ポトラッチ:漁撈部族間の相互贈与;Potlatch:Mutual gifts among fishery tribes

マルセル・モース(1872-1950)の“Essai sur le don”(The Gift、贈与論)は、世界的な名著の一つにちがいないが、その評価は分かれるようである。ただ、民族学、人類学、神話などの膨大な記録の要約が収録されており、きわめて有用な文献であることに異論はないであろう。

『贈与論』の中心的な概念である「ポトラッチ」は、北アメリカ北西部の海岸地帯の部族の言葉で、「食物を与える」、「消費する」という意味である。モースは、ポトラッチを以下のように定義している。

First, it is not individuals but collectivities that impose obligations of exchange and contract upon each other. The contracting parties are legal entities: clans, tribes, and families who confront and oppose one another either in groups who meet face to face in one spot, or through their chiefs, or in both these ways at once. Moreover, what they exchange is not solely property and wealth, movable and immovable goods, and things economically useful. In particular, such exchanges are acts of politeness: banquets, rituals, military services, women, children, dances, festivals, and fairs, in which economic transaction is only one element, and in which the passing on of wealth is only one feature of a much more general and enduring contract. Finally, these total services and counter-services are committed to in a somewhat voluntary form by presents and gifts, although in the final analysis they are strictly compulsory, on pain of private or public warfare. We propose to call all this the system of total services.
「第一に、相互に交換や契約の義務を課すのは、個人ではなく集団である。契約の当事者は、氏族、部族、家族などの法的組織である。彼らは、特定の場所で直接に顔を合わせたり、あるいはその首長を介したり、あるいは同時に両方の方法で対峙する。彼らが交換するものは、財産や不動産など、経済的に有用なものだけではない。この交流は、宴会、儀式、兵役、女性、子供、舞踊、祭事、見本市であり、経済的取引は要素の一つにすぎない。財を渡すことは、永続的な契約の一部にすぎない。最後に、これらの供与と返礼は、贈り物として自発的な行為にまかされているが、突き詰めると、私的あるいは公的な戦闘の上に、厳格に義務づけられている。われわれは、これを全体的な供与のシステムと呼ぶことを提案する。」(文献1)

モースは、ポトラッチにおける三つの義務をあげている。

・贈る義務:贈与や歓待は、同族以外の人々に与えなければ意味がない
・受け取る義務:贈り物やポトラッチを拒否することはできない。贈与や歓待を拒否することは、返礼を渋っているとみなされる
・返礼の義務:贈与に対する返礼の義務は強制的である。返礼をしない者は面子を失う

北アメリカ北西部の海岸地帯の部族では、「破壊のポトラッチ」さえ存在する。

In a certain number of cases, it is not even a question of giving and returning gifts, but of destroying, so as not to give the slightest hint of desiring your gift to be reciprocated. Whole boxes of olachen (candlefish) oil or whale oil are burnt, as are houses and thousands of blankets. The most valuable copper objects are broken and thrown into the water, in order to put down and to ‘flatten’ one’s rival.
「いくつかの事例では、贈り物の返礼を期待していると相手に思われないように、贈与や返礼はまったく問題でなく、ただ破壊する。ユーラカン (candlefish) の油や鯨油が入ったすべての樽が、家屋や何千枚もの毛布と一緒に燃やされる。ライバルを下に置いて『打ちのめす』ために、もっとも貴重な銅製の宝物は破壊されて、水中に投げ込まれる。」(文献1)

破壊のポトラッチに何らかの合理性を見出すのは、かなり困難である。たとえば、バタイユ(1897-1962)は、ポトラッチを、地球上に存在する過剰なエネルギーの消尽として解釈しようとしたが、成功していない(文献2)。モースは、破壊のポトラッチは、部族間の「一種の戦争」‘the potlatch is a war’であるとしている。

そこで、財=戦力と考えると、破壊のポトラッチは、ライバル部族の目の前で大量の財(戦力)を破壊することで、自己の部族が有する生産力(戦力)の大きさを誇示する行為と考えられる。

大きな戦力は、大きな殺傷力を意味する。部族の大きな戦力を示す(信号)ことは、戦闘における大きな不確実性を示すことである。資源が足りている平時に大きな不確実性を選択することは、集団の生存にとって不利である。

すなわち、自己の部族の大きな戦力をライバルに見せつける(信号を送る)ことは、ライバルに戦闘開始の決断を思いとどまらせる効果がある。

より実際的には、部族の大きな戦力を誇示することで、小さな紛争が生じた際に、部族間の交渉を有利にはこぶことができる。このような、国力・戦力の示威や軍事的な威嚇行動は、現代の国家間でもよく見られる。


w:武器の殺傷力の大きさ
Ra:Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
Rb:Bが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
eaw:勝利したAが獲得できる資源量の期待値
eal:負けたAの資源量の期待値

ポトラッチでは大量の財を消尽するので、財の蓄積と貯蔵が不可欠である。サン族のように遊動しながら狩猟採集する非貯蔵社会では、財が蓄積されないので、ポトラッチは成立しない。モースは、『贈与論』を理論化する上で、ポリネシア、メラネシア、北アメリカ北西部海岸の部族社会を取り上げている。

