武器と資源獲得の不確実性:Weapons and Uncertainty of resource acquisition

ホッブズは、自然状態のヒトは、闘争状態にあると言った。

To this war of every man against every man, this also is consequent; that nothing can be unjust. The notions of right and wrong, justice and injustice, have there no place. Where there is no common power, there is no law; where no law, no injustice.

「すべての人に対する、すべての人の闘争は、これもまた必然である。それは不条理ではない。正しいと正しくない、正義と不正義の概念は、そこには存在しない。権力が存在しないところでは、法は存在しない。法が存在しないところでは、不正も存在しない」(『リヴァイアサン』1651)

一方、ルソーは、自然状態のヒトは、他者と敵対することも、戦闘することもなく、無垢で平等な存在であると考えた。

Let us conclude then that man in a state of nature, wandering up and down the forests, without industry, without speech, and without home, an equal stranger to war and to all ties, neither standing in need of his fellow−creatures nor having any desire to hurt them, and perhaps even not distinguishing them one from another・・・

「自然の状態の人間は、森の中をさまよい、勤勉さはなく、話さず、そして家庭もない。見知らぬ人と戦闘することも、結束することもない。仲間を必要とせず、誰かを傷つける欲求もなく、そして、おそらく互いを区別しないことさえある」(『人間不平等起源論』1755)

人類学者のローレンス・キーリーは、先史時代のヒトや原始的な生活を維持する狩猟民は、平和な社会ではないと述べる。例えば、サウスダコタ州クロウクリークの14世紀初頭の墳墓では、頭皮が剥がされ、虐殺された500人以上の男性、女性、子供の遺体が出土している。当時の集落の人口は800人と推定されており、死亡者の割合は60%に及ぶ(文献3)。

政治学者のアザー・ガットは、キーリーを引用して、同様に論じている。ガットは、戦後、70年以上も大国間の大戦がない理由を、核戦争の脅威が存在する状況で、自由民主主義諸国が、戦争ではなく、各国の相互依存と協調によって共通の利益を認めたためとしている(文献4)。

心理学者のスティーブン・ピンカーも、戦闘や暴力による死亡率は、狩猟民など部族社会のほうが高く、現代社会はもっとも平和な社会であると説く。戦闘や暴力による死亡率が減少したのは、道徳の変化、国家の成立と法による支配、貿易や商取引による利益、共感や相互依存などによると主張している(文献5)。

なお、「法による支配」を実行するのは暴力装置であり、暴力装置の源泉は、特定集団による殺傷力の高い武器の独占である。

ここで、超協力タカ派の集団Aと集団Bが、闘争状態にあるとする。Aが保有する武器の殺傷力の大きさをwとする。wの値は、例えば、時間当たりに相手を殺傷できる人数とする。殺傷力wの武器を使用して、集団Bの大多数を殺傷できる確率をpaとする。wがゼロであっても、ヒトは素手で相手を殺すことができる。しかし、素手で集団の大多数を殺傷するのは困難なので、wがゼロのときは、paはごく小さい値になる。武器の殺傷力が、素手で殴る→ハンドアックス→槍→弓矢→銃と大きくなるほど、paは大きくなる(0<pa<1)。


w:武器の殺傷力の大きさ
pa:ライバル集団の大多数を殺傷できる確率

次に、Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量をRa、BのそれをRbとする。AがBの大多数を殺傷して勝利すれば、Bのなわばりをすべて奪うことができる。勝利したAが獲得できる資源量の期待値をeaw負けたBの資源量の期待値をeblとすると、eaweblは次の式で与えられる。

eaw=Ra+Rb・pa
ebl=Rb-Rb・pa

AとBは、同種の集団であり、「自分のコピー」である。すなわち、AとBの立場が逆の状態もありえるので、以下のようにあらわせる。

ebw=Rb+Ra・pb
eal=Ra-Ra・pb


Ra:Aが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
Rb:Bが占有するなわばりから得られる時間当たりの資源量
eaw:勝利したAが獲得できる資源量の期待値
eal:負けたAの資源量の期待値
ebw:勝利したBが獲得できる資源量の期待値
ebl:負けたBの資源量の期待値

ここで、Aが勝った場合と負けた場合の資源の期待値の差をuaとし、Bのそれをubとする。

ua=eaw-eal
=Rb・pa+Ra・pb
ub=ebw-ebl
=Ra・pb+Rb・pa
ua=ub
u:戦闘によって獲得できる資源量の期待値の幅(期待値幅)

