味覚と栄養分貯蔵(肥満)の関係

 

前回のブログを書いたときに、「味覚」についての論文をたくさん読んだので、忘れないうちに、味覚と栄養分貯蔵について書いてみる。「生物は、自分の現在の身体のおおよその代謝条件とか栄養状態を「認知」しており、「自己の状態」と「食べ物」を比較しながら、摂取するべきかどうかを判断している」と書いたが、「自己の状態」というのは何のことをさすのか?

ドーキンスの定義によれば、個々の人間は、「遺伝子の乗り物、すなわち遺伝子機械」とされる。別の言い方では、「生存機械」、「遺伝子の受動的な避難所」、「ライバルとの化学的な戦いや偶然の分子の衝撃の被害から身をまもる壁」と定義されている。なお、ここで使われている「遺伝子」(gene)の定義はかなりややこしい。「遺伝子」は、「十分に存続しうるほどには短く、自然淘汰の意味のある単位としてはたらきうるほど十分に長い染色体の一片」と定義されている。別の言い方では、「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続きうる染色体物質の一部」とか「複製忠実度のすぐれた自己複製子」などとあらわされている。また、有性生殖を行う生物では、「性と交叉によって遺伝子プールはよくかきまぜられ、遺伝子は部分的にまぜられる」状態にあり、「遺伝子は、死ぬべき運命にある生存機械を次々につくっていくために、遺伝子プールから相ついでひきだされてくる仲間の集団と協力して、生活をたてている」。

乗り物

人間が食べ物を摂取するのは、もちろん生存するためである。すこし細かく見ると次のようになる。

おなかがすく→食べたい→口に入れる→おいしい→たくさん食べる→満腹になる→生存する→自己複製する

これは、おいしいもの食べることで、自己複製子が存続することにつながり、反応と結果に矛盾がない。ところが、現代人では、次のようになることがしばしばある。

おなかがすく→食べたい→口に入れる→おいしい→たくさん食べる→満腹になる→肥満になる→健康を害する

これは、「遺伝子の乗り物」である人間の反応としては矛盾である。この遺伝子は自己複製が困難になり、絶滅する運命にあるからだ。このアルゴリズムのどこに問題があるのであろうか。「おなかがすく→食べたい→口に入れる→おいしい→たくさん食べる→満腹になる」までの反応は、流動する栄養状態の変動に左右される。つまり、流動栄養分が不足するとおなかがすき、栄養が吸収されて流動栄養分が充足すると満腹になる。吸収された栄養分のうち、充足分と成長分をひいた余剰分は貯蔵部に移行し、不溶性となって流動栄養状態に影響を与えなくなる。つまり、どんなに貯蔵量が多くても、時間がくれば「おなかがすく」状態になる。

「おなかがすく」から「口に入れる」までの反応は、生物としてあたりまえの反応なので、これを否定する人はいない。そこで、ふつうは、「おいしい」と「たくさん食べる」という反応に問題があるのではないかと考える。このため、現代人は味覚がおかしくなっていて、本当のおいしさを知らず、何を食べているかわからなくなっているとか、現代の食べ物のおいしさは人工的に作られた「まやかし」であり、「本物のおいしさ」は別にあるはずと考える人もいる。「たくさん食べる」ことについては、飽食は悪だと考えている。これは、アフリカの飢えた子供の姿を見せるだけで十分だ。私などは、なぜだかよくわからないが、やせた小さな子供の姿を見た瞬間に心が苦しくなって食欲が減退する。年をとった自分よりも、小さな子供のほうが遺伝子を存続させる可能性が高いため、「乗り物」である私がそう感じるように、遺伝子に操られているのであろう。

しかしながら、最新の分子生物学によれば、「味覚」は純粋に化学的な反応であって、誰でも同じ感覚を感じているはずである。栄養状態の違いや遺伝的な変異を別にすれば、甘いものはすべての人が甘いと感じるのであって、甘いものを辛いと感じる人はいない。そもそも、人間が「食べたい」とか、食べ物が「おいしい」と感じる反応は、きわめて合理的で誤りがないはずだ。なぜなら、その反応に基づいて食べるという行動を何万年も続けてきた結果、人類は存続し、繁栄できたからだ。もし、味覚や摂取行動に誤りがあれば、とっくに絶滅しているはずだ。なので、人が「おいしい」と感じておなかいっぱいになるまで食べることには、論理的には矛盾がない。

