「リンはいくらでもある、しかし循環しなければならない」その4

リン鉱石は遠からず枯渇するといわれており、しかもリン鉱山がある国は限られている。リン鉱石の経済埋蔵量は300年なのか、あるいは100年くらいないのか、はっきりしない。これは石油と同じ状況であり、「無くなる」と大騒ぎすると石油価格が高騰して一般の人々は収奪されて、アラブの王族が大金を手にする。「たっぷりにある」と安心すると、価格は下がるがじゃぶじゃぶ使って環境負荷が高まるし資源枯渇が近づく。石油の場合は原子力とか太陽エネルギーとか代替手段があるが、リンは他の元素に代替することができないので、生産コストや投機(買占め)がそのまま価格に反映して暴騰する。そこで、「リンはいくらでもある」(土1トンに1.2kgもある!)と涼しい顔をしておいて、水面下では必死にリンの循環・利用システムをつくりあげるのが賢明だ。

現在、国、研究者、産業界が、リン資源の循環技術の開発に取り組んでいるが、リンの流通はきわめて複雑なため、公表されている資料を見る限り、国内のリンの需給についてはっきりしない(私が無知なだけかもしれないが)。かなり新しいと思われるデータは、下の図だが、日本の年間のリン鉱石需要量は616万トン!にも及び、半分以上の366万トンのリン鉱石が食料、飼料、肉として輸入されているという!?(引用文献参照)

リン表

リンフロー

最初にこれを見たときはギョッとしたが、どうやらこの図は「バーチャルリン鉱石需要量」といって、リン鉱石の需要を最大に見積もった仮定の計算らしい。論文には「肥料投入原単位は国により異なるが,計算を容易にするため,日本と海外における肥料投入原単位に差はないものと仮定する」と書いてある。上の表の右列を合計すると48万トンにしかならないので、リンの施用量の13%くらいが作物に利用されるとして計算しているようだ。

確かに、農業の業界では施用されたリンの利用率は10%未満とされているが、これはポットでの栽培試験であり、しかも1作のリンの利用率である(奥田・川崎、1957)。2016.8.7ブログの図にあるように、リンの固定化が完全にすすむのは、酸性の火山性土壌であって、中性付近では少しずつ溶出する。また水田の還元土壌でも溶出する。日本の畑地や草地で、強い酸性の火山性土壌というのは、北海道の一部の農地とされている。全国の農業試験場が定めている一般の作物のリンの基準施肥量は、吸収量の3~4倍くらいだろう。生産者は多収をねらって、多めに肥料を施用する傾向があるが、近年は土壌診断する農家も多いので、可給態リン酸の値が大きい圃場ではリン酸施用を控えていると思われる。リン酸肥料は高価なので、多く施用すればそれだけコスト増になる。

私がアメリカやカナダの中央部の畑作農家に聞き取りした限りでは、プレーリーのムギやダイズ栽培ではリン酸肥料を施用していない(2016.4.16ブログ、ただし聞き取り数が少ないし、トウモロコシ農家などには確認していない。より広範に調べる必要がある)。もともと、黒ボク土(火山性土壌)や赤黄土が多い日本では、リンの施用量が多いので、日本を基準にすると膨大な量になる。インドネシアの1人当たりリン消費量がかなり多いのは、インドネシアの農地の多くが酸性の火山性土壌で覆われているからであろう。

中国についても書くと、リン鉱山があるのは長江上流域の貴州省である。長江の支流の烏江はリンの含有量が高い地方を流れるため、長江の河川水には多くのリンが含まれている(文献参照)。さらに、長江流域は水田地帯なので、リンは土壌に固定されにくい。世界の古代農耕文明の中で、中国文明だけが現在でも高い人口扶養力を有しているのは、長江に多くのリンがあり、さらに水稲が栽培されてきたからだ。そして、長江から流れ出たリンは、黒潮にのって日本近海に流れてくる。このため日本列島の周囲は、世界でももっとも生産力の高い海のひとつであり、平野が少ない島国にもかかわらず1億人もの人々が暮らしている。さらにインドのデカン高原では‥‥長くなるのでやめておく。

