財、貨幣、価格の根源-エネルギーと差異

前回からのつづきで、個を国民に、地域集団を国家に、種を人類として考えてみる。国家、国民の利用資源は「財」であるが、人類の利用資源は、有用物質、エネルギー、情報である。有用物質と情報は、エントロピーが増大するので、これを永続的に利用するには、エントロピーを減少させるためのエネルギーが必要となる。すなわち、人間の利用資源は、根源的にはエネルギーであり、「財」もまたエネルギーに還元される。

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貨幣は、財(エネルギー)の利用可用性(availability)の物質(質量)的代替である。どんな分業社会にも貨幣が存在するのは、エネルギーをそのまま貯蔵したり交換したりすることが不便だからだ。そのため、貨幣および準貨幣には、希少で、変質せず、分割しやすく、運びやすい物質が選ばれる。

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系の財(●)の流れと貨幣(○)の流れを、図示する。農林水産業では、おもに太陽エネルギーを財(食料など)に転換している。製造業では、化石燃料や原料を財(製品)に転換している。供給された財は、運ばれ、消費され、最後は熱や廃棄物として放出される。熱力学第一法則よりエネルギー量は不変だが、第二法則よりエントロピーが増大する。

図では、財は右回りに流れ、貨幣は左回りに流れる。系を単位時間t=1に流れる財の量をe、貨幣の量をmとする。eは時間当たりの財の流量なので、財流速度(J/t)をあらわす。mは貨幣流速度である。財が流れる速度は、財の供給量と消費量に左右される。ホースの流量を増やすには、入り口からたくさん入れる(供給)か、出口を大きくする(消費)かである。人口が増えるほど、あるいは工業化が進むほど、財の消費量が増え、財流速度が大きくなる。

貨幣は、財の代替であり、財と貨幣の交換比率(価格)は、市場での取引で決まる。なお市場というのは、「いちば」のことではなく、スーパーなど最終的な小売市場のことである。財流速度と貨幣流速度が変化しない定常状態の場合、価格pとe、mは以下の関係になる(pは定常価格)。

p=m/e

本来は貨幣流速度は、財流速度に対応しているが、「貨幣量」を増やして、貨幣密度を大きくすると、見かけ上の貨幣流速度が速くなり、価格が高くなる。逆に貨幣密度を小さくすると、価格が低くなる。

また、貨幣は、価格が決定する時間内に、市場で交換のために使われる「可用性」のある貨幣(可用定時交換貨幣=すぐに自由に使えるお金)が、価格決定(貨幣流速度)に関与する。すぐに換金できない準貨幣(定期貯金、債券)、換金コストがかかる準貨幣、利子率の高い準貨幣、収蔵されて使われる可用性がない貨幣(教育費の積み立て、家の購入資金)や準貨幣など、時間内に市場で交換される可用性がない貨幣(非可用定時交換貨幣=すぐに自由に使えないお金)は、価格決定(貨幣流速度)に関与しにくい。じっさいに使われた交換貨幣が「フロー」で、可用定時交換貨幣は「浮遊・フロート」で、非可用定時交換貨幣が「ストック」にあたる。

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この「可用性」の決定には、所得、予備的蓄積(老後のお金)、教育コスト、恒常所得(安定した収入)、保有資産、将来予測(インフレ、景気、失業率など)などさまざまな因子がある。さらに、市場での交換に要するエネルギー(市場アクセスコスト、消費税など)、換金に要するエネルギー(解約、利子、アクセス、換金コストなど)、意思変更(情報消去)に伴うエントロピーの増大量などにも左右される。たとえば、「子供のためにお金を積み立てる」という意思(情報)を変更(消去)するには、大きなエントロピーの増大を伴う。
可用性を決めることは、生存のための財の獲得と利用の時間的分配を最適化することである。 可用定時交換貨幣(フロート)、非可用定時交換貨幣(ストック)、資産財(ストック)は常にゆらいでおり、「貨幣量money supply」は統計上の目安である。交換貨幣量Mは測定可能で、系における貨幣流速度の時間積分であらわされる。

