情報(知識)の変異速度:Mutation speed of information / knowledge

武器と道具

1816年に、デンマークの考古学者のクリスチャン・トムセン(1788-1865)は、国立博物館のコレクションを、石器時代、青銅器時代、鉄器時代の3つに区分して展示した。これが、最初の人類学的な時代区分であった。

その後、イギリスのジョン・ラボック(1834-1913)、フランスのG・ド・モルティエ(1821-1898)らによって、石器時代は、旧石器時代と新石器時代に分けられた。さらに、モルティエは、ヨーロッパの旧石器時代をムスティエ、ソリュートレ、オーリニャック(オーリナシアン)、マドレーヌの4期に区分した。

現在のヨーロッパでは、石器時代は、おおよそ以下のように区分されている。なお、日本では、旧石器時代は、中期旧石器時代、後期旧石器時代、縄文時代に区分される。

オルドワン:Oldowanオルドワン石器は、最古の石器群で、おもに、礫を打撃して造る片刃のチョッパーと両刃のチョッピングトゥールからなる。多くはアフリカで製作されたが、ヨーロッパ、アジアからも見つかっている。

 

アシューリアン:Acheuleanアシューリアン石器は、ハンドアックスに代表される長さ15~20cmの打製石器で、石器の両面が加工されている。ホモ・エレクトスが登場した170~180万年前に出現した。アフリカ、西アジア、南アジア、ヨーロッパの多くの地域で製作された。

 

ムステリアン:Mousterianルヴァロワ型石核を用いた剥片剥離が特徴で、16万〜4万年前のネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)が活動していた時期に多く製作された。ヨーロッパ、中東、北アフリカで出土している。

オーリナシアン:Aurignacian片刃の石刃など縦長剥片が、ブレード技法と呼ばれる剥離技術で製作されている。4万~3万年前のオーリナシアン文化期には、ショーヴェやラスコーの洞窟壁画や動物彫刻も製作された。ヨーロッパ、中東、シベリアで出土している。

細石器:Microlith細石器は長さ1~3cmの小型の石刃で、槍の刃部や弓矢のヤジリとして製作された。木や骨の溝にはめ込んで、替え刃として使用された。ヨーロッパ、北アフリカ、アジア、 オーストラリアで製作された。

新石器:Neolithic研磨された磨製石器が特徴で、農耕が始まった時代(15,000BC~)に製作された。ただし、日本やオーストラリアでは、4~2万年前に局部磨製石斧が出現していた。

フランスの先史学者のアンドレ・ルロワ=グーラン(1911-1986)は、原石1kg当たりから製作できる石器の刃の長さを試算している。オルドワンでは40cm、ムステリアンでは4m、オーリナシアンでは10m、中石器時代の細石器では100m以上の刃が製作できたという。石器の製作技術は、古い時代ほどゆっくり、新しい時代ほど急速に向上している。

武器や道具は、石器時代を経て、銅器、青銅器、鉄器へと変遷したが、その製作技術は、段階的に向上している。製作技術が向上することは、武器や道具の性能が向上することを意味する。武器や狩猟道具の性能が向上することは、ライバルや獲物を殺傷する能力が大きくなることであり、高性能の武器や狩猟道具を製作する技術を有する個体や集団は、生存闘争において有利になる。

また、製作技術が段階的に向上したということは、材料の物性や製作物の構造についての知識が段階的に蓄積し、保存され、増大したということである。

知識は情報の一部なので、情報の段階的な蓄積、保存、増大は、武器や道具の性能を向上させ、情報を保有する個体や集団の生存を有利にすることを意味している。

情報、記号、知識

日本語の「情報」というのは、最初はフランス語のrenseignementの訳語として使われたらしいが、現在では英語のinformationの意味で使われるのがほとんどである。情報には多くの意味が存在するが、ここでは、情報を次のように定義する。

情報:任意の個体がその記号を認識したとき、同じ物質あるいは同じ行動(運動)につながる記号の集合(f:A→B)