その1(2016.5.29)で書いたように、リンのフローについては、リン鉱石だけでなく、①土に存在するリン、②リン鉱山のリン、③海水中のリンを、総合的に分析する必要がある。食料輸入国である日本は、他国の土の中のリンを大量に摂取しており、以前のブログで、われわれの身体の一部は、北米の土からできていると書いたのはそういう意味である。リンの資源問題は、日本の農業や産業の問題だけでなく、北米や中国の農業問題でもあり、世界の未来の人類の外交や貿易を含む生存の問題である。(つづく)

※一部訂正
→ただし聞き取り数が少ないし、トウモロコシ農家などには確認していない。より広範に調べる必要がある
→基準施肥量は、吸収量の3~4倍
→インドネシアの1人当たりリン消費量がかなり多いのは、

引用文献・参考文献
国際貿易に伴う世界および日本のリンフロー、2012
http://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9008/9008_tokushu_2.pdf
未利用リン資源の有効活用に向けたリン資源循環モデル開発、2013
リン資源リサイクル推進協議会
http://www.jora.jp/rinji/rinsigen/
宮本一夫、中国の歴史 神話から歴史へ、講談社、2005
東シナ海における長江経由の汚染・汚濁物質の動態と生態系影響に関する研究
https://www.env.go.jp/earth/suishinhi/wise/j/pdf/J01D0122.pdf

 

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「リンはいくらでもある、しかし循環しなければならない」その3

以下は、2005年に書いた、「農耕の歴史の中で肥料の意味を考える」からの一部抜粋。

…一方、中国大陸での農耕の始まりは八千年以上前とされ、黄河流域は粟(あわ)、長江流域は稲を中心に栽培されていた。すでに、紀元前十世紀の周の時代には、稲、黍(きび)、麦、豆類、糯粟(もちあわ)、粟、麻、桑、瓜などが栽培され、原始的な休耕制が行われていた。秦漢時代(紀元前三世紀~三世紀)になると、大規模な潅漑農業によって強大な中央集権国家が登場した。三国、両晋、南北朝時代(六~七世紀)には、集約的な精耕細作が始まり、緑肥、輪作、間作、混作などさまざまな工夫によって、多毛作が行なわれるようになった。
東アジアの精耕細作の特徴のひとつは、有機物の徹底的な活用である。たとえば、江戸時代の日本では、刈敷き(草木の新芽をとって田畑に入れる)、刈り草、わら(古い草履さえも堆肥にする)、家畜や人間の糞尿、灰、わた樽(魚類のはらわたやくず)、河川や沼の泥、海草、米ぬか、菜種かす、干鰯などありとあらゆる有機物が肥料として用いられた。また水田は、用水をつうじて森林からの養分を補給するのと同時に余分な塩類を流し去ることができ、数千年にわたる稲の連作を可能にした。
テーヤ、リービヒの地力均衡論
産業革命が進行する十八世紀のイギリスで、小麦→かぶ→大麦→クローバーという四圃輪栽式が始まる(ノーフォーク式農法)。家畜を畜舎で飼うことで厩肥が集中的につくられ、共同の放牧地は耕地に変えられた。また、マメ科のクローバーを導入することで、地力が増大した。さらに、生産性をあげるために骨粉やペルー産グアノ、チリの硝石が使われるようになった(1820~30年代)。
ドイツのテーヤ(近代農学の祖、1752‐1828)は、土の肥沃度は、腐植に由来すると唱えた。そして、厩肥が最も重要であり、飼料→厩肥→穀物という循環によって、地力を維持(地力均衡論)でき、生産力も高い輪栽式がもっとも優れた農法であるとした。テーアの弟子のシュプレンゲル(1787-1859)は、植物に必要な栄養として、炭素、酸素、水素、窒素とともに、硫黄、燐、塩素、石灰、カリ、苦土など20の鉱物を示し、無機栄養説と最小律を明らかにした(1826,1828)。その後、リービヒ(1803‐1873)が、「すべての緑葉植物の栄養手段は、無機物質あるいは鉱物質である」とする植物栄養の鉱物質説を唱えた(1840)。リービヒは、厩肥だけでは収穫によって奪われた養分を補給することはできず、輪栽式は略奪方式であると批判した。また、有機質説を批判するあまり、鉱物肥料を投入すれば、厩肥や休作、輪作は不要であるとさえ言っている。
しかし、本当はリービヒは、有機物の不要を主張したわけでない。彼は、穀物を輸出して地力を減退させる一方で、し尿を下水に流しテムズ川の汚染をまねいていた当時のイギリスを批判し、有機物をあまねく循環、活用する日本、中国の農法を称賛していた。リービヒはあくまで有機質の不足分を鉱物質で補うことを主張したのであり、テーヤらと同じく国土の地力維持がその根幹だったのである。
1911年、ハーバーとボッシュが、水素と大気中の窒素から直接アンモニアを製造する方法を確立し、安価な窒素肥料が大量に生産されるようになった(化学的に合成されるといえるのは窒素肥料だけであり、カリや燐は鉱物である)。二〇世紀には、商品経済と資本主義的な農業経営が広く浸透し、テーヤやリービヒらが最重要と考えていた地力維持の思想は、個別経営体の経営維持にその位置をゆずった。
食料輸入国である現代の日本では、窒素などの栄養分は過剰であり、硝酸による地下水汚染や、富栄養化によって環境が悪化すると言われる。端的には輸入穀物で育てられた家畜の糞尿が処理しきれないわけである。しかし、じっさいには国土全体として窒素や燐が膨大に余っているわけではなく、畜産地帯や人口が集中する都市部では過剰、畑作・水田地帯では堆肥などが不足するというように、地域によって偏在しているにすぎない。過剰と称して投棄・焼却し、不足と称して鉱物資源や化石燃料を輸入しているのである。資源が枯渇し、世界の土壌の消滅が現実のものとなりつつある現代こそ、テーヤやリービッヒが追求した土壌の肥沃維持の思想や、東アジアの伝統的な循環農法から学ぶことが多くあるのではないだろうか。(参考:三沢嶽郎、1951年、リービッヒの思想とその農業経営史上に於ける意義…(一部改)

