コグ」(扱ぐ)と同根ではないだろうか。

文献
*1)農業生物資源ジーンバンク
*2)佐藤洋一郎.(2008)イネの歴史.京都大学学術出版会
*3)Xuehui Huang, Nori Kurata[…]Bin Han,(2012)A map of rice genome variation reveals the origin of cultivated rice,Nature volume 490, pages 497–501
*4)槙林 啓介.(2013)栽培体系の形成と伝播・拡散から見た先史中国の稲作と地域社会.国際常民文化研究叢書3

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イネの起源1:Origin of Oryza sativa

1928年に、農商務省農事試験場の加藤茂苞(1868-1949)は、形態や交配親和性の違いから、イネをジャポニカとインディカの2つの型に分類することを提案した。1977年に、農学者の渡部忠世氏(1924-)は、東南アジアや南アジアの古代遺跡のレンガに残された籾の形を調べ、稲作の起源はアッサムから雲南にかけての地域という説を唱えた。

1973~78年に、浙江省で河姆渡遺跡が発掘され、大量のイネの籾、ヒョウタン、ドングリ、ヒシ、ナツメ、オニバス、ブタ、イヌなどが出土した。河姆渡遺跡は、長江下流域では、7,000~6,500年前に、大規模な稲作を基盤とした農耕文化が存在したことを示していた。


河姆渡遺跡(Author:Jiong Sheng)

その後、長江流域で新石器時代の遺跡が次々と発見された。長江中流の湖南省玉蟾岩遺跡では、12,000年前の層からいくつかのイネの種子が出土したと報じられられた(ただし、イネの年代は未確定)。同じ湖南省の彭頭山遺跡では、9,000年前のイネの籾殻などが出土した。長江下流の江蘇省龍虬荘遺跡では、7,000~5,200年前の1,800年ものあいだ、継続して稲作がおこなわれていたことが報告された。さらに、准河流域の河南省覃糊遺跡からも、さまざまな形をしたイネの種子が出土し、その年代は8,000年前とされている。

近年では、長江下流の浙江省上山遺跡(Shangshan)から、大量の陶片が出土し、陶片の表面やこね土には大量の籾殻が混じっていた。陶片中のイネのプラントオパールの14C分析によって、9,400年前にイネが存在していたことが確認された(*1)


上山遺跡(source:PNAS June 20, 2017. 114 (25) 6486-6491)

中国の古代文明は、黄河文明によって成立したということが、歴史学の常識であった。黄河文明は、アワ・キビの栽培を中心とした農耕文化から始まっている。しかし、長江流域には、稲作の農耕文化を基盤とする「長江文明」が存在したことがあきらかになった。

農学や遺伝学の研究者たちのあいだでは、稲作のアッサム-雲南起源説、長江流域説、東南アジア説など、いろいろな意見が存在していた。ジャポニカとインディカの起源についても、1元説と2元説があり、激しい論争が続けられてきた。長江流域で、きわめて古い稲作文化の証拠が次々と見つかったことで、稲作の長江起源説が支持されるようになっていた。

2012年に、国立遺伝学研究所の倉田のり氏らは、世界各地から収集された栽培イネ(O. sativa)1,083品種と、野生イネ(O. rufipogon)446系統の遺伝子の詳細な解析によって、栽培イネの起源地は、中国の珠江中流域であると発表した。(*2)

イネのゲノム解読を行い、次に、栽培化の過程で選択的一掃が生じた55箇所のゲノム領域を特定した。これらの領域には、脱粒性、草型、粒幅など、栽培化(domestication)にともなう特徴的な遺伝子が存在していた。選択的一掃(selective sweep)とは、強い選択圧によって特定の変異が集団内に広まることで、その周辺領域の多様性が低下することである。


a, Neighbour-joining tree of 446 O. rufipogon accessions, which was calculated from ∼5 million SNPs, identifies the three groups of Or-I (red), Or-II (grey) and Or-III (blue). b, Geographic origins of wild rice accessions. c, The level of genetic differentiation (FST) in O. rufipogon population around the DPL2 gene that underlies indica–japonica hybrid incompatibility in rice. d, Regional Manhattan plots of GWAS for tiller angle in O. rufipogon population identify a known gene, PROG1, using a compressed mixed linear model. The genome-wide significance threshold (1 × 10−6) and the position of the peak SNP are indicated by a horizontal dash-dot line and a vertical red line, respectively.(source:Nature volume 490, pages 497–501)


a, Phylogenetic tree of the full population (446 O. rufipogon accessions and 1,083 O. sativa varieties) calculated from ∼8 million SNPs in O. rufipogon and O. sativa. The double-layer rings indicate O. rufipogon (outer ring: Or-I, Or-II and Or-III are coloured in red, grey and blue, respectively) and O. sativa (inner ring: indica and japonica subspecies are in pink and sky blue, respectively). b, Illustration of genetic diversity and population differentiation in O. rufipogon and O. sativa. The size of the circles represents the level of genetic diversity (π) of the groups, and the FST values between the groups are indicated. ind, indica; jap, japonica. c, The spectrum of allele frequencies at the causal polymorphisms of Ghd7, DPL2 and GS3. (source:Nature volume 490, pages 497–501)


a, Phylogenetic tree of 446 O. rufipogon accessions and 1,083 O. sativa varieties calculated from SNPs in the overall regions of the 55 major domestication sweeps. b, Geographic locations of 62 O. rufipogon accessions, whose phylogenetic positions during domestication are indicated. Colour index represents the average of the genetic distance of O. rufipogon accessions to all cultivated rice accessions. Two major rivers in southern China are labelled in grey in the map. c, The average distance of O. rufipogon accessions from different countries to all cultivars. The distance was estimated by simple matching distance of SNPs around the Bh4 locus or all SNPs within the 55 domestication sweeps. d, The average distance of O. rufipogon accessions from different provinces in southern China to all cultivars. e, Schematics of the origin of cultivated rice. The aus and aromatic rice are minor groups of rice accessions with small geographic distributions.(source:Nature volume 490, pages 497–501)

集められた野生イネ(O. rufipogon)は、系統樹の解析によって、3つのサブグループOr-I、Or-II、Or-IIIに分類された。サブグループの遺伝的な系統と、採取地の地理的な関係は相関していた。イネの全ゲノムと栽培化にかかわるゲノム領域の解析によって、栽培イネと近縁なのは、中国の野生イネであり、さらに広西チワン族自治区(Guangxi)の系統がもっとも近縁であった。

イネの栽培化は、まず、中国南方に分布するOr-IIIaの野生イネからジャポニカが生まれ、次にそのジャポニカと、東南アジアあるいは南アジアのOr-Iの野生イネとの交配によってインディカが誕生したとするのがもっとも合理的であるとしている。

倉田氏らの報告は、従来はあまりなかった説であり、さらに、珠江中流域では、栽培起源地であることを証明する考古学的な証拠が確認されていない。しかし、私には、この報告はまったく意外ではなく、むしろ予想していたとおりの結果であった・・・。(つづく)

文献
*1)Xinxin Zuo, Houyuan Lu, Leping Jiang, Jianping Zhang, Xiaoyan Yang, Xiujia Huan, Keyang He, Can Wang and Naiqin Wu(2017)Dating rice remains through phytolith carbon-14 study reveals domestication at the beginning of the Holocene, PNAS June 20, 2017. 114 (25) 6486-6491
*2)Xuehui Huang, Nori Kurata[…]Bin Han,(2012)A map of rice genome variation reveals the origin of cultivated rice,Nature volume 490, pages 497–501

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