ブドウの縮果症とC3植物の生育補正

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)の野生種は、中東からヨーロッパにかけて自生しているが、ヴィニフェラ種が最初に栽培化されたのは、コーカサス山脈の南方と考えられている。イラン北部では紀元前5000年のワインを入れた壺が出土しており、アルメニアでは、紀元前4000年のワイン醸造所の遺跡が発見されている(文献1)。最古のものとしては、ジュージア南東部の新石器時代の遺跡から、ワインを入れたらしき紀元前6000年ごろの壺が出土している。

マスカット・オブ・アレキサンドリアは、古来より北アフリカで栽培されていたブドウ品種とされており、ローマ時代には、エジプトのアレキサンドリアから出荷されたと伝えられている。もともと、地中海地方では、ブドウは栽培されていなかった(トゥキディデス)ので、東方から導入された栽培ブドウから派生した品種と考えられる。

きわめて古い栽培品種であるため、マスカット・ハンブルグ 、イタリア、ネオマスカット、ルビーオクヤマ、甲斐路、マスカット・ベーリーA、シャインマスカットなど、多くの変種や派生品種が存在している。アレキサンドリアは、多雨多湿の日本では栽培が難しいため、ほとんどは、瀬戸内地方で温室栽培されている。

マスカットにとくに顕著な障害として、縮果症がある。硬核期前の第1迅速生長期の後期に発生し始め、硬核期に果皮下の果肉部に斑点が生じ、しだいに黒変して果粒がへこんでしまう。縮果症は何らかの病原菌による感染症というわけではく、組織が壊死する生理障害とされている(文献2)。

縮果発生の原因については、諸説あるが、よくわかっていない。1期後期に枝葉が急生長して葉からの水分蒸散が多くなり、根からの水分吸収が追いつかず、果実から水分が奪われるという説がある。しかし、結果枝の環状剥皮処理、水の葉面散布処理、断根処理などの試験では、水分不足は関係ないことが示され、むしろ、かん水量が多く、6~7月になっても新芽が伸長する樹に縮果が発生しやすい。高温による障害、カルシウムの不足による生理障害などの説もあるが、いずれも、はっきりとした証拠や対処法は見つかっていない。

縮果が発生しやすい条件として、次のような報告がある。樹勢の強い若木を強勢定した場合、高い確率で縮果が発生する。逆に、樹勢が低下した樹では、まったく発生しない。土壌水分が豊富で、硬核期になっても新梢が伸長する樹において、果粒の肥大が続く場合に多発する。高温条件下では、障害の進行が速い。樹勢が強い第1亜主枝に多発し、樹勢が弱い亜主枝では発生が少ない。果房の肩部で、大粒の果粒ほど、粒数が少ないほど発生率が高い。ジベレリン処理した果房で発生しやすい。

すなわち、樹勢が旺盛で、枝葉の生長速度が速い樹ほど、また、生長速度が速い果粒ほど、縮果が発生しやすい。

なお、ヨーロッパやアメリカでは、縮果症についての報告がなく、縮果症は日本に特有の生理障害とされている。世界のブドウの栽培地は夏季少雨の気候であるが、日本では6~7月が高温多雨多湿となる。日本では、この時期に、ブドウがもっとも旺盛に生長し、同時に病害虫が多発する。このような日本の気候条件が、縮果症発生の背景にあると予想される。

ブドウの標準的な養分吸収の特性については、以下のような報告がある。
「カリフォルニアのワインブドウ地帯の施肥体系は、1980年代に大きく変わった。その一つの理由は点滴かん水の導入である。必要に応じたかん水によって、肥培管理が的確にできるようになった。カリフォルニア大のChristensen教授を中心として、多くの実験と調査が行われた結果、それまでの元肥中心から、結実後に年間の約50% 、収穫期後に約30%、落葉期(または発芽期)に残りを施肥する方式が、収量、品質、樹の永続性の点で最も優れることが証明された」(岡本、1998、文献3)

さらに、岡本五郎先生は、日本でのブドウ根域制限ベッド栽培における養分吸収パターンを、下図のように示している。

また、根域制限した巨峰の液肥濃度と土壌水分の影響につては、次のように報告している。
「根城制限栽培のブドウ‘巨峰’に対する適切な施肥法を知るために,ベッド植えの1年生の挿し木苗に液肥を週に1~3回与え,果実の発育段階に応じてその濃度を調節した.基肥としてナタネ粕を1樹当たり200g与えた区を対照区とした。 (中略) 硬核期から液肥の濃度を1/3に下げると,副梢の生長が抑えられ,果粒の肥大と着色及び糖の蓄積が優れた.着色期から液肥の濃度を下げてもある程度同様の効果がみられた.N:60ppmの液肥を収穫期まで与えた区では,着色が劣り,酸含量も高かった.一方,ナタネ粕区では硬核期中の副梢の生長が旺盛で,果粒の肥大が悪かった」(岡本ら、1991、文献4)
「発芽期から結実期までpF2.2でかん水し,幼果期はpF1.5でかん水し,着色期から再びpF2.2かん水に戻すと,果粒の肥大はそれほど劣ることなく,可溶性固形物含量も高く,着色の良い果実が生産された」(岡本ら、1991、文献5)

以上のことから思い浮かぶのは、アスパラガス、イネ(暖地)など、C3植物の養分吸収の特性である。これらのC3植物は、植物がもつ体内時計と、高温多湿の栽培条件下における生育のズレを補正するために、もっとも生長速度が大きくなる初夏の時期に、生育のブレーキが働くのではないかと述べた(2016.6.9ブログ)。

栽培ブドウ(ヴィニフェラ種)は、夏季少雨乾燥地帯が起源であり、これを夏季多雨多湿地帯の日本で栽培した場合、アスパラガスやイネ(暖地)とよく似た養分吸収のパターンを示す。すなわち、ブドウの縮果症は、枝葉や果実が急生長する時期に、生育のブレーキが働くのが根本的な原因ではないだろうか。同じ時期に病害虫が多発するのも、生育のブレーキによって無機養分の同化量が低下し、余分な無機養分のために枝葉の細胞壁組織が軟弱化するためと考えられる。

ポット栽培など根域が小さな栽培法で、かつ液肥などを施用すれば、果樹栽培であっても、生育の途中で窒素の吸収を中断することは可能である。しかし、根が広く伸びている露地栽培では、窒素吸収を制限することは困難である。とくに、堆肥や有機質肥料で土作りした園地では、肥効がゆっくり長く続くため、窒素の発現や吸収をコントロールすることは簡単ではない。(つづく)

文献
1)世界最古のワイン醸造所、アルメニア
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/3662/
2)ブドウ(Vitis vinifera L.とV. complex)における縮果病の発生程度とカルシウム、マグネシウム及びホウ素の発生予防効果、九州大学農学部附属農場研究報告第11号、2003
3)岡本五郎、ブドウ栽培の基礎知識Ⅲ 施肥の理論と技術、1998
4)岡本五郎他、根域制限した‘巨峰’ブドウの生育と果実の発育に及ぼす液肥濃度の影響、岡山大学農学報、1991
5)岡本五郎他、根域制限栽培のブドウ‘巨峰’の樹体生長と果実発育に及ぼす土壌水分の影響、生物環境調節29、1991

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)
売り上げランキング: 105,315
堆肥と土壌の作り方: 身近な有機物を利用する
電子園芸BOOK社 (2016-09-19)
売り上げランキング: 34,001
広告

投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中