性選択とクジャクの尾羽の謎:Sexual selection and mystery of peacock’s tail

ダーウィンは、自然選択の定義について次のように書いている。

This preservation of favourable individual differences and variations, and the destruction of those which are injurious, I have called Natural Selection, or the Survival of the Fittest.
「有利な個体の差異と変異は保存され、不利な差異と変異は排除されることを、私は、自然選択あるいは適者生存と呼んでいる。」(『種の起源』4章)

ところで、自然界では、オスとメスの形がまったく異なったり、奇妙な特徴が出現したりすることがしばしばある。生存に有利な変異は保存され、不利な変異は排除されるならば、オスとメスは同じ形であるのが合理的だし、生存に有利でない奇妙な特徴は排除されてしまうはずだ。自然選択説の単純な解釈だけでは、このような生物の進化(変異)を、うまく説明することができない。

ダーウィンは、これを「性選択」の概念で解き明かそうとした。

This form of selection depends, not on a struggle for existence in relation to other organic beings or to external conditions, but on a struggle between the individuals of one sex, generally the males, for the possession of the other sex. The result is not death to the unsuccessful competitor, but few or no offspring. Sexual selection is, therefore, less rigorous than natural selection.
「この選択(性選択)の形式は、他の生物や外部条件の関係における生存闘争に依存せず、同性の個体間(一般的にはオス同士)の異性をめぐる闘争に依存する。その結果は、競争に敗れたための死ではなく、子孫がゼロもしくはわずかしか残せないということである。故に、性選択は、自然選択ほど厳しくない」(『種の起源』4章)

性選択の一つは、「同性の個体間の異性をめぐる闘争」の結果であり、「性選択は、自然選択ほど厳しくない」とダーウィンはいう。

しかし、利己的な遺伝子論では、生物の個体は、遺伝子の乗り物にすぎないのであるから、特定の遺伝子から見れば、子孫を残せるかどうかが、生きるか死ぬかの分かれめである。そもそも、ダーウィン自身が、『種の起源』3章で、次のように書いている。

But the struggle will almost invariably be most severe between the individuals of the same species, for they frequent the same districts, require the same food, and are exposed to the same dangers.
「しかし、ほとんどいつでも、闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間である。彼らは、しばしば、同じ場所で、同じ食べ物を必要とし、同じ危険にさらされているためだ。」(『種の起源』3章)

ドーキンスも、「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」と表現している。

これまで、デイノテリウムの凶暴な牙などの例をあげて述べてきたように、本当は、「同性の個体間の激しい闘争」こそが、自然選択の核心である。

二つめの性選択としてあげているのは、「魅力的な異性の選択」である。

The rock-thrush of Guiana, birds of paradise, and some others, congregate, and successive males display with the most elaborate care, and show off in the best manner, their gorgeous plumage; they likewise perform strange antics before the females, which, standing by as spectators, at last choose the most attractive partner.
「ギアナのマイコドリや極楽鳥のオスたちは、手入れされた精巧な衣装で次々と集まり、最高のマナーで華麗な羽ばたきを見せびらかす。オスたちは、メスの前で、同じ道化を演じる。メスたちは、観客としてオスたちの前に立ち、最後にもっとも魅力的なオスを選ぶ。」(『種の起源』4章)

I can see no good reason to doubt that female birds, by selecting, during thousands of generations, the most melodious or beautiful males, according to their standard of beauty, might produce a marked effect.
「何千世代にもわたる、メスの美の基準に合った、もっともメロディアスで美しいオスの選択によって、著しい効果が生まれる可能性があることを、疑う理由が見つからない。」(『種の起源』4章)

自然界には、極楽鳥のオスの求愛ダンスやクジャクのオスの尾羽など、奇抜な行動や大げさな装飾のある種が多く見られる。その理由を、「魅力的な異性の選択」の結果であるとするダーウィンの予測については、現在でも結論が出ていない。

クジャクの華美な尾羽は、オス同士の闘いにおいて有利ではなく、その目立つ姿は、捕食者の肉食動物から見つかりやすい。クジャクの尾羽は適者生存の自然選択説に反しており、タカ派ハト派モデルでも説明できない。

クジャクの尾羽についての有力な説の一つとされているのは、ロナルド・フィッシャー(1890-1962)によるランナウェイ説(Fisherian runaway)である。runawayとは、制御できない暴走という意味であり、フィッシャーは次のような説を唱えた。一般に、メスは、生存に有利な形質をもつオスを選択する傾向がある。しかし、遺伝子プールで、オスの特定の形質に対するメスの好みが生じると、「装飾」のような生存に有利でない形質であっても、遺伝子プール全体に広がることがある。このような性選択の暴走によって、オスはますます装飾する方向に進化し、装飾によって得られる利益(メスに選ばれやすい)が、自然選択によって生じる損失(捕食者に食べられやすい)に相殺されるところまで進む。フィッシャーは、たとえ、オスの形質が生存に有利でなくても、多数のオスの中で「目立つ」だけで、メスがそのオスを選択し、暴走が始まる条件として、十分であるとしている。