前回、リン鉱石の経済埋蔵量は300~400年に修正されたと述べた(2010年論文)。しかし、2016年2月に「ネイチャー」がリリースした2050年までの需給モデルによれば、世界の食料需要を十分に満たすには、全世界の牧草地に対して、リンPの施用量を4倍に増やさなければならないと予測している(文献参照)。

リン牧草地2

この論文は、世界の牧草地のリンの収支を調査したものだが、とくにアジアでは牧草地にほとんど肥料が施用されておらず、かつ家畜の糞尿は堆厩肥として、畑地や水田などの耕地に投入される。皮肉なことに、堆厩肥の利用の結果として、牧草地のリン収支が大幅なマイナスになっている。このまま牧草地から土壌養分の収奪を続ければ、牧草地の生産力が極端に低下するおそれがあるという。

これを解決するには、家畜糞尿を牧草地に還元し、かつ牧草地へリン酸を含む肥料を施用するしかない。もし、リンの不足分をすべてリン鉱石に依存するならば、世界のリン鉱石の経済埋蔵量は、300~400年ももたないことになる。(つづく)

引用文献
Negative global phosphorus budgets challenge sustainable intensification of grasslands
http://www.nature.com/ncomms/2016/160216/ncomms10696/full/ncomms10696.html
参考
No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3274
No.275 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その3
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3297

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トマトを冷凍保存して1年中食べる(売る)方法

家庭菜園でトマトを10株ほど植えておけば、食べきれないくらいトマトがとれる。家族だけでは食べ切れないし、人にあげるのも限度がある。そこで、食べ切れないトマトは、トマトピューレにして、冷凍庫で冷凍保存する。こうすれば、いつでも食べられる。

プロの農家なら、形が悪かったり、少し汚れたような規格外のトマトを、完熟させてトマトピューレに加工して販売することも可能だ。

①トマトの品種は何でもよい。シシリアンルージュやロッソナポリタンなど、ソースに使われるトマトはアミノ酸含有量が高く、「うま味」が強いとされているが、どんな品種でもまったく問題ない。今回使用したのは、ミニトマトと中玉のトマト。

②完熟トマトを洗って、ヘタと汚れた部分をとる。半分または4つに切って鍋に入れる。木べらでつぶして果汁を出しながら、20分くらい煮る。トマトの「甘味」や「うま味」は、果汁の糖度、アミノ酸濃度など「濃度」で決まる。甘味やうま味を強くしたいときは、果汁が少なくなるまで煮詰めればよい。しかし、そこまで煮詰めなくても、火を通すだけでも十分においしい。
トマト1

