ヒトの寿命:Human life span

よく知られていることであるが、サケやベニザケなどサケ科サケ属の魚は、産卵を終えると、数日で死んでしまう。その遺体は川の栄養分を豊富にして、水生昆虫などが増殖し、昆虫は孵化した稚魚のエサとなる。遺伝子を効率よく存続させるためには、産卵後に親サケが死ぬことは、きわめて合理的な方法である。

また、カマキリのオスは、その25%が交尾後にメスに食べられて死ぬという。メスは、オスを食べることで、交尾期の栄養分の60%以上を得られ、オスを食べたメスは、食べなかったメスに比べて2倍以上の卵を産む(文献)。オスが食べられて卵の栄養になることは、遺伝子からみれば、もっとも無駄が無い資源利用だ。

一方、ヒトでは、生殖期をすぎてから30年以上も生存する。生殖期をすぎたあとの期間を後生殖期というが、ヒトにもっとも近い生物種であるチンパンジーの後生殖期は数年しかなく、ヒトは極端に後生殖期が長い生物である。

生殖能力がなく、自己複製できないのに、何十年も生存するのは、サケやカマキリの例から考えると、資源の無駄である。「利己的な遺伝子」からすれば、生殖期をすぎた個体は早く死んで、子孫が資源をすべて利用したほうが、遺伝子の存続に有利なはずだ。

前回のブログで書いたように、ヒトの集団は、情報の変異速度が大きいほうが、ライバル集団との生存闘争に有利である。


I:情報プール
bm:情報プール内の個体
yn:弓矢
kn:ynの製法(知識)
f:kn→yn
tcn:製法の変異(kn-1→kn)が起きる時間
tsn:情報プール内に製法knが伝播する時間
n0:情報プール内で生じた情報の変異の回数
nf:情報プール内で生じた有利な情報の変異の回数
s:選択率
vI:情報プールの情報の変異速度
nf=n0×s
vI=dnf/dt

このモデルでは、情報プールIが大きいほど、情報の変異速度vIが大きくなる。情報プールは、脳に蓄えられた情報が多いほど大きくなるので、豊富な知識を有する人が多いほど、情報プールが大きくなるはずだ。

すなわち、ヒトの後生殖期が長いのは、長命なヒトが情報の貯蔵庫の役割を果たしてきたためと考えられる。言い換えると、たとえ資源の利用効率が悪くても、長命で脳に情報を多く貯蔵できる遺伝子をもった集団のほうが、ライバルに勝って生き残ることができた。

なお、現代では、情報は書物やデータベースに貯蔵されるので、ヒトの情報の貯蔵庫としての役割は小さくなっている。(つづく)

文献
Sexual cannibalism increases male material investment in offspring: quantifying terminal reproductive effort in a praying mantis
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/283/1833/20160656

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 61,557
広告

情報(知識)の変異速度:Mutation speed of information / knowledge

武器と道具

1816年に、デンマークの考古学者のクリスチャン・トムセン(1788-1865)は、国立博物館のコレクションを、石器時代、青銅器時代、鉄器時代の3つに区分して展示した。これが、最初の人類学的な時代区分であった。

その後、イギリスのジョン・ラボック(1834-1913)、フランスのG・ド・モルティエ(1821-1898)らによって、石器時代は、旧石器時代と新石器時代に分けられた。さらに、モルティエは、ヨーロッパの旧石器時代をムスティエ、ソリュートレ、オーリニャック(オーリナシアン)、マドレーヌの4期に区分した。

現在のヨーロッパでは、石器時代は、おおよそ以下のように区分されている。なお、日本では、旧石器時代は、中期旧石器時代、後期旧石器時代、縄文時代に区分される。

オルドワン:Oldowanオルドワン石器は、最古の石器群で、おもに、礫を打撃して造る片刃のチョッパーと両刃のチョッピングトゥールからなる。多くはアフリカで製作されたが、ヨーロッパ、アジアからも見つかっている。

 

アシューリアン:Acheuleanアシューリアン石器は、ハンドアックスに代表される長さ15~20cmの打製石器で、石器の両面が加工されている。ホモ・エレクトスが登場した170~180万年前に出現した。アフリカ、西アジア、南アジア、ヨーロッパの多くの地域で製作された。

 

ムステリアン:Mousterianルヴァロワ型石核を用いた剥片剥離が特徴で、16万〜4万年前のネアンデルタール人(ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス)が活動していた時期に多く製作された。ヨーロッパ、中東、北アフリカで出土している。

オーリナシアン:Aurignacian片刃の石刃など縦長剥片が、ブレード技法と呼ばれる剥離技術で製作されている。4万~3万年前のオーリナシアン文化期には、ショーヴェやラスコーの洞窟壁画や動物彫刻も製作された。ヨーロッパ、中東、シベリアで出土している。

細石器:Microlith細石器は長さ1~3cmの小型の石刃で、槍の刃部や弓矢のヤジリとして製作された。木や骨の溝にはめ込んで、替え刃として使用された。ヨーロッパ、北アフリカ、アジア、 オーストラリアで製作された。