ポリネシアとメラネシアの諸部族は、漁撈と農耕を生業にしている。太平洋地域の農耕文化は、台湾を起点として拡散し、さらにはマダガスカルにまで伝播したことが、近年の比較言語学および考古学的研究によってあきらかにされている(文献3)。台湾への農耕文化の伝播はB.C.3500年ごろ、フィリピンおよびインドネシアへはB.C.2000年ごろ、ミクロネシアがB.C.1500年ごろ、メラネシアがB.C.1400年ごろ、ポリネシアはA.C.600年ごろ、マダガスカルへの伝播はA.C.500年ごろと考えられている(文献4)。マリノフスキ(1884-1942)が、トロブリアンド諸島を調査した1915~1918年には、太平洋地域はすでに農耕と漁撈を営む「貯蔵社会」であった(文献5)。

一方、北アメリカ北西部海岸地帯の部族は、農耕を行わず、狩猟と採集のみで生活していた。モースは次のように記述している。

The tribes, peoples, or rather groups of tribes we shall discuss all reside on the Northwest coast of America, in Alaska: Tlingit and Haïda; and in British Columbia, mainly the Haïda, Tsimshian, and Kwakiutl. They also live from the sea, or from the rivers, from fishing rather than hunting. But, unlike the Melanesians and Polynesians, they have no agriculture. However, they are very rich, and even now their fishing grounds, hunting grounds, and fur-trapping provide them with considerable surpluses, particularly when reckoned in European terms. They have the most solidly built houses of all the American tribes, and a very highly developed cedarwood industry.
「われわれが議論する諸部族、人々、あるいは諸部族の集団は、アメリカの北西部海岸、アラスカに住んでいる。トリンギット族、ハイダ族、英領コロンビアではハイダ族、チムシアン族、クワキウトル族である。彼らは、狩猟よりも、海や川での漁撈によって生きている。メラネシア人やポリネシア人とは異なり、農耕を営まない。しかしながら、彼らは非常に豊かであり、現在でも、漁場、猟場に恵まれ、ヨーロッパの基準からみると、毛皮は彼らにかなりの余剰を与える。彼らは、アメリカのすべての部族の中で、もっとも堅牢に建てられた家屋と、きわめて高度に開発された針葉樹の製材業を持っている。」(文献1)

上記のことから、漁撈を生業とする部族は、たとえ農耕を行わなくても、食糧を貯蔵し財を蓄積する貯蔵社会であることがわかる。しかも、彼らは、サン族やアボリジニのように遊動せず、長期にわたって定住していた。

もっとも、日本では、古代の漁撈社会が貯蔵社会であり、かつ長期にわたって定住する社会であったことはよく知られている。縄文時代の集落跡である青森県の三内丸山遺跡では、B.C.3500~B.C.2000年の1500年もの長期にわたって集落が存続していた(文献6)。さらに、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、墓地、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、ごみ捨て場、道路跡などが出土しており、多くの食料の貯蔵と財の蓄積があったことがうかがえる。

また、縄文時代前期から晩期にいたる石川県の真脇遺跡では、B.C.4000年ごろから4000年間も途切れることなく人々が住み続けていたことが判明している。人々は定住して漁撈と採集で生活しており、300体を超えるイルカの骨、トーテムポールのような彫刻柱、貼床住居址、環状木柱列、縄文土器、磨製石斧、土偶、埋葬人骨、日本最古の仮面などが出土している(文献7)。

環状木柱列は、同じ場所で少なくとも6回の立て替えが認められたという。同様の構造物は石川、富山などの約20遺跡で見つかっている。

超協力タカ派戦略では、部族同士は資源をめぐって生存闘争を繰り広げるライバルである。ポトラッチのような、ライバル部族同士で大量の財(資源)を相互贈与するシステムには、合理性が存在しないように見える。『贈与論』のなかにも、次のような記述がある。

Thus African societies, whether Nigritian or Bantu, either do not have the institution of the potlatch, or in any case have it in a not very developed state, or have perhaps lost it—
「ネグリトーでもバントゥーでも、アフリカの社会は、ポットラッチの習慣を持たないか、あるいは、あまり発達していない状態にあるか、たぶんそれを失ってしまった・・」(文献1)

北アメリカ海岸地帯の部族同士も、本質的には闘争関係にあり、常に緊張した状態であることは、次の逸話からも読み取れる。

Buleau, a chief, had invited another chief, Bobal, and his people to a banquet, probably the first in a long series. They began to rehearse the dances the whole night through. In the morning they were all in a state of nerves from their sleepless night, the dances, and the songs. As a result of a simple remark made by Buleau, one of Bobal’s men killed him. And the rank and file massacred, pillaged, and carried off the women of the village. ‘Buleau and Bobal were rather friendly, and merely rivals’, Thurnwald was told.
「首長のビュローは、別の首長のボバルとその仲間を祝宴に招待した。たぶん、長く続く宴の最初のことであった。彼らは夜通し踊りをリハーサルし始めた。朝には、彼らは夜通しの踊りと歌のために、興奮状態になった。ビュローの何気ない発言の結果、ボバルの男性の1人が彼を殺した。そしてその集団は虐殺され、虐待され、村の女性たちはさらわれた。『ビュローとボバルはどちらかといえば友好的で、単にライバルだった』とトゥルンヴァルト(オーストリアの人類学者)に語った。」(文献1)