③煮えたら、少し冷まして、バイタミックス(ミキサー)に種も皮もすべて入れる。
トマト2

④バイタミックスで1分くらい粉砕する。ふつうのミキサーの3~5倍のパワーがあるので、野菜や果物の種や皮を、まるごと滑らかなクリーム状にまで粉砕できる。
トマト3

⑤冷凍用のフリーザーバッグに入れる。
トマト4

⑥空気を抜いて、口を閉める。冷めたら、冷凍庫で保存する。
トマト5

冷凍保存しておけば、一年中、いつでも簡単に食べられる。皮や種など、アミノ酸やミネラルが多い部分がまるごと入っているので、うま味とコクが強い。市販品より断然おいしい。パスタ、カレー、シチュー、ピザ、トマトソースなどで食べると美味。長く保存できるが、おいしいので、すぐに無くなってしまう。

プロが販売するのであれば、シール付きのフリーザーバッグが市販されているので、それに入れるとよい。また、瓶詰めにすれば、常温で保存できる。瓶詰めのコツは、熱いビンに、熱い材料を入れること。また、ビンの口を汚さないように詰めること。汚れた部分にカビが発生しやすい。たくさん作るときは種落とし(下)が便利。保健所への届出が必要な場合もあるので、加工法、販売法などを勉強すること。

 

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「リンはいくらでもある、しかし循環しなければならない」その2

リンのことについて、とくに注意を払うようになったのは、1999~2000年ごろのことだ。当時、海外の農業事情を知るために、文献やネットでいろいろ調べていた。そのとき、たまたま「リン鉱石の先物価格が急騰」という、数行の短い経済記事を見つけた。それを見たとき、ドキッとすると同時に「とうとう始まったか」と思った。

輸入p2

日本ではリン酸肥料の原料となるリン鉱石が産出しないために、100%海外から輸入している。以前のブログで書いたように、リンは生物にとってはきわめて貴重な元素である。もちろん、日本でも、農耕が始まったときから、リンが必要であったことは言うまでもない。江戸時代初期には、綿、藍、野菜などの換金作物の栽培がさかんになっており、干し鰯など、リン酸を多く含む肥料がすでに流通していた。リンは、リン酸カルシウムとして、動物の骨に多く貯蔵されている。佐藤信淵の『培養秘録』(1814)では、屎尿の利用法が詳細に書かれており、大蔵永常の『農稼肥培論』(1826)にも、屎尿、家畜糞尿、堆厩肥、ぬか、動植物残さ、動物遺体、魚粕、泥土など、リンの含有量が高い有機物の使用法が収録されている。1909年に日本を訪れたアメリカの土壌学者のF.H.キング(1848-1911)は、現地調査と日本の農業統計を活用して、屎尿、堆肥、灰などの投入量と、山林から用水を通じて供給される養分量を計算し、日本の全農地へ入る養分の総量を見積もっている。それによると、化学肥料や鉱物肥料がまったく存在しない当時の日本で、年間に窒素39万トン、リン9万トン、カリ26万トン(10a当たりN:6.4kg、P:1.5kg、K:4.2kg)が施用されていたという(文献参照)。

日本の畑地では、黒ボク土と赤黄色土が多い。これらの土地は、かつては、マツかススキしか生えない「やせ地」とされてきた(私がそう考えているわけではない)。黒ボクの場合は、火山灰に由来するアルミニウムが多いために、リン酸は、非晶質リン酸アルミニウムに類似した物質に変化して難溶化している。これは、ほとんどの植物が吸収できない。赤黄色土のほうは、風化が進みすぎて、養分が溶脱してしまっている。1960年代に東北農業試験場の山本氏ら(1966)が、黒ボク土にリン酸を多量施用することで、作物の収量が高くなることを見出した。その後、日本の畑作ではリン酸の多量施用が基本技術になり、どの教科書にも、はじめに苦土石灰とヨウリンを施用せよと書いてある。ただし、リン酸の利用率は、1作では施用量の10%未満とされ、日本の畑地の土壌には、大量のリン酸が難溶化して蓄積しているといわれている。