M=∫mdt

また、「価格が決定する時間」というのは、変動した財流速度と貨幣流速度が一定になるまでの時間であり、市場の大きさ、消費速度と供給速度を変化させる時間、貨幣流速度変動に左右される。消費速度e c と供給速度e d の時間変化量(時間微分)は、「加速度」のことなので、「消費加速度」a c 、「供給加速度」a d と呼ぶことができる。
また、消費力F c は系の消費者の大きさ(消費者質量)N c ×消費加速度のことであり、供給力は、供給者の大きさ(供給者質量)N d ×供給加速度となる。系の消費量Cは消費速度の時間積分であり、供給量Dは供給速度の時間積分である。以下の式であらわされる。

a c =de c /dt
a d =de d /dt
F c =N c ・a c
F d =N d ・a
C=∫e c dt
D=∫e d dt

e c :消費速度
e d :供給速度
a c :消費加速度
a d :供給加速度
N c :消費者質量
Nd :供給者質量
F c :消費力
F d :供給力
C:消費量
D:供給量

社会が変化せず定常状態ならば、e c =e d 、C=D、a c =a d =0、F c =F d =0となる。たとえば、高齢化によって、N c >Nd となると、消費と供給を一致させようと、技術革新や社会効率化による労働生産性の向上、または窮乏化によってa c <a d にする力が働く。あるいは国内の生産人口を増やすか、グローバル化によってNd を国外に求める力が働く。

経済学者は、インフレにすることで経済成長につながり、政府債務を減らす(過去の交換比率を無効化する)ことができると考えている。そして、貨幣流速度を大きくしてインフレにするために、金融緩和を行っている。

農産物市場の場合、もし金融緩和が効いて、農産物価格が上昇すると、バイヤーは海外から安い農産物を調達する。なので、すぐに価格はもとに戻って、物価への影響はない。すなわちインフレにはならない。

そこで、国民全員にお金を配れば(減税、財政支出も同じ)、インフレになって政府債務を減らせるという説がある。仮に農家全員に年間100万円ずつ現金を配ると、高齢農家は仕事をしなくても生活ができるので、米作りをやめてリタイヤするかもしれない。すると、貨幣増、生産減になって米価は上がるはずだ。しかし、じっさいには、米の生産量が減って米価が上がると、輸入米が増える。また、若い農家は仕事をやめないので、100万円で新しい機械を買って借地を増やし、生産量を増やす。なので、やはり米価は上がらない。これがじっさいにEU、北米、日本で行われていることで、農家への直接支払いは、農産物の価格を下落させる。

製造業でも、小規模事業者は農家と同じ行動をとるし、大規模事業者では労働者にお金を配ると企業の賃金支払いが減るので、製品の価格は下がる。製品輸出が増えて企業資金は増加するが、日本は人口が減っているので、これが国内投資にまわる可能性は低い。つまり、国民全員にお金を配ってもインフレにはならない。

中央銀行が貨幣をどんどん印刷して配ると、海外との競争力が弱い分野では、輸入を増やそうとする力と、国内生産を維持しようとする力が拮抗する。競争力のある分野では、企業資金が増加して、その資金は海外の投資にまわされる。業種に関係なく、競争力が低い国内の経営体は次第に淘汰され、競争力の高い経営体はグローバル化する。貨幣量が増加してインフレがおきるのは、中国や東南アジアなどの輸出国、投資先国である。なお、貨幣を刷らないと、輸出国のインフレは変わらないが、日本ではデフレになろうとする力が強まる。

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では、どんどんインフレにすればいいかというと、インフレになるということは、過去の財と貨幣の交換比率を無効にすることなので、貯金、債券など「準貨幣の過去の価格」が棄損されることを意味する。