新石器:Neolithic研磨された磨製石器が特徴で、農耕が始まった時代(15,000BC~)に製作された。ただし、日本やオーストラリアでは、4~2万年前に局部磨製石斧が出現していた。

フランスの先史学者のアンドレ・ルロワ=グーラン(1911-1986)は、原石1kg当たりから製作できる石器の刃の長さを試算している。オルドワンでは40cm、ムステリアンでは4m、オーリナシアンでは10m、中石器時代の細石器では100m以上の刃が製作できたという。石器の製作技術は、古い時代ほどゆっくり、新しい時代ほど急速に向上している。

武器や道具は、石器時代を経て、銅器、青銅器、鉄器へと変遷したが、その製作技術は、段階的に向上している。製作技術が向上することは、武器や道具の性能が向上することを意味する。武器や狩猟道具の性能が向上することは、ライバルや獲物を殺傷する能力が大きくなることであり、高性能の武器や狩猟道具を製作する技術を有する個体や集団は、生存闘争において有利になる。

また、製作技術が段階的に向上したということは、材料の物性や製作物の構造についての知識が段階的に蓄積し、保存され、増大したということである。

知識は情報の一部なので、情報の段階的な蓄積、保存、増大は、武器や道具の性能を向上させ、情報を保有する個体や集団の生存を有利にすることを意味している。

情報、記号、知識

日本語の「情報」というのは、最初はフランス語のrenseignementの訳語として使われたらしいが、現在では英語のinformationの意味で使われるのがほとんどである。情報には多くの意味が存在するが、ここでは、情報を次のように定義する。

情報:任意の個体がその記号を認識したとき、同じ物質あるいは同じ行動(運動)につながる記号の集合(f:A→B)

「記号」はsignあるいはcode(符号)のことだが、人が情報を伝達・交換に利用する記号には、表情、叫び声、泣き声、怒声、身振り、言葉の記号など様々なものがある。もっとも多く使用されるのは、言葉の記号である語音と文字なので、ここでは、記号を以下のように定義する。

記号:同じ性質を持ち、並べ替え可能で、個体がそれらを区別可能な物理的実体

「知識」(knowledge)という言葉は、情報とほぼ同じ意味で使われることが多いが、ここでは以下のように定義する。

知識:多くの個体に、有用な情報として選択された情報

情報と知識の関係は次のようになる。

日常では、さまざまな情報が伝達され交換されている。人々が交わす会話やニュースなどは、流れる情報(flow)であるが、これらは、ほとんどが消滅してしまう。また、朝食の内容や考え事などの情報も、その人の脳の中でしばらくは漂っている(float)が、やはり消滅してしまう。

情報のなかで重要なものは、記憶されたり、記録されたりして、一時的に保存される。一時的に保存された情報は、時間がたつにつれて消滅していく情報と、長期にわたって蓄積され、保存される情報(stock)がある。そして、長期に保存される情報の中で、多くの人にとって有用な情報として選択された情報が「知識」(knowledge)である。知識は長期にわたって蓄積され、保存される。

これらの情報の形態(flow、float、memory、record、stock、knowledge)はきわめて流動的であり、固体が液体になったり、液体が固体になったり、あるいは気体になって雲散霧消してしまうように、常に、ゆらいでいる。

情報プール

 ヒトは、集団内の個体同士で情報を伝達したり、交換したりすることが可能である。このような、情報の伝達・交換が可能な集団に存在する情報の総体を、「情報プール」と呼ぶことにする。集団の個体数mが大きいほど、あるいは、蓄積された情報が多いほど、情報プールIは大きくなる。

情報プール内のそれぞれの個体を、b1、b2、・・bmとする(brain)。はじめ、この情報プールでは、弓矢y0の製法(情報・知識)k0を、全員が保有しているとする(f:k→y)。ただし、弓矢y0は原始的な弓矢で、その矢には、矢羽やヤジリが無く、飛距離は短く命中精度は高くない。


I:情報プール
bm:情報プール内の個体
yn:弓矢
kn:ynの製法(知識)
f:k→y
tcn:製法の変異(kn-1→kn)が起きる時間
tsn:情報プール内に製法knが伝播する時間

時間tc1後に、集団の中の器用な人b1が、矢柄に矢羽を装着すると、飛距離と精度が向上することを発見した。この矢羽のある弓矢をy1とし、y1の製法をk1とする。弓矢y1は、他の人が持つ弓矢y0よりも性能が高いので、戦闘や狩猟において有利である。

b1はy1の製法k1を自分の子供や兄弟などに伝授するので、k1は徐々に情報プール内に伝播していく。製法k1が情報プール全体に伝播する時間をts1とする。

製法k1がb1から他の個体へと伝播することは、製法k1が何回も複製(コピー)されることである。ただし、言語による情報の複製は、完全ではないので、情報の一部が欠落したり間違いが生じたりする。この情報の欠落や間違いも、「情報の変異」であるが、欠落や間違った情報をもとに製作された弓矢は、一般には性能が劣る。性能が劣る弓矢は、戦闘や狩猟において勝ち残ることができないので、その製法(情報)は、捨てられてしまう。(ただし、間違って伝わった製法で作られた弓矢が、すべて劣るとは限らない)

