ネギのアリシンとフルクタン

なにげなくテレビを見たら、野生のネギが自生する、モンゴルの山岳地帯の風景が出てきて、びっくりした。

昔、ネギ、ニンニク、タマネギなど、ネギ属作物の本を作ろうと思って、下調べしたことがある。ネギ属(Alliumアリウム)の植物は、かつてはユリ科に分類されていたが、近年のAPG体系(2009年)では、ヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属に分類されている。単子葉植物では、もっとも発達したグループで、300~800種が含まれるとされている。そのため、作物として利用される種も多く、タマネギ、ネギ、ワケギ、リーキ、ニンニク、ラッキョウ、エシャロット、ニラ、ノビル、ギョウジャニンニク、アサツキ、チャイブなど、多くの作物がある。

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八鍬利郎先生(元北海道大学名誉教授)がまとめられた表(*1)を見ると、タマネギやニンニクは、低温・短日で花芽分化して、地下茎が肥大し、夏季に休眠するので、夏季に乾燥する気候(地中海性気候など)に適応した植物と見ることができる。ネギやリーキは、冬季に休眠する性質があるので、冬季に寒冷で乾燥する気候に適応している。また、ニラ、ラッキョウは花芽分化に低温を必要とせず、長日条件で花芽分化するので、温暖な気候に適応している。

昔から、ネギ(Allium fistulosum)の野生原種は、アリウム・アルタイクム(Allium altaicum )ではないかと考えられていたが、長いあいだ論争があった。近年、遺伝子が分析できるようになって、ようやくはっきりしてきたようだ(*2)。映像では、アルタイクムの自生地は、ウランバートルから600kmほど南方の、アルタイ山脈から続く山岳地帯であった。標高が2200mもあり、冬はマイナス10℃以下で、降水量は日本の10分の1しかない。びっくりしたのは、その荒涼たる周辺の環境である。一般に、栽培植物の起源地は、原種が自生する地域と考えられている。さらに、野生の植物を栽培化するには、きわめて長い時間がかかる。ムギやイネの栽培化には千年以上もの時間がかかったとされている。千年以上もかかるということは、人間が千年以上、同じ場所に定住していたということなので、古代より集落や都市が存在していたということを意味する。

しかし、映像で見えるアルタイクムが自生する場所は、人間の集団が長期間にわたって定住できるような環境ではない。アルタイクムが栽培化された過程を想像すると、アルタイ山脈の周辺で生活していた狩猟採集民もしくは遊牧民が、野生のアルタイクムを採集して食用としていたが、アルタイクムの株が別の場所に住む農耕民に渡って、そこで栽培化されたと考えるほかない。「蔥」(ソウ、ねぎ)という字は、紀元前に書かれた山海経にすでに見られるので、2000年以上の栽培の歴史がある。なお「囱」の字は、天窓の格子の象形とされているので、ネギを葉のところで切った穴の形に由来するのであろう。ネギのように古い栽培植物でも、原生地以外の場所で栽培化されることがあったということに驚いた。ただし、映像は乾季で緑が一番少ない時期のために、あのような風景に見えたのかもしれなし、古代のアルタイ地域は、植物や草食動物がもっと豊富で、長期間、定住できる場所があったのかもしれない。

また、中国では、西方の高原地帯は「葱嶺」と呼ばれており、ネギの原産地は、草原がひろがる高原地帯のような風景を想像していた。ネギ属の植物は、分げつ、側球、珠芽(しゅが)、種子などで繁殖し、群落を作ることが多い。ところが、映像のアルタイクムは完全に孤立して生息していた。これも、想像していたのと全然違っていた。孤立しているということは、遠くから運ばれた種子がばら撒かれたということであり、種子を拡散するなんらかの動物(シベリアアイベックス?鳥?)がいるということである。

ニンニク(Allium sativum)については、西アジアから中東に自生する、A. longicuspis Regelから栽培化されたと考えられている(*3)。タマネギ(Allium cepa)は、エジプトのピラミッドの壁画に描かれており、BC3000年以前に栽培化されていたが、イランとトルクメニスタンの国境地帯に自生するA. vaviloviiがもっとも有力な原種とされている(*4)。