財はエネルギーなので、静止している(時空を移動しない)と生物はエネルギーとして利用できない(エントロピーが増大しない)。なので、生物は、「流れ」や「運動」を財とみなしている。すなわち財は時間空間存在(場所と時間に依存する)である。一方、貨幣は、人間が、「流れ・運動」である財を静止するための物質(質量)なので、本来は非時間空間存在(場所と時間に依存しない)である。

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そもそも、もとの価格を決めているのは何か? 市場での取引(交換)の主導権は買い手がにぎっている。買うか買わないかを決めるのは、おもに買い手だ。スーパーで買い物をする人は、「昨日より値段が高い」とか「去年より安い」とか、過去の価格との比較で、現在の表示価格の「高い」、「安い」を判断している。そして「今買わないともっと高くなってしまう」と思ったときは、すぐに購入する(現在表示価格は購入価格=価格に転換する)。夕方に値引きシールが張られることを予測している人は、今は買わない(現在表示価格は購入価格に転換しない)。過去の価格p1、現在表示価格p2、将来の予想価格p3を比較して、予想価格が現在表示価格より高い(p3>p2)ときはすぐに購入し、予想価格が低い(p3<p2)ときは購入を保留する。インフレ予想は購入を早め、デフレ予想は購入を遅くする。現在表示価格p2の高い安いは過去の価格p1、との比較で判断しているので、購入価格(価格)は、過去の価格に引きずられる。そして、時間の経過にともない、脳の中の、過去の価格の記憶(情報)が削除(エントロピー増大)され、購入価格(もしくは現在表示価格)が過去の価格に置き換えられる。価格の粘着性の要因のひとつは、記憶(情報)削除にともなうエントロピーの増大である。価格は歴史的存在なのである。

理論的には世界全体の貨幣量が増えれば、世界中がインフレになって、債務(過去の交換率)を無効化できる可能性はある。しかし、債務国が貨幣量を増やしても、現在インフレがおきている中国、東南アジアの輸出国が追随するはずがない。貯蓄や国債を大量に保有する富裕層や銀行、産油国などの債権国も大反対するであろう。そもそも、金などの希少物質が貨幣として利用されてきたのは、交換率(価格)を長期に維持するためである。交換率が短期間に変わってしまうようであれば、誰も貨幣を信用しなくなる。信用しなくなればインフレになるので、為政者が人為的にインフレにしようとすることは、自分自身の信用を棄損することである。

欧米諸国や中国は、債務国の金融抑圧(インフレ)やデフォルト(ハイパーインフレ)を予測して、金を大量に買い込んでいる。世界一債務が多い日本は金保有が少ない。金融抑圧や財政破綻が現実になれば、結局のところ、日本の庶民は大損になって(貯金と債券が無くなる。富裕層は逃げる)、欧米人に莫大なお金を取られる。欧米が金の高騰を予測して買い増ししているなら、逆に金融抑圧やデフォルトを回避できれば、欧米を大損にさせることができる。生存競争(ゼロサムで共倒れ抑止なし)の世界では、相手の予測(期待)を裏切れば、逆に自分の利益にできる。

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図のような閉鎖系で、単位時間当たりeの量のエネルギーが流れている。eはエネルギー流速度(J/t)をあらわしている。系には、n個の個体があり、エネルギーを「消費」している。「消費」の前後では、エネルギー量は不変だが、熱として排出され、エントロピーが増大する。個体はエネルギー量の上限まで自己複製しており、eをすべて利用している。nの数は一定で、エネルギー消費も同一である。それぞれのエネルギー消費量をΔeとする。また、それぞれの個体には、Δmの貨幣が与えられており、エネルギーΔeと貨幣Δmを交換してエネルギーを得る。単位時間に交換する全体の貨幣量(貨幣流速度)はmである。エネルギーと貨幣の交換比率(価格)をpとすると、以下のような関係になる。

