個のフタクタル:Fractal of individual

ふつう、存在論では、「個」とは「自己」のことであり、自己は存在者あるいは実存である。しかし、ヒュームやカントの認識論をつきつめれば、自己も存在者も実存も雲散霧消してしまうであろう。

ドーキンスの利己的な遺伝子論では、生物の個体は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」と定義される。個体は、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」にすぎない。

ただし、ドーキンスは、「この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」と、他の生物とは別の地位を人間に与えている。また、「私たちの脳は、遺伝子に対して反逆できるほどには十分に、遺伝子から分離独立した存在なのである」とも書き加えている。

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出芽酵母と分裂酵母の関係から敷衍すると、多細胞生物では、無性生殖の体細胞と有性生殖の生殖細胞が集合して、ひとつの生命体(個体)を形作っているように見える。出芽酵母が多細胞生物の体細胞にあたり、分裂酵母が多細胞生物の生殖細胞にあたる。

生物は、自己複製のたびに、表現型変異が生じる可能性があるので、生存条件が良好であれば、様々な変種が生まれる確率が高くなることはすでに述べた。集団同士の遺伝的距離(差異)が大きくなって、もはや接合できなくなれば、それは、新種の誕生につながる。

生物の種は、遺伝子プールが最大になる範囲で、個々の差異がもっとも大きくなるのが合理的だ。遺伝子プールでは、同一化と差異化が、常にせめぎあっている。

多細胞生物は、体細胞が同一でないと、「個」を維持できない。体細胞同士は、共通の言語でコミュニケーションをとりながら、巨大なネットワークを構築して、「個」を形作っているからである。

しかし、多細胞生物の体細胞では、複製のたびに表現型変異が生じる可能性があるので、他の細胞との差異が大きな変異が生じれば、それはもはや、「自己」ではなく、「他」であり「異」である。

すなわち、多細胞生物が「個」を維持するためには、体細胞を同一化するシステムの存在が必須である。複製ミスをゼロにすることはできないので、それは、体内を常に監視して、変異した体細胞を殺すような機構だ。

体細胞:同一化=変異した細胞を免疫あるいはアポトーシスによって殺し、表現型変異の速度をゼロにする
生殖細胞:差異化=生殖細胞の大量複製によって変異速度を大きくし、構造選択によって適応速度を大きくする

体細胞の同一化は、医学では、がん免疫監視(cancer immunosurveillance)と呼ばれている(Burnet,1957)。リンパ球は「監視員」のように、常に体内で発生する変異細胞(がん細胞)を発見・除去しているという説である。

また、何らかの異常を起こした細胞は、アポトーシス(プログラム細胞死)によって取り除かれる。

逆に、多細胞生物から酵母を見ると、酵母では、ひとつひとつの細胞がバラバラになっているだけで、集団では、ひとつの生命体=個のようにも見える。細胞が個なのか、集団が個なのかを、厳密に区別する論理的な方法がない。

多細胞生物の場合も、たとえば、1頭のトラのオスは「個体」であるが、自分だけでは自己複製することができないので、「遺伝子の乗り物」としては、独立した存在ではない。また、生物種は、遺伝子プールの個体数が小さくなってしまうとライバル種や寄生者との競争に勝って存続することが困難になる。

さらに、人間を含めて、「個とは何か」を考えると、哲学に入り込んでしまうので、ここでは、「個」とは単に「ひとつ」の意味で考える。

個を単にひとつとすれば、生命活動を惹起する最小の単位を遺伝子におくことが可能である。そこで、ひとつの遺伝子を「個レベル1」(individual level 1)とする。遺伝子が集まってひとつの単細胞生物(個レベル2:individual level 2)を構成する。さらに、細胞が集まってひとつの多細胞生物(個レベル3 :individual level 3)を構成し、単細胞生物や多細胞生物が集まってひとつの種(個レベル4 :individual level 4)を構成する。多くの種が集まって、ひとつの生態系(個レベル5 :individual level 5)ができる。

個レベル1:―――――:遺伝子
個レベル2:集団レベル1:単細胞生物
個レベル3:集団レベル2:多細胞生物
個レベル4:集団レベル3:種
個レベル5:集団レベル4:生態系

「個」と「集団」を区別することはできず、個と集団は以下の関係になる。

個レベルn=集団レベル(n-1)

ひとつひとつの遺伝子は、重力場・電磁場・水を媒体にして、共有結合・イオン結合などクーロン力で他の遺伝子とつながり、細胞を形成する。ひとつひとつの細胞は、クーロン力やファンデルワールス力で結合しており、細胞同士は、重力場・電磁場・水を媒体にして、酸素、水、イオンなどの原子や分子、アミノ酸やタンパク質などの化合物、電子やエネルギーを伝達・交換して、多細胞生物を構成する。

単細胞生物や多細胞生物は、個体同士が、重力場・電磁場・水・大気を媒体にして、光・音などのエネルギー、フェロモンなどの化合物を伝達・交換して、種を形成する。

さらには、多くの種が、重力場・電磁場・水・大気を媒体とする系の中で、エネルギーと物質を移転・交換しながら、ひとつの生態系を形作る。

個レベル 空間 時間   媒体   力
遺伝子 微小 微小 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
単細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
多細胞生物 重力場、電磁場、水 重力、電磁気力
中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力
生態系 中・大 中・大 重力場、電磁場、水、大気 重力、電磁気力、物理的力

このような、フラクタルは、生物だけでなく、自然界に広く見られる。これは、空間、時間、媒体(場)、力が、多次元・多レベル存在するからだ。(つづく)

文献
David Hume, A Treatise of Human Nature , 1738
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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