有機か無機か?その1

有機か無機かとか、植物はアミノ酸を吸収するとかの話は、テーア(近代農学の父、1752-1828)やリービッヒ(農芸化学の父、1803-1873)、ハワード(有機農業の父1873-1947)の時代から、大学者たちが大論争してきたことであって、この問題について書くのはとても気が重い。そもそも、自分は有機、無機、アミノ酸などということには、ほとんど関心がない。窒素は窒素であり、炭素は炭素であって、「有機物」とか「無機物」とかの区別を、いったい誰が決めたのであろうか?たとえば、ヴェーラー(有機化学の父、1800-1882)が合成した尿素は有機物なのか無機物なのかを、科学的・合理的に判定できる人がいるのであろうか?植物や微生物が「これは有機物、これは無機物」などと区別して摂取しているとでもいうのであろうか?

さらに、「有機農業」とか「慣行農業」とかになると、もはや科学的な根拠で区別しているわけではなく、文化的、社会的、商業的な意味のほうが大きい(文化的、社会的、商業的だから意味がないと言っているわけではない。有機物の利用は資源循環の意味が大きい)。作物は、「これは法律で認められている肥料だから健康に育つ」などと選ぶはずはなく、自分の生存にもっとも有利な化合物を摂取しているだけだ。

最初から「有機じゃないとダメ」とか「化成のほうがいい」などという生産者はほとんどいないことは、農家自身が一番わかっているはずだ。私が会ってきた何百人という篤農家と呼ばれる人たちは、本を読んだり研究者に直接聞いたりして肥料や作物を研究し、じっさいにさまざまな肥料や資材を試してみて、作物がよくできて、その作物が消費者に「おいしい」と認められてはじめて、「この肥料はいい」とか「この肥料は自分の田や畑にあっている」とか言う。さらに、土の状態や品種は年々変化するので、毎年毎年が新しい試みだ。

たとえば、自然農法の福岡正信さんは、「クローバー(マメ科)をまいて土の中の窒素がふえるということが、作物や草にとってどういう結果をもたらすかは、本当のところはまったくわからない」と言っていた(当時90歳)。トマト名人の養田昇さん(当時80歳)も「トマトは、奥が深くていまだに満足できるトマトが作れたことがない」と語り、若梅健司さん(当時78歳)も「振り返ってみて、トマトの生理生態が変わらないのと同じで、作業もそれほど変わってはいない。しかし、各作業の目的やその作業の効果に対して、若いころとは多少その見方にずれがでてきている。あまり必要ではなくむだな作業、また反省すべきことが今まで置き去りにされた部分もあり、現在、その辺のところを徐々に改善をしながら、自分なりの作業体系を作りつつある」と書いて、新しい肥料がでればすぐに試している。

アミノ酸についても同様だ。もともと、人間をふくむ動物は、植物が土(養分)、水、大気から光を利用して合成した炭水化物、タンパク質、脂質などを摂取して生存しているのであるから、エネルギー価と栄養価の高いアミノ酸を植物に施用するのは、エネルギーの無駄使いであるともいえる。ブタにトンカツを食わせて育てたり、作物を砂糖で育てるようなものだ。それほど良質なアミノ酸が豊富にあるのなら、人間が食べるか、養殖魚や家畜のエサにするのが合理的だ。もっとも、牛にビールを飲ませて育てたり、LEDで野菜を育てる経営もあるのだから、商品生産と考えれば合理性があるのであろう。

なお、社会では、有機農業とか慣行農業とか肥料とか資材とかがからむと、関係者の利害に直接に影響するので、絶対に意見が一致することはなく、とてもめんどくさいことになる。しかし、現実の経済世界で生き抜かなくてはならない農家にとっては、大事な事なので、少しだけ書いてみる。