e=ΣΔe=n・Δe
m=ΣΔm=n・Δm
p=Δm/Δe=m/e

ここで、系の交換貨幣量(貨幣流速度)mは一定とする。なんらかの理由で価格pが1/2になると、個体が持っている貨幣Δmで2倍のエネルギーと交換できるので、2倍のエネルギーを獲得して自己複製し、個体数は2倍になる。eの供給を増やせる場合は、eの消費量は2倍になる。逆にpの値が2倍になると、個体はエネルギーを1/2しか入手できないので、個体数が1/2になり、eの値も1/2になる。
この生物は、バラバラの個ではなくて、全体で1つの多細胞生物と考えると、1つの生物での、財の価格と財の消費の関係とみなすことができる。これを図示すると、マーシャル型の需要曲線になる。需要曲線がマーシャル型になるのは、系が閉鎖系で、交換貨幣量(貨幣流速度)が一定のときである。
ただし、生物は、エネルギー価格がゼロ(デフレ)に近づいたとしても、空間的な制約で無限に自己複製できるわけではないので、eの値はある値以上に大きくならない(場所を奪い合う)。さらに、生存するためには、最低限のエネルギーが必要なので、pが巨大(インフレ)になってエネルギーが入手できなくなると、死滅する。

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また、m=peなので、eを一定として、e=kとすると、

m=kp

とあらわせる。これは、貨幣数量説のM=kPY、(Mは貨幣量、Pは価格、kとYは一定)と同じ形になり、価格は交換貨幣量(貨幣流速度)で決まる。すなわち貨幣数量説が成り立つのは、系が閉じていて、かつ財流速度eが一定のときである。日本のような開放系の経済では、金融政策の効果が見えないのは当然である(国内ではデフレにもインフレにもならず、輸出国で効く)。なお、閉鎖系とは、外部とエネルギーの交換は可能だが質量(物質)の交換はしない系で、開放系とは、外部とエネルギーも質量(物質)も交換可能な系のことである。エネルギーは財にあたり、質量(物質)は貨幣にあたる。

「供給」については、他の生物とは異なる人間固有の特徴がある。自然界では、ライオンに肉を供給しているのはシカである。ライオンの子供が生まれると肉の需要が増えるが、シカはそれに応じて肉の供給量を増やせるわけではない。肉の供給量は、草の量に依存しており、草の生産量は太陽エネルギー、雨量、土壌養分に左右される。肉の供給(供給速度)は、肉の需要(消費速度)にはまったく左右されず、時間当たりの太陽エネルギー(エネルギー流速度)の肉への転換量に左右される。

一方、人間が財の供給量(供給速度)を自由に変えることができるのは、化石燃料のエネルギーを財に転換しているからだ。化石燃料は、古代に蓄積された太陽エネルギーだ。しかし、化石燃料の消尽には限りがある(温暖化の脅威が増大する)。太陽エネルギーは無尽蔵だが、時間当たりの太陽エネルギー量(エネルギー流速度)は有限である。太陽のエネルギー流速度の上限が、時間当たりの財の供給量(供給速度)の上限になる。人間は、化石燃料に代わるエネルギー源を見つけないかぎり、現在の財の消費量(消費速度)を維持することは不可能である(江戸時代の人口にもどるしかない)。

日本の債務問題や景気対策について考える場合、エネルギー問題の解決がきわめて重要である。電気料と燃料代が安くなれば、エネルギーの消費速度が大きくなる可能性がある。エネルギー消費量が増大すれば、他の財(自動車や家電など)の需要(消費速度)が増える。製造業者は国内投資を増やすので、交換貨幣量(フロー、貨幣流速度)が大きくなる。物価に影響をおよぼすのは、金融政策(貨幣流速度)だけでなく、エネルギー(消費速度、供給速度)である。すなわち、刷った貨幣をエネルギーの料金にあてるのがもっとも効率がよい。