複製ミスや間違いなどで性能が劣るような情報の変異を、「不利な情報の変異」とすると、「不利な情報の変異」は生き残ることができず、情報プール内から消滅してしまう。すなわち、「不利な情報の変異」は、情報プールにほとんど影響を与えないので、無視できるはずだ。

弓矢y1の製法k1は、集団全体に広がり、やがて他の集団にも伝播する。すべての集団にk1が伝播すれば、戦闘や狩猟において、y1の有利性はもはや存在しなくなる。

個体は、他者よりも有利性が存在しければ、生存するのが難しくなるので、なんとかして性能の高い弓矢を作ろうとするであろう。逆に言うと、そのような工夫をした個体とその個体が属する集団が、生き残ることができた。

性能の高い弓矢を作ろうと試行錯誤を繰り返すうちに、時間tc2後に、ある人が、矢の先端にフリント(チャート)のヤジリを装着すると、飛距離が長くなり、破壊力も大きくなることを発見した。この弓矢をy2とし、y2の製法をk2とする。y2は戦闘や狩猟において有利なので、k2は情報プール内に伝播していく・・・。

生存に「不利な情報の変異」は消滅するので、ある期間内の情報プール内の情報の変異速度を左右するのは、「有利な情報の変異」である。そこで、情報プール内で、時間当たりに生じる「有利な情報の変異」の回数を、「情報プールの情報の変異速度」vIとする。

ただ、新たな情報の変異がおきた直後は、その情報が有利な情報なのか非有利な情報なのかはアプリオリにはわからない。有利な情報の変異は、試行錯誤の過程や、その変異が集団内に伝播する過程で、「選択」される。

情報プール内で生じる情報の変異の回数をn0、「選択」されて残った変異の回数をnfとする。nfは情報プール内で生じた有利な情報の変異の回数を意味する。sを選択率とすると以下のように書ける。

nf=n0×s
vI=dnf/dt

n0:情報プール内で生じた情報の変異の回数
nf:情報プール内で生じた有利な情報の変異の回数
s:選択率
vI:情報プールの情報の変異速度

vIの値が大きいほど、ライバル集団との生存闘争において有利である。また、以下の関係が存在する。

・情報プールIが大きいほど、vIが大きい。
・情報が伝播する時間tsが小さいほど、vIが大きい。
・情報の変異が生じる時間tcが小さいほど、vIが大きい。

ルロワ=グーランは、ヒト科の種の脳が大きくなるにつれて、石器の製作技術が飛躍的に向上したことを指摘している(先述の図)。古い時代のヒト科ほどvIが小さい理由のひとつは、情報プールIが小さく、伝播時間tsが大きいためである。時代が下るほど、集団が大きくなり、情報が蓄積し、言語による情報の伝達能力が向上するので、Iが大きく、tsが小さくなって、vIが加速度的に大きくなる。

集団内の協力と結束が高いほど、情報の伝達と交換が活発に行われるので、伝播時間tsが小さくなる。すなわち、情報プール内の個体の同一性が高いほど、vIが大きくなる。一方、それぞれの個体が、試行錯誤に専念できる時間が長いほど変異時間tcが小さくなるので、分業化と専門化が進むほどvIが大きくなる。

個体の試行錯誤の自由度が大きいほど、情報の変異が生じる確率が大きくなる。すなわち、情報プール内の個体間の差異が大きいほど、変異時間tcが小さくなってvIが大きくなる。ただし、やみくもに変化を大きくしても、選択率sが大きくなって効率が下がり、vIが大きくならない。n0とsは拮抗する関係にある。言いかえると、個人の自由と個人に対する統制は拮抗する関係にある。

また、情報プール内では、個体の同一化と差異化が拮抗する関係にある。有利な情報の変異が起きた直後は、その変異による有利性が大きいので、同一化して情報の伝播速度を大きくしたほうが有利である。しかし、時間が経過して変異が全体に伝播すると、変異の有利性が失われるので、差異化して新しい変異が生じる確率を大きくしたほうが有利になる。(つづく)

文献
大貫良夫ほか、世界の歴史1、中央公論社、1998
ホルクハイマー、アドルノ、1947、啓蒙の弁証法、岩波書店、1990
トーマス・クーン、科学革命の構造、1962、みすず書房、1971

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)
売り上げランキング: 94,050

ポトラッチ:漁撈部族間の相互贈与;Potlatch:Mutual gifts among fishery tribes

マルセル・モース(1872-1950)の“Essai sur le don”(The Gift、贈与論)は、世界的な名著の一つにちがいないが、その評価は分かれるようである。ただ、民族学、人類学、神話などの膨大な記録の要約が収録されており、きわめて有用な文献であることに異論はないであろう。

『贈与論』の中心的な概念である「ポトラッチ」は、北アメリカ北西部の海岸地帯の部族の言葉で、「食物を与える」、「消費する」という意味である。モースは、ポトラッチを以下のように定義している。

