「リンはいくらでもある、しかし循環しなければならない」その3

以下は、2005年に書いた、「農耕の歴史の中で肥料の意味を考える」からの一部抜粋。

…一方、中国大陸での農耕の始まりは八千年以上前とされ、黄河流域は粟(あわ)、長江流域は稲を中心に栽培されていた。すでに、紀元前十世紀の周の時代には、稲、黍(きび)、麦、豆類、糯粟(もちあわ)、粟、麻、桑、瓜などが栽培され、原始的な休耕制が行われていた。秦漢時代(紀元前三世紀~三世紀)になると、大規模な潅漑農業によって強大な中央集権国家が登場した。三国、両晋、南北朝時代(六~七世紀)には、集約的な精耕細作が始まり、緑肥、輪作、間作、混作などさまざまな工夫によって、多毛作が行なわれるようになった。
東アジアの精耕細作の特徴のひとつは、有機物の徹底的な活用である。たとえば、江戸時代の日本では、刈敷き(草木の新芽をとって田畑に入れる)、刈り草、わら(古い草履さえも堆肥にする)、家畜や人間の糞尿、灰、わた樽(魚類のはらわたやくず)、河川や沼の泥、海草、米ぬか、菜種かす、干鰯などありとあらゆる有機物が肥料として用いられた。また水田は、用水をつうじて森林からの養分を補給するのと同時に余分な塩類を流し去ることができ、数千年にわたる稲の連作を可能にした。
テーヤ、リービヒの地力均衡論
産業革命が進行する十八世紀のイギリスで、小麦→かぶ→大麦→クローバーという四圃輪栽式が始まる(ノーフォーク式農法)。家畜を畜舎で飼うことで厩肥が集中的につくられ、共同の放牧地は耕地に変えられた。また、マメ科のクローバーを導入することで、地力が増大した。さらに、生産性をあげるために骨粉やペルー産グアノ、チリの硝石が使われるようになった(1820~30年代)。
ドイツのテーヤ(近代農学の祖、1752‐1828)は、土の肥沃度は、腐植に由来すると唱えた。そして、厩肥が最も重要であり、飼料→厩肥→穀物という循環によって、地力を維持(地力均衡論)でき、生産力も高い輪栽式がもっとも優れた農法であるとした。テーアの弟子のシュプレンゲル(1787-1859)は、植物に必要な栄養として、炭素、酸素、水素、窒素とともに、硫黄、燐、塩素、石灰、カリ、苦土など20の鉱物を示し、無機栄養説と最小律を明らかにした(1826,1828)。その後、リービヒ(1803‐1873)が、「すべての緑葉植物の栄養手段は、無機物質あるいは鉱物質である」とする植物栄養の鉱物質説を唱えた(1840)。リービヒは、厩肥だけでは収穫によって奪われた養分を補給することはできず、輪栽式は略奪方式であると批判した。また、有機質説を批判するあまり、鉱物肥料を投入すれば、厩肥や休作、輪作は不要であるとさえ言っている。
しかし、本当はリービヒは、有機物の不要を主張したわけでない。彼は、穀物を輸出して地力を減退させる一方で、し尿を下水に流しテムズ川の汚染をまねいていた当時のイギリスを批判し、有機物をあまねく循環、活用する日本、中国の農法を称賛していた。リービヒはあくまで有機質の不足分を鉱物質で補うことを主張したのであり、テーヤらと同じく国土の地力維持がその根幹だったのである。
1911年、ハーバーとボッシュが、水素と大気中の窒素から直接アンモニアを製造する方法を確立し、安価な窒素肥料が大量に生産されるようになった(化学的に合成されるといえるのは窒素肥料だけであり、カリや燐は鉱物である)。二〇世紀には、商品経済と資本主義的な農業経営が広く浸透し、テーヤやリービヒらが最重要と考えていた地力維持の思想は、個別経営体の経営維持にその位置をゆずった。
食料輸入国である現代の日本では、窒素などの栄養分は過剰であり、硝酸による地下水汚染や、富栄養化によって環境が悪化すると言われる。端的には輸入穀物で育てられた家畜の糞尿が処理しきれないわけである。しかし、じっさいには国土全体として窒素や燐が膨大に余っているわけではなく、畜産地帯や人口が集中する都市部では過剰、畑作・水田地帯では堆肥などが不足するというように、地域によって偏在しているにすぎない。過剰と称して投棄・焼却し、不足と称して鉱物資源や化石燃料を輸入しているのである。資源が枯渇し、世界の土壌の消滅が現実のものとなりつつある現代こそ、テーヤやリービッヒが追求した土壌の肥沃維持の思想や、東アジアの伝統的な循環農法から学ぶことが多くあるのではないだろうか。(参考:三沢嶽郎、1951年、リービッヒの思想とその農業経営史上に於ける意義…(一部改)

前回、リン鉱石の経済埋蔵量は300~400年に修正されたと述べた(2010年論文)。しかし、2016年2月に「ネイチャー」がリリースした2050年までの需給モデルによれば、世界の食料需要を十分に満たすには、全世界の牧草地に対して、リンPの施用量を4倍に増やさなければならないと予測している(文献参照)。

リン牧草地2

この論文は、世界の牧草地のリンの収支を調査したものだが、とくにアジアでは牧草地にほとんど肥料が施用されておらず、かつ家畜の糞尿は堆厩肥として、畑地や水田などの耕地に投入される。皮肉なことに、堆厩肥の利用の結果として、牧草地のリン収支が大幅なマイナスになっている。このまま牧草地から土壌養分の収奪を続ければ、牧草地の生産力が極端に低下するおそれがあるという。

これを解決するには、家畜糞尿を牧草地に還元し、かつ牧草地へリン酸を含む肥料を施用するしかない。もし、リンの不足分をすべてリン鉱石に依存するならば、世界のリン鉱石の経済埋蔵量は、300~400年ももたないことになる。(つづく)

引用文献
Negative global phosphorus budgets challenge sustainable intensification of grasslands
http://www.nature.com/ncomms/2016/160216/ncomms10696/full/ncomms10696.html
参考
No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3274
No.275 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その3
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3297

あらゆる有機物から肥料を作る方法
電子園芸BOOK社 (2016-07-29)
売り上げランキング: 7,999
広告

投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中