エネルギーの消費速度が増大すると、市場での財が不足するのでインフレになる。人々は値上がりを予測して早く購入しようとするので、これは「好ましいインフレ」(消費速度増で予測可能)だ。一方、エネルギーの供給速度が減少(供給ショック)しても市場での財が不足してインフレになるが、この場合は人々は将来価格が予測できないため、損失を少なくするために急いで購入するが、節約して消費を遅らそうとする。系の消費速度(財流速度)は小さくなるので、インフレと不況が同時におきる(スタグフレーション)。こちらは「好ましくないインフレ」(供給速度減で予測不可能)である。

市場が価格p0=m/eの定常状態にあったとする。e c またはe d が変化して、市場の財がΔe(速度)変化したとき、変化後の定常価格p1、価格変動Δpは以下の式で与えられる。

p0=m/e
p1= m/(e+Δe)
Δp=m/(e+Δe) -m/e=-Δe/e(e+Δe)

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しかし、化石燃料をこれ以上消尽するわけにはいかない(地球生物の破滅)ので、化石燃料に変わるエネルギー源への転換が急務である。

「技術」は財を獲得するための情報であり、時間当たりに獲得できる財(エネルギー流速度)が大きいほど生存確率が高い。「技術革新」は、その情報の差異化である。生物の種は「近縁の新種」に滅ぼされるように、技術(情報)は常に差異化しないと、競争に敗れる。また、有力な遺伝子では、同種の個体数が資源量(エネルギー流速度)の限界まで増加すると、個体同士で共倒れするようになり、さらに自己複製を抑制して共倒れを抑止するようになる。同様に、有力な技術(自動車など)も、消費速度と技術革新が上限に近づくと共倒れするようになり、その次に共倒れを抑止するようになる(カルテル)。

参考文献
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
「悪魔」との取り引き— エントロピーをめぐって
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/pdf/GakkaishiDaemonPUB.pdf
中央銀行の金保有量
http://lets-gold.net/chart_gallery/chart_gold_demand2.php

種(遺伝子)は滅亡を免れることができるか?―共倒れ抑止遺伝子

 

地球上の生物は、5回の大絶滅を経験していると考えられている。大絶滅の理由は、隕石の衝突など、地球環境の大変動とされる。しかし、地球環境の大変動のほかにも、種(遺伝子)の滅亡が起きている。

マルサスは、『人口論』で次のように書く。
人口は、何の抑制もなければ、等比級数的に増加する。生活物資は等差級数的にしか増加しない。(文献p30)
必然性、すなわち厳然と全体を支配する自然の法則が、生命の数をあらかじめ定められた範囲内に制限するのである。植物も動物も、この偉大なる制限の法則のもとで縮こまる。そして人間も、理性をいかに働かせようと、この法則から逃れることはできない。(p31)

ダーウィンは、『種の起源』で次のように書いている。
これは、本来は人間社会を対象としたマルサスの原理を何倍にも拡張して全動植物界に適用したものである。…すべての生物は、もし個体数の増加がどこかで抑えられないとしたら、一組の親の子孫が地球上を覆い尽くすほどの高率で増加する傾向があり、この規則に例外はない。(文献p123)
指数関数的な増加傾向は一生のうちのある段階で起こる大量死によって抑えられているにちがいない。(p126)
個体数を増加させようとする傾向を抑えている要因が何かは、とてもわかりにくい。(p129)
個々の種の増加の上限を決めているのは、当然ながら、利用できる食物の量である。(p131)
気候は、種の平均個体数を決める上で重要な役割を演じている。なかでも周期的な季節として巡ってくる極端な寒さや乾燥がもっとも大きな影響を及ぼしているのではないかと、私は考えている。(p132)
単一の要因や少数の生物がとりわけ大きな影響を及ぼしているということはあるが、種の平均個体数、あるいはその存続まで決めているのは、すべての要因の総合作用である。(p142)
一番厳しい闘争が演じられるのは、ほぼ決まって同種の個体間においてである。同じ場所にいて、同じ食物を必要とし、同じ危険にさらされているものどうしだからだ。(p143)