7リン2

リン鉱石の枯渇は1990年代から問題になり始めていた。90年代末に、「Phosphorus availability in the 21st century Management of a non-renewable resource(21世紀におけるリンの可用性―再生不能資源の管理)」などの論文が発表されて、リン鉱石の経済埋蔵量は60〜130年で枯渇すると予測された(文献参照)。このためアメリカは、1999年に自国のリン資源を守るために、リン鉱石の輸出を禁止し、日本への輸出量もゼロになった(リン安は輸出している)。この動きをうけて、1999~2000年にリン鉱石の先物価格が急騰したと思われる。ただし、当時は、まだ中国から多くのリン鉱石が輸入されていたので、日本国内ではほとんど注目されなかった。

こうした状況を背景に、2005年に作ったのが、「ボカシ肥・発酵肥料とことん活用読本」である。2006年には続編の「堆肥とことん活用読本」も発行した。もっとも、これらの本の中では、リン鉱石の枯渇について、はっきりとは書いていない。それは、リン鉱石の枯渇を騒ぎたてると、リン酸肥料の高騰につながり、農家と消費者が被害を蒙ると思っていたからである。その代わりに、「農耕の歴史の中で肥料の意味を考える」という文章を書いて掲載した(企画では本の巻頭文として掲載する予定だったが、専門的すぎるという理由で123頁に移動させられ、出版社と喧嘩になった)。このときに、昔の文献や論文を調べまくっていて発見したのが、三沢嶽郎先生の「リービッヒの思想とその農業経営史上における意義」(1951)である(文献参照)。

2008年には、中国がリン鉱石の輸出関税を120%に引き上げ、実質的な輸出禁止措置をとった(現在は35%)。もともと、リン鉱石というのは、産出国が限られている。埋蔵量が多いのは、モロッコ、中国、南アフリカ、アメリカ、ヨルダンで、それ以外はほとんどない。そのために、2008年にリン鉱石の価格が大暴騰して大騒ぎになったことは、農業関係者なら皆知っているであろう(文献参照)。

 リン価格2

ほとんどの土壌肥料、作物、園芸などの研究者は、「リービッヒ無機栄養説」のパラダイムに属しているために、そこから脱することはきわめて困難である。そのためながい間、研究者もその雇用主の国も、有機農業に対して冷淡であった。2000年の有機JAS制定は、コーデックス委員会(FAO・WHO合同食品規格委員会)の国際基準に準拠するために、しぶしぶ制定したにすぎない。しかし、2008年から国は、有機農業の普及に本腰を入れ始め、「有機農業の推進に関する法律」(2008)、「有機農業の推進に関する基本的な方針」(2009)を矢継ぎ早に策定した。2014年には「新たな基本方針」を発表している。こうした国の有機農業推進の背景には、リン資源の枯渇がある。

リン埋蔵2

その後、リン資源の再調査が行われ、経済埋蔵量は300~400年分と修正された(上の表、文献参照)。なお、いくらリン鉱石の価格が高くなっても、農家の経営にはあまり関係がない。なぜなら、リン鉱石の価格高騰は、肥料を買う農家に等しく影響するので、いくら高くなっても、すべて商品の価格に転嫁されるからである。(つづく)

 参考文献、引用文献
F.H.キング、1911、東アジア4000年の永続農業、農山漁村文化協会、復刊版、2009
Phosphorus availability in the 21st century Management of a non-renewable resource
http://www.nhm.ac.uk/research-curation/research/projects/phosphate-recovery/p&k217/steen.htm
本田進一郎、2016、有機農業と未来
ボカシ肥・発酵肥料とことん活用読本、農文協、2005
No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3274
World Phosphate Rock Reserves and Resources
http://pdf.usaid.gov/pdf_docs/Pnadw835.PDF
No.234 リン鉱石埋蔵量の推定値が大幅に増加
http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=2835
肥料及び肥料原料をめぐる事情(平成21年8月、農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/senryaku_kaigi/pdf/01_siryo3.pdf
肥料をめぐる事情(平成27 年4月、農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/sehi/pdf/hiryo_meguji.pdf

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電子の本を作る理由「あらゆる有機物から肥料を作る方法」

長い間、本の仕事に携わってきた。若いころから本が好きで、哲学、経済学、政治、思想、自然科学、生化学、分子生物学、進化論、生態学、植物学、農学、微生物学、歴史、神話、考古学など、さまざまな本を読み漁ってきた。1万円を超えるような専門書は、図書館を利用していたが、ほとんどは自分で本を購入してきた。これまでに買った大量の本が、自分の部屋に入りきらないので、廊下、物置、押入れなどあちこちに積んである。