First, it is not individuals but collectivities that impose obligations of exchange and contract upon each other. The contracting parties are legal entities: clans, tribes, and families who confront and oppose one another either in groups who meet face to face in one spot, or through their chiefs, or in both these ways at once. Moreover, what they exchange is not solely property and wealth, movable and immovable goods, and things economically useful. In particular, such exchanges are acts of politeness: banquets, rituals, military services, women, children, dances, festivals, and fairs, in which economic transaction is only one element, and in which the passing on of wealth is only one feature of a much more general and enduring contract. Finally, these total services and counter-services are committed to in a somewhat voluntary form by presents and gifts, although in the final analysis they are strictly compulsory, on pain of private or public warfare. We propose to call all this the system of total services.
「第一に、相互に交換や契約の義務を課すのは、個人ではなく集団である。契約の当事者は、氏族、部族、家族などの法的組織である。彼らは、特定の場所で直接に顔を合わせたり、あるいはその首長を介したり、あるいは同時に両方の方法で対峙する。彼らが交換するものは、財産や不動産など、経済的に有用なものだけではない。この交流は、宴会、儀式、兵役、女性、子供、舞踊、祭事、見本市であり、経済的取引は要素の一つにすぎない。財を渡すことは、永続的な契約の一部にすぎない。最後に、これらの供与と返礼は、贈り物として自発的な行為にまかされているが、突き詰めると、私的あるいは公的な戦闘の上に、厳格に義務づけられている。われわれは、これを全体的な供与のシステムと呼ぶことを提案する。」(文献1)

モースは、ポトラッチにおける三つの義務をあげている。

・贈る義務:贈与や歓待は、同族以外の人々に与えなければ意味がない
・受け取る義務:贈り物やポトラッチを拒否することはできない。贈与や歓待を拒否することは、返礼を渋っているとみなされる
・返礼の義務:贈与に対する返礼の義務は強制的である。返礼をしない者は面子を失う

北アメリカ北西部の海岸地帯の部族では、「破壊のポトラッチ」さえ存在する。

In a certain number of cases, it is not even a question of giving and returning gifts, but of destroying, so as not to give the slightest hint of desiring your gift to be reciprocated. Whole boxes of olachen (candlefish) oil or whale oil are burnt, as are houses and thousands of blankets. The most valuable copper objects are broken and thrown into the water, in order to put down and to ‘flatten’ one’s rival.
「いくつかの事例では、贈り物の返礼を期待していると相手に思われないように、贈与や返礼はまったく問題でなく、ただ破壊する。ギンダラの油や鯨油が入ったすべての樽が、家屋や何千枚もの毛布と一緒に燃やされる。ライバルを下に置いて『打ちのめす』ために、もっとも貴重な銅製の宝物は破壊されて、水中に投げ込まれる。」(文献1)

破壊のポトラッチに何らかの合理性を見出すのは、かなり困難である。たとえば、バタイユ(1897-1962)は、ポトラッチを、地球上に存在する過剰なエネルギーの消尽として解釈しようとしたが、成功していない(文献2)。モースは、破壊のポトラッチは、部族間の「一種の戦争」‘the potlatch is a war’であるとしている。

そこで、財=戦力と考えると、破壊のポトラッチは、ライバル部族の目の前で大量の財(戦力)を破壊することで、自己の部族が有する生産力(戦力)の大きさを誇示する行為と考えられる。

大きな戦力は、大きな殺傷力を意味する。部族の大きな戦力を示す(信号)ことは、戦闘における大きな不確実性を示すことである。資源が足りている平時に大きな不確実性を選択することは、集団の生存にとって不利である。すなわち、自己の部族の大きな戦力をライバルに見せつける(信号を送る)ことは、ライバルに戦闘開始の決断を思いとどまらせる効果がある。このような、国力・戦力の示威や軍事的な威嚇行動は、現代の国家間でもよく見られる。


w:武器の殺傷力の大きさ
Ra:Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
Rb:Bが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
eaw:勝利したAが獲得できる資源量の期待値
eal:負けたAの資源量の期待値

ポトラッチでは大量の財を消尽するので、財の蓄積と貯蔵が不可欠である。サン族のように遊動しながら狩猟採集する非貯蔵社会では、財が蓄積されないので、ポトラッチは成立しない。モースは、『贈与論』を理論化する上で、ポリネシア、メラネシア、北アメリカ北西部海岸の部族社会を取り上げている。

ポリネシアとメラネシアの諸部族は、漁撈と農耕を生業にしている。太平洋地域の農耕文化は、台湾を起点として拡散し、さらにはマダガスカルにまで伝播したことが、近年の比較言語学および考古学的研究によってあきらかにされている(文献3)。台湾への農耕文化の伝播はB.C.3500年ごろ、フィリピンおよびインドネシアへはB.C.2000年ごろ、ミクロネシアがB.C.1500年ごろ、メラネシアがB.C.1400年ごろ、ポリネシアはA.C.600年ごろ、マダガスカルへの伝播はA.C.500年ごろと考えられている(文献4)。マリノフスキ(1884-1942)が、トロブリアンド諸島を調査した1915~1918年には、太平洋地域はすでに農耕と漁撈を営む「貯蔵社会」であった(文献5)。