歴史的に、山のような論文や文献が書かれており、それらを検討するだけで、1冊の本になるくらいの文字量が必要であろう。それらをすべてひもといて、検討しているヒマはない。最近に出た文献で話題になったのは、2009年に二瓶直登氏が公表した論文で、この研究は賞も受賞しているので、知っている人はよく知っているはずだ(知らない人は知らない)。若い研究者の意欲的な研究である。なお、論文中にでてくるが、植物の無機栄養説と最小律を最初に明らかにしたのは、リービッヒではなくて、テーアの弟子のシュプレンゲル(1787-1859)である(1826,1828)。「農芸化学の父」の称号はシュプレンゲルに与えられるべきであろう(文献参照)。詳細は論文を読んでほしいのだが、要約すると以下のとおりである(本当はこの論文だけでなく、論文で引用されている参考文献を読んでほしい)。

①有機質肥料の効果

イネ、チンゲンサイでは、有機質肥料の効果がある。コムギ、ホウレンソウは条件によって効果がある。ソバ、エゴマ、キュウリ、トマト、ピーマン、ナス、レタスは硫安より劣る。

二瓶

②アミノ酸の効果

アミノ酸の効果があったのは、イネ、チンゲンサイである。ダイズ、コムギ、キュウリでは効果がはっきりしない。アミノ酸の種類については、グルタミンは無機態窒素と同等以上。アラニン、アルギニン、アスパラギン酸、アスパラギン、グルタミン酸、グリシン、プロリンは、無機態窒素と同等。トリプトファン、ロイシン、バリン、チロシン、メチオニン、システイン、イソロイシン、リジン、フェニルアラニンは生育を阻害する。

③イネは、窒素欠乏時だけグルタミンを吸収するのではなく、常時吸収している。

④イネは、吸収したグルタミンの窒素をすみやかにタンパク質合成に使用できる。また、グルタミンの炭素部分をエネルギー(全体の数%)として、根系の発達に利用している。

この研究は、あくまでも基礎研究であるので、じっさいの農家経営に生かすにはまだまだ実証研究とより詳細な研究が必要だ。たとえば、この試験では、根粒菌、アーバスキュラー菌根菌、共生細菌などの共生生物や、その他の土壌生物の作用は考慮されていなし、他の作物との関係(輪作、混植など)も考慮されていない。標本の中では、イネ(水稲)、チンゲンサイ(アブラナ科)、ホウレンソウ(ヒユ科)、ソバ(タデ科)は、菌根菌非共生なので、これらの作物を圃場で栽培した場合、アーバスキュラー菌根菌の影響は無視できると思われる。しかし、経営として見た場合は別の視点が必要になる。

アブラナ科作物は、西アジアが原産である。雨が少ない西アジアでは塩基の流亡が少ないので、土壌中のリンはカルシウムと結びついて難溶化している。アブラナ科植物は、このカルシウム型リンを吸収する機構を有するので、他の植物よりも優占することができる。しかし、アブラナ科単独では窒素が不足するので、マメ科植物と共生することで、窒素を得ている。すなわち、マメ科植物の遺体などから窒素をもらい、自分の遺体からはリン酸をマメ科植物に与える。なので、アブラナ科植物が、有機態窒素(マメ科植物の遺体)を吸収するのはきわめて合理的だ。すばやく吸収しないと、他の植物にとられてしまう。だから、畑作輪作では必ず、マメ科とナタネなどアブラナ科作物が組み合わされる。農家経営として、アブラナ科作物の栄養吸収を考えるときは、堆肥や有機質肥料だけでなく、とくにマメ科作物(緑肥)との輪作や間作を考慮する必要がある。さらに日本の酸性の火山成土壌地帯では、鉄型やアルミ型の難溶リンのことも考えなくてはならない。リン酸肥料のコストが経営にもっとも影響する。

ホウレンソウの原産地は、西アジアの東方と考えられている。植物分類については、最近はヒユ科に分類されている。ヒユ科の植物はやせ地で生息する力が強く、カルシウム型リンを吸収する能力があるといわれる。同じヒユ科ブダンソウのビート(てんさい)が、マメ科と組み合わされて輪作されるのは、そういう理由であろう。なので、こちらも有機態窒素(マメ科植物の遺体)を吸収するのは理にかなっている。