本をたくさん読む人は、本を集めたり、本を読むこと自体を目的化する場合が多いので、本のことが好きな人だ。そういう人にとって、本というのは「紙の本」のことであり、私も電子出版にはまったく関心がなかった。じっさいに、出版社からの依頼で栽培や食べ物の本を企画・編集・執筆して、多くの紙の本を作ってきたが、ここにきて、紙の本を作るのが難しくなってきた。もちろん、製作コストに見合った売上が見込めないからだ。

市販される本というのは、読者の対象によって内容や価格が決まる。詳細な専門書は内容が難しいので、これを読解できる人は限られている。すなわち、発行部数は少なく、価格が高くなる。逆に、コミックのように、子供から大人まで対象にできるものは、どんなにページ数が多くても、内容は簡単だ。発行部数が多いので、価格は安くなる。近年は、昔ほど専門書が売れないので、専門書の出版社はどこも青息吐息だ。仕方がないので、他の企画をまねた本を大量に発行する。そのため、どんどん本の質が下がる。新しい本を買っても、すでに知っている内容ばかりだ。

このような紙の本の限界を痛感したのは、腐植についての文献を調べていたときのことだ。以前にも触れたことがあるが、腐植について書かれた本は、ほとんど出版されていない。

M.M.コノノワ、1964、土壌有機物、農山漁村文化協会
熊田恭一、1981、土壌有機物の化学、学会出版センター
筒木潔ほか、1994、土壌生化学、朝倉書店
青山正和、2010、土壌団粒、農山漁村文化協会

最後の本は土壌団粒についての本なので、腐植そのものについては、1994年の筒木先生の本で、22年前である。22年間の間に、新しい研究が行われているはずであるが、それらは研究論文として書かれているだけで、学会に所属している人しか読むことができない。たとえ入手できたとしても、研究者向けなので、最新の分子生物学などの知見や用語で書かれており、引用されている研究論文(ほとんどが英文論文)や分子生物学の素養がないとまったく読むことができない。こうして、マイナーな研究論文は、どんなに有用なことが書かれていても、誰からも注目されず、そのまま埋もれていく。

九州大学の和田信一郎先生が、そのことを端的に書いておられるので、やや長いが引用する。
「土壌学というのは農学部においてもマイナーな分野であり,私が勤める大学では,年間の受講生はたかだか40名位です.このようなマイナーな分野の(日本語の)教科書の提供にはいろいろ難しい面があります.まず,土壌学は無機地球科学,物理化学,植物学,微生物学などに結構深くかかわる分野ですので,著者にとっては,関連の内容を一人でカバーするのはなかなか難しいです.一方,出版社にとっては,発行部数が限られますので,収益があまり期待できない分野です.このような理由で,日本における土壌学の教科書は,多くの執筆者がそれぞれの専門分野を執筆したもので,ページ数の割には価格が高く,改訂は数年ないし10年に一度,というようなものでした」

「土壌汚染などの,土壌が係る環境問題が大きな社会問題となるにつれて,土壌そのものはマイナーな存在ではなくなり,土木・建設業,製造業,コンサルタント業などに携わる多くの研究者,技術者が(必要に迫られて)土壌学の勉強を始めるようになった.手っ取り早い方法は,誰かに尋ねることである.ということで,私のところにも結構たくさんの方が土壌構成物質や土壌中で進行する化学的,生物学的プロセスなどについて尋ねに来られた.また,そのようなトピックでの講演を依頼されたこともあった.その中で多くの方々から,既存の土壌学の本のなかには知りたいことが十分かかれていない,という感想をお聞きした」(引用:和田信一郎の土の科学情報http://sky.geocities.jp/alloimo/

これを読んだとき、それまで、紙の本にしか興味がなかった私は、「これからは、まともなことが書かれている専門書は、電子ブックで作るしかないな」と思った。もはや出版社には、「まともな専門書」を作る余裕がない。

というわけで、これからは、専門的で、本当に知りたい情報を得たい人は、自分で研究論文を読破できる知識を身につけるか、電子ブックを購入していただけるようお願いします。
以下は、昨日に発行したばかりの電子ブック(「あらゆる有機物から肥料を作る方法」)です。この本には、さまざまなタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の利用法など、これまでの本には書いていない、最新の知見をたくさん入れています。さらに詳細な情報を得たい方のために、引用文献・参考文献も掲載しています。

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