日本の農学者たちの研究

栽培植物の起源をめぐっては、日本の農学、遺伝学の研究者たちも、大きな成果をあげてきた。

コムギの起源

木原均(1893-1986)は、日本を代表する遺伝学者の一人で、世界に先駆けて普通コムギ(パンコムギ)の起源を明らかにした。木原は、1893年に東京で生まれ、北海道大学(当時は東北帝国大学農科大学)で植物生理学を学んだ。木原が遺伝学に進むきっかけとなったのは、坂村徹の「遺伝物質の運搬者」と題する講演を聞いたことであった。当時、坂村は大学院生で、木原の先輩であった。(*1)

坂村徹(1888-1980)は広島県で生まれ、北海道大学で植物細胞学・植物生理学を学んだ。坂村は、1918年にコムギの染色体の倍数関係と正確な染色体数を世界で始めて発見した。

コムギ属の倍数性、染色体数、ゲノム、種類は表のように分類されている。この中で、栽培種としてもっとも普及しているのは、普通コムギ(パンコムギ)とマカロニコムギ(デュラム)である。コムギの染色体数は、7を基本とする倍数関係にあり、一粒系2n=14、二粒系2n=28、普通系2n=42であり、それぞれ2倍体、4倍体、6倍体となる。

倍数性 染色体数 ゲノム 種類
2倍性 2n=14 AA 一粒系 野生ヒトツブコムギ、アインコルンコムギなど
4倍性 2n=28 AABB 二粒系 パレスチナコムギ(野生)、エンマーコムギ、マカロニコムギなど
AAGG チモフェービ系 アルメニアコムギ(野生)、チモフェービコムギ
6倍性 2n=42 AABBDD 普通系 スペルタコムギ、パンコムギなど
AAAAGG ジュコフスキー系 ジュコフスキーコムギ

その後、坂村は、ヨーロッパへ留学し、帰国して北海道帝大教授に就任した。1941年に、名著といわれた『植物生理学』を著し、後継の研究者に大きな影響を与えた。

坂村が留学したために、木原が、コムギ研究を坂村から引き継ぐことになった。京都大学に移った木原は、染色体数の異なるコムギをかけあわせて雑種をつくり、その染色体数の変化を調べた。1930年に、コムギは7本の染色体セットが完全な形でそろっているときに、最小限の遺伝的機能を果たしていることを発見し、「生物をその生物たらしめるのに必須な最小限の染色体セット」を「ゲノム」(genome)と名づけた。

1944年に、二粒系コムギ(2n=18、AABB)と、タルホコムギ(2n=14、DD)が交雑して、普通系コムギ(2n=42、AABBDD)になったことを解明し、終戦後の1948年には、じっさいにタルホコムギとマカロニコムギを掛け合わせて、パンコムギを作出することに成功した。


普通系コムギ(パンコムギ)の起源

1955年、木原は、京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術探検隊を組織した。メンバーには、岩村忍(東洋史学)、梅棹忠夫(民族学)、岡崎敬(考古学)、北村四郎(植物学)、今西錦司(生態学)、中尾佐助(植物学)らがいた。ヒンズークシ隊は、パキスタンからカスピ海に至る1万キロを踏破し、マカロギコムギの畑で、雑草のタルホコムギが一緒に生えている場所を発見した。そして、パンコムギの起源地は、カスピ海西岸であると結論づけた。

木原は、コムギの研究のほかにも、スイバ(タデ科の多年草で雌雄異株)を使って、高等植物にも性染色体があることをはじめて発見(1923)したり、種なしスイカを作出するなど、大きな業績を残した。「地球の歴史は地層に、生物の歴史は染色体に記されてある」という言葉を残している。なお、木原は、ニコライ・ヴァヴィロフの友人であり、ヴァヴィロフが調査のために来日した1929年に交流している。

イネの起源

1898年、滋賀県農業試験場長であった高橋久四郎は、人工交配によるイネの新種の作出に初めて成功した。1904年に、農商務省の農事試験場畿内支場で、加藤茂苞(1868-1949)がイネの品種改良を開始した。のちに、加藤は、形態や交配親和性の違いから、イネをインディカとジャポニカの2つの型に分類することを提案した(1928)。

加藤の共同研究者であった安藤広太郎(1871-1958)は、1951年に『日本古代稲作史雑考』を著し、戦後の稲作史研究の指針となった。

九州帝大の盛永俊太郎(1895-1980)は、アブラナ属の種間の遺伝的類縁関係の解析を初めて手がけ(1925)、その後、イネの遺伝学的解析を行った。戦後は、農林省農事試験場長、農業技術研究所長を歴任し、1969年に、安藤広太郎、柳田國男と共著で『稲の日本史』発表した。