「記号」はsignあるいはcode(符号)のことだが、人が情報を伝達・交換に利用する記号には、表情、叫び声、泣き声、怒声、身振り、言葉の記号など様々なものがある。もっとも多く使用されるのは、言葉の記号である語音と文字なので、ここでは、記号を以下のように定義する。

記号:同じ性質を持ち、並べ替え可能で、個体がそれらを区別可能な物理的実体

「知識」(knowledge)という言葉は、情報とほぼ同じ意味で使われることが多いが、ここでは以下のように定義する。

知識:多くの個体に、有用な情報として選択された情報

情報と知識の関係は次のようになる。

日常では、さまざまな情報が伝達され交換されている。人々が交わす会話やニュースなどは、流れる情報(flow)であるが、これらは、ほとんどが消滅してしまう。また、朝食の内容や考え事などの情報も、その人の脳の中でしばらくは漂っている(float)が、やはり消滅してしまう。

情報のなかで重要なものは、記憶されたり、記録されたりして、一時的に保存される。一時的に保存された情報は、時間がたつにつれて消滅していく情報と、長期にわたって蓄積され、保存される情報(stock)がある。そして、長期に保存される情報の中で、多くの人にとって有用な情報として選択された情報が「知識」(knowledge)である。知識は長期にわたって蓄積され、保存される。

これらの情報の形態(flow、float、memory、record、stock、knowledge)はきわめて流動的であり、固体が液体になったり、液体が固体になったり、あるいは気体になって雲散霧消してしまうように、常に、ゆらいでいる。

情報プール

 ヒトは、集団内の個体同士で情報を伝達したり、交換したりすることが可能である。このような、情報の伝達・交換が可能な集団に存在する情報の総体を、「情報プール」と呼ぶことにする。集団の個体数mが大きいほど、あるいは、蓄積された情報が多いほど、情報プールIは大きくなる。

情報プール内のそれぞれの個体を、b1、b2、・・bmとする(brain)。はじめ、この情報プールでは、弓矢y0の製法(情報・知識)k0を、全員が保有しているとする(f:k→y)。ただし、弓矢y0は原始的な弓矢で、その矢には、矢羽やヤジリが無く、飛距離は短く命中精度は高くない。


I:情報プール
bm:情報プール内の個体
yn:弓矢
kn:ynの製法(知識)
f:k→y
tcn:製法の変異(kn-1→kn)が起きる時間
tsn:情報プール内に製法knが伝播する時間

時間tc1後に、集団の中の器用な人b1が、矢柄に矢羽を装着すると、飛距離と精度が向上することを発見した。この矢羽のある弓矢をy1とし、y1の製法をk1とする。弓矢y1は、他の人が持つ弓矢y0よりも性能が高いので、戦闘や狩猟において有利である。

b1はy1の製法k1を自分の子供や兄弟などに伝授するので、k1は徐々に情報プール内に伝播していく。製法k1が情報プール全体に伝播する時間をts1とする。

製法k1がb1から他の個体へと伝播することは、製法k1が何回も複製(コピー)されることである。ただし、言語による情報の複製は、完全ではないので、情報の一部が欠落したり間違いが生じたりする。この情報の欠落や間違いも、「情報の変異」であるが、欠落や間違った情報をもとに製作された弓矢は、一般には性能が劣る。性能が劣る弓矢は、戦闘や狩猟において勝ち残ることができないので、その製法(情報)は、捨てられてしまう。(ただし、間違って伝わった製法で作られた弓矢が、すべて劣るとは限らない)

複製ミスや間違いなどで性能が劣るような情報の変異を、「不利な情報の変異」とすると、「不利な情報の変異」は生き残ることができず、情報プール内から消滅してしまう。すなわち、「不利な情報の変異」は、情報プールにほとんど影響を与えないので、無視できるはずだ。

