貨幣の供給:Money supply

ストックされた貨幣は徐々に増大し、フロートは徐々に減少する。

貨幣の蓄積と欠乏に対し、歴史的には次のようなことが行われてきた。

・王が蓄積したお金でピラミッドや城を建造する
・兵隊を増やして一揆や戦争に備える
・税を徴収して軍備を増強し戦争する
・鉱山を開発したり、信用貨幣や名目貨幣を発行して貨幣量を増やす
・徳政令を公布して債務を帳消しにする
・アメリカ独立戦争、フランス革命、明治維新、ロシア革命、中国革命など、王に対して革命を起こす
・投資する
・税を徴収して財政政策を行う

現代では、ピラミッドを建設できるような強大な私権を保有する王は存在しない。また、武器の殺傷力の向上によって、戦争や暴力革命を起こすことは、不確実性が大きすぎる。

投資には、ストックを減らして、フロートとフローを増やす効果がある。しかし、投資家は、貨幣を増やすために投資するのであって、他人に無償で貨幣を与えるわけではない。投資家は、貨幣を獲得できる確率が高い場合に投資し、確率が低い場合は投資しない。投資は短期的には、フロートとフローを増やすが、長期的にはストックは減少しない。なお、資源(エネルギーと物質)が十分に存在する場合は小さな不確実性を選択したほうが有利であり、資源が不足する場合は大きな不確実性を選択したほうが有利である。

工業製品の価格を左右するのは生産コストであり、生産コストは、原材料費、エネルギー費、人件費、技術水準(情報)などに左右される。原材料、エネルギー、技術は国境を越えて移転できるが、人間(労働者)は自由に国境を越えられないので、短期的な商品の価格(競争力)を左右するのは賃金である。すなわち、投資は賃金の低い国に対して行われ、貨幣は労働者に支払われるのでインフレになる。

現代の国家では、税を徴収して、財政政策を行うのが一般的である。2013年に、フランスの左派経済学者のトマ・ピケティが『21世紀の資本』を発表して、話題になった。ピケティは、資本主義制度では、資本収益率が経済成長率よりも大きいために、富は資本家へ蓄積されると主張する。そして、タックスヘイブンなど税回避によって、富が再配分されていないことを指摘した。

上の図を見ると、アメリカの富裕層の所得の占有率は、世界恐慌、第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争までは低下している。米ソの全面戦争の可能性が遠のいた1970年代末からは、占有率が増加に転じている。

現代では、税の徴収によってストックを減らすことは困難である。ピケティは、各国が協力して富裕層の税逃れを取り締まることを主張しているが、実現性は薄い。たとえば、産油国の王族たちが保有するストックから徴税することは不可能である。

残された方法は、貨幣の供給である。じっさいに、世界中の国で、通貨量(マネーサプライ)を増大させている。

現代の貨幣は電気的な信号なので、貨幣量が大きくなっても、発行や流通のコストが小さい。貨幣を供給し、インフレにすることが、貨幣の蓄積と欠乏に対するもっとも効率的な方法である。

貨幣の供給によって、何らかの不安定な状態に社会が陥ると感じるかもしれないが、おそらく何も起こらない。なぜなら、人間の歴史をたどると、貨幣の蓄積と欠乏のために社会が不安定になるのであって、その逆ではない。

生物の世界では、何億年ものあいだ、貨幣を介しない生物間の資源(エネルギーと物質)の移行が行われており、それが長期的に安定な状態である。貨幣を介しないで資源の移行が行われるということは、人間の社会で言えば、貨幣量は無限大ということである。

追記
古代メソポタミアの徳政令:Debt cancellation in Mesopotamia

文献
Thomas Piketty, Capital in the Twenty-First Century, 2013(邦訳:21世紀の資本)

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恒常所得と貨幣量:Permanent income and quantity of money

ミルトン・フリードマンは、1957年に刊行した著書の中で、恒常所得仮説を提示した(文献)。これは、アーヴィング・フィッシャーの消費者理論とフランコ・モディリアーニのライフサイクル仮説をもとにして、消費と所得の関係を理論化したものである。

恒常所得仮説では、現在所得yは、恒常所得ypと変動所得ytに分けられる。

y=yp+yt
y:現在所得
yp:恒常所得。将来にわたって継続すると予測する所得
yt:変動所得。継続的でないと予測する所得

フリードマンは、消費者は、恒常所得ypを消費し、変動所得ytのほとんどを貯蓄するので、消費は恒常所得ypに比例すると指摘した。

c=αyp
c:消費
α:定数

前回のブログで、貨幣を次のように分けた。

mt=mfw+mft+ms
mt:n年の期首に保有しているお金
mfw:1年間に使うお金(flow)
mft:使い道が決まっておらず自由にできるお金(float)
ms:貯蓄するお金(stock)
Mt=Σmt
Mfw=Σmfw
Mft=Σmft
Ms=Σms
Mt=Mfw+Mft+Ms
Mt:領内の貨幣の総量
Mfw:財と交換され流通している貨幣量(flow)
Mft:自由に使えるが流通していない貨幣量(float)
Ms:ストックされた貨幣量(stock)

