性差の起源と拡大(性選択の要素と基準):Origin and expansion of sex difference

そもそも、どうして性差(オスとメスの差異)が生じたのであろうか?

酵母のサッカロミケスには、aとαの2つの性が存在する。これらは染色体数が1本しかない1倍体(n)である。aとαは、栄養分が枯渇すると、フェロモンによって性を判別し、異性同士が接合して2倍体(2n)になる。このとき、フェロモンをより多く出している異性を選ぶとされている。すなわち化合物の種類(性選択の要素)によって性を判別し、化合物の量(性選択の基準)によって接合する相手を選択している。

一般的な動物や植物では、オス配偶子は運動性が高く、空間を移動する機能を有している。一方、メス配偶子は、運動能力はなく、資源(エネルギーと物質)を貯蔵する機能を有している。オス配偶子は、遺伝子プールを大きくする役割を担い、メス配偶子は、接合後の生存のための資源貯蔵の役割を担う。

つまり、メス配偶子は運動能力の高いオス配偶子を選び、オス配偶子は資源貯蔵量が多いメス配偶子を選ぶのが合理的だ。

運動能力の高いオス配偶子を選択するには、オス配偶子を水中に放出したり、卵管を長くしたりすることで実現できる。資源貯蔵量の多いメス配偶子を選ぶには、酵母と同じように、メス配偶子から放出される化合物などの量によって選択できるであろう。

有性生殖において、配偶子の機能が分化した結果、遺伝子プールmを大きくして、遺伝子プールの変異速度rmをより大きくすることが可能になった。この配偶子の機能の分化が、性差の起源と考えられる。

性選択の要素

多細胞生物が地球環境の様々なニッチに進出して、多くの種が分岐し、嗅覚や視覚などの感覚器も高度化、複雑化した。

たとえば、ネコ科やイヌ科の動物は、嗅覚が発達しており、におい(化合物)で獲物(異種)を探索し、においで同種の個体を判別している。イヌやネコは同種の個体同士が出会うと、相手のにおいを嗅いで、血縁集団、性、異性の性質を判断する。性選択のおもな要素が、におい(化合物)であるために、形や色で性を判別する必要がない。このため、ネコ科・イヌ科のオスとメスは、形と色がよく似ている。

鳥類は、空中を飛翔して遠くから食料を探索するので、視覚が発達している。電磁波(光)によって形と色を認識し、異種、同種、異性を判別する。そのため、オスとメスで形と色が異なる種が多い。また、姿が見えない森の中では、音波を利用したほうが効率がよい。音波が性選択の要素として重要であり、鳥類のオスは、鳴き声でメスを誘う。

イルカのオスとメスは形と色がそっくりなので、性選択の要素として、視覚が重要でないことがわかる。水中では、距離が離れると電磁波(光)を認知に利用できない。水中では音波が効率よく伝わるので、イルカは音波で獲物を発見したり、同種間でコミュニケーションをとったりしている。性選択の要素として、音波が重要であることが予想される。ただし、イルカと同じ鯨偶蹄目に属するウシでは、発情したメスは発情粘液を出し、オスはにおい(化合物)でメスの発情を判断している。イルカの場合も、音波だけでなく、メスが出す化合物でも、性と発情を判断しているのであろう。

魚類のサメは、ロレンチーニ器官によって、電磁場の電位差を感知することが出来る。獲物の魚から生じるわずかな電位差を感知して捕食しているとされている。サメは、電位差を性選択の要素としている可能性がある。

性選択の要素
・化合物:嗅覚、味覚
・電磁波(光):視覚
・音波:聴覚
・電位差、電磁場
・物理的な力、運動:触覚、温感
・言語:脳の新皮質

なお、人間の場合は、化合物、電磁波、音波、物理的な力に加えて、言語(脳の新皮質)という性選択の要素が加わる。

性選択の基準

脊椎動物などの高等生物が、接合する異性を選択する際に、運動能力が高い、資源貯蔵量が多い、健康であるなどの基準を、学習によって判断することは可能であろう。しかし、これらの基準が遺伝子の存続に本当に有利かどうかは、アプリオリに知ることはできない。なぜなら、環境やライバルなどの変化はランダムであり、どの方向に変化するかを事前に予測することは不可能だからだ。

