種(遺伝子)は滅亡を免れることができるか?―共倒れ抑止遺伝子

 

地球上の生物は、5回の大絶滅を経験していると考えられている。大絶滅の理由は、隕石の衝突など、地球環境の大変動とされる。しかし、地球環境の大変動のほかにも、種(遺伝子)の滅亡が起きている。

マルサスは、『人口論』で次のように書く。
人口は、何の抑制もなければ、等比級数的に増加する。生活物資は等差級数的にしか増加しない。(文献p30)
必然性、すなわち厳然と全体を支配する自然の法則が、生命の数をあらかじめ定められた範囲内に制限するのである。植物も動物も、この偉大なる制限の法則のもとで縮こまる。そして人間も、理性をいかに働かせようと、この法則から逃れることはできない。(p31)

ダーウィンは、『種の起源』で次のように書いている。
これは、本来は人間社会を対象としたマルサスの原理を何倍にも拡張して全動植物界に適用したものである。…すべての生物は、もし個体数の増加がどこかで抑えられないとしたら、一組の親の子孫が地球上を覆い尽くすほどの高率で増加する傾向があり、この規則に例外はない。(文献p123)
指数関数的な増加傾向は一生のうちのある段階で起こる大量死によって抑えられているにちがいない。(p126)
個体数を増加させようとする傾向を抑えている要因が何かは、とてもわかりにくい。(p129)
個々の種の増加の上限を決めているのは、当然ながら、利用できる食物の量である。(p131)
気候は、種の平均個体数を決める上で重要な役割を演じている。なかでも周期的な季節として巡ってくる極端な寒さや乾燥がもっとも大きな影響を及ぼしているのではないかと、私は考えている。(p132)
単一の要因や少数の生物がとりわけ大きな影響を及ぼしているということはあるが、種の平均個体数、あるいはその存続まで決めているのは、すべての要因の総合作用である。(p142)
一番厳しい闘争が演じられるのは、ほぼ決まって同種の個体間においてである。同じ場所にいて、同じ食物を必要とし、同じ危険にさらされているものどうしだからだ。(p143)

ここまでは、個体数の指数関数的増加とその制限について述べている。同種の個体間の競争の場合は、種は絶滅には向かわない。なぜなら、競争に勝った強い個体が種を存続するからだ。

ダーウィンは、種の絶滅の理由のひとつとして、以下のように書く。
一般に競争が最も厳しいのは、習性や体質、構造などの面で互いにきわめて近縁な種類間においてであることを思い出してほしい。そのため、古い状態と新しい状態の中間、すなわち種のなかであまり改良されていない状態にある種類はみな、原種そのものと共に絶滅させられる傾向にある。(p216)

つまり、近縁のライバル種との競争に敗れて絶滅する。『種の起源』ではそれ以上追求されていないが、ヨーロッパライオンやニホンオオカミのように、人間という近縁でないライバル種との競争に敗れて絶滅することがある。さらに、ドードーやモアは、人間(捕食者)の襲来によって絶滅した。

以上のことを論理的に考えると、他の生物の追随を許さないような有力な種(遺伝子)は、地球環境の大変動がおきない限り絶滅しないことになる。しかし、新生代に生態系の頂点に君臨した、体長16~20mのサメのメガロドンは、ライバル種が見あたらないにもかかわらず、絶滅した。

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地球上の生物が自己複製するために必要なのは、O、C、H、N、Ca、P、K、Mg、Znなどの有用物質、物質を化合するためのエネルギー、情報(DNA)である。有用物質と情報は、エントロピーが増大して利用できなくなるため、永続的に利用するには、永続的なエネルギーの供給によって、エントロピーを減少させなければならない(図)。すなわち、自己複製に必要な要素は、すべてエネルギーに還元され、外部からの単位時間当たりのエネルギー供給量の上限が、自己複製量の上限になる。単位時間は、生物が自己複製に要する時間の長さである。なお、DNAは情報(コドン)であるので、「遺伝子」はエネルギーを獲得するための情報であり、「変異」とはその情報の差異化である。

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個や遺伝子の定義を、ドーキンスに従うと、個々の生物は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」であり、別の言い方では、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」などと定義される。また、「遺伝子」(gene)は、「十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位としてはたらきうるほど十分に長い染色体の一片」、あるいは「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部」とか「複製忠実度のすぐれた自己複製子」などと定義される。また、有性生殖を行う生物では、「性と交叉によって遺伝子プールはよくかきまぜられ、遺伝子は部分的にまぜられる」状態にあり、「遺伝子は、死ぬべき運命にある生存機械を次々につくっていくために、遺伝子プールから相ついでひきだされてくる仲間の集団と協力して、生活をたてている」。