一方、北アメリカ北西部海岸地帯の部族は、農耕を行わず、狩猟と採集のみで生活していた。モースは次のように記述している。

The tribes, peoples, or rather groups of tribes we shall discuss all reside on the Northwest coast of America, in Alaska: Tlingit and Haïda; and in British Columbia, mainly the Haïda, Tsimshian, and Kwakiutl. They also live from the sea, or from the rivers, from fishing rather than hunting. But, unlike the Melanesians and Polynesians, they have no agriculture. However, they are very rich, and even now their fishing grounds, hunting grounds, and fur-trapping provide them with considerable surpluses, particularly when reckoned in European terms. They have the most solidly built houses of all the American tribes, and a very highly developed cedarwood industry.
「われわれが議論する諸部族、人々、あるいは諸部族の集団は、アメリカの北西部海岸、アラスカに住んでいる。トリンギット族、ハイダ族、英領コロンビアではハイダ族、チムシアン族、クワキウトル族である。彼らは、狩猟よりも、海や川での漁撈によって生きている。メラネシア人やポリネシア人とは異なり、農耕を営まない。しかしながら、彼らは非常に豊かであり、現在でも、漁場、猟場に恵まれ、ヨーロッパの基準からみると、毛皮は彼らにかなりの余剰を与える。彼らは、アメリカのすべての部族の中で、もっとも堅牢に建てられた家屋と、きわめて高度に開発された針葉樹の製材業を持っている。」(文献1)

上記のことから、漁撈を生業とする部族は、たとえ農耕を行わなくても、食糧を貯蔵し財を蓄積する貯蔵社会であることがわかる。しかも、彼らは、サン族やアボリジニのように遊動せず、長期にわたって定住していた。

もっとも、日本では、古代の漁撈社会が貯蔵社会であり、かつ長期にわたって定住する社会であったことはよく知られている。縄文時代の集落跡である青森県の三内丸山遺跡では、B.C.3500~B.C.2000年の1500年もの長期にわたって集落が存続していた(文献6)。さらに、竪穴住居跡、大型竪穴住居跡、墓地、盛土、掘立柱建物跡、大型掘立柱建物跡、貯蔵穴、粘土採掘坑、ごみ捨て場、道路跡などが出土しており、多くの食料の貯蔵と財の蓄積があったことがうかがえる。

また、縄文時代前期から晩期にいたる石川県の真脇遺跡では、B.C.4000年ごろから4000年間も途切れることなく人々が住み続けていたことが判明している。人々は定住して漁撈と採集で生活しており、300体を超えるイルカの骨、トーテムポールのような彫刻柱、貼床住居址、環状木柱列、縄文土器、磨製石斧、土偶、埋葬人骨、日本最古の仮面などが出土している(文献7)。

環状木柱列は、同じ場所で少なくとも6回の立て替えが認められたという。同様の構造物は石川、富山などの約20遺跡で見つかっている。

超協力タカ派戦略では、部族同士は資源をめぐって生存闘争を繰り広げるライバルである。ポトラッチのような、ライバル部族同士で大量の財(資源)を相互贈与するシステムには、合理性が存在しないように見える。『贈与論』のなかにも、次のような記述がある。

Thus African societies, whether Nigritian or Bantu, either do not have the institution of the potlatch, or in any case have it in a not very developed state, or have perhaps lost it—
「ネグリトーでもバントゥーでも、アフリカの社会は、ポットラッチの習慣を持たないか、あるいは、あまり発達していない状態にあるか、たぶんそれを失ってしまった・・」(文献1)

北アメリカ海岸地帯の部族同士も、本質的には闘争関係にあり、常に緊張した状態であることは、次の逸話からも読み取れる。

Buleau, a chief, had invited another chief, Bobal, and his people to a banquet, probably the first in a long series. They began to rehearse the dances the whole night through. In the morning they were all in a state of nerves from their sleepless night, the dances, and the songs. As a result of a simple remark made by Buleau, one of Bobal’s men killed him. And the rank and file massacred, pillaged, and carried off the women of the village. ‘Buleau and Bobal were rather friendly, and merely rivals’, Thurnwald was told.
「首長のビュローは、別の首長のボバルとその仲間を祝宴に招待した。たぶん、長く続く宴の最初のことであった。彼らは夜通し踊りをリハーサルし始めた。朝には、彼らは夜通しの踊りと歌のために、興奮状態になった。ビュローの何気ない発言の結果、ボバルの男性の1人が彼を殺した。そしてその集団は虐殺され、虐待され、村の女性たちはさらわれた。『ビュローとボバルはどちらかといえば友好的で、単にライバルだった』とトゥルンヴァルト(オーストリアの人類学者)に語った。」(文献1)

