農業技術者、農業指導者としての福岡正信、その2

福岡さんの『わら一本の革命』は、若いころに読んだが、当時は、福岡さんはマスコミに宗教家とか思想家のような扱いをうけていたので(現在も)、宗教にまったく関心がなかった自分にはあまりなじめなかったのだと思う。内容もほとんど覚えていなかった。

福岡さんに関心をもつようになったのは、農業にかかわるようになって、ずいぶんあとのことだ。農業のことをいろいろと知るようになってくると、日本の農業において、いかに福岡さんの影響が大きいかに気がつく。有機農業についてはいうまでもないが、有機農業以外の農業技術についてもじつに多くの影響を与えている。しかもそれらはみな、きわめて現代的な技術だ。

福岡さんは、1913年に愛媛県伊予市の富農に生まれ、岐阜高等農林(岐阜大学農学部の前身)で植物病理学を学んだ。師は著名な植物病理学者の樋浦誠教授である。樋浦誠(1898-1991)は、北海道帝国大学で学び、名著といわれた『植物病原菌類解説』の著者である。1960には、酪農学園大学の初代学長に就任している。キリスト者であった樋浦は、三愛塾を開催して、大学にかようことができない貧しい農村青年たちにも勉強の場をもうけるなど、農民の指導者でもあった。福岡さんは、岡山県農事試験場を経て、横浜植物検査課に勤務し、病原性の細菌や菌類の研究を続けていた。この研究室では黒沢英一氏に師事している。黒沢英一氏(1893-1953)は、1926年に台湾総督府農事試験場において、イネの馬鹿苗病菌の培養液から、苗の徒長を促進するジベレリンを、世界ではじめて発見した。福岡さんは、こうした当時の日本の最高水準の知性の薫陶をうけた。

横浜植物検査課時代の25歳のときに、急性肺炎で死の淵をさまよったことをきっかけに懊悩するようになり、あるとき街を徘徊して、横浜の丘の上(港の見える丘公園)の樹の根元で夜を明かしていた。夜明けごろに、崖の下から飛んできたゴイサギの「ギャー」という鳴き声を聞いた瞬間に、「この世には何もないじゃないか」という雷に打たれたような「発見」がわき起こった。すぐさま、職場に辞表を提出すると、全国を放浪して歩く。しかし、誰にも相手にされず、やがて故郷に帰ってミカン山にこもった。このときから、「何もない」という自分の啓示のような発見を証明するための自然農法が始まった。しかし、戦争への動員が始まると、村の実力者であった父親が行く末を心配して、高知県農事試験場への就職を取り計らった。翌年には高知県農事試験場病虫部の主任になった。当時は食糧増産が最大の課題であり、そのためにサンカメイチュウ根絶対策を立てて実施した。3年間の県をあげての大がかりな根絶事業の結果、わかったことは、どんなに大量の農薬や化学肥料を使って「科学的」な農業を行なっても、ごくわずかな増収しかもたらさないということであった。終戦後に故郷に帰り、農民として自然農法を実践しはじめた。

福岡さんは1960年ごろに、「米麦連続不耕起直播」の稲作技術を確立しているが、当時は粘土団子による播種ではなく、回転する円盤で播種溝を切り、そこに種もみを播いていく円盤型直播機を考案して使用していた。この乾田直播機の研究は、福岡さんがかつて在籍していた岡山県農業試験場に引き継がれ、現在の耕起乾田直播方式や不耕起乾田直播方式へとつながっている。

1986年ごろには、福岡さんの不耕起栽培に刺激された山形、新潟の農家たちが不耕起移植栽培に取り組みはじめた。かねてより福岡さんの不耕起栽培に関心を持っていた秋田県大潟村の芹田省一氏、山崎政弘氏らは、この不耕起移植栽培をヒントに、不耕起田植え機を開発した(88年)。これにより大潟村の長年の課題であった重粘排水不良田でのイネ、麦、豆、野菜の輪作が可能になり、大きな注目を集めた。水田の不耕起栽培では、湿田での効果が高く、前作の根穴構造により排水がよくなり根圏が酸化的に保たれるので白く太い根が伸びて活力が保たれる。また、耕起しないので、乾土効果による地力窒素の減少が少ない。不耕起移植栽培によって、従来は暖地の技術と思われていた不耕起栽培が東北や関東地方に広がった。

また、岡山県農業試験場では、永井一哉氏らによって、日本ではかなり早くから土着の天敵の研究が行われていた。この研究は、現在では全国の露地ナス栽培などに取り入れられている。研究者に確認したわけではないが、私は福岡さんの影響があったのではないかと想像している。愛媛大学の日鷹一雅氏は、福岡さんの米麦連続不耕起田を調査し、不耕起田の生物多様性に注目したり、緑肥稲作を提案したりしている。さらに、現在、日本の施設園芸における天敵利用がもっとも進んでいるのは、かつて福岡さんが病虫部の主任を務めていた高知県である。(一部敬称略、つづく)

hasyki
福岡さんが考案した円盤型直播機(『イネの有機栽培』農文協より)

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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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