味覚の進化論その2

文化は平等であり、文化の優劣を問うことはタブーであるはずなのに、どういうわけか食文化については、中華が優れているとか、フランスだ、和食だなどと論じても、あまり問題にならない。優劣とはやや異なるが、文化の保護と継承を目的として、ユネスコによって「無形文化遺産」が登録され、食文化もその対象になっている。もっとも、文化の保護と伝承が目的というなら、論理的には、世界のすべての食文化を等しく登録しなければならないはずだ。

いずれにしても、文化を含む統合味覚の進化を論じることは、問題なさそうなので、ダーウィンの『種の起源』にならって、検討してみる。

味覚の伝播

まず、統合味覚は、遺伝子のように伝播するだろうか?これは「伝統食」とか「お袋の味」とか「郷土食」などという言葉があるくらいだから、時間を越えて伝播することは間違いない。また、フランス料理や中華料理のレストランが世界中に存在することから、統合味覚が時間と空間を越えて伝播することはあきらかである。もともと、統合味覚が伝播する理由は、親から子などの血縁集団内(遺伝子プール)に、その食べ物の栄養価が高くかつ毒がないという情報が伝わることが、生存に有利だからである。親や仲間の採食行動を子供がまねるということは、人間だけでなくチンパンジーなどでもみられる。また、フグや毒キノコのように、感覚味覚ではまったく判断できない毒物についても、集団内に危険情報が伝播することはきわめて生存に有利である。あるいは、納豆のように、腐敗したような臭いや味がするにもかかわらず、栄養価が高くて毒性がない食べ物もある。これらも統合味覚として、集団内に伝播していく。

日本人がおいしいと感じる納豆や塩辛を、外国人が食べられないのは、統合味覚の集団内伝播が理由だ。統合味覚は、脳の新皮質の働きなので、最終的には新皮質が「食べられる」か「食べられない」かを判断している。判断の基準は、感覚だけでなく学習(伝達,共感,知識,経験,認識)に左右される。外国人は、子供のころから腐った豆や腐ったイカは食べてはいけないと教えられているので、それによく似た食べ物は、新皮質が拒絶する。だから、外国人が納豆を食べられるようになるには、ただ提供するだけではだめで、学習が必要である。同様に、さまざまな知識を詰め込んで、この食べ物は栄養があって「超おいしい」と学習した人は、その食べ物を食べたときに、本当に心から「超おいしい」と感じているはずだ。

味覚の突然変異

遺伝子の突然変異のように、統合味覚は変異するか?現代人の統合味覚の多くは、突然変異で生まれたものばかりといえるであろう。アイスクリームとか、カップラーメンなどの統合味覚は、それ以前には存在していなかったものだ。麺、寿司、カレー、トンカツ、天ぷら、スナック、ソーセージ、ラーメン、ハンバーガー、コーヒーなど、大昔の人類が食べたことがなかった、きわめて多種多様な統合味覚が存在している。

味覚の生存闘争

新しい統合味覚が次々に登場するということは、統合味覚同士の競争がおきるはずだ。人間は無限に多種類の食べ物を摂取することはできないからだ。当然、競争に敗れて消えていく統合味覚もある。日本人の統合味覚でいえば、昔に食べていた、トチ、シイ、ドングリなどの統合味覚はほとんど絶滅してしまった。アワ、キビ、ヒエ、シコクビエなどの雑穀も、「絶滅危惧味覚」である。さらに、クマ、タヌキ、キツネ、ウサギ、キジ、ヤマドリ、ツグミ、スズメ、ヘビなど野生動物の肉や、イナゴ、カミキリ、蜂の子などの昆虫の統合味覚もほとんど絶滅している。これら以外にも、昔は食べていたが、今は食べなくなった食べ物は山ほどある。

あるいは、牛丼、寿司、ハンバーガー、カレー、ラーメンなどの外食産業の統合味覚も、激しく競争している。そういう意味では、商品として流通しているすべての統合味覚は、「市場」という場で、激しい生存闘争をくり広げている。