ネギの葉の中に多い成分は、フルクタンで、インフルエンザウイルスを抑える効果があるという。そもそもフルクタンは、フルクトース(果糖)の重合体であり、エネルギーを貯蔵するための多糖類だ。フルクタンは低温でも凍らない性質があるので、光合成で作った糖類をフルクタンにして貯蔵することにより、寒地でも凍死せずに越冬することができる。アスパラガス属やネギ属など、寒冷地に分布する植物に多く含まれる。

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フルクタンの機能性についての報告を見ると、フルクタンは、試験管内では抗インフルエンザウイルス活性は確認されないが、マウスに経口投与すると、ウイルス複製に対する阻害効果を示すという。すなわち、直接ウイルスに作用するわけではなく、宿主の免疫機能を増強する作用があるのでないかと考えられている(*5)。

一方、アリシンは、ネギの地下部に多く含まれていて、動物たちに食害されることを防いでいるという。ニンニクに多く含まれるアリシンは、抗真菌性および抗細菌性があるといわれることが多いが、じっさいには、明確な抗菌効果は立証されていないという報告もある(*6)。

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このことで思い出すのは、以前のブログでも書いた、ニンジンのカロテンである。植物は、低温下で光合成反応が進むと、その過剰なエネルギーによって活性酸素が生じ、細胞が破壊されてしまう(凍害)。ニンジンは、低温下で発生する活性酸素から身を守るために、大量のカロテンを生産すると考えられる。極寒のアルタイ山脈に分布するネギがアリシンを生成するのも、低温下での光合成で発生する活性酸素から身を守るためであろう。じっさい、アリシンとその前駆体のalliinには、抗酸化作用があることが確認されている(*7)。ネギのアリシンは、活性酸素を抑えて、凍害から免れると同時に、動物に対する忌避効果を兼ねている。すばらしく合理的で機能的だ。

さらに興味深いのは、フルクタンは、生育期にもかかわらず地上部に多く、アリシンは休眠期にもかかわらず地下部に多いことである。普通に考えれば、フルクタンは貯蔵糖なので、光合成を行っている地上部に存在する必要はなく、越冬期に地下部にあればよい。アリシンのほうは、光合成によって発生した活性酸素を抑えているので、生育期に地上部にあるのが合理的だ。それが逆になっているのはなぜだろうか。寒冷で乾燥した山岳地帯には、めったに種子拡散者の動物がやってこない。ようやくやって来た動物のために、地上部にエネルギーの多いフルクタンを貯めておいて、種と一緒に食べさせる。食べた動物はエネルギーを獲得できて、しかもウイルスに感染しにくくなるので、種を遠くまで運ぶ可能性が高まる。一方、地下部は翌年まで生き伸びたほうが生存する可能性が高いので、動物に食べられないように、アリシンを休眠期に地下部に多く含んでいる。とてもうまいやり方だ。

アルタイクムは、冬に地上部が枯れて、地下部が越冬するので、「加賀」や「下仁田」などの、夏ねぎの在来品種に、その性質が強く残っていると思われる。

文献
*1)農家が教える家庭菜園 秋冬編、農山漁村文化協会、2006、p114
*2)RAPDs and noncoding chloroplast DNA reveal a single origin of the cultivated Allium fistulosum from A. altaicum
http://www.amjbot.org/content/86/4/554.full
*3)Infraspecific differentiation of garlic (Allium sativum L.) by isozyme and RAPD markers
http://link.springer.com/article/10.1007/BF00220863
*4)Phylogenetic relationships of wild and cultivated species of Allium section Cepa inferred by nuclear rDNA ITS sequence analysis
http://link.springer.com/article/10.1007/s00606-007-0596-0
*5)Anti-influenza A virus effects of fructan from Welsh onion (Allium fistulosum L.).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23442670
*6)Antifungal and antibacterial activities of allicin
https://www.researchgate.net/publication/299799952_Antifungal_and_antibacterial_activities_of_allicin_A_review
*7)The mode of action of allicin: trapping of radicals and interaction with thiol containing proteins
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304416597001049

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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