カナダの若い農家―畑は1haで5万円

ノースダコタのネルソン農場を訪ねたあと、カナダのサチュカチュワン州まで足を伸ばした(2003年)。このときのことは、雑誌などにも書いていない。もう10年以上前のことなので、当時と今の状況はだいぶ変わっているかもしれないが、カナダの若い農家との会話は、とても印象深いものだった。どこかに書いておかないと、完全に忘れてしまうので、とりあえずまとめてみる。

ネルソン農場から、車でハイウェイを北上して、カナダのウィニペグに向かった。500キロ走っても景色は相変わらずで、起伏がない真平らな畑が続く。ウィニペグのマーケットで食料を買いこんで、近くのキャンプ場で一泊した。翌朝、サチュカチュワン州ブルーノに向かう。ブルーノまでは北西にさらに1200キロ走らなければならない。

半日も走ると、人家が見えなくなり、行きかう車もほとんどない。ここらあたりのカナダの農村は、家や作業小屋が林の中にすっぽりと隠れているので、無人の大地を行く感じだ。

サチュカチュワン州ブルーノは、1902年にドイツ系アメリカ移民の17家族が入植してできた町だ。緩やかな起伏のある広大な平原(すべて畑)の中に、ぽつんと集落がある。1905年に鉄道が開通してから町はやや大きくなったが、それでも人口は640人しかない(2003年)。町の周囲に点々と農家が入植し、それらを含めると2000人くらいの人口になるという。

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ブルーノ

カーライルは、ブルーノの30キロほど西にあるフンボルトの生まれで、実家はフンボルトでかなり大きな農場を経営している。1900年ころにカーライルの曽祖父が、オーストリアから入植したという。年齢は24歳で、3年前に農業短大を卒業するとすぐに就農した。

すでに奥さんと子供が1人おり、ブルーノの小さな家で、3人で暮らしている。最初はブルーノの農場で働いていたが、現在は、自分が所有する畑160エーカー(64ha)と借りた畑320エーカー(128ha)で、小麦、エンバク、菜種、イエローマスタードを栽培している。農作業は一人でおこなっている。ブルーノで、もっとも若く、もっとも規模が小さい農家だ。

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カーライルと家族

自分の畑は、64haの原野を4万カナダドル(320万円)で購入したという。原野ではなく畑だと、倍の8万ドルはするそうだ(2003年)。

ブルーノの町から8キロほど西にある、カーライルの畑に連れていってくれた。今日はエンバクの種まきをするという。大型トラックはとても年季がはいっており、走っていると窓がガタガタする。プレートを見ると、62年製のフォードで、クラシックカーといってもおかしくないくらいのやつだ。「年季がはいっていて、かっこいいね」というと、「自分でペンキを塗ったんだ」ととてもうれしそうだ。トラック以外の農業機械は中古を借りている。

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トラックもトラクターも中古

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エンバクの種をトラックから移す

トラックを降りると、蚊の大群が襲いかかってきた。数百匹も体についてくる。今年はカナダ中で蚊が大量発生しており、こんなに蚊が多いのは初めてだという。「地球温暖化で温度が上がっているせいかな?」とカーライルは言っていた。こっちの蚊は刺されても痒くならないので、知らない間にあっというまに血を吸って逃げていく。

日本で原野を開墾するというと、大木の根を引き抜いたりして大変な労力がいる。北米のプレーリーでは降水量が少ないために、広大な草原やブッシュが形成される。「原野」といっても、1mくらいのブッシュなので、すぐに畑に変えることができる。

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カーライルの畑

いつもは、一人で作業しているのに、今日は人がいるせいか、終始にこにこして、とても楽しそうに作業を進める。土はきわめて肥沃な黒色土だ。カーライルは「ここは新しい畑なので、いい収穫があると楽しみにしているんだよ」と言う。

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エンバクの播種作業

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エンバクの種子

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菜種

こんなに農業に恵まれた土地のように思うが、やはりここでも農業に就く若者は少なく、22人の同級生のうち農家になったのはカーライルただ一人だという。ここらあたりでは、農家の数が急速に減って、逆に一戸当たりの経営面積がどんどん大きくなっている。

「友人達は、お金を多く稼ぐために皆都会に行ったよ。自分は農業が好きだから残ったんだ」

カーライルの年間の売上は400万円ほどだ。ネルソン農場のロドニーとカーライルの話を聞いていると、彼らの農業のやり方や考え方がとてもよく似ていると感じた。ノースダコタからカナダのブルーノまで1600キロも離れているのに、栽培している品目、作業、機械、肥料、防除、そして土がとてもよく似ていることに驚く。日本では、町内でも畑によって土が違うし、1枚の畑でも場所によって土が違ったりする。

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北米のプレーリーは消費地から遠く離れており、農産物の販売はすべて企業にゆだねられる。とにかく、収穫した農産物を貯蔵しておく巨大サイロがないと話にならない。そういう彼らにとって、近隣の農家と自分の経営の差異を作り出すことは、とても困難なのであろう。差別化できるのは、生産コストだけなので、生産コストにきわめてシビアになる。生産コストにすぐれた農家だけが生き残れる。ロドニーたちが、自分たちの作物のブランド化、個性化に力を入れている理由は、価格競争には終わりがないからなのだろうと思った。

追記
売上金額についての問い合わせが多いので…。ヴィクトリア大学のイアン・マクファーソン氏によれば、カナダでは「ここ50年間に急激な農業構造の変化を経験し…50年前の農場数は60万でしたが、今は25万弱に激減し、高齢化しています」とのことである。また、「穀物は市場のせいもあって価格が低く、また気象条件、災害により、生産も価格も収入も不安定で…政府の支援は、米国の60%程度」である。今後の見通しとしては、「900~1500ヘクタールほどの穀物農場経営を想定し…3、4人で大型機械を使えば大農場でも運営」できるとしている(2004年、文献参照)。

アメリカが農家に補助金を多く出すということは、それだけ穀物価格が下がるということだ。私がカナダを訪れたころは、アメリカの政府支払いが多いときであった。96年農業法で直接支払いが始まり、アメリカの巨額の補助金に対して、財政基盤が弱い南米などの周辺諸国から非難轟々であった(文献参照)。

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引用文献、参考文献
対談 カナダにおける農業・農村の現状と協同組合・NPOの役割(2004年)
http://www.jacom.or.jp/archive01/document/tokusyu/toku148/toku148w04102607.htm
アメリカ2014年農業法の概要について
http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/cr25_3_1_usa.pdf

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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