しかし、単に「目立つ」だけでメスが選ぶ理由になるというのなら、ダーウィンが予測した「魅力的な異性の選択」から一歩も出てはおらず、メスはどうして「目立つオス」を選び、「目立たないオス」を選ばないのかを説明していない。

また、メスが目の前のオスを気にいらず、交配の機会を逃せば、次にもっと気にいるオスに出会うという保障はない。メスの好みが、有利な変異は保存され不利な変異は排除されるという適者生存と関係がないのであれば、メスは、コストが高くつく「選択」という行為を行う理由が存在しない。

ランナウェイ説は、20世紀初頭の定向進化説と同様、どうして暴走する種と暴走しない種が存在するのかを説明できない。

近年では、アモツ・ザハヴィ(1928-)が主張したハンディキャップ説(1975)が注目されている。ガゼルなどウシ科の草食動物では、捕食者の肉食動物の前で、高く跳びはねる行動(ストッティング)が見られる。どうしてガゼルはすぐに逃げ出さず、捕食者に見つかりやすい行動をとるのか、生物学者たちを困惑させてきた。ザハヴィは、ガゼルがストッティングを行うのは、自分は健康で運動能力が高い個体であることを捕食者に「宣伝」し、捕食者に追いかけることをあきらめさせるためであると主張した。

じっさいに、チータは、ストッティングを行わずにそのまま逃げ出すガゼルを狙うことが観察されているので、ストッティングは「目立つ」行動ではなく、「あきらめさせる」行動であることがあきらかである。これは、生存に有利な形質にほかならず、自然選択説と何ら矛盾がない。

ザハヴィ説のポイントは、被捕食者が捕食者に対して「信号」を送ることで利益を得られるということだが、この信号理論は、クジャクの尾羽の説明にも、ハンディキャップ説として拡張された。

ハンディキャップ説では、オスは、あきらかに生存に不利な形質(ハンディキャップ)を積極的にメスに「宣伝」することで、メスに選ばれると主張する。つまり、オスは、「生存に不利なほど大げさな尾羽があるにもかかわらず、自分は生き残っているのだから、優れている」ということを、メスに宣伝していると解釈する。

ドーキンスは、当初、ザハヴィの「とてつもなくひねくれた考え方」を批判していたが、ドーキンスの同僚のアラン・グラフィンがこれを支持したことで、有力な説の一つと見なすようになった。

ハンディキャップの宣伝の仕方は、4つに分類されている。
資格型ハンディキャップ:ハンディキャップがあるにもかかわらず生存できているオスは、他の面で優れているはず
示現型ハンディキャップ:オスは普段は見えない能力を、やっかいな行動をとることで示す
条件型ハンディキャップ:優れた条件のオスだけが、ハンディキャップを発展させることができる
戦略型ハンディキャップ:オスは、メスにはわからない自分の能力についての情報を持っていて、ハンディキャップの大きさを決めるときにその情報を利用する

ハンディキャップ説が正しいならば、オスはせっかくもっている高い能力をそのまま宣伝せずに、まったく別の形で、しかもわざわざ不利な形質にして宣伝していることになる。

遺伝子の変異はランダム(中立)なので、生物の進化(変異)は、超タカ派戦略のように「暴走」して隘路に入り込んでしまうことはしばしばある。

しかし、クジャクの尾羽のように、まったく生存に有利でなく、コストが高く、ハンディキャップでしかない遺伝子が、遺伝子プール内で少数派の状態から、他の遺伝子との生存闘争に打ち勝って、遺伝子プール内の多数派を占めるとは考えられない。ダーウィンが看破したように、「闘争がもっとも厳しくなるのは、同種の個体間」なのである。生物の生存闘争は、何の合理的な理由もなく、ハンディキャップ遺伝子が、ハンディキャップのない遺伝子に勝てるほど甘くないはずだ。

また、ハンディキャップ説では、観察によって「有利favourable」と「不利injurious」を区別することができないので、何が生存に有利な要素なのかを決めることができない。これでは、ダーウィンの自然選択説の定義が、論理として成立しない。進化の結果だけを見て、何とでも言えることになり、「有利だったから、有利だった」というトートロジーに陥ってしまう。

ドーキンスは、補注の最後で、「しかし本当に問題なのは私たちの感想ではない。判断する資格があるのは自然淘汰だけなのだ」と書いて、ハンディキャップ説への完全な支持を避けている。(つづく)

文献
Charles Darwin, The Origin of Species, The sixth edition, 1872
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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