闘争コストの遺伝子プール閾値:Threshold of gene pool in struggle cost

食物連鎖の頂点にいて、捕食者がいない生物の進化的安定をみる前に、「闘争コストの共倒れ閾値」を越えない場合での進化的に安定について考えてみる。なお、ここで「進化的」というのは、形質の変異のことを意味している。

ESS理論における、タカ派とハト派のモデルの不十分な点は、系の範囲(空間、物資、エネルギー)を無視していることである。そこで、カキ、カメノテ、フジツボのような、特定の場所に定着して、移動しない生物のモデルを作る。

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カメノテは、岩の割れ目に着生して、波の中にいるプランクトンを、ホウキのような蔓脚(まんきゃく)を広げて捕食している。雌雄同体とされているが、他個体と交尾するという(有性生殖)。定着できる場所は岩の割れ目に限られており、割れ目に沿って群落を形成する。

図のような岩の割れ目に、n個のカメノテAが着生している。定着する場所は、物質とエネルギーは出入りするが、他の生物は入り込めない開放系である。カメノテが定着できる空間の大きさはsである。海水から系に供給される時間当たりのプランクトンの量(物質・エネルギー流速度e)は、時間的・季節的な変動はあるが、長期的には一定である。

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あるとき、ある個体で突然変異がおこり、蔓脚を2本保有する個体A1が発生した。A1は、他のカメノテの2倍のプランクトンを捕食できる。これはタカ派戦略ではあるが、AとA1の両者が共倒れするほど闘争コストは大きくない。しかし、隣のAは、エサが十分に得られないので競争に敗れて衰弱していく。A1遺伝子は生存に有利なので、どんどん自己複製して、空間sはすべてA1で占められる。変異はランダムに起きるので、もし、逆に、蔓脚の小さな突然変異(ハト派)が起きたとしても、ハト派はエサを十分に捕食できないので、生存できない。

A1は、時間当たりの資源の獲得量が多いので、成長が速く身体が大きくなるはずである。波の中のプランクトンの量は一定なので、集団全体が得られる時間当たりのプランクトン量は変わらない。すなわち、A1は、n/2個の個体数しか生息できない。この状態でしばらく安定している。

ここで、さらにタカ派のA2が出現したとする。これは、A1の2倍の4本の蔓脚を有している。しかし、両者が共倒れするほど闘争コストは大きくない。有力なA2遺伝子は、自己複製を繰り返して、系はA2だけになるが、さらに少ない個体数しか生存できない。

こうして、時間がたつほど、タカ派の方向へ変異が進み、岩の割れ目sに生息する個体数は、次第に少なくなる。個体数が少なくなるほど、全体の、突然変異が起きる確率は小さくなる。遺伝的多様性が小さくなるので、寄生生物に対抗することや、環境変動に対応することができなくなる(後述)。すなわち、系で生存する個体数(血縁集団・遺伝子プール)が、ある閾値以下になると、タカ派遺伝子は伝染病や気象変動で死滅して衰退する確率が高くなる。そして、突然変異で生まれた、蔓脚の小さなハト派遺伝子のほうが有利になる。

カメノテは、闘争コストが、それ以上、遺伝子プールを小さくしない値(闘争コストの遺伝子プール閾値:threshold of gene pool in struggle cost)を越えないところで、進化的な安定になる。

カメノテ、フジツボ、カキ、サンゴなど、系の範囲が大きくない定着型の生物は、群生して群落を形成し、進化的に安定しやすいことが予想される。それは、固定した場所から移動できないために、自分のコピーからのしっぺ返し(報復)を免れることができないからである。カキは、ペルム紀(3億~2.5億年前)に登場して以来、きわめて長期にわたって形質(遺伝子)を維持している。また、サンゴでは、出芽を繰り返してクローンが多数群生する、群体サンゴが発達している。

定着型生物でも、時間がたつと、地球上の生息可能な地域全体に遺伝子が広がる。系の範囲が広大になると、血縁集団がエリアごとにできて、集団間の遺伝的な距離が次第に大きくなる。そして、地域ごとに変種が生じやすくなる。つまり、定着型生物は、血縁集団(遺伝子プール)を維持できる系の範囲が小さく、進化的な安定になりやすい。しかし、遺伝子が地球上に広く拡散すると、全体から見ると進化的に不安定になってエリアごとに変種が生じ、エリアごとに進化的な安定になる。

一方、鳥、魚、哺乳動物のような非定着型の生物は、広いエリアを大きく移動するため、しっぺ返しを免れやすい。タカ派戦略をとりやすく、進化的に安定しにくいはずだ。しかし、サケ科の魚は、硬骨魚類の魚の中では原始的な外観を持ち、長い間、その形質(外見)を変化させていないことが知られている。サケは広い海洋を動き回るのだから、進化的に安定しくいはずだ。サケが、強いタカ派戦略をとらず進化的な安定になるのは、産卵の際に同じ河川に集まるからだ。遺伝子を残すためにもっとも重要な産卵時に、しっぺ返しを受けるため、強いタカ派戦略をとれない。

すなわち、非定着型生物は、進化的に安定しにくいように思えるが、じっさいは、血縁集団(遺伝子プール)を維持できる系の範囲が大きいだけで、最終的には進化的な安定になる。魚類や鳥類のうち、とくに運動性が高い生物は、群れで行動したり、繁殖の際に、一か所に集合することが多く(理由は後述)、進化的に安定しやすい状態になる。

ガラパゴス諸島やタンガニーカ湖のように、新しく生じて孤立したニッチでは、変種が多いことが知られている。新しく生じたニッチでは、自分のコピーからのしっぺ返しを免れやすいために、タカ派戦略をとりやすく、進化的に安定しにくい。そのために、多くの変種が生じる。

形質の変異は、地球環境が安定している期間には、その環境に適応した状態で安定する。そして、大隕石の衝突などで環境の大変動が生じると、大絶滅して大きなニッチが生じる。進化的に不安定になって、次の安定期の初期には、多くの変種や新種があらわれる。そして、次第に進化的な安定に向かう。

最後に、ESSとゲーム理論についてだが、ESSは、利得をめぐる戦略が、ゲームに似ているために、ゲーム理論のナッシュ均衡と関係していると論じられることが多い。しかし、ESSが、いつもナッシュ均衡になるとは限らない。なぜなら、ゲーム理論では、ゲームの相手を殺さないし、殺しあうこともない。一方、ESSでは、ライバルを殺したり殺しあうことがしばしばある。相手を殺せば、もちろんナッシュ均衡は成立しない。また、ゲーム理論では、共倒れで両者が死ぬことを想定していない。

さらに、ゲーム理論では、プレーヤーPは戦略を自由に変えることはできるが、あくまでも、P1≠P2≠Pkが前提である。しかし、遺伝子では、最終的に闘う相手は自分のコピー(自分自身)なので、P1=P2=Pk(厳密にはP1≒P2≒Pk)の状態になる。自他の区別がつかないので、ゲームが成立しない。ESSのモデルとしてタカ・ハトモデルを使うと、ナッシュ均衡は存在するが、それだけでは、進化的な安定のすべてについてうまく説明できない。(つづく)

文献
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
Maynard Smith, J.; Price, G.R. (1973). “The logic of animal conflict”. Nature. 246.

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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