期待値の幅が小さいほど不確実性が小さく、期待値の幅が大きいほど不確実性が大きいことを意味する。また、武器の殺傷力が大きいほど、戦闘によって獲得できる時間当たり資源量の期待値の幅(不確実性)が大きくなる。

種全体から見ると、資源量が十分にあるときは、不確実性が小さいほうが有利であり、資源が不足したときは、不確実性が大きいほうが有利である。言い換えると、資源量が十分なときは、武器を持たない集団で構成された社会のほうが、種の存続に有利であり、資源が不足したときは、それぞれが強力な武器を有する集団からなる社会のほうが、種の存続に有利である。資源欠乏時に、強力な武器を使用する集団同士が闘って大きな損害が出たとしても、そのような状況を乗り越えて生き残った集団もしくは個体が存在すれば、種は存続できるからである。

しかし、個々の集団からみると、小さな不確実性(小さな殺傷力の武器)でも、大きな不確実性(大きな殺傷力の武器)でも、獲得できる資源量の期待値の平均値は同じである。なぜなら、同種では、各々の集団は「自分のコピー」なので、各集団が保有する武器の殺傷力は、いずれ同じになるからだ。すなわち、個々の集団にとっては、獲得資源量の期待値は、武器の殺傷力の大きさではなく、おもに資源量に左右される。

すなわち、先史時代から現在まで、戦闘や暴力による死亡率が減少してきたのは、農業、石炭、石油、原子力のエネルギー革命(情報の変異)によって、ヒトが利用できる時間当たり資源量が増大してきたためと考えられる。(つづく)

文献
1)Thomas Hobbes, Leviathan, 1651(リヴァイアサン)
2)Jean-Jacques Rousseau, Discourse on Inequality, 1755(人間不平等起源論)
3)Lawrence H.Keeley, War Before Civilization, 1997
4)Azar Gat, War in Human Civilization, 2006(邦訳:文明と戦争)
5)Steven Pinker, The Better Angels of Our Nature, 2011(邦訳:暴力の人類史)
6)Richard Wrangham, Demonic males, 1996(邦訳:男の凶暴性はどこから来たのか)

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超協力タカ派戦略と資源分配:Super-cooperative hawk strategy and resource distribution

超協力タカ派戦略では、集団内の同一性が高いほど、他の集団との闘争に有利なので、なわばり内の資源を、平等あるいは公平に分配する必要がある。特定の個人が資源(食料)を独占するのは、厳禁(タブー)であり、そのような、平等で結束の強い集団だけが、ライバルに勝って存続できたはずだ。

資源を獲得する能力を有する個体Aからみた場合、Aが他の個体に与える(分配する)時間当たりの資源量をRg、Aが他の個体から受けとる(分配される)時間当たり資源量をRtとする。また、Aと他の個体との遺伝的距離をdとする。Rt/Rgは、資源を「与える量/受け取る量」、あるいは資源の「分配量/被分配量」、あるいは資源の「交換比率」である。


d:遺伝的距離
Rg:与える資源量(時間当たり)、give
Rt:受け取る資源量(時間当たり)、take

Aと遺伝的にもっとも近縁なのは、Aの親、子、兄弟姉妹であり、近縁度は1/2である。次が、祖父母、孫、オジ、オバ、甥、姪で、近縁度は1/4である。これらの近縁親族はAのコピーなので、Aが彼らに資源を与えるときは、無償(Rt/Rg=0)が合理的である。血縁関係が薄くなるにしたがって交換比率は大きくなり、同じ集団内では、等価交換(Rt/Rg=1)による相互贈与になる。等価交換による相互贈与でなければ、集団の中に不満が生じて、集団の協力と結束を維持できないためだ。

Aにとって、他の部族は、資源をめぐって闘争するライバルなので、資源のやり取りは、「略奪」か「被略奪」かのどちらかである。闘争に勝てば資源(なわばり)を奪うことができ、負ければ資源(なわばり)を奪われる。

集団同士は、資源が豊富なときは、闘争しないほうが有利だが、資源が不足するときは、相手から資源を奪わない限り、自分たちが生存することができない。食料となる植物や動物は、季節や年次で変動する。資源が豊富なときは、個体数が指数関数的に増大する(マルサス)ので、なわばり内の利用可能な時間当たり資源量が不足するのは、論理的に必然である。すなわち、時間当たり資源量が無尽蔵であるか、個体数の増加を抑制しないかぎり、生存闘争は不可避である。