また、京都大学の渡部忠世(1924-)は、アジア各地のイネや、遺跡から出土したイネの籾殻の粒形を比較検討し、栽培イネの発祥地を、インド東北部のアッサムと雲南高地とする説を唱えた。

オオムギの起源

高橋隆平(1910-1999)は北海道大学農学部で育種学を学び、農林省農事試験場を経て、大原農業研究所(現在の岡山大学資源植物科学研究所)で、オオムギ研究に従事した。中国を始め、世界中から栽培品種4000種、野生種200種のオオムギ品種を集めた。

高橋は、多数のオオムギ品種の交雑試験を行う過程で、オオムギの脱粒性は、2つの優性遺伝子(Btr1、Btr2)によって支配されており、2つを同時に持つと脱粒性(野生型)となり、どちらか一方でも欠けると非脱粒性(栽培型)になることを発見した。また、Btr2はヨーロッパの品種に多く、Btr1は東アジアの品種に多いことを見出し、西域型(W型)と東亜型(E型)と名づけた。(*2)

これは、栽培オオムギには2つの祖先があり、それぞれが西と東に伝播していったことを意味している。ヨーロッパ、トルコ、エチオピアではW型が80%以上を占め、中国、朝鮮半島、日本ではE型が80%以上となっている。さらに、北アフリカ(エジプト、アルジェリア、チュニジア、モロッコら)では、中東より西にもかかわらず、E型が90%以上を占めており、これは、7世紀以降のイスラム教の隆盛の影響と考えられる。

また、高橋は、日本の在来オオムギの品種を調べ、日本海側には皮麦が多く、太平洋側と瀬戸内には裸麦が多いことを指摘している。

アブラナ属の起源

農事試験場の禹長春(1898-1959)は、水島宇三郎(1903-2000)、永松土己とともに、アブラナ属栽培6種の相互関係を「禹の三角形」として明らかにした(1935)。


禹の三角形

なお、禹の父は乙未事変(閔妃暗殺事件)に加わった、朝鮮王朝武官の禹範善である。禹範善は事変後に日本に亡命し、日本人女性と結婚して、禹長春が生まれた。禹範善は、1903年に、閔妃に仕えていた高永根に広島県呉市の自宅で暗殺された。禹長春は、戦後の1950年に韓国に招かれ、韓国農業科学研究所所長、中央園芸技術院院長を歴任した。渡韓からわずか9年後の1959年に、61歳で亡くなったが、韓国農業発展への貢献は大きく、「韓国農業の父」と呼ばれている。

戦後、東北大学に移った水島宇三郎は、1965年に、角田重三郎(1919-2001)とともに海外学術調査を行った。アブラナ属の野生の基本種3種を収集し、その分布を調べた。そして、アブラナ属作物の起源について、以下のように明らかにした。(*3)

a:アブラナ属は地中海性気候に適応し、地中海周辺でアブラナ科植物の変異がもっとも多い。また、最少染色体数のB. adpressa(n=7)やクロガラシ(n=8)、B. fruticulosa(n=8)は地中海周辺で優勢である。アブラナ属は地中海周辺を故郷とすると考えられる。

b:クロガラシは、インド、エチオピア、地中海島嶼などで古くから薬用、香辛料、油料、疏菜として栽培化されている。

c:キャベツ類の野生型は海岸の急峻な岩崖に生息し、栄養分に富んだ厚肉葉の永年生植物である。古代より疏菜として利用され、栽培化された。さらに、キャベツ類野生型は地中海から、アイルランド南岸、英仏海峡の両岸、ユトランド半島まで自生地を拡げ、様々な栽培型に分化した。

d:アブラナ類(カブ、アブラナなど)の野生型は、地中海域から亜寒帯冬雨気候まで、生育地を北上させた。低温下でよく生育し、小アジアの高原地帯に優勢な生育地がみられる。そこからコーカサス、スカンジナビア、シベリアにまで分布している。油料用やカブとしてヨーロッパ全域で栽培されている。さらに、インドに伝播してインドナタネを生じ、中国東部および日本に伝播して、多様なツケナ類とナタネに分化した。

e:カラシナ類の野生型は、トルコ、イラク、アラビアなどの中東に多く、この地域でクロガラシとアブラナ類の交雑により生じたと考えられる。インドや中国で、油料、葉菜、根菜および香辛料として多数の栽培型が分化した。

f:アビシニアガラシは古来よりエチオピア人の重要疏菜であるが、地中海域にはその野生型が皆無である。エチオピア高原に伝わったキャベツ類と、クロガラシとの交雑に由来すると考えられる。

g:セイヨウアブラナ類の野生型は北欧に見いだされる。セイヨウアブラナ類は、キャベツ類とアブラナ類の間に生じた可能性が高い。セイヨウアブラナ類は、西洋ナタネと飼料カブの2つの系統に分化した。