やせ地に育つタデ科のソバも、カルシウム型リンを吸収する能力があるので、マメ科植物など窒素固定植物と共生関係を結んでいるのかと思うとそうではなくて、こちらは有機態窒素を吸収しない。だったら硫安をやるのが効率的かといえばそうではなくて、なにか、別の方法で窒素を得ているはずだ。私が予想しているのは、ダイズやサツマイモのように窒素固定細菌との共生だ。なぜかといえば、火山が噴火したあとの原野に、真っ先に進出してくる植物のひとつがタデ科植物だからだ。しかし、ソバやタデ科植物などを研究する研究者はほとんどいないのでいまだ不明である。もし、タデ科植物が窒素固定細菌と共生しているのであれば、ソバの増収技術は、ダイズのように貯蔵養分を高めるような、中期肥効型のより繊細な施肥法が必要になる。さらに、タデ科植物の難溶リン溶解能や窒素固定能が証明されれば、今まで雑草としてじゃまもの扱いされてきたタデ科植物は、土を肥沃化させる有力な植物(緑肥)になるかもしれない。

イネ科植物にいたっては、種の数が膨大で、かつ生息域も多様だ。主要作物なので、作目、品種、文献が膨大にある。ここで論じる余裕がない。

また、ナス科については、たとえば、下の表は、平田熙氏(1994)らの調査を表にまとめたものであるが、有機農法農家の畑の土壌について、投入した有機物の種類や量、可給態リン酸、アーバスキュラー菌根菌の有無とナスの生育の関係を報告している。結果をみると、我々が考えている予想とはまったく異なる。ふつうは土づくりをすれば、アーバスキュラー菌根が増えて、作物の吸収能力が高まると思うであろう。しかし、堆厩肥を連年投入した肥沃土壌ほど菌根形成は少なく、さらに菌根の存在はナスの生育にマイナスに作用する。ところが、山林を開墾したばかりの低肥沃土壌では、ナスの生育にアーバスキュラー菌根菌がきわめて有利に働く。とても複雑で興味深い。

ナスvan

植物と共生する菌根菌の研究はかなりすすんできたが、共生細菌の働きについてはほとんど研究されていない。植物の栄養吸収の仕組みは、きわめて多様で複雑だ。長い歴史を経て作られた輪作などの農法や、精農家の経験知がもっとも確実な「知」である所以だ。(つづく。どこまでつづくかわからないくらい山のように文献がある)

文献

二瓶直登、2010、植物のアミノ酸吸収・代謝に関する研究

http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010791393.pdf

西尾道徳、No.273 植物の無機栄養説と最小律の発見者はリービッヒではなかった:その2

http://lib.ruralnet.or.jp/nisio/?p=3274

※なお「三沢嶽郎論文の存在を指摘」した読者というのは自分です

有原丈二、現代輪作の方法、農文協、1999

農家が教えるナスつくり、別冊現代農業、農文協、2015

農家が教える混植・混作・輪作の知恵、農文協、2008

農家が教える混植・混作・輪作の知恵―病害虫が減り、土がよくなる
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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

“有機か無機か?その1” への 2 件のフィードバック

  1. 非常に興味深く、面白く読ませていただきました。
    長い間、疑問に思ったり、どうも偏った非科学的な話ではないか?などと思っていた種々のことに的確な見解を示されていて、お世辞などでなく大変参考になりました。非常に貴重なお話を公開してくださってありがとうございます。
    めったに、ブログにコメントをしたりしないのですが、感謝の意を表したくて書かせていただきました。

    なお、この有機か無機か、の投稿だけでなく、福岡正信氏や硝酸イオンの話など、まさにツボでした。
    農業関係の投稿は、ほとんど読ませていただきました。
    今後もありがたく読ませていただきます。
    お礼まで。感謝を込めて。

    いいね

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