ダーウィンは、生存闘争について次のように述べる。

A struggle for existence inevitably follows from the high rate at which all organic beings tend to increase. Every being, which during its natural lifetime produces several eggs or seeds, must suffer destruction during some period of its life, and during some season or occasional year, otherwise, on the principle of geometrical increase, its numbers would quickly become so inordinately great that no country could support the product. Hence, as more individuals are produced than can possibly survive, there must in every case be a struggle for existence, either one individual with another of the same species, or with the individuals of distinct species, or with the physical conditions of life. It is the doctrine of Malthus applied with manifold force to the whole animal and vegetable kingdoms; for in this case there can be no artificial increase of food, and no prudential restraint from marriage. Although some species may be now increasing, more or less rapidly, in numbers, all cannot do so, for the world would not hold them.

「生存のための闘争は、すべての生物が増加する傾向が高率であることから、必然的に導かれる。生存期間中に卵や種子を生産するすべての生物は、一生のある時点、ある季節、ある年に破壊されなければならない。そうでなければ、幾何級数的な増加の原則によって、個体数は、どんな地域でも生産物を支えることができないほど、急速に非常に大きくなる。したがって、生存可能な個体数より多くの個体が生産されるにつれて、同じ種の別の個体、または異なる種の個体、または生命の物理的状態と、生存のための闘争が存在しなければならない。これは、マルサスの理論であり、すべての動物界と植物界の多方面に、その理論を適用している。動物界や植物界では、人為的な食料の増加はなく、結婚の慎重な制限もないためである。現在のいくつかの種は、個体数が急速に増加しているかもしれないが、地球が支えられないため、すべての種がそうなることは不可能である」(種の起源、第3章)
(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, 1859-1872
Malthus, An Essay on the Principle of Population, 1798-1826

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パン属、ホモ属、ヒトの進化的な安定:Evolutionary stability of Pan, Homo, H. sapiens

超協力∩(タカ派∪超タカ派∪ハト派)戦略:Super-cooperative ∩(hawk ∪ super-hawk ∪ dove)strategy of Homo sapiens

ヒト科ホモ属は、超協力超タカ派戦略ではないかと述べた(2017.1.26ブログ)。現在、生存しているホモ属の種はヒト(Homo sapiens)のみであり、他のホモ属の種は、ヒトとの生存闘争に敗れて絶滅したと考えられる。ダーウィンは、「競争が最も厳しいのは、習性や体質、構造などの面で互いにきわめて近縁な種類間」と指摘している・・・。

パン属

ヒト科パン属のチンパンジーは、成年オス、成年メス、子供からなる20~100頭の群れを形成し、数十km2の広大な縄張りの中を遊動している。成年のオスとメスは、複数の異性と交尾をする乱婚であり、オスは自分の子供がわからないとされている。

成年オスたちは、協力して縄張りの周辺を巡回し、他の群れのオスと激しく闘争する。ある群れのオスが別の群れのオスのほとんどを殺戮し、敗けたほうの群れのメスが、勝ったほうの群れにすべて取り込まれた例も観察されている。しかし、いくら闘争が激しくても、双方のオスが共倒れで死んでしまうほどではなく、チンパンジーは、超協力タカ派戦略と考えられる。

集団で暮らし、知能が高いチンパンジーには、有力な捕食者(天敵)は存在しないといわれる。まず、パン属の進化的な安定について考えてみる。

超協力タカ派のパン属の群れが、なわばりを守りながら、熱帯雨林を分割して平衡状態にあるとする。群れG1の中では、常に遺伝的な変異が生じる。オスのタカ派遺伝子Aで占められる群れの中で、犬歯が長く、腕力が強く、攻撃的な超タカ派の遺伝子Aが生じたとする。オスは、群れ内での順位をめぐって激しく闘争する。A vs A+の闘いでは、攻撃的なA+は有利なので、上位の位置を占める。A+は食料を多く獲得し、多くのメスと交尾して、G1内にA+遺伝子が広がる。G1内にAが増えてくると、闘いはA+ vs A+になる。「自分のコピー」との闘いでは、しっぺ返しによって、闘争コストがきわめて大きくなる。超タカ派同士なので、双方が共倒れして死亡する確率が高くなる。

また、A+は、群れのボスとして、近隣の群れとの闘争の先頭に立つので、ここでも死亡する確率が高くなる。群れ内の闘争でも、群れ間の闘争でも死亡する確率が高いので、A+は、G1内の多数派になることができず、ごく少数派に留まる。