では、どうして、闘争関係にある部族間において、ポトラッチのようなシステムが発達したのであろうか? モースは、チムシアン族の次のような神話を紹介している。

A princess of one of the Tsimshian villages has conceived in the ‘land of the otters’ and miraculously gives birth to ‘the Little Otter’. She returns with her child to the village where her father is the chief. Little Otter catches a large halibut on which his grandfather regales all his fellow chiefs, from all the tribes. He presents his grandson to everybody and enjoins them not to kill him if they come across him in his animal form while out fishing: ‘Here is my grandson who has brought this food for you and which I have served to you, my guests.’ In this way the grandfather grew rich with all kinds of goods given him when they came to his home to partake of the whales, seals, and fresh fish that Little Otter brought back during the winter famines. But they had forgotten to invite one chief. So, one day when the crew of a boat belonging to the neglected tribe met Little Otter out at sea, holding a large seal in his mouth, the bowman in the boat killed him and took the seal from him. The grandfather and the other tribes searched for Little Otter until they became aware of what had happened to the forgotten tribe. The latter presented its excuses: it did not know who Little Otter was. His mother, the princess, died of grief. The chief who had been the unwitting culprit brought to the chief, the grandfather, all kinds of gifts to expiate his mistake. And the myth concludes: ‘This is why peoples mounted a great festival when the son of a chief was born and was given a name, so that no one should not know who he was.’
「チムシアン族のある村の王女は、『カワウソの国』で子を宿し、『カワウソの子』を奇跡的に産んだ。彼女は父親が首長である村に子供と一緒に帰った。カワウソの子は、大きなオヒョウを捕まえ、彼の祖父は仲間の首長を招いて歓待した。彼は皆に孫を紹介し、もし外で動物の姿をしている孫を見つけても殺すことを禁じた。『これが、あなた方のためにこの食べ物を持ってきた、私の孫です』。こうして、祖父は、冬の飢饉のときにカワウソの子が獲ってきたクジラ、アザラシ、新鮮な魚を食べに来た首長たちから、彼に贈られた多種の品物で豊かになった。しかし、彼らは、1人の首長を招待するのを忘れていた。あるとき、無視された部族に属する船の乗組員が、海で口に大きなアザラシをくわえたカワウソの子を見つけ、射手が彼を殺してアザラシを奪った。祖父と他の部族は、忘れられた部族に何が起こったのかを知るまで、カワウソの子を探した。その部族は、カワウソの子が誰であるか知らなかったと弁明した。カワウソの子の母の王女は、悲しみのために死んだ。知らずに犯行を犯した部族の首長は、間違いを償うために、祖父にあらゆる種類の贈り物を贈った。そして、神話はこう結論づける。『首長の息子が生まれ、名前を与えられたとき、大きな祭りを行うのは、彼が誰であるかを知らない人がいないようにするためである』」(文献1)

チムシアン族の神話からわかることは、漁撈を生業とする部族の社会では、複数の部族が同じ漁場(=資源)を一緒に利用していることである。このため、突発的な部族間の紛争が頻繁に生じる。


陸地の海岸地帯の漁撈部族
Bn:バンド
Tn:部族


島嶼部の漁撈部族
Bn:バンド
Tn:部族

ポトラッチ、すなわち、部族間の大量の財(資源)の等価交換による相互贈与は、複数の漁撈部族が漁場(資源)を一緒に利用する部族社会に特有に発達したシステムであると考えられる。ポトラッチやクラによって、漁場で生じる部族間の突発的な紛争や戦闘を回避したのであろう。「クラ」は、トロブリアンド諸島などにおける部族間の儀礼的交易のことである。

部族が戦闘を回避することは、小さな不確実性を選択することである。小さな不確実性を選択したほうが有利なのは、資源が充足しているときなので、漁撈部族の社会は、サン族やアボリジニのような遊動狩猟採集部族の社会に比べて、資源の獲得量が安定していることを意味している。それは、陸地の遊動狩猟採集部族の社会では資源の獲得が不安定であることと同義であるが、それについては別の機会に述べる。(つづく)

文献
1)Marcel Mauss, The Gift, 1925(贈与論)
2)ジョルジュ・バタイユ、呪われた部分、1949
3)Austronesian Basic Vocabulary Database
https://abvd.shh.mpg.de/austronesian/research.php
4)Peter Bellwood, First Farmers: The Origins of Agricultural Societies, 2004(邦訳:農耕起源の人類史)
5)ブロニスワフ・マリノフスキ、西太平洋の遠洋航海者、1922
6)特別史跡三内丸山遺跡
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
7)国指定史跡真脇遺跡
http://www.mawakiiseki.jp/index.html

有機農業と未来: アメリカの有機農業から何が見えるか
本田進一郎 (2016-02-13)
売り上げランキング: 65,729

非貯蔵社会における資源分配:Resource distribution in non-storage society

カラハリ砂漠のサン族(ブッシュマン)や、オーストラリアのアボリジニは、食料を狩猟と採集のみに依存してきた。彼らは、遊動域内を常に遊動しながら狩猟と採集を行うので、人が背負ったり持ったりして運べる量の食料しか貯蔵することができない。このような「非貯蔵社会」における資源分配について見てみる。

アボリジニ

最新の研究によると、人類がオーストラリア大陸に到達したのは、従来の説よりも古く、約6万5000年前であるという。(文献1)