次に「肥満になる」について検討してみる。人間が栄養分を身体内にたくさん貯蔵することは、「肥満」と呼ばれている。また、一般に「肥満」というのは、脂肪の蓄積のことを指している。しかし、じっさいには貯蔵部に蓄積される栄養分は脂肪だけではない。栄養分を多く貯蔵している臓器には以下のものがある。

脂肪:貯蔵されるのはエネルギーであり、元素は炭素C、水素H、酸素O。
筋肉:エネルギーと、窒素N、リンP、硫黄Sなどの元素。
骨:カルシウムCa、リンP、マグネシウムMgなどの元素。
体液:カリウムK、ナトリウムNa、カルシウムCa、塩素Cl、リンP、硫黄S、鉄Feなど。
肝臓:エネルギーのグリコーゲン、元素は炭素C、水素H、酸素O。

上のように、人体はエネルギーと元素を多く蓄えることができるが、水を多く蓄えることができない。そのため、水を摂取しつづけないと生存できない。なぜ、エネルギーと有用元素を貯蔵するのかといえば、もちろん、自然の状態では、食べ物を摂取できない期間がしばしば存在するからだ。人間だけでなく、ほとんどの生物は貯蔵機構を有している。誰でも知っているのはクマで、ヒグマは4か月間も絶食状態で冬眠し、冬眠中は蓄えた栄養分だけで生存している。人間に近い類人猿では、ゴリラやオラウータンを飼育下において食べ物をたくさん与えると、肥満になることが知られている。一方、チンパンジーは、飼育下でも肥満にならず、たくさん食べても脂肪がつきにくいという。樹上で生活し、群れ同士が激しく闘争するチンパージーは、脂肪ではなく筋肉にエネルギーと有用元素を貯蔵するほうが生存に有利だったのであろう。

サン族

上の図は、狩猟採集民であるサン族(ブッシュマン)が利用する植物性食物の季節的移り変わりをあらわしている。2種のメロンは水源として利用される。1~8月のおもな食料は2種の豆である。カラハリ砂漠では、9~10月の乾季は雨がまったく降らず、かん木や草は枯れ尽くす。動物も人間も飢えて、食料が不足する苦しい時期をすごす。豆を貯蔵しておけばよいと思うが、キャンプを移動しながら狩猟採集しているサン族は、一度に背負うことができる分しか貯蔵できない。乾季後半~翌1月までのおもな食料は、2種の根茎である。なお、動物の肉は、労力がかかるわりには、入手できる量が少ない。ふだんの時期の1日1人当たりの植物性食物の摂取量は800g、動物性食物は200gという。なお、日本人の成人の食事摂取基準では、炭水化物250~400g、タンパク質50~60g、脂質50~80g、その他40~50gなので、サン族のふだんの摂取量のほうが、日本人よりやや多い。

人類の歴史のほとんどは、サン族のような狩猟と採集の生活である。サン族の暮らしをみれば、どうして人間は、肥満になるほど食べるのかはあきらかである。もともと人間は、食料が入手しやすい時期は満腹になるまでたくさん食べて、身体内に栄養分を貯蔵する。そして、貯蔵した栄養分で食料入手が困難な時期を乗り越えてきた。このような行動をとる遺伝子のみが、現在まで存続してきた。現代人は、満腹になるまで食べて、ダイエットをくり返すことは、何かうしろめたいことのように感じている。しかし、本来の人類の生活条件や身体条件からみれば、むしろそちらのほうが自然であたりまえの姿であるということもできる。

文献
リチャード・ドーキンス、1976、『利己的な遺伝子』、紀伊國屋書店、増補新装版、2006
池田清和・柴田克己編、食べ物と健康1、化学同人、2004
田中二郎、ブッシュマン、思索社、1971
日本人の食事摂取基準(2015 年版)の概要

http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf

 

 

 

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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