G:群れ
A:タカ派(hawk)
A+:超タカ派(super-hawk)
A:ハト派(dove)

次に、G1の中で、ハト派の遺伝子Aが生じたとする。Aは、犬歯が小さく、腕力が弱く、争いを好まない。ライバルと闘わずにすぐに逃げ出すので、Aは、G1内の下位の位置に置かれる。食料を多く獲得することができず、メスと交尾するのも不利である。しかし、闘わずにすぐに逃げるので、傷ついたり、死亡したりする確率は小さい。群れのなわばりは広いので、食料を得られないわけではなく、メスの数も多いので、まったく交尾できないわけではない。メスのほうは、オスがタカ派かハト派かにはあまり関係なく、自分との遺伝的な距離が大きいオスを選択するので、Aのオスには交尾のチャンスが少なからずある。

また、他の群れとの闘いでも、Aはすぐに逃げるので、死亡率が低い。すなわち、A遺伝子は、G1内に広がる条件がある。しかし、G1内にAが多くなると、G1は他の群れとの闘いで負けてしまうので、なわばりを守ることができず死滅する。ハト派遺伝子Aは、G1内にある程度は広がるが、多数派になることができず、少数派に留まる。

すなわち、パン属の遺伝子プールでは、以下の遺伝子が混在する状態で、進化的に安定になるはずだ。
・多数のタカ派
・少数のハト派
・ごく少数の超タカ派

パン属はチンパンジー1種ではなく、ボノボ(ピグミーチンパンジー)が存在する。ボノボのオスは、チンパンジーのオスに比べると、攻撃的でなく、闘争のときでも、噛み付いたり激しく追いかけたりしない。また、群れ同士の闘争においても、致死的な闘争に至った例は観察されていない(文献1)。群れの中のオスの間には、優劣関係が存在し、上位のオスほどメスとの交尾頻度が高いが、下位のオスたちでも交尾をする機会は皆無ではない(文献1)。


ボノボのオスの交尾度数

最新の研究では、ボノボは、パン属の少数の個体が、最近(100万年または180万年前)になってコンゴ川の左岸に移入し、定着したと考えられている(文献2)。このとき、コンゴ川を渡ったのは、パン属の中のハト派であったことが予想される。その後、地理的に隔離されために、タカ派遺伝子が侵入できず、ハト派の遺伝子が生き延びることができたのであろう。

パン属の例から考えると、犬歯が小さく身体が華奢なホモ属の祖先(アルディピテクス、アウストラロピテクス)も、もともとは、闘いを避けて逃げるハト派であったことが予想される。ホモ属の祖先は、共通祖先からハト派が分岐したのち、タカ派との生存闘争を続ける中で、2本足で走り、手で武器を持って闘うタカ派の形質を獲得したのであろう。

ちなみに、ボノボのオスが相手を攻撃するときは、2メートルほどの枝を折ってこれをうしろにひきずりながら走る」(「枝ひきずり」)ことが観察されている(文献3)。

ホモ属

ホモ属は、数十~100人ほどの集団を形成し、オスが協力して近隣の集団となわばり(資源)をめぐって、激しく戦闘する。戦闘は複数vs複数で行われるので、ライバル集団との戦闘に勝つには、集団内のオスは結束が強いほうが有利である。オスが出自集団にとどまって、父系の血縁集団を形成することで、オス同士の協力度、結束力が高まる。しかし、集団の同一性が高くなると、遺伝子の変異速度が小さくなって不利になる。そこで、若いメスが、他の集団に移ることで、遺伝的な差異を大きくし、集団の遺伝子の変異速度を維持している。さらに、メスの移動は、種全体の遺伝子プールを大きくし、種全体の遺伝子の変異速度を大きくする効果がある。

特定のオスがメスを独占すると、オス同士の結束が得られないので、婚姻の形態は、乱婚制あるいは一夫一婦制が有利であるが、一夫一婦制のほうが交尾の機会が均等になるので、より平等である。ただ、オスは戦闘で死亡して数が減るので、一夫多妻制も一部に存在する。

集団のオスの戦闘力・結束力は、個体の同一性が高いほど強く(有利)なり、個体の差異が大きいほど弱く(不利)なる。しかし、集団の遺伝子の変異速度からみると、集団の同一性が高いほど変異速度は小さく(不利)なり、集団内の差異が大きいほど、変異速度は大きく(有利)なる。集団内の遺伝子の同一化と差異化は、常にせめぎ合う関係にある。

