味覚の進化論その3

統合味覚は、きわめて速いスピードで変異していく。それは、味覚を完璧に複製することが困難であるからだけでなく、人間の創造力が、きわめて旺盛だからである。味覚は変化・進化するという、人々の共通の認識があるために、味覚や食文化に優劣をつけることに抵抗がないのであろう。すなわち、味覚は、文化であると同時に、「技術革新」であるということだ。技術革新であるならば、たとえば、自動車の性能をレースで競うように、味覚や食文化に格付けを与えることはなんら不思議ではない。

味覚受容体

上の表は、味覚受容体と味覚物質を調べられる範囲でまとめたものである(文献参照)。これをみると、ヒトは何を食べてきたのかがうかがえる。まず「甘味」であるが、自然界で、糖が多く含まれるものは、植物の果実や蜂蜜である。つまり、これらの食べ物を長く多く食べた結果、甘味の感覚味覚が進化してきたのであろう。

「苦味」のほうは数十種類の受容体と苦味物質が存在することがわかっている。植物は、昆虫、爬虫類、哺乳類に食べられるのを防ぐために、アルカロイドなどの毒物を体内に蓄え、さらに有毒であることを動物たちに学習させるために、苦味の味物質を作り出してきた。動物にとって、植物に存在する毒物は生存に直結するので、受容体の機構がこれほど進化したのであろう。ただ、植物のほうからみると、動物に学習させることで食べられなければよいのだから、進化が進めば、苦味はあるが毒はそれほどないという植物のほうが、エネルギーコストが有利になるはずだ。コーヒーのカフェイン、お茶のカテキン、ビールのポップ、ニガウリのモモルデシンなどは、苦味は強いが毒性はそれほど強くない。

「うま味」の味物質であるグルタミン酸は、植物にも動物にも含まれるが、イノシン酸のほうは植物にはほとんど含まれない。イノシン酸は、動物や魚に多く含まれる。チンパンジーもアカコロブスなどの動物を食べるので、ヒトはチンパンジーと分岐する前から動物を食べていたのであろう。ゴリラやオラウータンは動物を食べないとされているが、ヒヒのように動物を食べる霊長類はほかにも多くいるので、霊長類が動物を食べるようになったのは、はるか昔で、ゴリラやオラウータンにもイノシン酸の味覚があるのかもしれない。

「酸味」については、強い酸味はまずいとか腐っていると感じるが、薄い酸味は逆においしいと感じる。植物の果実は、小さいうちは酸味(クエン酸)が強くて食べられないが、成熟してくると酸味が弱まり甘味(糖)が増してくる。一般には、糖酸比13のときが、もっともおいしいと感じるとされている。さらに果実の成熟が進むと、乳酸菌によって乳酸発酵がおこり、乳酸のために他の雑菌は繁殖しにくくなる。次に乳酸に強い酵母が増殖してアルコール発酵がおこり、生成したアルコールが揮発して周囲に甘酸っぱい香りを撒き散らす。つまり、種子拡散者の鳥や動物を、臭いで誘引している。ここで、うまく目的の動物に食べられれば、果肉は消化されて動物のエネルギーと栄養分になり、硬い種子は遠い場所で糞(栄養素)と一緒に排泄される。とくに鳥類は激しい飛翔運動をするために、糖(エネルギー)とリンPを多く必要とし、果実には糖とリンが多く含まれている。すなわち鳥の糞にはリンが多く含まれており、植物→動物→土壌→植物の間を循環している。

さらに発酵がすすんでアルコール濃度が高くなると、自家中毒によって酵母の活動は沈静化する。次に、酢酸菌が繁殖してアルコールを酸化して酢酸に変え、再び酸っぱくなってくる。乳酸菌、酵母、酢酸菌などの微生物は、植物と種子拡散者の間を取り持ちながら共生している。酢酸発酵がさらに進んで酸味が強くなると食べられなくなるのは、落果して、もはや目的の種子拡散者に食べられる確率が小さいので、種子を破壊して食べるような動物や昆虫に食べられるよりも、強い酸味で食べられることを防ぎ、その場で発芽したほうが有利なのかもしれない。あるいは、酢酸の強い殺菌力で、病原菌や腐敗菌から種子を守っているのかもしれない。

なお、脂肪についても、脂肪を感じる機構があるようだが、詳細はわかっていないようだ。

ぱん

チンパンジーはずっと熱帯の森に暮らしてきたが、ヒトは、熱帯の森をでて、サバンナ、海岸地帯、ステップ草原、温帯の森、寒帯の森など、さまざまな環境に進出した。

「すべての生物は、指数関数的な増加率で増えようと悪戦苦闘している」(ダーウィン)ので、熱帯の森にとどまったチンパンジーは、森の中にあるものを、何でも食べないとライバルに敗れて絶滅してしまう。住む空間が森に限られているので、チンパンジーは、人間以上に、苦味や渋味が強い食べ物を多く食べるはずだ。本物の強い毒のある植物を食べる個体(遺伝子)は死んでしまうので、「苦味・渋味は強いが毒性は強くない苦味・渋味」に適応した個体(遺伝子)が、生存する確率がもっとも高い。チンパンジーが食べる食物の種類は200種類ほどといわれている。もっとも多く食べるのは果実で、植物の葉、シロアリなどの昆虫、動物の肉も食べる。ヒトを除く類人猿の中では、もっとも雑食的とされている。

一方、ヒトについては、まとまった統計を見つけられないが、たとえば、野菜は800~1000種類、魚介類700~1000種類、果樹は300~400種類ほどの食物を食べるとされている。ほかにも穀物、肉類、乳製品、昆虫、さらに調味料のような加工食品も加えれば、膨大な種類の食べ物と統合味覚を持っている。これは、ヒトが熱帯の森からでて、地球上のあらゆる環境に進出した結果だ。

理論的に考えれば、感覚味覚については、チンパンジーのほうがヒトより多くの味物質を同定できるはずだ。とくに、苦味・渋味の感覚味覚を複雑化しないと、植物種が多い熱帯の森で生き残ることができない。チンパンジーは、人間よりも「良薬は口に苦し」と思っているに違いない。ヒトの場合は、感覚味覚を進化させる必要はなく、チンパンジーと分岐する前からもっている感覚味覚や感覚嗅覚で同定できる食べ物を、空間を拡大することで獲得すればよい。魚介類のような、森では見たこともない生物を食べることになるので、新皮質の創造力・柔軟性と、情報の伝播(=文化)によって統合味覚の種類を増やしてきた。ヒトの統合味覚の膨大な多様性は、新皮質の創造力・柔軟性の大きさ、学習能力の高さ、すなわち、遺伝子を凌駕する変異の速度の大きさをあらわしている。

参考文献・引用文献
本田進一郎、あらゆる有機物から肥料を作る方法、2016
ダーウィン、1859、『種の起源』、光文社、2009

あらゆる有機物から肥料を作る方法
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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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