1828年にイギリスが全土を植民地とし、その後急速にヨーロッパ人の移民が始まった。人類学者のラドクリフ=ブラウン(1881-1955)は、ヨーロッパ人の移入直前の先住民の人口を、約25万人と推計している。図のように、576の部族がそれぞれの領域を持ち、大陸を分割していた。一部族の人数は200~600人ほどで、部族人口の平均は500人とされるが、5000人に達する大きな部族もあった。場所によって、面積当たり時間当たりの利用可能資源量が異なるため、部族の領域は、海岸地帯や森林地帯で狭く、内陸部の乾燥地帯では広い。

「かれらは定住することなく遊動的な生活を送っていた。日常生活の単位は寝食をともにする家族で、基本的には一人の男性と1人または複数の妻とその子供たちである。そして2、3組の家族を中心とした20~50人のバンドまたはホルドとよばれる集団をつくる。これが基本的な社会経済単位であった。(中略)特定の場所や土地を共有する精神単位とでも呼ぶべき集団がある。これは親族組織を中心として、特定の土地にかかわるドリーミングと呼ばれる思想によって統合される集団である。バンドの成員は流動的でつねに離合集散をくりかえしているのにたいし、この集団名は固定されて変わることがない。つまり出自集団は経済生活の単位であるバンドをゆるやかに包括するものである。その統合の基礎は神話伝承であり、それにかかわる儀礼であった。さらにおおきな集団としての部族があるが、オーストラリアの部族は世界の他の地域の部族とくらべると政治的な機能をもたず、組織や編成論理がよわく曖昧なので、部族というよりは言語集団とよぶべきではないかとする意見もある」(文献2、20p)

「アボリジニの社会はふたつの半族(モイエテイ)にわけられている。そして同じ半族の男女は、結婚してはならないという外婚の規則がある。そのうえで、かれらは父親の系譜にしたがってすすんでいる。そのグループは一般に父系氏族とよばれるものである。父系氏族の構成員は、世代によってさらにふたつにわけられている。連続する世代は結婚してはいけない規則がある」(文献2、92p)

アボリジニ同士の争いについて、小山修三氏は次のように書いている。

「若者が他人の妻(老人に独占された形になっている)を盗んだときはヤリでふとももを刺したという。それでも、そのために不具になった人はほとんどないそうで、『ヤリで刺しておけばそれにこりて若い者は二度とそんなことはしなくなるだろう』といばっていった老人があった。その老人もふとももに傷跡をもっていた。アボリジニ社会はみかけの荒々しさに比べ、本質は意外に優しいものである。暴力を否定してみかけは平穏だが、一旦それがおこると最悪の事態にまでいたる西洋社会とは実情がまるで逆になっている。(中略)結果的にみれば暴力についてはアボリジニ社会の方が効率的であり、洗練されているといえるだろう」(文献2、110p)

一方、ピンカーは、オーストラリアのムルンギン族が戦闘で死亡する割合を20~30%とし、次のような話を紹介している。19世紀初頭のオーストラリアで、収容所から脱走したウィリアム・バックリーという囚人が、ワザールング族と30年間一緒に暮らした体験を書き残している。

「敵の居場所の近くまでくると、彼らは地面に横たわって待ち伏せした。あたりが静まり、男たちのほぼ全員が数人ずつ固まって眠りにつくのを見計らって、いっせいに襲いかかるのだ。その場で三人が殺され、何人かが負傷した。大慌てで逃げ出した敵の残した武器は、こちらのものとなった。男たちは負傷した者をブーメランで叩き殺し、三回、勝利の雄叫びをあげた。帰ってきた男たちを見ると、女たちも大声をあげ、残忍な恍惚感に浸って踊った。持ち帰った死体を地面に投げ出すと、男たちはそれを棒で叩いた。誰も彼もが狂ったように興奮していた」(文献3、104p)

このように、まったく様相が異なる2種類の闘争が存在するのは、前者はバンド内あるいは部族内での闘争であり、後者は部族間の闘争であるためである。

アボリジニの婚姻体系がきわめて複雑に発達していたことは知られているが、同様に食料分配の方法も複雑に発達していた。

「ハンターは獲物を獲った後,獲物を自らの所有物とすることは許されず,別の人がそれを接収し,分配を行う。ハンターは自らがしとめた獲物の部位で最悪の部分しか入手することができないうえに,それ以外の部位の分配を行うことも許されていない。実際に獲物の分配を行い,その部分を受け取るのは,ハンターの姻族,義理の父,義理の兄弟であり,その次がハンターの兄弟である。獲物に最初に命中した槍の所有者であるハンターは,最後に残り物を得るに過ぎないのである(Testart 1987: 292)」(文献4)

サン族(ブッシュマン)

カラハリ砂漠のサン族(ブッシュマン)は、いくつかの一夫一婦もしくは一夫多妻の核家族が集まって、数十人の「キャンプ」を作る。キャンプは、狩猟と採集を行いながら、数日~1か月ほどで遊動している。キャンプの構成メンバーは流動的で、離合集散を繰り返す。キャンプを含む大きな地域集団は200人ほどであるという。親族組織は未発達で、親族の認知の範囲は上下に5世代、同世代ではイトコまでにすぎない。また、近縁の異性(忌避関係)とは結婚できない。