集団戦闘に勝ち残るための遺伝的な形質として、以下のような要素があげられる。
・集団内のオス同士の協力度が高く、結束力が強い
・個体間の意思疎通能力が高い
・記憶力が高い
・走力、持久力が高い
・武器の製作能力が高い
・武器を使う能力が高い
・戦略に優れる(先読み能力)

「戦略」という言葉は、確定した定義がないが、ゲーム理論のミニマックス戦略などでは、「先読み」の能力に左右される。

生物の生存闘争では、遺伝子の変異速度が大きいほうが有利であるが、脳の新皮質が発達したホモ属では、脳による情報の変異速度の大きさに左右される。いずれにしても、最終的には「自分のコピー」との戦いになり、超タカ派の場合は、「しっぺ返し」によって闘争コストがきわめて大きくなり、共倒れの確率が高くなる。

ちなみに、霊長目の中で、体毛が無いのはヒトだけである。ヒトは他の霊長目に比べて、走力、持久力が突出して優れている。長い時間を走り続けると、体温が上昇してしまうので、体温を下げるために大量の汗を出す必要がある。体毛がある動物が大量の汗を出すと、体表面の水分率が高くなるので、細菌や菌類に寄生されるリスクが高くなる。また、運動を停止したときに、濡れた体毛からの水分の蒸発によって体温が奪われ、免疫力が低下してしまう。体毛が少なければ、汗は流れてしまい、すぐに乾いて微生物に寄生されにくく、体温低下も防げる。長距離を走ることによる体温変動に対応するには、体毛が少ないほうが、生存に有利だったのであろう。

ただし、体毛が少ないと、紫外線の悪影響を受けるので、メラニンが多い形質が広がった。また、オーカーを塗ることで、さらに無毛化が進んだ(後述)。ヒトがオーカーを使うようになった証拠はきわめて古く、ヨーロッパでは25万年前、アフリカでは28万年前の出土例がある(文献4)。

また、ヒトは、物を投げる能力が、動物全体の中で傑出している。ヒトが他のライバルに勝つには、武器を投げる形質が重要であったことがうかがえる。

ヒト

次に、ヒトの進化的な安定について考察する。ヒトは殺傷力の高い武器を使用して、個人同士で争ったり、集団で戦闘したりして多数の死亡者を出すことがしばしばあるので、パン属に比べると、はるかに超タカ派であることがうかがえる。しかし、共倒れでヒトの個体数(人口)が減っているわけではなく、逆に増えている。もっとも、将来、大戦争が起きて、人類が衰退する可能性もゼロではない。

パン属のモデルと同様に、超協力タカ派のヒトの集団(band)が、自分たちのなわばりを守りながら、陸地を分割して平衡状態にあるとする。

オスのタカ派遺伝子Aが多数を占める集団B1の中で、攻撃性が高い超タカ派の遺伝子Aが生じると、AはB1内の他の個体を攻撃して、多くの資源と配偶者を獲得しようとするであろう。しかし、ヒトの集団は、協力度や結束力が高いために、1人が資源や配偶者を独占することを許さず、複数の他の個体から反撃を受ける。Aがいくら攻撃力が高くても、多数を相手に勝つことは不可能なので、Aは集団の上位の位置を占めることができない。また、AがB1内に広がったとしても、A+ vs A+の闘いになって、共倒れする確率が高くなる。

他の集団との闘いのときは、攻撃的なA+は、戦闘の先頭に立つ機会が多いので、他の個体よりも死亡する確率が高い。すなわち、遺伝子A+は、B1内で多数派を占めることができず、少数派に留まる。

次に、B1内でハト派の遺伝子Aが生じたとする。Aは、争いを好まず、すぐに逃げ出すので、集団の中では立場が弱く、食料や配偶者を獲得するのが不利である。他の集団との闘いのときは、Aはすぐに逃げてしまうので、死亡率が低いが、他の個体から卑怯な行動を非難されて立場が弱くなる。たとえ、B1内にAが広がったとしても、B1は他の集団との闘争で負けてしまい存続できない。すなわち、ハト派Aは、多数派になることができず、少数派に留まる。