アブラナ属作物の3基本ゲノム種の自生地の分布と伝播ならびに、3複2倍体種の推定成立地帯(水島・角田, 1969)(source:農業環境技術研究所報告第36号)

青葉高(1916-1999)は、山形大学農学部教授、千葉大学園芸学部教授を歴任し、日本の蔬菜園芸の研究で大きな業績を残した。青葉は、日本のカブの在来品種を調べ、洋種系と和種系の2つが存在し、和カブの系統をたどりと、中国大陸にたどりつくのに対し、洋種カブの系統は、中国東北部からシベリアを経由してヨーロッパにまで到ることを明らかにした。(*5)

カブは、栽培化の早い段階でヨーロッパ系とアジア系に分かれ、ロシア、トルコ、中央アジア、インド、中国、日本などで独自の品種が発達した。また、日本への伝来は、古代に別ルートで2回あったと考えられる。

なお、カブと同様に、同じアブラナ科のダイコン属にも、2つの伝来ルートが予想される。ダイコンの近縁種は、地中海沿岸や黒海周辺にみられることから、この地方が原産地であろうと考えられている。ダイコンは、栽培の歴史が長く、ヨーロッパ、インド、中国、日本などで、その地方の気候に適応して多くの品種が分化している。大きくは欧州系とアジア系に分けられ、アジア系はさらに、低温乾燥に適応した華北群と、温暖多湿を好む華南群に分けられる。日本の大根の多くは華南群に属するといわれるが、華北群との交雑種など、独自の在来種が各地に発展している。

中尾佐助の『栽培植物と農耕の起源』

中尾佐助(1916-1993)は、京都学派の代表的な植物学者で、モンゴル、ネパール、ブータン、インドなどを探検して、植物の学術調査を行った。1966年に『栽培植物と農耕の起源』を発表し、豊富な植物学の知見に、栽培法、収穫法、利用法などの人類学的視点を加え、世界の栽培植物と農耕の起源を論じた。日本人研究者としては、初めての取り組みであり画期的な論考であった。

中尾は、アルフォンス・ドゥ・カンドールやヴァヴィロフの業績を評価する一方で、当時のイギリス研究者の単系文化進化主義を強く批判している。そして、サウアーとマードックの説に触れながら、自分の説は、マードック説に近いと述べ、以下の4つの農耕文化起源地を挙げている。(*6)

a:根菜農耕文化
マレー半島やニューギニア島を中心とする東南アジアの熱帯雨林地域が発祥地。バナナ、ヤムイモ、タロイモ、サトウキビ、サゴヤシ、パンノキなどを栽培化し、ブタ、ニワトリを家畜化。

b:サバンナ農耕文化
ニジェール川流域、エチオピア、インドのサバンナ地帯が発祥地。雑穀(アワ、キビ、モロコシなど)、マメ類、ウリ類、ゴマ、アブラヤシ、イネなどを栽培化。

c:地中海農耕文化
地中海性気候の中東地域が発祥地。コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバク、エンドウ、ソラマメ、ナタネ類を栽培化し、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ロバを家畜化。

d:新大陸の農耕文化
メキシコ、アンデス高地、南米北部が発祥地。トウモロコシ、マメ類、トマト、ジャガイモ、カボチャ、トウガラシ、サツマイモ、キャッサバなどを栽培化。

中尾は、サウアー説にならって、旧大陸の3箇所の農耕起源地の中では、根菜農耕文化がもっとも古いと考えていた。また、根菜農耕文化が温帯の照葉樹林帯に伝播し、照葉樹林文化が発達したと唱えた。アッサム、雲南、長江流域、日本列島にいたる照葉樹林帯では、ワラビ、コンニャク、ヤマノイモ、シソ、カイコ、ムクロジ、ウルシ、チャ、ミカン、ヤマモモ、ビワなどの作物が共通してみられ、文化要素としては、アク抜き、発酵茶、絹の利用、漆器、バラ麹などの利用も共通しているとした。70年代以降に、中尾は佐々木高明とともに、照葉樹林文化論を積極的に提唱するようになり、日本の民族学などに大きな影響を与えたが、考古学者や農学者からの批判も多かった。

(敬称略)

文献
*1)木原ゆり子、木原均先生小伝、北海道大学総合博物館、2015
*2)武田和義、オオムギの進化と多様性、麦の自然史、北海道出版会、2010
*3)水島宇三郎、アブラナ連植物の進化と育種、化学と生物 Vol. 10、1972
*4)遺伝子組換えセイヨウアブラナの生物多様性影響評価に必要なカラシナ(Brassica juncea)、アブラナ(B. rapa)、セイヨウアブラナ(B. napus)の生物情報集、農業環境技術研究所報告第36号、2016
*5)青葉高、カブ、農業技術大系野菜編第9巻、農山漁村文化協会
*6)中尾佐助、栽培植物と農耕の起源、岩波新書、1966

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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