フローmfwは年間の生活費mcと営業経費meの合計である。

mfw=mc+me
mc:生活費
me:営業経費

保有金額は毎年ほぼ一定とすると、mtは年間の収入金額のことなので、

y=mt-me
=mc+mft+ms

y=yp+ytで、恒常所得仮説では、ytは貯蓄になるので、yt=msである。すなわち、

yp=mc+mft

生活費mcは急には変化せずほぼ一定なので、消費cはおもにフロートmftに比例する。

c∝mft

C=Σc、Mft=Σmftなので、

C∝Mft

需要Dは民間消費や投資などすべての消費の合計なので、D∝Cであり、需要DとフロートMftは以下の関係になる。

D∝Mft

自由に使えるお金Mftが増えると、需要Dが増えて、好ましいインフレになる。

需要Dが増えてインフレになると、供給Sが増えて、価格pは元に戻る。しかし、pは同じでも財の消費量自体は増大するので、フローMfwは大きくなる。

Mfw∝D

すなわち、フロートMftが増えるとフローMfwが増える。

Mfw∝Mft

あたりまえだが、自由に使えるお金の増大は、実際に使われるお金の増大をもたらす。

恒常所得仮説では、恒常所得Ypが増大しないと、消費Cは増大しない。消費が増えることは、MftとMfwとが大きくなることである。

Mt=Mc+Me+Mft+Msであり、営業経費Meを急激に引き下げるのは難しいので、恒常所得Yp=Mc+Mftを大きくするには、Msを小さくする、または、Mtを大きくするしかないことは、論理的に必然である。(つづく)

文献
Milton Friedman, The permanent income hypothesis, 1957
http://www.nber.org/chapters/c4405.pdf

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ストックされた貨幣の増大:Increase of stocked money

超協力タカ派戦略における資源分配を整理すると、次のようになる。

近縁親族内 バンド内 部族内 部族間
部族社会 資源充足 無償贈与・平等分配 等価交換・平等分配 等価交換 等価交換
資源不足 無償贈与・平等分配 等価交換・平等分配 等価交換 略奪・被略奪
近縁親族内 民族、国家内 民族、国家間
民族、国家 資源充足 無償贈与・平等分配 等価交換・社会保障 等価交換
資源不足 無償贈与・平等分配 等価交換・社会保障 略奪・被略奪

部族社会であっても、民族や国家であっても、平和時における資源の分配は、近縁親族を除いて、等価交換である。また、バンド内を除いて、平等に分配しない。ただ、近代以降の国家では、社会保障制度の導入によって、一部の資源の再分配が行われるようになった。

なお、現代の「民族」あるいは「国家」という集団は、遺伝子とは関係がない。それは、多くの場合、言語、学習、神話、信仰、教育、地域共同性、文明化、イデオロギー、政治闘争などによって創造され、形成される(文献)。ドーキンスは、「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」、あるいは、「私たちの脳は、遺伝子に対して反逆できるほどには十分に、遺伝子から分離独立した存在なのである」と明言している(文献)。

人は、財を交換する際には、財と財を直接交換するわけでなく、貨幣を介して交換する。財とは、人が生存するための資源のことであるが、資源の根源はエネルギーである。人は無からエネルギーを作りだすことはできず、自然から「獲得」することができるだけである。そして、他よりも多くの資源を獲得できるのは、次のような主体である。

・生産手段(獲得手段)を所有または占有する個人または集団:領主、地主、資本家、株主など。なお、低賃金国の労働力は生産手段である

・情報の変異速度が大きな集団:先進国の企業など

・有利な情報の変異が起きた個人または集団

・資源(エネルギー)そのものを所有または占有する個人または集団:産油国の王族など

上記の「低賃金国の労働力は生産手段である」というのは、次のような意味である。たとえば、奴隷には移動の自由が無く、労働と報酬についても自由な意思による契約ではない。労働と報酬は等価交換でないので、奴隷は使用者に搾取あるいは収奪されている。使用者から見ると、奴隷は自由な主体(自分と同じ人格)ではなく、生産手段(所有物)である。

労働者に移動と契約の自由があれば、賃労働の労働と報酬は等価交換である。しかし、現在のほとんどの国は、自由に国境を移動して就業することを認めていないので、低賃金国の賃労働者の労働と報酬は等価交換でない。すなわち、低賃金国の労働力は生産手段であり、彼らは労働力の一部を収奪されている。ただし、現代の工業社会では、低賃金国への投資が、その国の経済成長と豊かさにつながるもっとも有効な方法である。

