「窒素(硝酸イオン)が多いとなぜ作物はおいしくないのだろうか?」の解説、その5

ネルソン農場に到着した朝に、ロジャーさんに「ここの土地の印象はどうだい?」と聞かれた。「畑がとても広い上に、土がとても肥沃のようですね」と答えると、オフィスの壁にはってある、このあたりの地質図を見ながら説明しはじめた。ミネソタからノースダコタ、カナダにかけてのレッドリバー水域は、古代には巨大な湖が存在していたところで、プレーリーでもとくに土が肥沃な場所なのだという。雨は年間650ミリほどしか降らないが、冬が厳しく、吹き溜まりでは2メートルの雪が積もる(この雪が解けて洪水がおきる)。土はいわゆるプレーリー黒色土である(場所によってブラックとブラウンがある)。温帯から寒帯にかけての年間250~750ミリ程の降水量の気候では、森林が形成されずに広大な草原ができる。草原ではバッファローやシカなど草食動物が大量に繁殖する。何万年もかけて植物や動物の遺体が堆積して土壌が形成される。このあたりの堆積層は、60センチ以上もあり、その下は粘土の層だという。粘土はここが湖の底であったころに堆積したものだ。ここの土は、ロシアのチェルノーゼム、アルゼンチンのパンパ土とならび、有機物と塩基を多く含む、世界でもっとも肥沃な土壌のひとつだ。アメリカ中東部からカナダにかけての広大な面積が、この肥沃な土で覆われている。

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ダイズを播種した直後の畑(2003年)

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プレーリーの土。黒ボクに似ているが、黒ボクよりしっとりしている。中央がダイズ

ロドニーとの、施肥についてのじっさいのやりとりはこんな感じだ。
私「フェテライザー(fertilizer、肥料)はどんなものを入れてるの?」
ロドニー「フェテライザー(肥料)だよ」
私「いやいや、そうじゃなくて、フェテライザーの種類だよ。ナイトジェン(nitrogen、窒素)とかホスホラス(phosphorous、リン)とかポタシアム(potassium、カリ)とかいろいろあるやろ。成分だよ」
ロドニー(こいつはなにを言ってんだ?という顔で)「肥料はナイトジェン(窒素)に決まってるやろ。それしかないよ。ホスホラス‥‥そうそう、農業高校のときに習った」
私「‥‥」(驚きと困惑を英語でうまく表現できない)

ここでは、春小麦→ダイズ→ビートという3年輪作を行っている。春小麦とビートの作付けの年は、10a当り13キロほど窒素肥料を施すが、ダイズは無肥料で栽培する。10a当りの収穫量は小麦370キロ、ダイズ270キロ、ビート5トンという。日本の施肥では、窒素だけでなく、リン酸、カリ、カルシウムなど多くの肥料を施すのがあたりまえである。北海道の畑作農家で堆肥を入れる人はほとんどいないが、代わりに微量要素を入れる農家はけっこういる。北海道以外の畑作農家は微量要素を入れる人は見かけないが、堆肥を入れる人はいる。

本では知っていたが、じっさいに土をさわってみて、農家の話を聞いて、プレーリー土がいかに肥沃な土壌なのかを思い知らされた。土壌中に残存する養分を無視して、肥料を施さないで作物を栽培することを「無肥料栽培」というのなら、プレーリーで栽培されているダイズは、何十年も「無肥料栽培」されたものだ。

しかし、このダイズ農家にとって天国のようなところでさえ、ブラジルやアルゼンチンと猛烈な競争を強いられている。
私「この農場の大豆は日本など海外に輸出されていますが、アメリカ政府が進める農産物の貿易自由化についてどう思いますか?」
ロドニー「自分にとっては、貿易自由化などジュークだよ。あれは企業がすすめているものであって、我々農家とは何の関係もない。考えても見ろよ。農産物を完全自由化すれば、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアからもっと安い農産物が入ってくるだけさ」
私「だけど農家は政府や農務省の政策を支持しているのでしょう?」
ロドニー「民主党とか共和党とかは関係なく、アメリカの政府は企業の利益を代表しているんだよ」
ロジャー「政府の役人は企業からやって来て、辞めれば企業に戻っていくんだよ」
私「今後の経営の目標は?」
ロドニー「まずは銀行から借りているバク大な借金を返すことだな。あと、俺達は今、1000人の農家と共同で出資して『ダコタ生産者パスタ』という食品企業を作ってるんだ。ビートのほうは、2000人の農家と共同で『アメリカクリスタルシュガー』という会社を作っている。自分たちで作ったブランドを大事に育てていきたいんだ」

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昼食風景。立ち話をしながら10分くらいですませる(2003年)

ネルソン農場のようなめぐまれた土地で、4代にわたって経営していても、大きな借金をかかえている(ただし、これはアメリカの経営移譲・資産移転の習慣が日本とは違うからであるのだが、ここで書いている余裕がない)。そして、日本の農家とまったく同じように、食品加工とか付加価値とかブランド化とか、自分の個性を表現しないと生き残っていけない。経済学者がいう、「農業技術の改善によって、ますます農家の必要性が失われていく」状況(3月9日ブログ参照)に対して、なんとかしてあがらおうと必死だ。

ロドニーの地域の同級生のなかで、農家になったのは自分一人だけだという。こんなに農業の条件がめぐまれたところでも後継者がいないのに、日本で後継者不足とさわいでいるのがこっけいに思えた。それは、世界中で当然の帰結だ。ロドニーの7歳の息子も、将来の夢はハリウッドスターかフットボールの選手だと言う。しかし、帰り際にこの少年を見かけたので、「農業は好きかい?」と声をかけてみると「好きだよ!」と力強く答えていた。(この項はとりあえず終わり)

追記
なお、かなり以前から土壌流出を防ぐための不耕起栽培の必要性がいわれているが、農家と話をした感じでは、アメリカで不耕起栽培が普及するのはそう簡単ではないと思った。それは、栽培技術上の問題というよりも、アメリカ社会の歴史とか文化とか、もっと根の深いところにつながっている。ただ、ここでは書けないので、知りたい方は文献を読んでいただきたい。

文献
本田進一郎、2016、有機農業と未来―アメリカの有機農業から何が見えるか
デイビッド・モンゴメリー、土の文明史、築地書館、2010

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズなど

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