書評:利己的な遺伝子〈増補新装版〉 Book review : Richard Dawkins, The Selfish Gene

『利己的な遺伝子』の最初の日本語訳が出たのは1980年(その次が1991年)で、一度読んでいる。そのときはかなり衝撃的で、友人にもすすめた記憶がある。
増補新装版(2006年)をたまたま図書館で見て、増補された部分だけでも読まなくちゃいけないとずっと思っていたが、ようやく最近になって読むことができたので、感想めいたことを書いてみる。
30周年記念版への序文を読み始めてまず思ったのは、ダーウィンに対する思い入れがいかに強いかということ。「本書は、ダーウィニズムにおけるもう一つの主要な利他主義の発生源である互恵的利他行動とあわせて、それがどのような仕組ではたらくかを説明している」とはっきりと書いている。これはどいうことかというと、ダーウィンは『種の起源』第7章本能で、不妊アリの存在について、「これが私の学説が遭遇したとりわけ深刻な難問だがらである」と、自然淘汰説で利他主義を説明することが困難であることを吐露している。すなわち、偉大なダーウィンがうまく説明できなかったことを自分が完成させるという、ドーキンスの自負があらわれている。
1989年版の前書きでは、「利己的遺伝子説はダーウインの説である」、「オーソドックスなネオ・ダーウィニズムの論理的な発展であり、ただ目新しいイメージで表現されているだけなのだ」と謙虚に書いているので、十数年のあいだに、自説についてより自信が深まったのかもしれない。
本の構成も、独立した多くの章からなり、小見出しがなくて、細かいことがらをだらだらと書き連ねて、章の最後にまとめの文章がある。これも『種の起源』とまったく同じ文章構成になっている。
1章は導入で、2章から4章は、利己的な遺伝子論の理論的な中核をなす部分で、本書の白眉である。私が解説するまでもない。
5章攻撃は、ESS(evolutionarily stable strategy:進化的に安定な戦略)について書かれているが、その論証のなかで、「報復派だけが進化的に安定であることがわかる」という説を引用している。ところが、今回の増補版の補注5-2で、「この見解はまちがいであった」と書き、「このゲームにおける真のESSはは、タカ派とあばれんぼう派の安定した混合あることを示した」と訂正している。しかし、1989年版で、わざわざこの5章を補強するために12章気のいい奴が一番になるを加えている。すなわち、12章全体がすでに無駄であることがわかっているのに、2006年版の補注では12章についてまったく触れていない。これは不可解だ。
11章ミームには、多少でも社会学や人類学を学んだ人なら同意できないであろう。この社会進化(進歩)論は、スペンサー以来のイギリスの伝統である。そもそも、「evolution」を「進化」という意味で最初に使ったのはスペンサーであり、evolutionが、『種の起源』に最初に登場するのは第6版からである。ダーウィンは最初は、進化のことを「変化をともなった由来」という言い方をしていた。さらに、「適者生存」という用語もスペンサーの造語であり、『種の起源』に登場するのは第5版である。ダーウィン進化論を人間の文化や社会進化に拡張したのは、ラボック(考古学)、タイラー(人類学)、フレイザー(民族学)らがよく知られているが、フランツ・ボアズとその弟子たちの文化相対主義によって徹底的に批判された。ドーキンスは進化生物学者なので、ボアズ社会学の洗礼を受けていないのであろうか?
もっとも、ドーキンスは、2011年の対談の中で、「 I’m not committed to memes as the explanation for human culture.」と述べて、ミームを人間の文化に適応することを否定している。じっさいに、11章の最後では、「われわれは遺伝子機械として組立てられ、ミーム機械として教化されてきた。しかしわれわれには、これらの創造者にはむかう力がある。この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである」と書いて、11章で書いてきたことをすべてなげうって、どんでん返しをみせている。完全な実存主義である。
12章気のいい奴が一番になるは、1989年版で追加された章であるが、先述したように、引用している論証が不完全であるために、全体的に論理がぼやけてしまっている。気のいい戦略の勝利は自然界にも適応できるとし、その条件を、未来の影が長いこと、ノンゼロサムゲームでなければならない。…このような条件は、生物界のいたるところで確実に満たされていると書いているが、ダーウィンが常にマルサス人口論を引用するように、自然界はむしろゼロサムゲームで満たされている。ノンゼロサムももちろんあるが、種のニッチへの拡散期など、むしろ少ない条件であろう。
そして、章の最後で、チイスイコウモリは、「利己的な遺伝子に支配されてさえ、気のいい奴が一番になることができるという慈悲深い考えの先触れをすることができるだろう」と、ついに実存主義をチイスイコウモリにまで拡大してしまった。イギリス人らしいおおらかさや人の良さがあらわれていて、これには笑ってしまった。これは11章から続くジョークなのであろう。さらに、自分たちイギリス人が、人類史上もっとも征服欲旺盛な部族であったことをまったく忘れてしまっており、これも何ごとも根に持たないイギリス人の美徳なのであろう。
13章も1989年版で追加された章であるが、これは、ドーキンス『延長された表現型』(1982)の要約である。すばらしく斬新なアイデアで、これだけでも新しい研究分野が生まれるのではないだろうか。
なお、ドーキンスは、ウィルソンを毛嫌いしていることを率直に書いており、きわめて正直で人間くさいところも、イギリス人らしい。
読後の感想としては、個人的に一番知りたかったESSについての論考が研究途上であり、『利己的な遺伝子』はいまだ未完であるということである。この分野にとりくんでいる研究者はとても多いので、やがてより完成度が高い理論が登場するであろう。そのときには、再び増補版が刊行されるのではないだろうか。補注5-1のドーキンスの「ESSとは自分自身のコピーに対してうまく対抗できる戦略のこと」という定義が、ESSの本質をとてもうまく表現しており、こういうところが、ドーキンスの凄みだと思った。

※書評の続きは、こちらにもあります。
味覚の進化論その1
https://jcmswordp.wordpress.com/2016/07/10/%e5%91%b3%e8%a6%9a%e3%81%ae%e9%80%b2%e5%8c%96%e8%ab%96%e3%81%9d%e3%81%ae1/

利己的な遺伝子 <増補新装版>
リチャード・ドーキンス
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投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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