ここで、大きな領地を所有する領主と、その領地で暮らす領民たちがいる社会を考える。広大な農地(生産手段)を領主1人では耕作できないので、領主は、農地を領民たちに貸している。領民は、毎年、借りた農地の生産量に応じた地代を支払っている。領民は奴隷ではなく、自由に他所に移動できるので、領主と領民の耕作権契約は自由契約であり、耕作権と地代は等価交換である。すなわち、領民は、領主に搾取されたり収奪されたりしているわけではない。


c:農産物の生産量
n:年
ck:年間の生産量

1年間に領内で生産される農産物の生産量ckは、一定とする。農産物の平均販売価格をpとすると、1年間に領地から得られる農産物の総生産額mkは、次の式で与えられる。

mk=p・ck

農地の地代をrとすると、領主が1年間に得る地代金額mrは、以下の式になる。

mr=r・mk
=r p ck

また、領主がn年間で得る地代Mr(n)は次式で与えられる。

Mr=Σmr
=mr・n
=r p ck n


m:貨幣量
Mr:地代のn年の累計

領内では、手形や紙幣は使用されておらず、貨幣はすべて金や銀などの実物貨幣とする。また、領内の貨幣の量は一定とする。

ある領民が、n年の期首に保有している貨幣量をmtとする。そして、生活費や必要経費などその年に使うお金(flow)をmfw、使い道が決まっておらず自由にできるお金(float)をmft、老後資金、教育資金、住宅資金として貯蓄するお金(stock)をmsとする。


mt:n年の期首に保有しているお金
mfw:1年間に使うお金(flow)
mft:使い道が決まっておらず自由にできるお金(float)
ms:貯蓄するお金(stock)
mt=mfw+mft+ms

領内に存在する貨幣量の合計は、次のようにあらわせる。

Mt=Σmt
Mfw=Σmfw
Mft=Σmft
Ms=Σms
Mt=Mfw+Mft+Ms

領民が貯蓄している老後資金、教育資金、住宅資金などは、どこかの時点で使われるので、領民が保有するmsは増大し続けるわけではない。

一方、領主は自分の農場を経営しており、生活費や経費を十分にまかなえるので、徴収した地代の多くは貯蓄される。地代の累計Mrは、年々増大し続けるので、やがて領内の貯蓄の合計であるMsとほぼ等しくなるであろう。

Ms≒Mr=r p ck n

上式より、Msはnに比例して増大する。


Mt:領内の貨幣の総量
Mfw:財と交換され流通している貨幣量(flow)
Mft:自由に使えるが流通していない貨幣量(float)
Ms:ストックされた貨幣量(stock)

なお、ここでの「ストックされた貨幣量」とは、経済学の「マネーストック」あるいは「マネーサプライ」とは異なる。

領内の人口は一定で、生活水準も一定とすると、Mfwは一定なので、MSが増大するにつれて、Mftが減少する。領民は自由に使えるお金mftが無くなると、次は貯蓄msや生活費mfwを減らさなければならなくなる。すなわち、お金が不足して消費が減り、貧困化する。

領内の消費が減少すると、市場では農産物価格が下落して、領民はますます窮乏化する。窮乏した領民が流浪民になれば、社会は不安定になり、一揆、打ち壊し、戦争、革命に至る。

所有権、移動の自由、自由契約、貨幣、市場、等価交換にもとづくシステムは公平で効率的であり、短期的には安定であるが、長期的には貨幣の蓄積と欠乏によって不安定になってしまう。

領民の流民化を防いで社会の安定を維持するには、領主がそのほとんどを保有するMsを減らして、MfwおよびMft を増やすしかない。しかし、超協力タカ派戦略の資源分配では、領民にお金を無償で配る領主はおらず、歴史的に行われてきたのは、領地や財産を守るために兵士を雇ったり巨大な城を建造したりすることだ。兵士の賃金や城の建設費として、Msの一部が領内に供給されることで、結果的に領民の窮乏化を遅らせることにつながる。

従来、古代エジプトのピラミッドは、奴隷の強制労働によって建造されたとされてきた。近年、建設に従事していた人々の住居跡や墓が発掘され、また、建設作業員への給与の支払いを示すパピルスの発見によって、ピラミッドは専従の技術者や賃労働者によって建造されたと考えられている(文献)。このため、ピラミッド建設の目的は失業者対策や公共事業であったという説さえあるが、じっさいには、ピラミッド建設のために大量の貨幣が供給されたことで、結果的に、領民の窮乏化が先送りされ、長期にわたる王権の維持が可能になったのであろう。

なお、初めて手形が使われたのは唐(618-907)とされており、最古の紙幣は北宋代(960-1127)に四川地方で発行された交子といわれている。金や銀などの実物貨幣は、鉱山が枯渇すると貨幣不足に陥るので、手形など信用貨幣や紙幣など名目貨幣を発行することで、通貨量を自由に増大させることができるようになった。(つづく)

文献
ルイ・アルチュセール、アルチュセールの<イデオロギー>論、1970、三交社、1993
ミシェル・フーコー、監獄の誕生、1975、新潮社、1977
ベネディクト・アンダーソン、想像の共同体、1983、リブロポート、1987
リチャード・ドーキンス、利己的な遺伝子、1976、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
クフ王ピラミッド近くに労働者の墓
http://www.afpbb.com/articles/-/2681358
The diary of a pyramid builder
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3692283/The-diary-pyramid-builder-Oldest-papyrus-existence-details-workers-shifted-stones-sheep-ate-reveal-secrets-inside-Great-Pyramid-Giza.html

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