ここまでは、個体数の指数関数的増加とその制限について述べている。同種の個体間の競争の場合は、種は絶滅には向かわない。なぜなら、競争に勝った強い個体が種を存続するからだ。

ダーウィンは、種の絶滅の理由のひとつとして、以下のように書く。
一般に競争が最も厳しいのは、習性や体質、構造などの面で互いにきわめて近縁な種類間においてであることを思い出してほしい。そのため、古い状態と新しい状態の中間、すなわち種のなかであまり改良されていない状態にある種類はみな、原種そのものと共に絶滅させられる傾向にある。(p216)

つまり、近縁のライバル種との競争に敗れて絶滅する。『種の起源』ではそれ以上追求されていないが、ヨーロッパライオンやニホンオオカミのように、人間という近縁でないライバル種との競争に敗れて絶滅することがある。さらに、ドードーやモアは、人間(捕食者)の襲来によって絶滅した。

以上のことを論理的に考えると、他の生物の追随を許さないような有力な種(遺伝子)は、地球環境の大変動がおきない限り絶滅しないことになる。しかし、新生代に生態系の頂点に君臨した、体長16~20mのサメのメガロドンは、ライバル種が見あたらないにもかかわらず、絶滅した。

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地球上の生物が自己複製するために必要なのは、O、C、H、N、Ca、P、K、Mg、Znなどの有用物質、物質を化合するためのエネルギー、情報(DNA)である。有用物質と情報は、エントロピーが増大して利用できなくなるため、永続的に利用するには、永続的なエネルギーの供給によって、エントロピーを減少させなければならない(図)。すなわち、自己複製に必要な要素は、すべてエネルギーに還元され、外部からの単位時間当たりのエネルギー供給量の上限が、自己複製量の上限になる。単位時間は、生物が自己複製に要する時間の長さである。なお、DNAは情報(コドン)であるので、「遺伝子」はエネルギーを獲得するための情報であり、「変異」とはその情報の差異化である。

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個や遺伝子の定義を、ドーキンスに従うと、個々の生物は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」であり、別の言い方では、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」などと定義される。また、「遺伝子」(gene)は、「十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位としてはたらきうるほど十分に長い染色体の一片」、あるいは「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部」とか「複製忠実度のすぐれた自己複製子」などと定義される。また、有性生殖を行う生物では、「性と交叉によって遺伝子プールはよくかきまぜられ、遺伝子は部分的にまぜられる」状態にあり、「遺伝子は、死ぬべき運命にある生存機械を次々につくっていくために、遺伝子プールから相ついでひきだされてくる仲間の集団と協力して、生活をたてている」。

有力な種の滅亡の例を遺伝子からみると、もっとたくさんあげられる。ペルオキシターゼ(白色腐朽菌)は、地球上で唯一、リグニンを分解できる酵素だが、ペルオキシターゼを欠損したハラタケ綱の目や種が多数存在する(図)。どうしてライバル不在の強力な遺伝子であるペルオキシターゼを捨てたのか、またどうして捨てたほうが生存に有利だったのかをうまく説明できない。

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あるいは、カタツムリの仲間のナメクジは、生存に有利なはずの殻を無くした。ウミウシも巻貝から分化して、貝殻を捨てた。エミューやクイナは、飛翔という有利な遺伝的形質を無くした。ほかにも飛べない鳥はたくさん存在する。ヘビやアシナシトカゲは、移動するための四肢を無くした。ハチの仲間のアリは、繁殖のときは羽を利用するが、地上で生活するときは、羽を無くしてしまう。働きアリには、最初から羽がない。