サン族では、近縁の親族内では食料の分配は徹底されており、平等が原則である。そして、親族関係が遠くなるにしたがって、分配の強制力は弱くなる。

「キリンや大きなカモシカなど、大型の獲物は、キャンプに持ち帰られると、原則として、キャンプに居合わせるすべての人に平等に分け与えられる。分配の方法は、この社会独特のものであって、けっして最初から全員に等分したりしない。(中略)分配をとりしきる男は、てきぱきと肉の配分を終える。背中の部分の肉はかならず射手がとり、彼は首から背中にかけての腱をとっておいて、さまざまな道具を作るための糸にする。毛皮もまた、射手の所有物となる」(文献5)

アカ族(ピグミー)

中央アフリカの熱帯雨林に住むアカ族(ピグミー)は、1年の4~8か月ほどを森ですごし、狩猟と採集で暮らしている。他の期間は、バントゥー系農耕民の近くのキャンプで生活し、農作業などの仕事に従事する。

アカ族は、3~20家族が集まって、15~100人ほどの集団で生活するが、メンバーの流動性は高い。結婚後の一定期間は妻方で暮らし、婚資を払ったあとは夫方で居住する習慣がある。

アカ族の食料分配につては、次のように報告されている。

「狩猟された獲物の所有者(konja)は,最初にその動物に何らかの打撃を与えた道具の所有者(konja)である。例えば集団槍猟では,たとえ致命的ではなくても最初にその獲物に一撃を与えた槍の所有者(必ずしもハンターとは一致しない)が獲物の所有者である。ネットハンティングでは,獲物のかかったネットの所有者が獲物の所有者であり,罠猟では罠の所有者(ワイヤーの所有者)が獲物の所有者である。肉の分配は3つの段階にわけられる。まずはじめに,解体された肉の特定の部分は狩猟において果たした役割に応じてハンターの間で分配される(第一次分配)。(中略)この分配には義務的で厳密な規則が存在する。第一次分配で分配される肉はmo .bandoと呼ばれる。獲物のどの部分がmo.bandoにあたり,どのような役割を果たした人がどの部分を受け取るかは狩猟方法と獲物の種類によって決まっている。捕獲された動物の肉はキャンプ内のあらかじめ決められた場所や決められた人に集められてから分配されるわけではない。一般的には,その獲物のkonjaもしくは彼の近親者が獲物を解体し分配する。獲物のkonjaや第一次分配で分配を受けた人はその人の判断に基づいてさらに分配をおこなう。この第二次分配は義務的ではなく,また厳密な規則もない。分配の対象者には調査者としてキャンプに滞在していた筆者や一時的な訪問者も含まれた」(文献6)

「肉の第二次分配においては,肉が特定の家族や個人,あるいは特定の親族集団やある一部の位置の住人に集中しないように,キャンプ全体に肉を分けようとしている傾向があるといえよう。肉を分配する人は,キャンプ全体を視野にいれて分配の相手を選択していると考えられる」(文献6)


d:遺伝的距離
Rg:与える資源量(時間当たり)、give
Rt:受け取る資源量(時間当たり)、take

狩猟採集しながら遊動する非貯蔵社会では、集団が占有する領域(なわばり)から得られる資源の集団内での分配は、近縁親族への無償贈与、あるいは集団内メンバー間の等価交換による相互贈与が合理的である。そうでなければ、集団内での個体同士の協力と結束が得られない。そして、協力と結束が強い集団でなければ、集団同士の戦闘においてなわばりを維持できず、生き残れない。

ただし、集団内で平等に分配しない資源も存在する。それは、武器あるいは狩猟道具(生産手段)である。サン族では、獲物の部位でもっとも重要なのは首から背中にかけての腱であり、これは射手が優先的に獲得する。動物の腱は、道具を製作する糸として利用される。

アカ族の場合では、私的所有がさらに進んでいる。獲物の第一の「所有者」は、狩猟道具(生産手段)の所有者であり、これは、生産手段の所有者(資本家や株主)に生産物の所有権が存在する現代社会と同じである。ただし、アカ族では獲物はキャンプ全体に平等に分配されるので、「所有」の意味と内容が異なる。

ヒトは、他の哺乳動物に比べて華奢な身体で犬歯も無いが、その代わりに常に武器を携えている。ヒトにとって、武器は「身体化」しており、武器は、ヒトの「延長された表現型」である。そして、武器の身体化こそが、ヒトの私的所有の起源であろう。

文献
1)考古学: オーストラリアへの到達年代がさらに早まった
http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/87566
2)小山修三、狩人の大地、雄山閣、1992
3)スティーブン・ピンカー、暴力の人類史、2011、青土社、2015
4)岸上伸啓、狩猟採集民社会における食物分配、国立民族学博物館研究報告27、2003
5)田中二郎、ブッシュマン、思索社、1971
6)北西功一、狩猟採集民アカにおける食物分配と居住集団、アフリカ研究51、1997

堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 38,211