寿命はなぜ存在するのか:Why does life span exist?

地球の大きさと、太陽から地球に注ぐ、時間当たりのエネルギーの量(エネルギー流速度)には、限界がある。そのため、「必然性、すなわち厳然と全体を支配する自然の法則が、生命の数をあらかじめ定められた範囲内に制限するのである。植物も動物も、この偉大なる制限の法則のもとで縮こまる。」(Malthus、1798)。すなわち、古い個体(遺伝子)が死なないと、次の世代の個体(遺伝子)は生存することができない。次の世代が生まれないと、自己複製とそれに伴う複製ミス(変異)が起きないので、生物は進化(変異)しなくなる。

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古生物の考古学的な絶滅の証拠と、赤の女王仮説(Valen,1973)によれば、種は絶え間なく進化(変異)しつづけなないと、生存しつづけることができない。種の遺伝子プールが、古い個体(遺伝子)ばかりで占められて、新たな変異(遺伝子)があらわれなければ、その種は、捕食者、寄生者、競争者に敗れ、あるいは環境変化に対応できず、絶滅してしまう。

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上の2つの理論から、生物の個体には、寿命が存在することが、論理的に必然である。生物種の寿命は、種にとっての環境収容力K(利用資源、空間など)が大きいほど、あるいは、競争者、寄生者、捕食者が少ないほど、長くなると考えられる。

なお、ドーキンスの定義によれば、個々の生物は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」とされる。別の言い方では、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」などと述べられている。また、「遺伝子」(gene)は、「十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位としてはたらきうるほど十分に長い染色体の一片」と定義されている。あるいは、「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部」とか「複製忠実度のすぐれた自己複製子」などとされる。有性生殖を行う生物では、「性と交叉によって遺伝子プールはよくかきまぜられ、遺伝子は部分的にまぜられる」状態にあり、「遺伝子は、死ぬべき運命にある生存機械を次々につくっていくために、遺伝子プールから相ついでひきだされてくる仲間の集団と協力して、生活をたてている」。(Dawkins,1976)

文献
マルサス、1798、人口論、光文社、2011
Leigh Van Valen, 1973, A new evolutionary law
https://dl.dropboxusercontent.com/u/18310184/about-leigh-van-valen/Piglet%20Papers/1973%20new%20evol%20law.pdf
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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