味覚の淘汰

統合味覚の激しい生存闘争の結果、消えていく統合味覚がある。また、競争ではないが、危険が判明したために、消滅する統合味覚もある。たとえば、生のレバーの統合味覚は消滅するであろうし、マーガリンの統合味覚もいずれは無くなるであろう。

しかし、長い歴史を経ても無くならない統合味覚がある。それは、長い栽培の歴史を持ち、現在も大量に生産されている農水産物の食べ物である。ムギ、イネ、トウモロコシ、ダイズなどの穀物、トマト、イチゴ、キュウリ、ナス、ピーマン、スイカ、メロンなど果菜類、レタス、キャベツ、ハクサイ、コマツナ、ホウレンソウ、ネギなど葉菜類、ジャガイモ、サツマイモ、ダイコン、ニンジンなど根菜類、カンキツ、リンゴ、ナシ、モモ、ウメ、ブドウなどの果樹、ウシ、ブタ、ニワトリなどの家畜、養殖魚や魚介類。このような農水産物から作られるさまざまな食品の統合味覚は、味覚の淘汰の結果、現在まで生き残ってきたといえる。

味覚の変異の法則

味覚が変異するのはなぜか。遺伝子の場合は、変異の原因は遺伝子の複製が完璧ではないことからきている(突然変異)。また有性生殖では交配と減数分裂によって、遺伝子の乗換えと組換えが行われる。

統合味覚も遺伝子と同様に、完璧に複製することは困難である。いくら、詳細な料理のレシピが残されていたとしても、材料の品質は微妙に変化していく。たとえば「トマト」とレシピに書いてあっても、昔のトマト品種と現在のトマト品種では、味や香りが異なる。また、和食、洋食、中華など、異なる統合味覚同士が組み合わされることで、新しい統合味覚が生まれることがしばしばおきる。

さらに、統合味覚は脳の新皮質の働きであるために、遺伝子にはない変異の能力がある。それは、新皮質による「創造性」である。人間の創造性と創造力によって、それまで見たこともないような新しい統合味覚が次々と作り出されていく。これが、人間が人間である所以であり、人間が「利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できる」であろう理由である。(ただし、創造性とは何か?あるいは創造性の根源は何か?という問題はここでは問わない)

味覚の多様性

統合味覚は次々と変異していくので、生物多様性と同様、味覚多様性になる。ちょっと商店街やスーパーマーケットに出かければ、多種多様な味覚があふれている。また、ハンバーガーチェーンとかコーヒーチェーンが新しく日本市場に参入することは、外来種の侵入と同じで、「外来味覚」の侵入ということもできる。もっとも、生物と違って、外来味覚が侵入することは何の問題もない。

味覚の系統樹

味覚の変異と伝播の法則から、生物種と同様に味覚の系統樹が作れる。下に寿司の系統樹を作ってみた。まず、大昔に大陸のどこかで、穀物と魚を漬けて発酵させた「なれずし」が登場した。これは、穀物と魚が微生物の働きで分解と変成をうけた保存食だ。乳酸菌が生成する乳酸や酵母が生成するアルコールで、カビなどの雑菌の繁殖を抑えている。そのなれずしが、日本列島に伝えられ、「ふなずし」などが生まれた。なれずしは、自然の微生物の働きを利用するので、製造がきわめて難しく、失敗することも多い。そこで、江戸時代に、自然発酵ではなく、あらかじめ醸造した食酢(酢酸)をごはんに混ぜて、そこに魚を加える「早鮨」が生まれた。これが、関西では箱寿司や棒寿司になり、関東では握り寿司、巻き寿司になったらしい。

寿司

味覚の分類

系統樹が作れるなら、生物のように目、科、属、種の分類も作れる。地域、原料、加工法などで分類すると以下のとおりに表せる。

分類

(つづく)

 

文献
ダーウィン、1859、『種の起源』、光文社、2009
日本の食生活全集、農山漁村文化協会、1993

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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