では、どうして、闘争関係にある部族間において、ポトラッチのようなシステムが発達したのであろうか? モースは、チムシアン族の次のような神話を紹介している。

A princess of one of the Tsimshian villages has conceived in the ‘land of the otters’ and miraculously gives birth to ‘the Little Otter’. She returns with her child to the village where her father is the chief. Little Otter catches a large halibut on which his grandfather regales all his fellow chiefs, from all the tribes. He presents his grandson to everybody and enjoins them not to kill him if they come across him in his animal form while out fishing: ‘Here is my grandson who has brought this food for you and which I have served to you, my guests.’ In this way the grandfather grew rich with all kinds of goods given him when they came to his home to partake of the whales, seals, and fresh fish that Little Otter brought back during the winter famines. But they had forgotten to invite one chief. So, one day when the crew of a boat belonging to the neglected tribe met Little Otter out at sea, holding a large seal in his mouth, the bowman in the boat killed him and took the seal from him. The grandfather and the other tribes searched for Little Otter until they became aware of what had happened to the forgotten tribe. The latter presented its excuses: it did not know who Little Otter was. His mother, the princess, died of grief. The chief who had been the unwitting culprit brought to the chief, the grandfather, all kinds of gifts to expiate his mistake. And the myth concludes: ‘This is why peoples mounted a great festival when the son of a chief was born and was given a name, so that no one should not know who he was.’
「チムシアン族のある村の王女は、『カワウソの国』で子を宿し、『カワウソの子』を奇跡的に産んだ。彼女は父親が首長である村に子供と一緒に帰った。カワウソの子は、大きなオヒョウを捕まえ、彼の祖父は仲間の首長を招いて歓待した。彼は皆に孫を紹介し、もし外で動物の姿をしている孫を見つけても殺すことを禁じた。『これが、あなた方のためにこの食べ物を持ってきた、私の孫です』。こうして、祖父は、冬の飢饉のときにカワウソの子が獲ってきたクジラ、アザラシ、新鮮な魚を食べに来た首長たちから、彼に贈られた多種の品物で豊かになった。しかし、彼らは、1人の首長を招待するのを忘れていた。あるとき、無視された部族に属する船の乗組員が、海で口に大きなアザラシをくわえたカワウソの子を見つけ、射手が彼を殺してアザラシを奪った。祖父と他の部族は、忘れられた部族に何が起こったのかを知るまで、カワウソの子を探した。その部族は、カワウソの子が誰であるか知らなかったと弁明した。カワウソの子の母の王女は、悲しみのために死んだ。知らずに犯行を犯した部族の首長は、間違いを償うために、祖父にあらゆる種類の贈り物を贈った。そして、神話はこう結論づける。『首長の息子が生まれ、名前を与えられたとき、大きな祭りを行うのは、彼が誰であるかを知らない人がいないようにするためである』」(文献1)

チムシアン族の神話からわかることは、漁撈を生業とする部族の社会では、複数の部族が同じ漁場(=資源)を一緒に利用していることである。このため、突発的な部族間の紛争が頻繁に生じる。


陸地の海岸地帯の漁撈部族
Bn:バンド
Tn:部族


島嶼部の漁撈部族
Bn:バンド
Tn:部族

ポトラッチ、すなわち、部族間の大量の財(資源)の等価交換による相互贈与は、複数の漁撈部族が漁場(資源)を一緒に利用する部族社会にとくに発達、継承したシステムであると考えられる。ポトラッチやクラによって、漁場で生じる部族間の突発的な紛争や戦闘を回避したのであろう。「クラ」は、トロブリアンド諸島などにおける部族間の儀礼的交易のことである。

部族が戦闘を回避することは、小さな不確実性を選択することである。小さな不確実性を選択したほうが有利なのは、資源が充足しているときなので、漁撈部族の社会は、サン族やアボリジニのような遊動狩猟採集部族の社会に比べて、資源の獲得量が安定していることを意味している。それは、陸地の遊動狩猟採集部族の社会では資源の獲得が不安定であることと同義であるが、それについては別の機会に述べる。(つづく)

文献
1)Marcel Mauss, The Gift, 1925(贈与論)
2)ジョルジュ・バタイユ、呪われた部分、1949
3)Austronesian Basic Vocabulary Database
https://abvd.shh.mpg.de/austronesian/research.php
4)Peter Bellwood, First Farmers: The Origins of Agricultural Societies, 2004(邦訳:農耕起源の人類史)
5)ブロニスワフ・マリノフスキ、西太平洋の遠洋航海者、1922
6)特別史跡三内丸山遺跡
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
7)国指定史跡真脇遺跡
http://www.mawakiiseki.jp/index.html

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