ペルオキシターゼ、貝殻、飛翔能力、四肢、羽など、圧倒的に生存に有利なはずの、多くの遺伝子が滅亡してしまうのはなぜか?時系列で考えてみる。

ある生物種(遺伝子)Aが生息数を増やして、地球上に拡散する
拡散した地域に定着し、地域同士は次第に遺伝的距離が大きくなる
ある地域の集団内の個で、突然変異がおこる
突然変異は「個」で、1回おこる
変異(形質)が生存に有利な場合、その遺伝子A’は地域の集団内に広がる
遺伝子A’はきわめて有力な遺伝子で、生息可能なすべての地域で遺伝子Aを駆逐する
新種A’が成立する
種A’が新たに進出する地域がなくなると、利用資源が不足する
種A’内の個体間の競争が激しくなって共倒れする
種A’は衰退して、共倒れしない範囲内の個体数で安定する
なんらかの原因で利用資源量が減少すると、種A’の個体数は減少し、わずかな環境変化でも滅亡する確率が高くなる

他の追随を許さないような有力な遺伝子であっても、利用資源を消尽すると、同種の個体間競争が激化して共倒れする確率が高くなる。これが、メガロドンが滅亡し、生物が、ペルオキシターゼ、貝殻、飛翔能力、四肢などの遺伝子を捨てた理由と考えられる。とりわけ、相手に致命傷を与える武器を持つメガロドンは、同種の個体間の激しい闘争によって共倒れしてしまったのであろう。ちなみに、他の生物から見れば、他の追随を許さない人間は、メガロドンのように見えるだろう。

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突然変異は個でおこり、個は指数関数的に自己複製して資源を消尽する。遺伝子の乗り物である個の自己複製が、遺伝子(自己複製子)の存続を危うくするというのは、きわめて皮肉な結果だ。どんなに有力な遺伝子であっても、衰退・滅亡の危機から免れることはできないことになる。

有力な種(遺伝子)が滅亡する確率を小さくする方法は、同種の個体間の闘争による共倒れを抑止することである。ネズミやクマなどの哺乳動物には、受精卵がすぐに着床しない、着床遅延があることが知られている。着床遅延は、交配のチャンスを増やし、子育てに適した時期に出産するための仕組みと考えられているが、クマは、着床遅延の期間中に母体の栄養状態が悪いと、着床せずに流産してしまう。

ニホンザルも、秋に食物が少ない年には、発情せず、妊娠しても栄養状態が悪いと流産するらしい。そのため、食物が豊富な年の翌春には群れのメスが一斉に出産し、その翌年にはほとんど出産しない現象がおこり、出産数に大きな年変動がある(伊沢2001;Suzuki et al. 1998)。

すなわち、利用資源が不足した環境で個体数を増やすと、共倒れする確率が高くなるために、自己複製を一時停止する遺伝子が存在していると考えられる。そして、そのような性質を持った種が、共倒れせずに現在まで存続してきたのであろう。ESS(evolutionarily stable strategy)は、「進化的に安定な戦略」であるが、ドーキンスは、「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」(補注5-1)と定義している。生物は指数関数的に増殖するが、外部供給エネルギー量の上限を超えて個体数を増やすことはできず、自己複製を抑制して共倒れを防ぐ、「共倒れ抑止遺伝子」が存在する。(つづく)

引用文献・参考文献
マルサス、1798、人口論、光文社、2011
チャールズ・ダーウィン、1859、種の起源、光文社、2009
リチャード・ドーキンス、1976、利己的な遺伝子、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
シュレーディンガー、1944、生命とは何か、岩波書店、1951
Maxwellの悪魔の実現
http://www.phys.chuo-u.ac.jp/j/muneyuki/?%5BMaxwell’s+Demon%5D
リグニン分解酵素の進化が石炭紀の終焉を引き起こした
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2012/20120702-1.html
河合雅雄、林良博、動物たちの反乱、PHP研究所、2009
農林業における野生獣類の被害対策基礎知識、農林水産技術会議事務局、2003