弓矢y1の製法k1は、集団全体に広がり、やがて他の集団にも伝播する。すべての集団にk1が伝播すれば、戦闘や狩猟において、y1の有利性はもはや存在しなくなる。

個体は、他者よりも有利性が存在しければ、生存するのが難しくなるので、なんとかして性能の高い弓矢を作ろうとするであろう。逆に言うと、そのような工夫をした個体とその個体が属する集団が、生き残ることができた。

性能の高い弓矢を作ろうと試行錯誤を繰り返すうちに、時間tc2後に、ある人が、矢の先端にフリント(チャート)のヤジリを装着すると、飛距離が長くなり、破壊力も大きくなることを発見した。この弓矢をy2とし、y2の製法をk2とする。y2は戦闘や狩猟において有利なので、k2は情報プール内に伝播していく・・・。

生存に「不利な情報の変異」は消滅するので、ある期間内の情報プール内の情報の変異速度を左右するのは、「有利な情報の変異」である。そこで、情報プール内で、時間当たりに生じる「有利な情報の変異」の回数を、「情報プールの情報の変異速度」vIとする。

ただ、新たな情報の変異がおきた直後は、その情報が有利な情報なのか非有利な情報なのかはアプリオリにはわからない。有利な情報の変異は、試行錯誤の過程や、その変異が集団内に伝播する過程で、「選択」される。

情報プール内で生じる情報の変異の回数をn0、「選択」されて残った変異の回数をnfとする。nfは情報プール内で生じた有利な情報の変異の回数を意味する。sを選択率とすると以下のように書ける。

nf=n0×s
vI=dnf/dt

n0:情報プール内で生じた情報の変異の回数
nf:情報プール内で生じた有利な情報の変異の回数
s:選択率
vI:情報プールの情報の変異速度

vIの値が大きいほど、ライバル集団との生存闘争において有利である。また、以下の関係が存在する。

・情報プールIが大きいほど、vIが大きい。
・情報が伝播する時間tsが小さいほど、vIが大きい。
・情報の変異が生じる時間tcが小さいほど、vIが大きい。

ルロワ=グーランは、ヒト科の種の脳が大きくなるにつれて、石器の製作技術が飛躍的に向上したことを指摘している(先述の図)。古い時代のヒト科ほどvIが小さい理由のひとつは、情報プールIが小さく、伝播時間tsが大きいためである。時代が下るほど、集団が大きくなり、情報が蓄積し、言語による情報の伝達能力が向上するので、Iが大きく、tsが小さくなって、vIが加速度的に大きくなる。

集団内の協力と結束が高いほど、情報の伝達と交換が活発に行われるので、伝播時間tsが小さくなる。すなわち、情報プール内の個体の同一性が高いほど、vIが大きくなる。一方、それぞれの個体が、試行錯誤に専念できる時間が長いほど変異時間tcが小さくなるので、分業化と専門化が進むほどvIが大きくなる。

個体の試行錯誤の自由度が大きいほど、情報の変異が生じる確率が大きくなる。すなわち、情報プール内の個体間の差異が大きいほど、変異時間tcが小さくなってvIが大きくなる。ただし、やみくもに変化を大きくしても、選択率sが大きくなって効率が下がり、vIが大きくならない。n0とsは拮抗する関係にある。言いかえると、個人の自由と個人に対する統制は拮抗する関係にある。

また、情報プール内では、個体の同一化と差異化が拮抗する関係にある。有利な情報の変異が起きた直後は、その変異による有利性が大きいので、同一化して情報の伝播速度を大きくしたほうが有利である。しかし、時間が経過して変異が全体に伝播すると、変異の有利性が失われるので、差異化して新しい変異が生じる確率を大きくしたほうが有利になる。(つづく)

文献
大貫良夫ほか、世界の歴史1、中央公論社、1998
ホルクハイマー、アドルノ、1947、啓蒙の弁証法、岩波書店、1990
トーマス・クーン、科学革命の構造、1962、みすず書房、1971

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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