多細胞生物の「構造的な選択」:“Structural selection” of multicellular organism

安定した遺伝子プールにおける表現型変異の速度は、以下の式であらわされると述べた。

rm=p0m/tg
rm:遺伝子プールの表現型変異の速度
p0:個体の1回の複製時に表現型変異が起きる確率
m:遺伝子プールの個体数
tg:世代時間

この式から、生物種がライバル種などに勝って生き残るためには、mを大きくするか、tgを小さくして、表現型変異の速度を大きくしなければならない。mを大きくするには、群れで行動したり、1か所に集まって集団で繁殖したりする方法がある。昆虫、魚類、鳥類、魚類、哺乳類では、群れや集団繁殖の行動がしばしば見られる。また、それぞれの群れの間を、オスまたはメスが移動して、遺伝子プール全体を大きくする習性も見られる。

ただし、上の式は、単細胞生物と多細胞生物では、数の意味が異なる。単細胞生物ではDNAの複製そのものが、個体の複製であるが、多くの多細胞生物では、DNA複製は生殖細胞の分裂時に行われ、異性の配偶子が接合することで個体の複製が完成する。

そこで、世代時間tgを詳しく見ると、以下のような時間が存在する。

tg1:単細胞生物の複製間隔
tg2:多細胞生物の生殖細胞の複製間隔
tg3:多細胞生物の個体の複製間隔

tg1とtg2は、1個の細胞が2個に分裂する時間の間隔なので、それほど大きな差がなく、以下の関係になる。

tg1≒tg2

tg3は、多細胞生物の個体の世代時間なので、きわめて大きな値になる。

tg1≒tg2≪tg3

このことから、世代時間でみると、多細胞生物の個体の変異速度は、単細胞生物にくらべてきわめて小さくなり、生存闘争において不利である。

一方、変異確率p0は、以下のような確率が存在する。

p01:単細胞生物の個体の1回の複製時の変異確率
p02:多細胞生物の生殖細胞の1回の複製時の変異確率
p03:多細胞生物の個体の1回の複製時の変異確率

不完全な複製によって変異が生じるのは、遺伝子が複製して細胞が分裂するときなので、変異確率は次の関係になる。

p01=p02

多細胞生物の個体の複製時の変異確率p03は、生殖細胞の分裂回数が多いほど、大きくなるので、以下のようにあらわされる。

p01=p02≪p03

すなわち、変異確率でみると、多細胞生物の個体の変異速度は、単細胞生物にくらべて大きくなり、有利である。

以前のブログで、「生存に有利な変異の速度が「適応速度」であるが、変異は中立であり、変異が生存に非有利か有利かはアプリオリには決まらない。すなわち、適応速度は、アプリオリには決まらず、自然選択の「結果」としてしかわからない。種の適応速度を、構造的に左右しているのは、おもに表現型変異の速度である。」と書いた。

しかし、魚類、哺乳類、植物などの多細胞生物は、大量の配偶子を放出し、配偶子の一部が選択されて接合し、個体の複製が完成する。すなわち、多細胞生物の個体の複製では、すでに、「選択」の「結果」が含まれている。

魚類は、生殖細胞を大量に複製することで、遺伝子の変異速度を大きくし、複製した大量の配偶子を水中に放出して、有害な変異を排除し、正常あるいは有利な変異が選択されて受精する。これは、自然まかせの選択(natural selection)というより、コントロールされた「構造的な選択」(structural selection)である。その「構造選択」によって、適応速度を大きくしている。また、受精卵を大量に生産することでも変異速度を大きくし、構造選択とその後の自然選択によって、適応速度を大きくしている。

鳥類や哺乳類では、卵管を長くすることで、配偶子を構造的に選択して適応速度を増大させ、さらに、受精卵の着床に時間をかけることで構造的に選択している。

■単細胞生物:中立変異→自然選択→適応

■多細胞生物:中立変異(大)→構造選択→自然選択→適応
・生殖細胞の大量複製によって、変異速度を大きくする
・配偶子を大量放出して、構造選択によって、適応速度を大きくする
・受精卵を大量生産して変異速度を大きくし、構造選択と自然選択によって、適応速度を大きくする
・配偶子や受精卵の成長初期に、構造選択と自然選択で選別することで、複製コスト(利用資源)を小さくする

論理的には、遺伝子プールが小さな生物種ほど、大量の配偶子と受精卵を放出しなければならない。マンボウが3億個もの卵を産むのは、遺伝子プールの個体数が小さいためと考えられる。大きな群れを作るヌーやトムソンガゼルが1頭しか子供を産まないのに対して、ライオンは複数の子供を産む。これは、草食動物は出生後すぐに立ち上がって天敵から逃れなければならず、肉食動物のほうは草食動物に比べて遺伝子プールが小さいためであろう。(つづく)

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遺伝子の交換と組換え(有性生殖)の有利性:Advantage of gene exchange and recombination (sexual reproduction)

生物のDNA(化合物のコード)が生成するのは、DNAが自己複製するときである。有性生殖の遺伝子の交換と組換えでは、新たなDNA(化合物)が生成するわけではないが、新たな機能(情報)を持った遺伝子が生成する可能性はある。