たとえば、ナマケモノは、ミユビナマケモノ科とフタユビナマケモノ科の2科5種が存続しているが、運動能力が低く、ゆっくりしか動くことができない。捕食者から逃げるには、運動能力の高いほうが有利なはずなので、ナマケモノはとうの昔に絶滅しているはずだ。

ナマケモノが絶滅せずに存続してこられたのは、ジャガーやオウギワシなどの捕食者が、「すばやく逃げる動物を認知する」方向に進化したためだ。ジャガーは、すばやく逃げる動物を敏感に認知できるが、じっとしていて動かないナマケモノを、獲物として認知できない。このため、ナマケモノは、運動能力の低い異性を選択した系統だけが存続することができた。

人間にも例がある。マラリア蔓延地帯では、貧血をひき起こす鎌状赤血球症の遺伝子保因者が多く存在する。マラリア原虫は一生の大部分を赤血球の中ですごし、マラリアに感染した赤血球は鎌状に変形する。感染の初期には、鎌状化した赤血球は脾臓で優先的に除去されるが、感染後期には、鎌状赤血球が毛細血管の壁にくっつき、血流を阻害して死に至らしめる。

鎌状赤血球遺伝子がヘテロ(遺伝子座が異なる対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、赤血球の40%が鎌状であるが、日常生活を送ることはできる。一方、ホモ(遺伝子座が同じ対立遺伝子からなる)の遺伝子保因者は、子供のうちに死亡する。鎌状赤血球遺伝子保因者では、マラリアに感染しても、何らかの機作によって原虫が殺されるらしい。このため、マラリア蔓延地帯では、ヘテロの遺伝子保因者は、正常ヘモグロビンよりも生存確率が高くなる。しかし、ヘテロの遺伝子保因者の割合が増えると、ヘテロ同士の結婚によってホモ接合体が生まれる確率が高くなるので、ある割合以上に増えることはない。

マラリア蔓延地帯では、正常ヘモグロビンで健康な異性を選択することが、生存に有利になるとはかぎらない。

環境やライバルなど、生存条件の変化を正確に予測することは不可能なので、性選択の基準としてもっとも合理的なのは、自分と遺伝的な差異が大きい異性を選択して、遺伝子の変異速度を大きくすることだ。

遺伝子プールの変異速度については、次のような式を導いた。
rm=p0m/tg
rm:遺伝子プールの表現型変異の速度
p0:個体の1回の複製時に表現型変異が起きる確率
m:遺伝子プールの個体数
tg:世代時間

しかし上のモデルでは、遺伝子プールの個体数mが安定していて、かつ単系統の変異速度は等しいと仮定している。

じっさいの遺伝子プールでは、個体(単系統)同士はライバルであって、絶え間ない変異と生存闘争を繰広げている。個体が遺伝的な差異が大きな異性を選択して、有利な系統が生き残れば、その遺伝子は、遺伝子プール内に広がる。これを繰り返せば、遺伝子プールの変異速度rmは、上のモデルよりも大きくなる。

マウスを使った実験では、メスのマウスは、自分と大きく異なるMHC遺伝子群を持つオスを選択することが知られている。MHC遺伝子群は、脊椎動物の免疫機構を担うタンパクをコードする遺伝子領域である。

ただし、異性間の遺伝的な差異が大きすぎると、接合できない可能性が大きくなる。すなわち、遺伝的差異ができるだけ大きいが、接合できなくなるほどには大きくない異性を選択するのが合理的だ。ちなみに、マウスが捕食者のにおいをかぐと逃げだす習性は、学習の結果ではなくて、生まれつき備わっている(遺伝子)ことがわかっている。

遺伝的な差異が大きい異性を選択することで、接合に影響を与えない遺伝的な差異がどんどん拡大する。こうして、におい、形、色、鳴き声などの性差が大きくなったと考えられる。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
Donald Voet、Charlotte Pratt、ヴォート基礎生化学、東京化学同人

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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