有力な種の滅亡の例を遺伝子からみると、もっとたくさんあげられる。ペルオキシターゼ(白色腐朽菌)は、地球上で唯一、リグニンを分解できる酵素だが、ペルオキシターゼを欠損したハラタケ綱の目や種が多数存在する(図)。どうしてライバル不在の強力な遺伝子であるペルオキシターゼを捨てたのか、またどうして捨てたほうが生存に有利だったのかをうまく説明できない。

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あるいは、カタツムリの仲間のナメクジは、生存に有利なはずの殻を無くした。ウミウシも巻貝から分化して、貝殻を捨てた。エミューやクイナは、飛翔という有利な遺伝的形質を無くした。ほかにも飛べない鳥はたくさん存在する。ヘビやアシナシトカゲは、移動するための四肢を無くした。ハチの仲間のアリは、繁殖のときは羽を利用するが、地上で生活するときは、羽を無くしてしまう。働きアリには、最初から羽がない。

ペルオキシターゼ、貝殻、飛翔能力、四肢、羽など、圧倒的に生存に有利なはずの、多くの遺伝子が滅亡してしまうのはなぜか?時系列で考えてみる。

ある生物種(遺伝子)Aが生息数を増やして、地球上に拡散する
拡散した地域に定着し、地域同士は次第に遺伝的距離が大きくなる
ある地域の集団内の個で、突然変異がおこる
突然変異は「個」で、1回おこる
変異(形質)が生存に有利な場合、その遺伝子A’は地域の集団内に広がる
遺伝子A’はきわめて有力な遺伝子で、生息可能なすべての地域で遺伝子Aを駆逐する
新種A’が成立する
種A’が新たに進出する地域がなくなると、利用資源が不足する
種A’内の個体間の競争が激しくなって共倒れする
種A’は衰退して、共倒れしない範囲内の個体数で安定する
なんらかの原因で利用資源量が減少すると、種A’の個体数は減少し、わずかな環境変化でも滅亡する確率が高くなる

他の追随を許さないような有力な遺伝子であっても、利用資源を消尽すると、同種の個体間競争が激化して共倒れする確率が高くなる。これが、メガロドンが滅亡し、生物が、ペルオキシターゼ、貝殻、飛翔能力、四肢などの遺伝子を捨てた理由と考えられる。とりわけ、相手に致命傷を与える武器を持つメガロドンは、同種の個体間の激しい闘争によって共倒れしてしまったのであろう。ちなみに、他の生物から見れば、他の追随を許さない人間は、メガロドンのように見えるだろう。

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突然変異は個でおこり、個は指数関数的に自己複製して資源を消尽する。遺伝子の乗り物である個の自己複製が、遺伝子(自己複製子)の存続を危うくするというのは、きわめて皮肉な結果だ。どんなに有力な遺伝子であっても、衰退・滅亡の危機から免れることはできないことになる。

有力な種(遺伝子)が滅亡する確率を小さくする方法は、同種の個体間の闘争による共倒れを抑止することである。ネズミやクマなどの哺乳動物には、受精卵がすぐに着床しない、着床遅延があることが知られている。着床遅延は、交配のチャンスを増やし、子育てに適した時期に出産するための仕組みと考えられているが、クマは、着床遅延の期間中に母体の栄養状態が悪いと、着床せずに流産してしまう。

ニホンザルも、秋に食物が少ない年には、発情せず、妊娠しても栄養状態が悪いと流産するらしい。そのため、食物が豊富な年の翌春には群れのメスが一斉に出産し、その翌年にはほとんど出産しない現象がおこり、出産数に大きな年変動がある(伊沢2001;Suzuki et al. 1998)。

すなわち、利用資源が不足した環境で個体数を増やすと、共倒れする確率が高くなるために、自己複製を一時停止する遺伝子が存在していると考えられる。そして、そのような性質を持った種が、共倒れせずに現在まで存続してきたのであろう。ESS(evolutionarily stable strategy)は、「進化的に安定な戦略」であるが、ドーキンスは、「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」(補注5-1)と定義している。生物は指数関数的に増殖するが、外部供給エネルギー量の上限を超えて個体数を増やすことはできず、自己複製を抑制して共倒れを防ぐ、「共倒れ抑止遺伝子」が存在する。(つづく)

引用文献・参考文献
マルサス、1798、人口論、光文社、2011
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
シュレーディンガー、1944、生命とは何か、岩波書店、1951
Maxwellの悪魔の実現
http://www.phys.chuo-u.ac.jp/j/muneyuki/?%5BMaxwell’s+Demon%5D
リグニン分解酵素の進化が石炭紀の終焉を引き起こした
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2012/20120702-1.html
河合雅雄、林良博、動物たちの反乱、PHP研究所、2009
農林業における野生獣類の被害対策基礎知識、農林水産技術会議事務局、2003

 

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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