もし、自然選択の要素、すなわち、競争者、捕食者、寄生者や環境変化への対抗に必要な変異が、1か所だけでよいのであれば、無性生殖のほうが、有性生殖より有利である。個体(細胞)の1回の複製時に表現型変異が起きる確率は無性生殖も有性生殖も同じであり、有性生殖では、異性との遺伝子の交換に大きなコストがかかるからである。

複数の形質の獲得

しかし、自然界では、競争者や寄生者は複数存在するのが普通であるし、環境要素も、温度、水分量、酸素量、光線量など多くの選択要素が存在する。たとえば、ウイルスの寄生と、気象変動による低温という2つの新たな脅威に直面した場合、1つの形質だけでは生き残ることができず、2つの形質を獲得しないと生存確率は低くなる。複数の形質を獲得しないと生き残れないような環境では、有性生殖のほうが無性生殖よりも生存確率が高くなる。

交換組換え

1次構造の組み合わせによる高次構造

ヘモグロビンは、脊椎動物などの赤血球の中に存在し、酸素と結合したり遊離したりして、全身に酸素を運搬するタンパク質である。

ヘモグロビン

ヘモグロビンの構造は、Max Perutz(1914-2002)によって、30年かけて解明された。ヘモグロビンは、αとβのサブユニットとから成る4次構造の4量体タンパクである。αサブユニットは141個、βサブユニットは146個のアミノ酸から成り、全体の分子量は64,500に達する。このような、巨大で高次の分子構造を作り出す遺伝子が、生命が誕生してから現在までの間に、単系統(無性生殖)で獲得されることは不可能であろう。

自動車などの工業製品は、多数の1次部品を組み合わせて高次構造が作られるように、異なる系統間で、遺伝子の交換と組換えを行わなければ、このような高次の進化は実現しない。1次構造の遺伝子を組み合わせて、高次構造の遺伝子を生成するには、有性生殖が必須である。

1次機能の連続的な組み合わせによる高次機能

生物では、多数の生化学反応を連続して進めることで、高次の生化学反応を行う機構が多く存在する。たとえば、代謝反応では、解糖、TCAサイクル、電子伝達、光合成、アミノ酸代謝などがあり、DNA複製も連続した生化学反応から成り立っている。化学工場で製造ラインに製品を流しながら様々な工程で連続的に化学反応を進めるように、複数の遺伝子の機能を組み合わせることで、高次の機能を実現している。

tca

これらのことから、遺伝子の交換と組換え(有性生殖)の仕組みが無ければ、身体の構造と機能が複雑な高次の生物は、地球上に登場しなかったと考えられる。それが、「高等生物」が有性生殖である理由だ。

変異速度1

安定している遺伝子プールで、個体の1回の複製時に、表現型変異が起きる確率をp0とする。単系統で時間tの間に表現型変異が起きる確率pi(t)は、以下の式で与えられる。

pi=1-(1-p0n
n=t/tg
tg:世代時間

また、個体数(系統数)mの遺伝子プールでは、1回の複製時に表現型変異が起きる確率pm1は、次式になる。

pm1=1-(1-p0m

この遺伝子プールで、時間tの間に表現型変異が起きる確率pm(t)は次式になる。

pm=1-(1-pm1n
=1-(1-(1-(1-p0m))n
=1-(1-p0mn
pm:遺伝子プールで表現型変異が起きる確率

1-p0<1なので、p0とmが大きいほど、tgが小さい(n=t/tg)ほど、pmが大きくなる。ただし、p0の値には上限が存在する(前回ブログ参照)。

次に、遺伝子プールで、個体の1回の複製時に、表現型変異が起きて遺伝子aが生成する確率をpa、別の遺伝子bが生成する確率をpbとする(ただし、変異が生存に非有利か有利かはアプリオリには決まらない)。単系統でaが生成する確率をpai、bが生成する確率をpbi、単系統でaとbの両方が生成する確率をpabiとすると、以下の式になる。(n=t/tg

pai=1-(1-pan
pbi=1-(1-pbn
pai∪pbi =(1-pa-pbn

pabi=pai∩pbi
=pai+pbipai∪pbi -1
=1-(1-pan-(1-pbn+(1-pa-pbn

個体数(系統数)mの遺伝子プールで、遺伝子aが生成する確率をpam、遺伝子bが生成する確率をpbm、遺伝子プールの単系統(無性生殖)でaとbの両方が生成する確率をpabimとすると、以下の関係になる。

pam=1-(1-pamn
pbm=1-(1-pbmn
pabim=1-(1-pabim
=1-((1-pan+(1-pbn-(1-pa-pbnm

確率

もし、ある環境条件で生存するためには遺伝子aとbの両方が必要であった場合、無性生殖の単系統でaとbの両方の遺伝子を獲得する確率よりも、異なる系統で生成した遺伝子を有性生殖で交換したほうが、両方を得られる確率が大きい。(つづく)

文献
Donald Voet、Charlotte Pratt、ヴォート基礎生化学、東京化学同人

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