以上のことから、ヒトの遺伝子プールでは、以下の遺伝子が混在する状態で進化的に安定になると考えられる。
・多数のタカ派
・少数の超タカ派
・少数のハト派

戦闘に勝つためには、ヒトでは、遺伝的な形質だけでなく、脳による情報の変異の影響が大きくなることが予想される。なぜなら、集団が勝ち残るには、出自集団の中ではタカ派あるいはハト派として行動し、他の集団に対しては超タカ派として行動するのが合理的だ。このような形質は、遺伝的な形質として獲得するのは困難である。目の前の相手が、同じ集団に属するか他の集団に属するかを、外見や匂いなどの遺伝的形質で判断することはできないので、学習によって出自集団のメンバーを認識し記憶するほかない(神話、トーテム)。メンバーの数は多いほど有利である。さらに、遺伝的に備わっている個々のタカ派・ハト派の形質を、学習によって矯正し、相手に応じて行動を変化させなければならない。(ただし、学習による個体の性質と、遺伝子による個体の性質の関係はよくわからない)

狩猟採集民などの「非貯蔵社会」では、域内の個体数は、凶作年の端境期に獲得可能な食料の量に左右される。食料の欠乏期がやってくるたびに、多くの個体が死滅するので、少数派のハト派や超タカ派遺伝子は死滅し、多数派のタカ派遺伝子のみが存続する確率が高い。

すなわち、非貯蔵社会では、遺伝子プールはほぼタカ派で占められ、「超協力タカ派」の状態で進化的に安定になる。農業を行わず狩猟と採集のみで暮らしていたオーストラリアのアボリジニの社会では、ブーメランや投げ槍などの武器は存在するが、より殺傷力の高い弓矢は出現しなかった。カラハリ砂漠の狩猟採集民であるサン族(ブッシュマン)は、弓矢を使用するが、その矢には矢羽が無く、飛距離が短く命中率も低い。

一方、農業革命を経た「貯蔵社会」では、凶作年の端境期であっても貯蔵した食料によって生き延びることができるので人口が増加する。人口が増加している間は、「表現型変異の非生存」以外はすべて生存できるので、タカ派、超タカ派、ハト派のすべてが存続できる。域内の人口が増加して慢性的な資源不足になると、集団内や集団間で資源を奪いあうようになる。闘争では、よりタカ派の方が有利なので、武器の殺傷力が際限なく大きくなる。

ヒトの社会構造

ヒトの社会構造について検討する。ヒトの基本の集団は、夫婦を中心とする親族集団であり、親族集団が集まって、数十~100人ほどの父系集団(band)を形成する。男性は出自バンドに留まる傾向があり、若い女性は出自バンドを出て、他のバンドに移る傾向がある。女性が移動する範囲が母系集団であり、母系集団は1次言語集団になる。1次言語集団は、部族(tribe)を形成する。

非貯蔵社会の場合は、集団の個体数に対して、なわばりの範囲には限度がある。また、集団vs集団の闘いでは、相手を皆殺しにするのは困難で、生き残った相手から報復を受ける。このため、複数のバンドと複数の部族が並存する平衡状態になりやすい(図の左)。父系集団の男系は、他の父系と自分たちを区別する必要があるので、氏族(clan)を形成する。


mn:男系(male)
fn:女系(female)
Bn:父系集団(band)
Fn:母系集団
1Ln:1次言語集団
Tn:部族(tribe)
Cn:氏族(clan)

一方、貯蔵社会では、超タカ派戦略の父系集団が、他のバンドの父系集団を倒して、部族のエリア全体を支配する(上図の右)。部族内に勝利した父系の氏族(clan)が拡大する。

人口が増加し続ける貯蔵社会は不安定なので、人口増と交通の発達にともない、部族社会が解体し、部族連合、クニ、nationが形成される。これにより、2次言語集団ができる。(つづく)


2Ln:2次言語集団
Nn:部族連合、クニ、nation
Cn:氏族(clan)

文献
1)加納隆至、ボノボのオスの順位と交尾頻度、霊長類研究、1994
2)竹元博幸、川本芳、古市剛史、ボノボはどのようにしてコンゴ川左岸に分布するようになったのか?、2015
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2015/151019_2.html
3)黒田末寿、ピグミー・チンパンジー、筑摩書房、1982
4)A Milk and Ochre Paint Mixture Used 49,000 Years Ago at Sibudu, South Africa
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0131273
5)クロード・レヴィ=ストロース、今日のトーテミスム、1962、みすず書房、1970
6)クロード・レヴィ=ストロース、野生の思考、1962、みすず書房、1976

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